異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

282話 ゴミはゴミ箱へ -4-

公開日時: 2021年7月21日(水) 20:01
文字数:3,744

「おぉっ、こりゃあうめぇな!」

 

 焼き鳥にかぶりつき、男が頬を緩める。

 

「言っておくが、その串で攻撃なんかしてきたら即没収だぞ」

「しねぇよ、そんなこと」

「刺すのも叩きつけるのも放り投げるのも禁止だ。いいな?」

「分かってるよ。そんなことはしねぇ」

 

 美味い食い物を没収されてはかなわないと、男は俺の言うことをほいほいと了承する。

 

 そうして、男が焼き鳥を食い尽くすのを俺はしっかりと見届けた。

 三本の焼き鳥を平らげ、男は串を咥えてしみ込んだタレの味まで意地汚く堪能し尽くす。

 

「その弁当箱はゴミを入れる物じゃないんだ。ゴミはきちんとゴミ箱へ入れてくれるか」

「おぉ、そうか。ちっと名残惜しいが、約束だからな」

 

 へへっと笑い、男が三本の串を持って身を乗り出す。

 ジャラッと鎖が鳴る。

 

「……っと」

 

 腕を伸ばし、串をゴミ箱へ入れようとするが、微妙に届かない。

 俺が、絶妙に届かない位置にゴミ箱を置いたからな。当然の結果だ。届くわけがない。

 

「なぁ、おい。ちょっと遠いぜ。もうちょっとこっちへ寄越してくれよ」

 

 俺を味方だと判断しているのか、男は相変わらず「へへっ」なんて軽薄な笑みを浮かべて俺に言葉を向ける。

 ――が、返事はしない。

 視線も合わせない。

 

「鎖が邪魔でこれ以上前に行けねぇんだって」

 

 首に繋がれた鎖を持って、男が俺に訴えかけてくる。

 だが、返事はしないし視線も向けない。

 

「……ちっ。しゃーねぇな」

 

 串を持った腕を微かに下げた男へ、すかさず忠告を発する。

 

「放り投げるなよ?」

 

 腕をまっすぐ伸ばし、人差し指を男の眼前に向けて。

 

「串は放り投げないと約束しただろう?」

 

 ついさっきの話だ。

「刺すのも叩きつけるのも放り投げるのも禁止だ」と言った俺に対し、男は「分かってるよ。そんなことはしねぇ」と答えた。

 串を放り投げれば、それは嘘になる。

 

「串を投げれば『精霊の審判』をかけるぞ」

「いや、ちょっ!? 待てよ! な、投げねぇよ!」

 

 放り投げかけていた串を慌てて握りしめ、男が身を固くする。

 串ともどもぐっと握りしめた拳を胸の前に持ってきて反対の手で包み込む。取り落としたりしないように。

 

「それじゃあ、届かねぇからよ、これ、こっちの箱に入れとくぜ?」

「それはゴミを入れる物じゃないと言ったはずだが」

 

 伸ばした指先を突きつけると、男が「ひぃっ!」とノドを引きつらせる。

 

「じゃ、じゃあよ! お前が捨ててくれよ!」

「お前が口を付けたものを、俺がか?」

「き、汚くなんかねぇだろうが、別に! そもそも、お前が捨てろって言ったんだろうがよ!」

「まぁ、別に捨ててやっても構わないが……」

 

 深く、長く、息を吐き。

 静かに、細く、息を吸う。

 

 そして、神が愚か者を心底軽蔑するような見下げ果てた眼差しを男に向ける。

 

「……いいのか?」

 

 本当に、俺が捨てていいのか?

 よく考えろよ。

 

「お前は、『ゴミはゴミ箱へ捨てる』という条件を了承して、その焼き鳥を食ったんだぞ?」

 

 お前がゴミ箱へ捨てなきゃ、それは嘘になるんじゃないのか?

 

「それともなにか? 焼き鳥を返してくれるのか?」

「い、いや…………」

 

 男の奥歯がカチカチと音を鳴らし始める。

 

「さぁ……どうするんだよ?」

「ひぅぐっ!?」

 

 視線に力を込めて睨みを利かせると、男の全身から汗が噴き出した。

 直後、男は狂ったように腕を伸ばし、涙目になりながら串をゴミ箱に入れようともがいた。あがいた。抗った。

 

「くそっ! 届け! 届けよチキショウ! 頼むっ、届いてくれ! 届いてくれよぉぉお!」

 

 汗と涙と鼻水で顔面をドロドロにしながら、男はついに号泣し始める。

 

「なんでだよ! もうちょっと、もうちょっとだけこっちに移動させてくれりゃ……! くそっ! 俺になんの恨みがあるってんだ!」

 

 そう叫んだ後。男の肩が跳ねた。

 いや、全身がすくんだと言うべきか。

 

 男の呼吸がおかしくなり、奇妙な音を鳴らし始める。

 

 まともに呼吸も出来ない様子で、男がそろりと俺の方へと顔を向け、「ひぃっ!」とまたノドを引きつらせる。

 

「……なんの恨みがあるのか……だと?」

 

 男の全身が極端なほどに震え始める。

 あぁ、そうか。悪い悪い。そんなに漏れちまってるか、殺気が。

 だって仕方ないだろう……

 

 

「テメェ、ぶっ殺すぞ?」

 

 

 頭の中、その一言で埋め尽くされてるんだからよ。

 

 恨みがないとでも思ったか?

 なに勝手に味方だなんて思い込んで薄ら笑い向けてきてやがったんだよ、テメェは。

 恨みでもあるのか、だと?

