異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

361話 潜入 -3-

公開日時: 2022年5月29日(日) 20:01
文字数:3,174

「まずは、ここから抜け出すぞ」

 

 残り時間は少ない。

 さっさと脱出しなければ。

 

「しかしどうやって抜け出す? 中庭には兵士が集まっているんだろう?」

 

 俺の声が聞こえていたのか、ゴッフレードがにやけ顔で言う。

 

「兵士が中庭に集まっているからこそ、抜け出せるんだよ」

「俺らの分の兵士服もあるのか?」

「お前らみたいなゴツイヤツが服を替えたくらいで兵士に紛れ込めるか」

 

 一発でバレるわ。

 

「もし俺がウィシャートなら――」

 

 あいつは臆病で用心深い。

 そして、自分が悪事を働いていることを自覚し、自分が大勢から恨まれていることも承知している。

 

 なら、おそらく自分が牢屋に閉じ込められる事態も想定しているはずだ。

 おそらく、ここの牢屋は、なんらかの方法で中から扉が開くように作られている。

 そして、最も怪しいあの牢屋――扉の真ん前に一つだけ離れて設置されていた牢屋。あそこに隠し通路があるはずだ。

 

「ここから抜け出す術を用意しておく」

 

 おそらく、ドア目の前の牢屋は、そこを使う者を囚人に見せないためにあの位置に作られたものだ。

 たとえば、監禁している誰かに見られちゃマズい人間が出入りするところなんかをな。

 

「牢屋を鍵無しで開ける方法は、二年近く閉じ込められていたノルベールが発見できなかったくらいだ、きっと知ってる者にしか分からない方法なんだろう」

 

 それを今から探るようなマネはしない。

 ドア前の牢屋の鍵をさらっと開ける。

 

「俺らが探すのは、この中のどこかにある隠し扉だ」

「本当にこんな場所にあるのか?」

 

 ゴッフレードが牢屋に入り、壁をゴンゴンと殴る。

 ノルベールは床と壁の隙間を注意深く観察する。

 

 だから俺は、使用用途から考察してみる。

 

 ウィシャート邸の隠し通路で、いまだに見つかっていないのは、上位区の十一区へ繋がる通路だ。

 裏の倉庫にあった、外部の行商人が頻繁に使用するような通路ではなく、もっと限られた、特別な人間専用の通路。

 ここにそれがあると仮定すると――上位の貴族を穴の底から這い上がらせるような通路は作らない。

 おそらく、なんの苦労もなく通り抜けられる扉のはず。

 つまり、扉は普通で開け方が特殊なものだろう。

 

 牢屋に入れられる時には、きっと持ち物をすべて没収されているだろう。

 つまり何もなしか、ここにある物で開けることが出来るはず。

 しかし、上位貴族を隠し通路で待たせるようなことも出来ないだろうから、通常時は簡単に開けることが出来るようにしているはず。

 

「何もねぇぞ」

 

 探しても見つからないってことは、壁に扉が隠されてるんじゃない。

 この壁そのものが扉である可能性が高い。

 

 この狭い牢屋の中で不自然な物は……

 

「その燭台、デカくないか?」

「ん? そうか? ん……まぁ、確かにデカいか」

 

 燭台を触って確認する――と、鍵穴を見つけた。

 なるほど、鍵を使っても開くわけね。

 鍵無しで開ける方法は知らなくていい。俺たちがこの通路を使うのは今日が最初で最後だからな。

 

「鍵なら、どんな仕組みだろうと……ちょちょいのちょい、っと」

 

 カチャッと音がして、鍵が開く。

 

「ゴッフレード、壁をスライドさせてくれ」

「壁を? ……うぉっ!? 動きやがった!」

 

 壁一面が左にスライドして、その奥に扉が現れる。

 重厚な木製の扉。

 いかにも、お貴族様が好きそうなデザインだな。

 

「こんなところに隠し通路が……。どこに繋がってやがるんだ?」

「おそらく、十一区だ」

「十一区!? そりゃあ……逃げるにはちょうどいいが……」

 

 俺はそこまで行ってる時間はない。

 

「だが、手前にもう一つか二つ扉があるはずだ。十一区から入れなくするための扉と、出口を塞がれた際に外へ抜け出すための扉が」

 

 ――という俺の予想通り、通路の途中に鉄格子が開いた状態で存在した。

 十一区と争いが起こった場合はここを閉じるわけだ。

 

 で、鉄格子のすぐ隣に、鉄の扉があった。

 

 

 こいつを抜ければ――サクッと解錠――外に出る。

 

 

「すげぇ……オオバの言ったとおりだ」

 

