「は~い! 大学芋出来たよ~!」
厨房からパウラがトレイを持って出てくる。
ドーナツを少し練習して、それから大学芋を作っていたのだ。
タレのレシピさえ覚えれば、パウラくらいの料理スキルがあれば簡単に出来る一品だ。ジネットも任せっきりだったしな。
……というか、ジネットはもうすでにタレの改良に着手しているのだ。
頭の中でいくつか候補があったんだろうな。教会の厨房でもちょっと試作していたし、今も小皿で砂糖と酒としょうゆをいろいろ混ぜている。
果たして、どんな味の大学芋が誕生するのか、俺も楽しみだ。
「ヤシロさん。トリックオアトリートです」
ねこベルティーナがにこにこと大学芋を指差している。
指を差すな、指を。催促するんじゃありません。
「それじゃあ、舞台に上がってもらう出演料ってことで、お前らも食っていいぞ」
「「「やったー!」」」
「シーツじゃまっ!」
あ~ぁ、ゴーストがシーツ取っちゃったよ。
普通の六歳少女が大学芋食ってるわ。……っていうか、ゴーストの中から獣人族が出てくると、なんというか、仮装しなくていいんじゃね? って思っちゃうんだよなぁ。
まぁ、日本の感覚だとそう思っちまうんだけど、こいつらはこれが普通だからな。オバケ扱いは可哀想だ。黙っていよう。
「いいなぁ……」
「ぼくもたべた~い」
「わたちもー」
ドアのところに、ジャンケンバトルに負けた教会のガキどもが群がっている。
ベルティーナについてやって来たらしい。
この後は、俺たちと一緒に東側のグラウンド、運動会を行った会場まで一緒に行く予定になっている。
子供たちが主役のイベント――ということになっているので、是非参加させたいとベルティーナからのお願いを聞いた形だ。
「あの、ヤシロさん。あの子たちには、味見のお仕事ということで……感想を聞いて参考にするというのは、その……」
ジネットがなんとかガキどもにお菓子を与えたいと画策する。
が、画策が下手だな、お前は。もっともらしいことを言おうとしても、自信がなさ過ぎて語尾が消えてんじゃねぇか。
ったく。
「おい、ガキども。並べ」
「なになに~?」
「だっこ~?」
抱っこはしねぇよ。
なに「え、抱っこ?」みたいな顔で並ぼうとしてんだよ。
違ぇよ。
で、マグダ。さり気なく列に参加するな。違うから。
「このお菓子は出演料ってことで、こっちのガキどもにやったからな。出演しないのに食べちゃ不公平になるだろう?」
「ふこーへー?」
「ズルいってことだ」
「そっかぁ……」
「だから、お前らも舞台に上がるなら、食っていいぞ」
「「「あがるー!」」」
年齢一桁のガキどもによる全力の絶叫は鼓膜に悪い。
うるせぇよ、ガキ。
これだからガキは嫌いなんだよなぁ、俺。
「ホント、ヤシロは子供が好きだよね」
なに言ってんだエステラ?
視神経がバストサイズに比例してすり減ってんじゃねぇの?
「でも、ヤシロさん。仮装する衣装がありませんよ?」
「衣装がなくても出来る仮装はある。ジネット、その絵の具を取ってくれ」
本当は化粧品の方が肌には優しいんだが……ガキの肌は無敵だから多少はいいだろう。
ぷるぷるして搗き立てのモチみたいな肌してるんだし、多少傷んでも気にならない。今日一日くらい平気だろう。
ということで、べったりと顔に絵の具を塗りたくる。
「きゃー!」
「くすぐったーい!」
「らくがきだー!」
「あ、あのっ、ヤシロさん? 一体何を……?」
カラフルに染まっていくガキどもの顔を見ながらベルティーナがハラハラした声を出す。
ジネットも一緒になっておろおろしている。
そうこうするうちに、一人目の顔面ペイントが完了する。
「ほ~ぅら、三つ目小僧だぞ~」
「ふぉおおおお!? 怖ぇえ!」
振り返ったガキの顔を見て、ゴースト男児が肩を「びくぅ!?」っと震わせた。
ほんのちょっと、眼球の血管が生々しいリアルな第三の目を描いたからな。ちょっと離れてみれば3Dに見えるだろう。
トリックアートの技法を遺憾なく発揮してみた。
「君は……ホンットに器用だよね……」
食べかけていた大学芋を皿に戻してエステラが三つ目小僧を見つめる。
おでこを覗き込んで、その目のリアルさに感嘆の息を漏らす。
「こうやって、顔にちょっと絵を描くだけでもオバケになることは出来るんだ」
「ぼくにもやってー!」
「わたしもー!」
ジャンケンバトルに敗れたガキどもが群がってくる。
だから、並べって。
あ、抱っこじゃないと確信して、マグダが列から離れていった。
「ジネット。触覚カチューシャを作った時の、カチューシャの余りってあるか?」
「はい、あると思います。持ってきますね」
「あと、マグダ。いらない弓矢をウッセのところからパクってきてくれ。折れてるヤツでいい」
「……マグダの矢でよければ部屋にある」
「お前、弓なんて使ったっけ?」
「……運動会で触発されて、練習を始めた」
どこで何に触発されてんだよ。
聞けば、玉入れの時にリカルドがやってみせた、一つの玉で二つの玉を弾き飛ばす技を体得したいらしい。
そのためには動く標的を的確に射貫く射撃のスキルが必要だとメドラに言われたらしい。
「マグダ……まさか、リカルドに憧れて……?」
「……いくらヤシロでも、マグダの名誉を踏みにじる言動は許容できない。取り消しを求める。マグダはリカルドごときが出来ることを出来ない自分が許せないだけ」
「なるほど。リカルドごときに偉そうな顔されたくないもんな」
「……そう。リカルドごときには」
「あの……他区の領主様をそんな風に言うのは……」
「あぁ、平気だよ、モリー。いつものことだから」
不安げなモリーに、エステラがなんでもないような顔で手をぱたぱた振ってみせる。
リカルドごときに気を遣うなんて、モリーは聖女のような優しさを持っているんだなぁ。
そんなわけで、猛練習の果てに羽がボロボロになり、矢の棒の部分『矢柄』にヒビが入った矢を一本もらった。
……どんな猛特訓してたんだよ。ほんの数日でここまで傷むもんか?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!