異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

356話 しゅわしゅわ、すべすべ -2-

公開日時: 2022年5月8日(日) 20:01
文字数:3,503

 オールブルームにおいて、『パン』とは、小麦を原料とし石窯を使って焼いた食べ物のことである。

 小麦粉を使っても、フライパンで焼けばそれは『パン』とは呼ばない。

 

 なので、日本では『パンケーキ』と呼ばれるものも、この街では『ホットケーキ』と呼んでいる。

 リコッタパンケーキもリコッタホットケーキだし、スフレパンケーキもスフレホットケーキだ。

 

 とにかく、教会に目を付けられると面倒くさいので『パン』という名称は避けるに限る。

 

「ジネット、牛乳ってあるか?」

「今日はまだ買いに行ってませんね」

 

 牛乳は、アッスントに言って届けてもらうか、東側の奥の方にある牧場まで買いに行くのが普通だ。

 アッスントを叩き起こして届けさせるより、買いに行った方が早いだろう。

 牛乳に関しては、早朝に欲しいという者が多いため、特別に直売が認められている。

 日持ちしないからなぁ。

 ただし、配達するのは禁止されている。

 それをやるなら行商ギルドを通せということだ。

 というか、領主の許可のない場所で商品の売買が出来ないというルールに抵触するのだとか。

 

 ……面倒くせぇ。

 

「では、私が買ってきましょう」

「結構大量になるぞ」

「まぁ、荷車があれば大丈夫でしょう」

「重くはありませんか?」

「それなら、アタシが付いていってやるさね」

 

 ゆらりと、ノーマが厨房へやって来る。

 おぉ~っ、寝起きのちょっと気だるげなノーマ! いいねっ!

 

「ノーマさん、おはようございます」

「あぁ。おはようさん」

 

 あくびを噛み殺し、ノーマがジネットと朝の挨拶を交わす。

 俺も朝の挨拶をしておこう。

 

「ノーマ、おっぱいよう」

「挨拶が視線に引き摺られ過ぎさね。……てか、見過ぎさね!」

 

 こつんっと、煙管でデコを突かれる。割と強く。

 だが、その程度で許してもらえるならば見る! なお一層見る!

 

「次はグーが出るさよ?」

「よし、やめておこう」

 

 獣人族のグーは、そこらの重機より恐ろしい。

 サスペンスでお約束の凶器、ごっつい花瓶やゴテゴテしい灰皿よりも殺傷能力は高いに違いない。

 

「ノーマさん。ここに寝間着の跡が」

 

 と、ナタリアがノーマの谷間を指さして言う。

 ナタリアは見てもいいのかよ!?

 ズッル! 贔屓だ!

 

「眠る時に寝間着などを着るから跡が残るのですよ?」

「アタシは今、何を説教されてるんかぃね?」

「まさか、ナタリア。ルシアさんやイメルダがいる部屋で全裸になってないよね?」

「さぁ、牛乳を買いに行きましょうノーマさん」

「答えて、ナタリア! ナタリアー!」

 

 するりと、エステラからの追求を逃れて、ナタリアがさっさと外へと出て行く。

 

「では、ノーマさん。こちらで、大きなミルク缶を二つお願いします」

 

 ジネットがノーマに金の入った布袋を渡す。

 東の牧場で売っている牛乳は鉄製のミルク缶に入れて持ち帰る。

 取っ手と密封性の高い蓋の付いた缶で、使用後に返却をすると大きさに応じた金を返してもらえる。

 というか、最初に缶代も取られてると言うべきか。

 昔の瓶ジュースみたいなノリだな。

 

 一番大きなミルク缶は5リットル入るデッカいヤツだ。

 ホットケーキ一人前で牛乳を100ml使うとして、今陽だまり亭にいるのが、ジネットの部屋から順に――

 

 ジネット、エステラ、マグダ、レジーナ。

 ロレッタ、パウラ、ネフェリー、マーシャ、ミリィ。

 ノーマ、デリア、カンパニュラ、テレサ。

 ルシア、ギルベルタ、イメルダ、ナタリア。

 で、俺、ウーマロ、ベッコ、ハムっ子が四人……うわ、二十四人もいる。

 

 その上、教会へは毎日三十人前の寄付をしてるから……それだけで5リットルオーバーか。

 ホットケーキとなれば、ガキどもがおかわりをするだろうから、10リットルはないと不安だな。

 さすがジネット。なかなかいい読みだ。

 

「あと、卵も結構使いそうだな」

「じゃあ、私が家から持ってきてあげる」

 

 ひょこっと、ネフェリーが顔を出す。

 

「ネフェリー、さすがに早いな」

「えへへ。毎朝ニワトリより早く起きてるからね」

 

 ニワトリより早く?

 え、お前ニワトリじゃん?

 ボスニワトリじゃん?

