「ただいま戻りました~」
よれよれの声が陽だまり亭へと入ってきた。
しっとりと汗をかいたジネットが弱々しい笑みを浮かべている。今日もしごかれたようだな。ジネットのHPバーが頭上に見えれば、きっと残りゲージは残りわずかだろう。
「お~い、ヤシロ~。モリーを連れてきたぞ~」
「た、ただいま、戻り、まし………………」
口から魂が抜けかけているモリーを背負ったデリアがきらきらした顔で入ってくる。
え、なに、その落差?
同じ運動してきたんだよね?
デリアからは準備運動を終えたくらいの疲労感すら感じられないんだけど?
「モリー、頑張り過ぎたのか?」
「はい……マシュマロの分を…………」
言いつけを守るいい娘なんだよなぁ……なのに間食の誘惑には勝てない残念な娘なんだよなぁ。
「ヤシロ! なんか新しいお菓子があるんだろ!? あたい、それが楽しみでさ!」
デリアの顔がきらきら輝いていた理由が分かった。
期待してたんだな。
まぁ、モリーが食った後に改良を加えて何パターンか作ったし、デリア好みの甘いマシュマロもある。試してもらうのもいいだろう。
「モリー、立てるか?」
「は、はい……だいじょうぶで…………は、なかったようです」
デリアの背中から降りたモリーは、糸の切れた操り人形のように床にへにゃへにゃとへたり込んだ。
「ロレッタ、モリーをそこら辺の椅子に。マグダはジネットを座らせてやってくれ」
「はいです!」
「……店長、こっち」
「すみません、マグダさん」
ジネットは自分の足で歩いて帰ってきたが、動きがぎこちない。こっちも体力は限界まで来ているようだ。
「あのっ、デリアさん! お疲れ様です!」
「んん!?」
デリアの登場にテンションが上がる甲高い声のグーズーヤ。
「なんだ、お前? 声変だぞ?」
「いや、これはちょっと…………もう、いつ効果が切れるんですか、これ!?」
体質によって、だそうだ。
一週間くらいそのままかもな、お前、そういう星回りだし。
「あはは! 面白い声だなぁ! すっげぇ面白いぞ」
「はぅっ! デ、デリアさんの無防備な笑顔がこの近距離でっ!? レジーナさん、この薬1ダース売ってください!」
いや、飽きるから。意外とすぐ飽きられるから、そのヘリウムボイス。
「なぁ、ヤシロ! あたい、マシュマロ食べていいか? 店長はヤシロがいいって言ったらいいって!」
「わたしも、興味津々です」
ジネットがいない間に作ったマシュマロだ。ジネットも期待しているらしい。
どんなもんかは説明してあるが、百聞は一見に~というヤツだな。
「んじゃ、持ってきてやるから適当に座ってろ」
「おう!」
「ってぇええ! デリアさん、そこはっ!?」
デリアがクッションのある席に座ろうとしたのを、グーズーヤが全力で止めた。
あのクッションの下にはブーブークッションが……
「なんだよ? ヤシロは座ってろって言ったぞ?」
「いえ、ですから、えっと、あの……あぁ、そうだ! ウクリネスさん! ケーキ食べてるんです!」
「ん? あ、本当だ。美味そうだなぁ、ウクリネス」
「えぇ、と~っとも美味しいですよ」
「いいなぁ……でも、あたいは今からマシュマロを食べるんだ。へへ、いいだろう!」
ウクリネスに話かけながら、デリアがウクリネスの前の席に座る。
グーズーヤのヤツ、うまくデリアを誘導したもんだ。
「デリアさんにこのイタズラは……絶対ダメです……!」
目がマジだ。
愛する者を守る男の目だ。
……こんなしょーもないところで安売りするなよ、『愛する者を守る男の目』。
「ウクリネスさん、今日はお仕事お休みですか?」
「ううん、違うのよジネットちゃん。実はね、仮縫いがね……」
そんな会話を聞きながら、厨房へと向かう。
マシュマロは常温でも保存が利くので、すでに完成している物が数種類小鉢に補完してある。
今現在、『冷蔵庫』には特別製のマシュマロが眠っている。
そっちは、今ここではお披露目しない。…………もっと大人の時間になってから、個人的に楽しむのだ。……むふ。
「お待たせ。これが、マシュマロだ」
「うおお! これがマシュマロかぁ!」
デリアの瞳がきらっきらっに輝く。
……こいつ、『バルバラ』は長い間覚えられなかったのにマシュマロは一発で覚えたな。割と覚えにくい名前だろうに。
「変な感触だな。ヤシロが作ったからか?」
「どういう意味だ、デリア?」
「おっぱい魔神はんのおっぱい要素がにじみ出したんちゃうかっていう意味なんちゃうのん?」
「うるせぇよ、分かってるよ、確認してんじゃねぇよ、黙ってろよ」
余計なことだけよくしゃべるレジーナを威嚇しておく。
が、マシュマロが相当気に入ったらしいレジーナは意に介さず色とりどりのマシュマロにこっそりと頬を緩めている。
なにその、スケバンが実は可愛い小物好きなのを隠してる感じのこっそり感?
堂々と好きだと明言しろよ、マシュマロくらい。
「あぁ、感触おっぱいみたいだもんね」ってみんなが納得するよ。
「んんっ! ……あまぁ~い!」
「美味しいです! ほのかに果物の香りがして」
デリアがとろけるような笑みを浮かべ、ジネットは一口かじったマシュマロをまじまじと観察している。
デリアが食ったのは中にチョコが入ったマシュマロで、中のチョコを柔らかく保つために一手間加えた意欲作だ。
ジネットが食ったのは柑橘系の果汁を混ぜ込んだフルーツマシュマロ。
他にも、中にジャムが入ったマシュマロもある。
ゆくゆくは果汁をふんだんに使ってギモーブを作ってみるつもりだが、今回はマシュマロ限定だ。
「あ、あの……今マシュマロを食べると、いつ、訓練されるんでしょうか?」
「ん? そうだなぁ……明日、かな?」
「じゃあ、いただきます!」
デリアの答えを聞き、モリーがマシュマロに手を伸ばす。
どうやら、今日は絶対無理だったようだ。明日なら、なんとか耐えられるのか。
「くぅ……また美味しいです! これじゃ……どんなに運動しても痩せないじゃないですか…………!」
食わなきゃいいんだよ。
間食の誘惑に負けるな。
「ウチはプレーンが一番やなぁ」
「えっ!? レジーナさん、このチョコ食べてみてです! プレーンより美味しいですよ!」
「好みの差や」
「……真っ白なマシュマロの中に真っ黒なチョコ……なるほど、ロレッタにぴったり」
「誰が腹黒ですか、マグダっちょ!? そして早くも四つ目に手が伸びてるですよモリリっちょ! 自重してです!」
「だって! いろんな味が!」
「あたいも全種類食~べよっと!」
「ズルいです、デリアさんばっかり!」
モリー、ズルくはねぇんだよ。
お前も食べていいんだよ。
ただし、その分動けよ?
デリアと同じ運動量をこなせるなら、デリアの体型になれるぞ。出来るものならな。
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