異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

312話 タートリオ・コーリン、現る -2-

公開日時: 2021年11月13日(土) 20:01
文字数:3,550

 ハムっ子ネットワークを駆使し、タートリオ・コーリンを追跡する。

 情報によれば、タートリオ・コーリンは大通り向こうの広場に現れたらしい。

 つまり、四十一区をショートカットして四十二区に入る、俺たちが遠出する際によく使うルートだ。

 

 どうやら、人目に付かないようにこっそりと四十二区入りをしたかったらしい。

 残念ながら、四十二区にはもう死角はない。

 ハムっ子ネットワークが張り巡らされている今ではな。

 

「徒歩で来たのか?」

「いや、おそらく四十区か四十一区に馬車を待機させているのよ。それで、約束の時間の少し前に堂々と四十二区入りさせるつもりなのでしょうね」

 

 それで、どこかでこっそり合流してさも「たった今やって来た」風を装うつもりなのだろうと、ルピナスが予測を立てる。

 あれだな。猛勉強しておいて「全然勉強してねぇ~」とか言っちゃう感じなんだろうな。そういう些細な見栄を張りたくて仕方ないのだろう。

 

「そういった努力を無に帰すような行為をして、ミスター・コーリンの顔に泥を塗ることにはなりませんか?」

「大丈夫よ。タートリオおじ様はそういうサプライズが大好きだから。してやられたって喜ぶわよ、きっと」

 

 なんだか、面倒くさそうなジジイだな。

 普通、情報が欲しければ使いの者を走らせて情報収集を任せるものだ。

 本人はその成果を後々受け取るだけでいい。

 情報収集を自分の足でやろうって貴族はそうそういない。

 

 そんなヤツは、身内に信用できる者がいない鼻つまみ者か、全部自分の目で見ないと納得できない好奇心の塊かのどっちかだ。

 タートリオ・コーリンは後者なのだろう。

 

「ヤシロ様」

 

 大通りへ向かう途中、金物通りの手前付近でナタリアと合流した。

 

「寝起きのノーマさんに事情を話して準備を早めていただくよう伝えておきました」

「おう、ありがとな」

「ちょっとナタリア? なんでボクをスルーしてヤシロに報告してるのさ」

「え、ノーマさんが寝起きだと分かった理由ですか? 髪が乱れていましたし、服が乱れて片乳が八割ぽろり状態でしたので」

「聞いてない!」

「その情報もうちょっと詳しく!」

「聞かせない!」

 

 今日は朝寝坊をしていたらしいノーマのしどけない姿の情報は、領主の強権によって封鎖されてしまった。

 領民の知る権利が剥奪された由々しき事態だ。

 リコール案件だ。

 一揆でも起こしてやろうか。

 

「今度は何を企んでいるのかしら、ヤーくん?」

「カンパニュラが喜びそうなことだよ。ノーマはその第一人者なんだ。副業だけどな」

「そうなの。では、私も楽しみにしているわ」

 

 ルピナスは、タートリオ・コーリンとはそれなりに親しい間柄のようだ。

 ならば、ルピナスにも接待をしてこちらに都合のいい状況作りに協力してもらう方がいい。

 ルピナスにも、存分に楽しんでもらうとしよう。

 

「おにーちゃーん! やほ~」

 

 ひらひらと手を振り、ロレッタんとこの次女が大通りの方からやって来る。

 

「おじーちゃん、生け捕りに成功したよ~」

「いや、表現に気を付けて、次女!?」

 

 エステラが横から割り込んで次女にツッコミをいれる。

 そんなムキになるなよ。次女の言葉のチョイスなんか大体こんなもんだろうに。

 ロレッタ以上にヒューイット家の血を色濃く受け継いでいる残念な年長なんだから。

 

「タートリオおじ様はご無事なのかしら?」

「大丈夫だ。言葉はアレだが悪意も害意もない」

 

 おそらく、俺が指示したとおりにカンタルチカで足止めをしてくれているのだろう。

 

「朝一のお酒は精霊神様の目を盗んででも嗜む価値があるって言ってたよ」

 

 あまり街の中をウロつかれないように足止めを頼んだのだが、うまくいったようだ。

 さすがパウラ。オッサンやジーサンの扱いがうまい。

 

「あと、むほほ~若い娘の尻尾はきゃわぇ~の~って言ってた~!」

「タートリオおじ様…………」

「あ、そーゆー方なんですか?」

 

 エステラが何かを察し、頬を引きつらせる。

 ルピナスは右頬を押さえて「ほふぅ」とため息を漏らす。

 

「お若いころからとっても『お若い』方だったのよ。引退した今も、まだまだ『お若い』のねぇ」

 

 お若いってのは、つまるところ『エロジジイ』ってことだろう。

 

「しょーもねー爺さんだな」

「君が言わないように」

「ヤーくんといい勝負かもしれないわね」

「えっ!? このレベルなんですか!? ……終わってるなぁ」

「おい、誰が終わってんだ、コラ」

 

 俺は健全なだけだ。

 

