「ヤ、ヤシロさん!」
「ぁの、てんとうむしさん」
モリーとミリィが並んで自作のおにぎりを差し出している。
「審査を!」
「みりぃのも、食べて、みて、くれる?」
「二人とも、おにぎり小っさ!?」
手が小さいのか、二人が握ったおにぎりは一口サイズだった。
なんとも可愛らしい。オシャレ女子のお弁当に入っていそうな出来映えだ。
まずはモリーのおにぎりを手に取る。と、持ったそばからおにぎりがぼろっと崩れた。
「モリーはもう少ししっかりと握らないとな」
「でも、三回と言われましたから……六回くらい握れば崩れないんですけど……」
「レジーナと一緒にベルティーナに教わってくるといい。ベルティーナの手つきを見せてもらえ」
「はい! 今日中にマスターしてみせます!」
モリーが燃えている。
飲食店従業員魂でも芽生えたか?
……まさか!? あのアリクイ兄弟に食わせて「美味しいね」って言われたいとか、そんな感じか!?
くっそ! あいつらめ! 見かけたら問答無用でデコピンしてやる!
「ぁの、てんとうむしさん? 顔が、怖い……ょ?」
「しかも幼馴染がこんなに可愛い! おのれアリクイ兄弟!」
「へっ!? ネックとチックがなにかした、の?」
何かしたかと問われれば、恵まれ過ぎだと答えよう!
「俺もミリィの幼馴染になりたい!」
「ぇ……っと、ぁの、幼馴染は、無理……だけど、仲良し……には、なれるょ……ね?」
わはぁ~! ミリィ、マジ可愛い!
「ミリィたんマジ天使!」
「うーまろさん、みたいになってる、ょ?」
ミリィがいい娘なので、アリクイ兄弟を血祭りにあげるのはやめておいてやる。
感謝しておけよ、可愛い幼馴染と寛大な俺に。
「じゃあ、次は、みりぃの、ね? ちゃんと、ぉいしぃとぃいけど……」
小さなおにぎりを摘まんで口へ放りこむ。
…………ん?
うん!
「ミリィ」
「ぇ、な、なに?」
「具を入れよう」
「ぅぇええ!? 入ってなかった!?」
完っ全なる塩むすびだ。
「まぁ、美味いけどな。握り加減もちょうどいいし」
「ぁう……だったら、余計に残念……」
「ミリィ味だな」
「塩味だょぅ!?」
ミリィ味のおにぎりを堪能して、ふとカウンターを見ると――オッサンどもがものっすごい並んでた。……分かりやすいな、お前らのリビドー。
「ミリィちゃん味一つ!」
「こっちにも!」
「是非具なしで!」
「ぁぅう……ちゃんと具、入れるょぅ……」
「「「「いいえ、具なしで!」」」」
「……てんとうむしさぁん…………」
涙目で助けを求めてくるミリィ。
いいんだぞ、ミリィ。イラッてしたらグーで殴っても。
でもきっと喜ばれちゃうと思うけど。
「塩むすびは通好みの味なんだ。具なしがあっても面白い。ミリィは塩むすび担当でいいんじゃないか?」
「ぅう……ちょっと失敗しただけなのに……」
「失敗から生まれるもんなんだよ、人気商品ってのは」
落ち込むミリィの頭をぽんぽんと叩いて慰める。
オッサンどもの期待ははち切れんばかりだ。もう、止められない。
ミリィが「ぃいもん、がんばるもん」と意気込んでカウンター前に立ったところで、レジーナが俺の前におにぎりを差し出してきた。
「ほいな。今度は結構じょーずに出来たんとちゃうか?」
目の前に差し出されたのは、少々歪んではいるが、綺麗に出来たおにぎりだった。
少し小さめで具材が真ん中からズレているのでおにぎりの上から透けて見えている。これは梅か。
だが、これなら客の口に入れても問題ないだろう。
「合格だ。これなら出してもいいぞ」
「ほなら、自分がお客はん第一号や。食べたって」
「いや、俺は失敗したヤツをって……」
言い終わる前にデコを突かれ、おにぎりを強引に押しつけられた。
「ちゃんと出来たんも食べてんか。……それ、ウチの生涯で初めて人のために作った料理やさかい」
「……お、おう」
独特な、緑の瞳が見たこともないような色を帯びて俺を見ていた。
じっとこちらを見つめた後、ぴくっと動いて、忙しなく右往左往して、すいっと逸らされた。
「ま、他の人と比べるとしょーもない出来かもしれへんけどな」
「んなことねぇよ」
少し小さめのおにぎりは一口で半分以上なくなった。
塩がやっぱり少し足りないが……
「上出来だ」
「…………さよか」
軽い口調でそう言って、こちらに背を向ける。
気のないフリをしているが……右手が「ぐっ」と拳を握っていた。隠すとこを誤ってないか、お前?
「よっしゃ。ちょっと真面目にやってみよかな」
緑の長い髪を持ち上げて一つで縛り、なんとも珍しいポニーテールレジーナが誕生した。
気合いを入れてカウンターへと向き直ったレジーナ。その肩がビクッと震えた。
「ぅおおう!? なんやの、この列!?」
レジーナがおにぎりスタンドのカウンターに立つと、そこにはすでに長蛇の列が出来ていた。
オッサンたちが気持ち悪いくらいにきらきらした目をしている。
「いや~、さっきのよかったなぁ~」
「なに、あの甘酸っぱい感じ!?」
「萌えたわぁ~!」
「初めてのお料理……俺もそういうの欲しい!」
ここに来て、まさかのレジーナファン爆誕である。
需要って、どんなものにでもあるんだなぁ。
「うっわ、めっちゃ人おるやん……帰ろ」
「帰んな! ちゃんと出来てたから、食わせてやって! みんな期待してるから!」
チラッとこちらを睨んで、意地の悪そうな顔で口角を持ち上げる。
「自分、ズルいお人やなぁ~。ウチのことまで手玉に取ってからに」
「お前を手玉に取れる人間なんか、この街にはいねぇよ……」
「いやいや、褒められるんは悪い気せぇへんで? ほら、ウチ、おだてられて伸びるタイプやし」
「『褒められて』だろ? おだてられては別のことわざだ」
「せやったな。『メスブタもおだてりゃポールダンス踊る』やったっけ?」
「ブタが木に登るんだよ!」
「『えぇでぇ~、えぇでぇ~、めっちゃ綺麗やわぁ~、ほなら一枚脱いでみよか~?』」
「おだて方が倫理的にアウトだよ! いいからおにぎり握れ!」
「へいへい……あ、減っとる」
レジーナの前に出来ていた行列が短くなっていた。
やっぱレジーナの全部を許容できる猛者は少ないかぁ……
けれど、数が減ってレジーナは安堵したような表情を見せていた。何気に、ちょっと緊張しているようだ。
あいつもこういう経験を増やして人に慣れていけばいい。
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