異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

375話 四十二区が得る利益 -3-

公開日時: 2022年7月26日(火) 20:01
文字数:3,356

 ぽふっと、頭に手が乗せられる。

 振り返れば、ルシアが明後日の方向を向いて、俺の頭に手を乗せていた。

 

「四十二区の守りを盤石にしたいならば、そなたは生きろ。少なくとも、私たちよりも長くな」

 

 そこまで言って、こちらへ視線を向ける。

 にぃっと、口の端を持ち上げて、妙に艶めかしい表情で言う。

 

「ついでに、私への好感度が高い貴様が、私亡き後の三十五区も守れ」

「投資が足りてねぇぞ。今の状況だと、ギルベルタ一人を引き取るくらいしか出来ねぇな」

 

 三十五区はデカ過ぎだ。

 

「それに、生物的に考えても、繊細な俺より図太いお前の方が絶対長生きするからな」

 

 お前の願いなんぞ聞けるか。

 ……と、そんな冗談を言ったら、頭に乗っていたルシアの手が降りてきて俺の頬を摘まむ。結構な強さで。

 

「へめぇ、なにひやがふ……」

「私より先に死ぬことを禁ずる。これは命令だ」

 

 これまでに見せたこともないような真剣な目で言われ、すぐに言葉が出てこなかった。

 

「この街で、そんなどうなるかも分からんこと、安請け合いできるかよ」

「……ふん。甲斐性のない男だ」

 

 甲斐性は関係ねぇだろ。

 解放された頬を撫でながら、こちらに背を向けてエステラの方へ歩いていくルシアを見送る。

 

「言っていた、ルシア様は、以前」

 

 ルシアを見送る俺の背後で、ギルベルタが静かに語る。

 

「『私は泣くのが嫌いだ。もう二度と、このようなことは御免だ』と、先代がお亡くなりになった時に」

「泣いてたか、ルシア」

「三日三晩。とらなかった、食事も、睡眠も」

「そりゃ、しんどいよな」

「……私も」

 

 きゅっと、服の裾を摘ままれる。

 

「望む、友達のヤシロの長生きを」

 

 そんな、不安になるようなことじゃない。

 別に不治の病にかかっているわけでもない。

 ただ、人の命なんてものは案外あっけないものだってだけの話で……だが、まぁ。

 

「大丈夫だ。まだまだ野望が残ってるからな。そうそう死んでやるつもりはない」

「……なら、安心」

 

 頭を撫でてやると、その手をきゅっと掴んでくる。

 子供というより、小動物のような反応だ。

 

「少なくとも、貧乳から爆乳まですべてのおっぱいが踊り狂うおっぱいカーニバルを開催するまでは死んでやるつもりはない」

「分かった。阻止する、私は、おっぱいカーニバルの開催を」

「いや、そこは是非協力を――」

「阻止する、全力で」

 

 全力かぁ……

 しまったな。「開催できなきゃ死ぬ」って言えば開催に向けて全力を出してくれたかもしれないのか。

 言葉を間違えたな、こりゃ。

 

「んじゃ、他のところでは協力を頼むな」

「了解する、私は。大好きだから、友達のヤシロが」

 

 くるっと俺へ向き直り、にっこり笑って、ルシアを追いかけて駆けていくギルベルタ。

 ドッグランに来たチワワのような後ろ姿だ。

 

「貴様は見境無しだな」

「誰が手なんぞ出すか。これだからモテない男の発想は……」

 

 嘆息するリカルドに嘆息する。

 仲良くすればみんな「付き合ってる」って思い込むのはやめた方がいいぞ。

 

「つーわけで、大工をもうしばらく借りるぞ」

 

 港の工事に駆り出されていた四十一区から三十五区までの大工を、そっくりそのままテーマパーク建設に借り受ける。

 組合が何か言ってこようが、そこらの大工は軒並み組合を抜けているので「今さら遅い!」で対応可能だ。

 失脚したグレイゴンに代わり、土木ギルド組合の新しい役員に就任したどこぞの貴族はウィシャートに対して都合のいい発言をしたウィシャートの手駒だったしな。

 今さらそんなところにウーマロたちを戻すメリットはない。

 

 対立?

