「ロレッタ。一度落ち着こう。レジーナのペースで話をさせてあげよう」
「……はい。分かったです」
エステラがロレッタをなだめ、一度着席させる。
ミリィやカンパニュラたちも、不安そうな表情でじっとレジーナを見守っている。
こいつらは、反対する気はないようだ。
もっとも、「じゃあ、気を付けてね~」と軽々しく見送ることも出来ないのだろうけれど。
「レジーナ」
ロレッタに変わり、今度はエステラがレジーナの前に立つ。
「君の意思が固いのはよく分かったよ」
「その反面、おっぱいはめっちゃ柔らかいけどな☆」
「余計なことは言わなくていいから!」
「どれどれ、ちょっと確認を――」
「ヤシロ、立つな!」
「おっぱいはめっちゃ柔らかいけどな☆」
「余計なことは言うなと言ったんだよ、ボクは!?」
「エステラ様。レジーナさん的には『余計なこと』という認識がないのだと思われます」
重要なことだから二回言ったんだろうなぁ。
「……まったく。素直に心配させておくれよ」
「堪忍な。そーゆーの、こそばゆいねん」
レジーナにしても、こいつらを蔑ろにはしたくないのだろう。
「関係ない、口を出すな」と言ってしまえば、楽に行動が出来る。だが、それをしたくないとレジーナは思っている。
だから、きちんと話して、その上で納得させて、それから出て行こうとしているのだ。
人と面と向かって話すのが苦手なくせに。
「きっと、君を止めることはボクたちのエゴなんだろうね」
「そんなことはあらへんけどな。けど、ウチはバオクリエアへ行くで」
結論は揺るがない。
レジーナの顔を見れば、それがいやというほどよく分かる。
それが分かり過ぎるから、誰もがつらそうな顔をしている。
こいつ以外は。
「では、出発前にパーティーをしましょうね」
にこにこと、ジネットがそんなことを提案する。
「みんなでレジーナさんの旅の無事をお祈りしましょう」
「ウチが主役のパーティー? ……え、ちょっと想像できへん」
「かしこまったものでなくても、みんなでお食事をしましょう。バオクリエアへ向かわれると、しばらくは陽だまり亭の料理を食べていただけなくなりますし」
そう。
ジネットは嬉しかったのだろう。
レジーナがバオクリエアへ『行く』と言ったことが。
バオクリエアへ『帰る』でも『戻る』でもなく、『行く』。
行くと言うのだから、きっとこいつは帰ってくる。
「きっと無事に帰ってきてくださいね。陽だまり亭は、――わたしたちは、いつまでもこの場所でレジーナさんのお帰りを待っていますからね」
ぐっ、と喉が鳴り、レジーナが唇を引き結ぶ。
顔を伏せ、慌てたように前髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「ほ、ほなら、そん時は美味しいモン食べさせてもらおかな」
「はい。好きな物があればなんでも言ってくださいね」
「おっぱい?」
「レジーナさん」
「奇遇だな、俺もだ」
「ヤシロさん」
むぅ、っと俺を睨む。
いいんだよ、これで。レジーナが泣きそうなのを誤魔化してるんだから、乗ってやれば。
「店長はんの料理やったらなんでもかまへんわ。何出てきても美味しいしなぁ」
「ありがとうございます。腕によりをかけて作りますね」
……なんでもかまへんわ、か。
甘え下手なレジーナを見ながら、俺は少し考える。
他の連中は何が食べたいかを話し始める。
いや、むしろ、レジーナに何を食わせたいかの相談になっているようだ。
パーティーを開催するなら、絶対に参加するという意気込みが窺える。
「パーティーの準備も必要だけれど、レジーナ、一つ聞いていいかな?」
「3サイズかいな?」
「違う」
「性感帯やったら――」
「言わなくていいから!」
「下着の色かいなぁ、かなんなぁ~」
「卑猥なものから離れて!」
「ウチに死ね言ぅんかいな!?」
「それで絶命するなら、それはもうしょうがないこととして片付けるよ!」
卑猥から離れると死ぬような人間は……うん、死んだ方が世のためかもしれないな。
「ボクはバオクリエアに行ったことがないから分からないんだけれど、陸路ではどれくらい時間がかかるんだい?」
「ついてくる気ぃなん?」
「いや、ワイルだっけ? 海路でバオクリエアへ戻り、すぐに騎士団を陸路で派遣したとして、どれくらい時間がかかるのかと思ってね」
「せやねぇ……まぁ、早くてあと三十日くらいはかかるんちゃうやろか?」
「そうか。なら、まだ少し時間はありそうだね」
ほっと息を漏らすエステラ。
「けど、帰ってくるにもそれくらい時間がかかるってことですよね?」
「ゃっぱり、寂しぃ……ね」
「大丈夫や。みんなに一枚ずつ、ウチが穿き潰したパンツ渡しとくさかい、それをウチやと思ぅて肌身離さず――」
「もっと他のがいいです、どうせなら!?」
いや、俺はそれでいいけど?
