情報紙発行会の連中との話し合いが決裂した後、俺は陽だまり亭の前に集まっている権力者たちを見渡して問う。
「見に行きたい人~?」
「ボクは行くよ。当然ね」
「アタシも行くさ。警備は狩猟ギルドの領分だからね」
「私も行きたいかも~☆」
にこにこと、水槽の中で挙手をするマーシャ。
……お前、分かってるのか?
「マーシャ。見ない方がいいと思うぞ?」
「ありがとね、ヤシロ君☆」
一応、荒事に慣れていない者が進んで見るようなものではないので忠告しておく。
だが、マーシャは固い意思を覗かせる瞳で首を振る。
「私は、この体を再起不能にされかけたんだよ? きちんと見届けたいし、見届けるべきだと思ってる。港の完成は、私の夢の一つでもあるしね」
そんな汚れ役まで引き受けんでも……
そう。
これから俺たちは汚れ仕事をしに行く。
ゴロツキをカエルにした時に決めたんだ。
今回の敵は、徹底的に潰すって。
今後、似たようなバカが雨後の筍のように湧いて出ないように。
たとえ、血を見るような荒事になろうと。
だが、それは俺の決意であり、関係者全員を巻き込もうなんて考えちゃいない。
むしろ、こいつらにはなるべく関わらないでもらいたいくらいだ。
「マグダは、陽だまり亭に残ってジネットとロレッタを守ってやってくれ」
「えっ!? あたしは行きたいです!」
「ロレッタさん」
今回の件でかなり怒っているロレッタは参加したそうにしていたが、ジネットがそれを止める。
「わたしたちが行けば、ヤシロさんの邪魔をしてしまいます。ヤシロさんは優しい方ですから」
「…………はい、分かったです」
まぁ、確かに、ジネットたちがいると迷いが生じてしまうだろうが……
「ありがとな、ジネット」
「いえ」
これだけはちゃんと言っておこう。
「けど、お前らを邪魔だなんて俺は思わない。もしお前たちが見たいというなら見せてやるさ。その結果、お前たちが俺のことを心底軽蔑しようとな」
これから行うのは、そういう最低な行為だ。
自分だけ嫌われないポジションにいられるなんて思っちゃいない。
「わたしは、……いえ、わたしたちは、ヤシロさんがどんなことをしようと、軽蔑したりなんかしませんよ。ヤシロさんが街のためにと考えていることは知っていますから。……ただ、怖くなって止めてしまいそうなので、やっぱりここで待っています」
そっと俺の手を握り、陽だまり亭を背にして、太陽のような笑顔が咲く。
「ですから、ちゃんと帰ってきてくださいね。わたしたちのもとへ。この陽だまり亭へ」
その言葉に、ひどく安心感を覚えた。
「あぁ、ちゃんと帰ってくるよ――」
ジネットの手を取り、そっと下ろす。
「一仕事を終えて腹を空かせた偉いさんたちを引き連れてな」
こいつらはわがままだから、相当美味い飯を提供しなければ納得してくれないだろう。
なら、陽だまり亭以外に連れてくる場所はない。
「ごめんね、ジネットちゃん。……こんな方法しか取れなくて」
「いいえ。それがこの街のためだとみなさんが決断されたのなら、わたしはそれを応援します。……どうか、みなさんご無事で」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
そうして、選抜隊がずらりと並ぶ。
「ドニス、マーゥルを頼むぞ」
「うむ。気を付けるのだぞ、ヤシぴっぴ」
「自分で言い出した作戦で、ヘマはしねぇよ」
年寄りと気の弱い女性たちを残し、俺たちは街門前の広場を目指す。
デボラが参戦すれば戦力になるだろうが、今回協力要請していないイベールは待機することになった。もちろんデボラも待機だ。
イベールは、状況も把握せず荒事に飛び込んでいくような考えなしではないからな。
あ、ゲラーシーは行くって。あいつ考えなしのバカだから。
というわけで、選抜隊は以下の面々。
俺、エステラ、ナタリア、ルシア、ギルベルタ、メドラ、マーシャ、そしてひょこひょこついてきたゲラーシーとイネス。
「ワタクシもいますわ」
一見、オシャレ以外に興味がないひ弱なお嬢様に見えるイメルダだが、その瞳にはメラメラと怒りの炎が見え隠れしている。
「マグダさんとロレッタさんの分、きっちりと暴れてさしあげますわ」
「けど、お前は手を汚すなよ。ハビエルが泣く」
「ふふ……、ヤシロさんはどこまで人を甘やかしますの? ですが、男性に甘やかされるのも淑女の務めですわね。心に留めておきますわ」
ハンドアックスを握り、楚々と微笑むイメルダ。
ギャップが恐ろしいよ。
「お? 来た来た。お~い、ヤシロ~!」
教会のそばまで来ると、デリアとノーマが俺たちを待ち構えていた。
「難しい話終わったか?」
「ちょっと見てきたけれど、今日もわんさかガラの悪いのがウロついていたさね」