 

「ヤシロが朝食作ってくれるの?」

「ホットケーキだけどな」

「わぁ、なんだか美味しそう。それじゃあ、どれくらい欲しい?」

「一人前で一個」

「えっと……デリアとシスターがいるから……大変、物凄く必要!」

「いえ、卵は買ってあるものがありますから。それにアッスントさんが今朝も持ってきてくださいますし」

「それで足りるの? 朝食でなくなっちゃわない?」

「それは………………」

 

 なくなるだろうな。

 親子丼とか、結構卵使うから、もらえるものはもらっておこう。

 

「悪いが三十ほど頼む」

「うん。任せて」

「あの、これお金です」

「あ~、大丈夫大丈夫。泊めてもらったし」

「そういうわけには」

「じゃあ、アッスントにあとで払っておけばいい」

 

 アッスントのところに卸した卵を陽だまり亭で購入する。

 その工程だけすっ飛ばして先に商品を受け取る。『見なし売買』とでも言うか。

 

「無料でもいいのに」

「じゃあ、十個くらいおまけしてくれ」

「うん。分かった。それじゃそうするね」

 

 さすがに卵を五十個無料ではもらえない。

 友達だからこそ、そこら辺の線引きは必要なのだ。

 

 必要なんだぞ、ジネット。

 なんでもかんでもほいほい店の料理を食わせちゃいけないんだぞ!

 分かったか、ジネット!

 

「それじゃ一緒に行くさね、ネフェリー」

「うん。上着は……いらないよね?」

「今朝は穏やかで気持ちがいいさね。そのままで大丈夫さよ」

 

 数日前までの寒さが嘘だったかのように、最近は朝夕ともに気温が下がらない。

 ちょっと涼しいかな、くらいの気候で非常に過ごしやすい。

 

「じゃあ、連中が戻るまでこっちはポテトサラダとフルーツソースの準備だ」

「はい。エステラさん、お手伝いをお願いしますね」

「うん。任せて」

「よし、任せた!」

「だからって丸投げはしないように!」

 

 本当にお手伝いくらいしか出来ないからな、エステラは。

 とりあえず茹でる芋の番でもさせておく。

 俺とジネットでジャムを作りつつフルーツをカットしていく。

 

 三種のベリーのソースと、フレッシュフルーツのスライス。

 あとは生クリームをホイップして、蜂蜜とバターでも用意しておけばいいだろう。

 

「ヤシロ。予想なんだけどね……絶対美味しいよね?」

「ま、ガキどもとデリアとベルティーナは喜ぶだろうな」

「味見が必要ならいつでも言ってね」

「ジネット。ベルティーナに感染したヤツがここにいるぞ」

「うふふ。美味しいお料理の前では、みなさんそうなりますよ」

 

 人類総ベルティーナ?

 ヤバイ、食物が食い尽くされる!

 

 俺は思うんだ。

 戦争の準備を始めた国の食料庫にベルティーナを放てば、きっと戦争は回避されると。

 食い物がなければ、戦争どころじゃなくなるからな。

 

「では、エステラさん。そろそろみなさんを起こしてきてくださいますか?」

「えっ、ボクが!?」

 

 たぶん今、エステラはマグダを思い浮かべたのだろう。

 普段、起こしてくると言えば、マグダくらいしかいないもんな。

 そして、その『起こす』ってのがえらく大変なんだ、マグダの場合。

 

「ボク、『起こしに行く』のってマグダとヤシロだけだからさ……苦労した思い出しかないんだよね」

 

 アホたれ。

 俺なんか寝起きいい方じゃねぇか。

 

「その間、美味しい朝ご飯を作って待っていますから」

「しょうがないね。ジネットちゃんのお願いなら断れないや」

 

 マジでか!?

 じゃあ、ジネットが「ヤシロさんにシルクのパンツをあげてください」ってお願いすればくれるのか!?

 よし、試してみよう!

 ……ただ、どうやってジネットにそのお願いを了承させるかが問題だが。

 

「まず、カンパニュラとデリアを起こして、カンパニュラにマグダを、デリアにギルベルタを起こしてもらおう」

「お前はそーゆーこすい計略はすぐ思いつくよな」

「適材適所だよ」

 

 寝起きの悪いツートップを他人に押しつけやがった。

 

「で、イメルダにルシアさんとマーシャとレジーナを任せよう」

「それはさすがに、イメルダに恨まれても文句言えないと思うぞ」

 

 寝起きから面倒くさそうなスリートップを全部イメルダに押しつけるのか。

 お前、極悪非道だな。

 

「パウラは放っておいても起きるよ」

「お前、ほとんど仕事する気ねぇな!?」

 

 采配だよ、采配。などと得意げに言って、エステラが二階へと向かった。

 寝ぼけたデリアに抱きつかれて苦労すればいいのに。

 

「ヤシロさん。今のうちにお風呂に入られますか?」

「ん? ……そうだな。じゃあ、ちゃっちゃっと入ってくるよ」


 おそらく、全員が揃うまでに十分くらいはかかるだろう。

 体と髪をざっと洗い、ハムっ子四人を湯船で揉み洗いするだけならそれで十分だ。


 厨房をジネットに任せて、まだ夢の中のハムっ子を四人抱えて、俺は風呂場へと入った。

 

 

 

 

 

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