むしろ、それがいいけど?
ちなみに、リース期間が終わったら買い取れるシステム?
「海路が危険なのは、船に乗る際に身元をチェックされるから――でしたわよね?」
「せやね。まぁ、『海運公団』が全部第一王子派ってわけやないさかい、うまいこと潜り込めればなんとかなるんやろうけど」
海運公団というのは、オールブルームとバオクリエアを結ぶ定期船を運営している団体で、オールブルームとバオクリエアの共同出資により成り立っている。
それ故に、船内に兵を忍び込ませてどちらかの国へ攻め込むなんてことが出来ないようにしてある。
船員はそれぞれの国から半数ずつ選ばれる。
なので、周りすべてが敵という状況にはならないが――第一王子派の者が一人でも船員に紛れ込んでいれば、船が港に着く前になんらかの合図で本国の味方に知らせることが出来るだろう。
狼煙の一つでもあげれば『港を包囲せよ』くらいのメッセージは送れるだろうしな。
だからこそ、船は危険なのだ。
「でしたら、安全な船で行けばよろしいのですわ。信頼できる船長が指揮する船で」
「あぁ~っ、そうです! それですよ! マーシャさんにお願いすれば、船を出してくれるですよ、きっと!」
「あ~、それは一番危険やと思うで」
身元チェックのないマーシャの船でバオクリエアへ行けば安全なように見えるが――
「許可のない船舶は徹底的に調査されるさかい、船の底に潜んでたとしてもきっと見つかってまうわ」
それ以前に港へ入れない可能性もあり、最悪の場合はマーシャたちが船ごと拿捕される危険もあるという。
まぁ、港は貿易の要でもあり、防衛の弱点になりやすいからな。
「せやから、一番安全なんは、やっぱり騎士団に護衛してもらいつつ陸路を行って、荷物の箱ん中にでも隠れて門を通過する方法やろうね」
騎士団を商人にでも変装させておいて、レジーナが旅の間で溜まった汚れ物を入れておく木箱の底にでも潜んでおけば、商品にもならないそんな物まで厳重に調べられることはないだろう。
オッサンどもが長旅の間中着ていた服や下着なんぞ、調べたくもないだろうしな。
底に身を潜めるレジーナがオッサン臭さに耐えられるなら……まぁ、あいつなら大丈夫か。むしろご褒美にすらなり得るだろう。
……さすがにムリか?
「それより、パーティーやったら帰ってきてからにしてくれへんか?」
にへらっと笑って、頬をかきながら恥ずかしそうに言う。
「その方が、『よっしゃ、意地でも帰ったろ』て思えるさかいに」
危険はある。
だがそれでも行かなければいけない。
だから、帰ってくるために力を貸してほしい。
楽しみがあれば、どんな危機的状況に陥っても、人間ってのは意外と生きながらえることが出来たりするものだ。
「死んでたまるか!」という強い思いは、割とバカには出来ないものなのだ。
「せやから、今日のところは普通に夕飯食べさせてくれへんか? なんやウチ、お腹空いてしもたわ」
「そうですね。みなさん四十一区へ行ってお疲れですよね」
ぽんっと手を叩き、ジネットは会心の笑みで一同に告げる。
「実は、今朝ヤシロさんに教えていただいたばかりの秘蔵の新作があるんです」
「ホントに!? それは楽しみだね」
「あたしもお腹ペコペコです!」
「少し冷えましたわね。ワタクシは温まれる物がいいですわ」
ジネットの報告に、食堂内がわっと盛り上がる。
遠出で疲れ、すっかり冷えていた体には、ラーメンの温かいスープが染み渡るだろう。
「では、準備してきますので、少し待っていてくださいね」
嬉しそうに言うジネットを見つめながら、俺はまた少しだけ考えを巡らせていた。
『せやから』……か。
レジーナを見ると、偶然視線がぶつかった。
俺が顔色を窺っていることを悟ると、レジーナがサッと視線を逸らし、むぅっと膨れた後でこちらへ向かって「んべっ」っと舌を見せた。
気を遣うなということらしい。
「じゃ、俺も手伝うよ」
せめて美味い物でも食わせてやろうと、そう思った。
レジーナの生涯で、今日ほど多くしゃべった日はなかっただろうからな。
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