心なしか嬉しそうな二人。
なんか、わくわくしている。
「これ以上、ゴロつきにデカい顔をされんのは勘弁ならないと思ってたところさね」
「あたいもな、子供らが怖がってるって聞いて『ふざけんな!』って思ってたんだ」
街門前広場をウロつくゴロつきたちによる被害は日に日に拡大しつつあった。
どこからかの指示で集まっているのであろうゴロつきだが、連中がおとなしく命令を聞くだけに留まるはずがない。
それが出来るならそもそもゴロつきなんぞやっちゃいないのだ。
数が集まり、周りの者たちが無抵抗だと分かれば――ヤツらは暴走を始める。
それが、そろそろ限界に来ていた。
時期としては頃合いだろう。
デリアとノーマを仲間に加え、さらに進む。
「あ、バルバラは置いてきたぞ」
「それでいい。あいつは更生が最優先だ」
元ゴロつきのバルバラ。
あいつは今ヤップロックの畑で真面目に働いている。
勉強も始めているし、言葉遣いもマシになりつつある。
そんな最中に荒事に巻き込むわけにはいかない。
あいつは、妹と新しい家族のことを考えていればいい。
少し歩き、川へ繋がる道の前で俺は呼び止められた。
顔が見えた時に、見なかったことにして素通りしようとしたのに。
「おい、待てコラ、オオバ! 無視すんじゃねぇよ!」
「エステラ、幼馴染に呼ばれてるぞ」
「不思議だね、ボクの耳には『オオバ』って聞こえたよ。君の親友の声で」
耳に水揚げされたばっかのモズクでも詰まってんじゃねぇの?
俺の親友の声? どんな声だ、それは。
「何してんだよ、リカルド?」
「俺たちは三区同盟だからな。困った時はお互い様だ」
「呼んでないのに……」
リカルドも参加する気満々だ。
後ろにアルヴァロやグスターブらを従えている。
「オレも加勢するだゼ、軍師! けどゆで卵はズルいよなぁ~だゼ!」
細かいことを根に持っているっぽい爽やか白髪青年はまぁいいとして……
隣の暴食ピラニア顔男はヤバくないか? 目が血走ってるぞ。
「麗しのマーシャさんを害そうとした不届き者どもを……私は決して許しませんよ……」
マーシャにベタ惚れのグスターブ。
そのマーシャが暴漢に襲われたとなれば、関係者全員を血祭りに上げる勢いで怒り狂うだろう。
こいつが一番暴走しそうだ……
「泣き叫びながら、地べたに這いつくばって謝罪と命乞いをさせてやりますよ…………ははっ!」
おい、やめろ!
その甲高い声でその笑い方はマズいんだよ、いろいろと!
敵対勢力に容赦ないとか、シャレじゃなくなるから!
「グスタ~ブさん。あんまり無茶しちゃダメだよ~☆」
「はうっ!? マーシャさんにお気遣いを!? なんたる幸運! もちろんであります、マーシャさん! 余裕で皆殺しです!」
「ほどほどに、ね?」
「はい! 半殺しです!」
アレのコントロールはマーシャに任せようかなぁ……
「……で、なんでいるんだよ、デミリー?」
「あはは。まぁ、一応ね」
荒事には到底向かないオッサン、デミリーがリカルドと共にいた。
「まさか、参加するつもりじゃないだろうな?」
「まさか。私はね、ちょっと大きな虫ですら殺すのを躊躇うほど、非暴力派なんだよ。荒事なんてとてもとても」
「じゃあ、陽だまり亭にでも行っとけよ。危ないぞ」
「でもね、リカルドも言っていただろう? 我々最貧三区は同盟だからね。……ふふ、もはや最貧ではなくなってしまったけれどね」
相変わらず義理堅いオッサンだ。
危険なことは若いもんに任せて、後ろで金だけ出してれば関係者ぶれるのによ。
「エステラ、デミリーを頼むぞ」
「うん。守りきってみせるよ」
デミリーをエステラに守らせる――という体でエステラを現場から遠ざける。
微笑みの領主様には、今回の現場は不向きだからな。
「じゃあまぁ、血の気の多い連中が揃ったようだから――そろそろ行くか」
おぉぉおぉ……っと、その場に集まった者たちの意気込みが空気を振動させたような気がした。
すげぇ気迫だ。
目指すは街門前広場。
そして、そこで行うのは――デマカセの事実化。
すなわち、白昼堂々と広場で流血沙汰を起こしてやろうって訳だ。
それも、あの記者が誘導しようとしたように、四十二区側から仕掛ける形でな!
「行くぞ!」
「「「ぅぉおおおお!」」」
さぁ、デマカセが事実になった時、お前らはなんて書く?
『今度こそは本当に暴力事件』とでも書くのか? 書けないよな?
前の記事を否定することになるもんな?
どうせ何も出来やしないと高を括っていたからこそ書けた偏向記事だ。
お前らがやったことの落とし前は、きっちりと付けてもらうからな。
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