「それじゃあ、タートリオおじ様がいるというお店に行きましょう。店員に可愛い女の子がいるなら、お尻くらい触りかねないわ」

「あ、それなら大丈夫ですよ。パウラはそういう酔っ払いの扱いはうまいので」

 

 うまいというか、怖いというか。

 タートリオ・コーリン、大怪我してなきゃいいけどな。

 

「おにーちゃん、あたしも付いていっていい~?」

「いいけど、お前は無防備過ぎるから、エロい爺さんに胸元見られまくるかもしれんぞ?」

「別に~気にしないけど~?」

「そうか。じゃあ――」

「ナタリア、連行して」

「はい。首根っこ、失礼します」

「待て待て待て! 折角許可が下りたんだぞ!?」

「下りてないよ。ロレッタに申し訳ないと思わないのかい?」

「分かった。ロレッタのも平等にガン見するから」

「申し訳なさの方向が間違っているよ、君は!?」

 

 長女を超えはしないまでも、順調に育っている次女の成長を微笑ましく見守ってやろうという俺の親心は理解のない領主によって土足で踏みにじられる。

 こんな横暴がまかり通っていいのだろうか!? 否! 断じて否である!

 

「一揆だ、乳一揆を起こしてやる!」

「賛同者が現れれば検討すればいいよ。ナタリアとノーマとデリアとマグダに太刀打ちできる自信があるならね」

「デリアとマグダはこっちチームだろ!?」

「ヤシロぉ、あたい乳一揆はちょっとどうかと思うぞ?」

 

 デリアが謀反を!?

 反抗期か!?

 

「……仕方ない、カンパニュラを引き込んで無党派の引き込みを――」

「そんなしょーもないことに娘を利用しないでね、ヤーくん?」

 

 きゅっと耳たぶを摘ままれる。

 あはは、地味に痛いなぁ、耳たぶ。

 この元貴族、人体の急所を熟知してそうで怖いわぁ。

 

 こうして俺は、首根っこをナタリアに掴まれ、腰をがっしりとデリアに抱えられ、丸太でも運ぶように抱え上げられながらカンタルチカへと向かった。

 ……俺は冷凍マグロか。

 

「パウラ~、邪魔するぞ~」

「あ、ヤシロ。いらっしゃ……って、何事!?」

 

 冷凍マグロ状態の俺を見て、パウラが目を丸くする。

 

「なぁに、ヤシロ? またおっぱいがどうとか騒いだの?」

「正解だよ、パウラ。さすがだね」

「それくらい分かるよ、もぅ、ヤシロは……」

 

 俺への問いかけにエステラが勝手に答え、パウラと二人で勝手にため息を漏らす。

 せめて発言権くらい俺に寄越せよ。弁明の余地をくれ。この不当逮捕の実態を説明させろよ、まったく。

 

「次女がおっぱい見てもいいって言ったから――」

「絶対言ってない。たぶん『気にしないよ~』とかでしょ?」

「気にしないなら見てもいいだろうが!?」

「次女、ヤシロを悪化させるようなこと言っちゃダメよ」

「は~い、パウラおねーちゃん!」

 

 くっそ!

 なんか次女がパウラに懐いてる!

 ロレッタもなんだかんだとパウラに懐いてるからなぁ。これも血筋か!

 姉妹揃ってパウラ好きか!?

 

「それで、例のヤツは? ちょっと今ワケあって店内を見渡せない状況なんで教えてくれるか?」

「教える前に、普通に立つか座るかしてくれない? デリアとナタリアに抱えられたままなの、すっごく気になって話しにくいんだけど」

 

 それは俺を抱えている二人に言ってくれ。

 俺は抗えないから受け入れるしか出来ないのだ。まな板の上の鯉も同然なのだ。

 

「俺は今、エステラのコイなんだよ」

「へぅっ!?」

「えっ!? エステラの恋って、な、なにそれ!? どういうこと!?」

「あ、間違えた。まな板の上の鯉だった」

「何をどう間違えたのか、詳しく聞かせてもらおうかな? ヤシロ、そこに座って! いや、床に正座して!」

「あぁ、まな板ねぇ……な~んだ」

「パウラも納得しないで! ほっとした顔しないの!」

 

 俺の言い間違えで慌てたパウラが間違いを悟ってほっと胸を撫で下ろす。

 エステラ以外がすっきりした表情をしている。

 エステラ以外が。

 

「なんぞい、さわがしいのぅ」

 

 聞き慣れないそんな声がして、俺は顔をそちらへ向ける。向け……向…………ナタリア、もうちょっと右に動いて、そう、その辺。

 

 なんとか顔をそちらへ向けると、そこには訝しげにこちらを見る一人の老人がいた。

 そいつは妹たちの言っていたように『ボンバー!』なアフロヘアで長~いアゴヒゲを生やした、全身真っ青な服を身に纏った細身のジジイだった。

 

 

「胡散臭っ!?」

「冷凍マグロみたいな抱え方されとるお前さんに言われる筋合いはないぞい!?」

 

 

 こうして、俺はタートリオ・コーリンとの対面を果たした。

 

 

 

 

 

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