 出た先はウィシャートの館にほど近い裏路地だった。

 人一人がやっと通れるくらいの細い路地。

 住居なのか店舗なのか、隙間なくずらっと並んだ建物と建物の間だ。

 こんな場所、用事がなければ誰も入ってこない。

 

 三十区は、本当にウィシャートのために作られた街なんだな。

 

 路地を抜けると、ウィシャートの館が見えた。

 

「こんなところに出るのか」

 

 ゴッフレードが感心したように呟く。

 ノルベールは久しぶりの外の空気に感動しているようで、まぶたを閉じていた。

 

「こっちはウィシャートの館の裏門の方だよな?」

「あぁ。今行きゃあ、兵士が裏門に集結してるだろうよ」

「じゃあ、裏門のそばを通らず東側に回るぞ」

「そこに何がある?」

「仲間がいる、お前らはそいつらと行動を共にしてくれ」

「頼りになるんだろうな?」

「あぁ。これ以上ないくらいにな」

 

 人目を気にして街の中を駆け抜け、東側の集合地点へ向かう。

 そこで、頼れる仲間にゴッフレードとノルベールを預ける。

 

「じゃ、よろしくなメドラ」

「あぁ。任せときなダーリン。こいつらが悪さしないように、しっかり見張っといてあげるからさ」

 

 と~っても頼れるメドラちゃんです☆

 メドラの周りにはノルベールに負けず劣らずのムッキムキ狩人が数人いる。

 こいつらが暴れたり裏切ろうとしてもすぐに取り押さえられる。

 

 無駄なことは考えないことだな。

 

「……ダ、ダーリンだぁ?」

 

 なんか、ノルベールに汚物を見るような目で見られている。失敬な。

 で、誤解だから、それ。

 

「ダーリン。そろそろ時間だよ。急ぎな」

「あぁ、あとは頼む」

「こいつらには、アタシから作戦を伝えておくよ。安心して行ってきな」

「おう!」

「行ってらっしゃいの~投げキッス☆」

「緊急回避!」

「んも~う! ダーリンの照・れ・屋・さん☆」

 

 アホ。

 作戦前に命を落とすわけにはいかねぇんだよ。

 で、ノルベール。目玉が潰れた~みたいな苦しみ方しないでくれるか?

 イチャついてたワケじゃないから! 保身! 我が身を守っただけだから、さっきの!

 

 走りながら、兵士の兜を脱ぎ、鎧を捨てる。

 そして、ウィシャートの館正門前にたどり着いた時、教会の鐘が高らかに鳴り響いた。

 

 

 朝の鐘。

 

 

 約束の時間だ。

 

 

「はぁ……はぁ……っ!」

「ヤシロ。よく間に合ったね」

「……まぁな」

 

 俺が時間に間に合えば共に、間に合わなければエステラだけで乗り込む予定だった。

 そうなれば、俺は屋敷の内部から、兵士の追撃を避けつつ応接室へ向かうことになるところだった。

 兵士が思った以上にいたから、もしそうなっていたら、俺は捕らえられていたかもなぁ。

 

「ヤシロ様、お着替えを」

「サンキュウ。ナタリア。エステラ、兵士に用件を伝えてくれ」

「君がまだ着替えていないのにかい?」

「どうせなんだかんだ言って待たされるだろ?」

「ははっ、そうだね。じゃあ、時間厳守で行こうか」

 

 正装のエステラが表情を引き締めてウィシャート邸の正門へ向かう。

 ドレスではない、戦闘モードの正装だ。

 

「三十区領主、デイグレア・ウィシャートに会いに来た」

「アポイントは?」

「通達は受けているはずだ」

「あのような一方的なものを正式なものだと申されましても――」

「では、統括裁判所で決着を付けることとしよう。ウィシャートはおのれの非を認め逃亡したと、告訴の申請用紙に書き添えておくよ」

「我が主は逃亡など致しません!」

「では、お目通りを願えるよね?」

「……確認してまいります。少々お待ちを」

 

 その他大勢の兵士とは異なる、一際豪華な鎧を身に着けた兵士がエステラを一睨みして館の中へと消える。

 

 まぁ、ここまでは予定調和だな。

 こんなもんで諦めるわけないのに、一応やっておかないと不安にでもなるのかねぇ。

 

「ヤシロ、着替えは終わった?」

「おう。……どうよ? イケてるだろ?」

「あはは。そうだね」

 

 汗を拭き、正装に身を包んだ俺を見て、エステラは笑顔で言う。

 

 

「どこからどう見ても、似非貴族だよ」

 

 

 ……コンニャロウ。

 

 

 

 

 

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