 

 あるに決まってんだろうが。

 

「テメェはマーシャを害そうとした」

「ち、違うんだ! あれは、あの、そう! あそこまで危険な薬だとは思わなくて、だから、そこまでの、あの、そういう、アレじゃなくて……」

「だから、自分は悪くない……と?」

「い、いや! お、俺も悪かった! そこは反省してる! マジだ! 人魚に会って土下座したいと思ってる! これはマジなんだって!」

「土下座したくらいで、怪我が治るのか?」

「え……? い、いや、水槽に薬は入ってない、よな? だから、怪我なんかしてないだろ?」

 

 こいつ……

 マグダとメドラが怪我したことを知らないとでも言うのか?

 

「マーシャを守った二人が怪我を負った。女が、肌に、火傷を作ったんだぞ?」

「それはそいつらが勝手に……ひぃぃっ!? わ、分かった! 悪かった! 謝る! そいつらにもちゃんと謝るから!」

 

 ………………『そいつら』?

 

「お前はすごいな……」

 

 思わず、口角が持ち上がった。

 ホント、笑っちまうよ。

 

「俺をイラつかせる天才なんじゃねぇか?」

 

 笑っちまうくらいに反吐が出るぜ。

 

「ほんの出来心だったんだ! た、大金を積まれてよ! それで、つい目がくらんで……いや、魔が差して! だって俺は、生まれてからずっと地べたに這い蹲って、クソみてぇな人生でよ……だから……」

「だから、ギルド長なんて金を持っているいけ好かねぇヤツがどうなろうと知ったこっちゃないと、『無事では済まない』と『分かっていた』薬をマーシャに使おうとしたんだな?」

「そ、それは…………」

 

 俯き、口を閉じ、男は沈黙する。

 本当は耳を塞いでまぶたを閉じて、何もなかったことにしたいのだろうが……そうはさせない。

 

「テメェの一方的な妬みと短絡的な判断のせいで、俺の大切なヤツらが危機にさらされ実際傷を負い、それを見て心を痛めた。――もう一度さっきの質問してくれねぇか?」

 

 もう一回、こっちを見て言ってみろよ。

『俺になんの恨みがあるってんだ』って。

 

 言ってみろよ!

 

「こうなるリスクを考えなかったわけじゃないよな?」

 

 項垂れる男の後頭部へ言葉を落としていく。

 

「誰かを傷付けると決めた以上、反撃される覚悟くらい持ってたんだよな?」

 

 投げかけられる言葉に重みがあるのか、男の頭はどんどん垂れ下がっていく。

 

「……こんなことになるなんて、思ってなかった」

 

 蚊の鳴くような声が聞こえてくる。

 その声に含まれる感情は後悔、悲哀、絶望。

 

 だが、そのどれもがこいつ自身に向けられている。

 自分が危害を加えた相手へは、一切気持ちが向いていない。

 こいつの頭の中にあるのは、自分のことだけだ。

 

 こんなクサレ野郎に同情してやる余地はない。

 

「どうなると思ってたんだよ?」

 

 こんなことになると思ってなかったと言うヤツは、どうなると思っていたかを絶対に口にしない。

 取り返しのつかない状況に追い込まれた今、『うまくいった』時のことなど寒々しくて到底口には出来ない。

 利己的で、自分勝手で、クソくだらねぇ満足感のための動機なんて、話せるわけねぇよな。

 

「言えよ。もしかしたら、俺の気が変わるかもしれねぇぞ?」

 

 素直に話せば、気が変わるかもしれない。

 それは本当だ。

 嘘じゃない。

 

「…………」

 

 だが、男は言葉を発さない。

 惜しいな。

 正直に話せば、俺の気が変わって……この場でぶち殺していたかもしれないってのに。

 

「あの薬が水槽に投げ込まれていれば、マーシャは再起不能となり表舞台から姿を消す」

 

 仕方がないので、俺が『うまくいった』時の未来を語ってやる。

 

「ギルド長を害された海漁ギルドは怒り狂い、マーシャを守れなかった四十二区領主を糾弾する。当然、港の建設は白紙撤回される」

 

 四十二区と海漁ギルドの関係は、決定的に壊れるだろう。

 

「『うまくいってれば』、お前の懐に大金が転がり込み、女を囲って酒を煽って、『俺は大仕事をやってのけたんだ』と我が物顔で裏社会を闊歩できたよな」

 

『うまくいけば』……か。

 

「反吐が出るぜ」

 

 他人を傷付け、人生を滅茶苦茶にすることを『成功』だなんて考える野郎の思考なんか理解したくもないし、そんな野郎にかけてやる情けなんざ俺の中のどこを探したって見つかりやしねぇ。

 

「……ほら、どうした? ゴミはゴミ箱へ、だろ?」

 

 そう。

 ゴミはゴミ箱へ。

 

「テメェにお似合いの未来をくれてやるぜ」

「……ぅゎぁぁあああああっ!」

 

 鎖を引き千切らん勢いで男が前進する。

 首輪がノドに食い込み、首の皮が裂けて血が滲む。

 腕を必死に伸ばしてゴミ箱へ串を入れようとするが、絶妙に届かない。

 

「うゎぁぁああああああっ!」

 

 どんなに叫ぼうが、どんなにもがこうが、体が壊れるほど暴れようが、串はゴミ箱へは届かない。

 

 

 哀れなクソ野郎を見据え、俺は腕をまっすぐに伸ばして人差し指を突きつける。

 そして、短いセリフを口にした。

 

 

「『精霊の審判』――」

 

 

 

 光りが溢れ出し、その輝きが収まった時、目の前には両目に涙を浮かべたカエルが佇んでいた。

 

 

 

 

 

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