 上等じゃねぇか。

 こちとら一年先まで予定がびっしりだ。

 仕事の斡旋を止めたければ止めればいい。

 むしろ、仕事を回されるのは迷惑極まりない。

 

 貸してやんねーよ、組合になんか。

 

「ヤシロさん。必要な物のリストが出来ました」

 

 アッスントとの話を終え、ジネットが俺のところへ紙を持ってくる。

 これは、各区の料理人が持参する調理道具か。

 一応こちらでも用意するが、必要なら持参してもいい必要な調理器具が別の表にまとめられている。

 また、調味料も持参したければどうぞ。必要なら販売もする。なんて書かれている。これはアッスントが書いたんだろうな。

 

「各区から刃物を持った料理人が数十人集まってくるのか」

「うふふ。そう聞くと物騒ですね。でも、私も包丁を持参しますよ」

 

 ジネットからリストを受け取り、領主付きの給仕長や執事にそれを写させる。

 コピー機があれば楽なんだが、そこは我慢してもらおう。

 

 オルフェンによって別室が用意され、そこで書き写し作業を行うことにした。

 書き写すとなると、人手も時間もかかるよなぁ。

 

「レシピはタートリオに言って印刷してもらうか?」

「そうですね。情報紙の技術があれば複数枚用意することは出来そうですね。でも、今は増刊号でお忙しいのではないですか?」

「来年オープンする大規模なテーマパークの情報と引き換えにすれば、少しくらい予定を調整してくれるさ」

 

 タートリオは、それくらいの柔軟性を持っている。

 よし、ラーメン、餃子、ケーキ、たこ焼き、すべてのレシピを刷らせよう。

 報酬は、そうだな……完成までの間、テーマパーク内の工事の進捗を自由に取材できる権でどうだ?

 あと、プレオープンにご招待とか。

 うん、釣れる気がしてきた。

 

「エステラ~!」

「聞こえてたよ。ナタリアに言って手配させるね。レシピは、ジネットちゃんにお願いしてもいいかな?」

「はい。任せてください」

「すごく急ぎになっちゃうけど」

「大丈夫です。今からかかれば今日中に出来ます」

「ただし、印刷することを意識して書けよ」

 

 情報紙は版画による印刷だ。

 あまりに細かいと見栄えが悪くなるし、木を掘るのにも時間がかかる。

 もっとも、イラストを見る限り、かなり技術力の高い彫り師がいるようなのでその辺は丸投げしてしまって大丈夫だろう。

 

「わたし、情報紙をたくさん持っていますから、それを参考にしますね」

 

 たくさんはたくさんだが、種類は少ないじゃねぇか。

 いろんな種類があれば見比べられるんだけどな。

 

「じゃあ、先に帰るか、ジネット」

「そうですね。お店の方が書きやすいと思いますし、お手本になる情報紙もありますし、マグダさんやロレッタさんの意見も聞きたいですし」

「じゃあ、エステラ。ジネットを送ってくる」

「えっ、そんな。大丈夫ですよ。一人で帰れますから」

 

 と、遠慮するジネットだったが、エステラがそれを許さなかった。

 

「きちんと送ってあげてね。ギルベルタ、悪いけど護衛をお願いできないかな?」

「引き受ける、私は。喜んで」

 

 三十一区から四十二区へ帰るには、三十区を通らなければいけない。

 ウィシャートが失脚したとはいえ、いや、だからこそ、四十二区に敵意を向ける者がいるかもしれない。

 ジネットを一人で帰すことは出来ない。

 

「ハムっ子を連れてまた戻ってくるよ」

「いや、ヤシロはもう戻ってこなくて平気だよ。こっちも、ウーマロに工事を頼んだら帰るから」

「大丈夫か?」

「平気だよ。ルシアさんもいるし、デミリーオジ様もいるし」

 

 まぁ、ここに集まった領主たちが何かするとは思えないが……

 

「そうか。だが、一応気を付けてな」

「うん。そっちもね」

「ほな、ウチも一緒に連れて帰ってもらおかな」

 

 レジーナが部屋の隅っこからふら~っとやって来る。

 人が増えてから部屋の隅っこにうずくまって動かなかったからなぁ、こいつ。

 埃かと思ったぞ。

 

「ギルベルタだけは、一度戻ってきてくれるかい?」

「そのつもり、私は。必要、警護が、ルシア様の」

 

 そうして、俺たちは四十二区へ戻ることとなった。

 オルフェンに馬車を出してもらい二十九区へ行き、ニューロードを通って四十二区へ戻る。

 ニューロード、馬車が通れるように改造しないと不便だよな。ハムっ子総動員したら洞窟を拡張できるんじゃないか? こう、ゆる~いスロープにして、馬車が悠々と通れるようにさ。

 うん。今度ウーマロに話してみよう。

 万が一、洞窟が崩落しても、イチャモンつけてくる領主はゲラーシーだし、なんとでもなるだろう、うん。



 ジネットを陽だまり亭へ送り届けた後でレジーナを送っていくと言ったら、レジーナは「いや、ウチも陽だまり亭に行くわ」とそれを断った。

 

「もうちょっと、話したいことあるさかい」

 

 そんなわけで陽だまり亭へ戻る。

 再び三十一区へ向かうギルベルタを見送ると、空はもう薄暗くなっていた。

 

 

 

 

 

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