異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

365話 明日はきっと、いい日になる -3-

公開日時: 2022年6月16日(木) 20:01
文字数:4,524

「おにーちゃーん!」

 

 昼時を過ぎ、気が付けば太陽が天辺を超えていたそんな時間。

 妹たちがわらわらと港へとやって来た。

 

 ……危ねぇなぁ。一応ここ、外壁の外なんだぞ?

 

「こ~ら。小さいのだけで外出てきちゃダメだってロレッタに言われてたろ」

「へーきだよ-」

「おねーちゃんからのごいらい-」

「めっせんじゃー!」

「つきそいのおねーちゃんもいるー!」

「おおきいおねーちゃん!」

「たよれるじゅうななじょー!」

 

 十七女くらいまで来ると、もう頼っていいのかどうか分かんねぇよ。

 三女でギリ信用できる。

 ……まぁ次女はちょっとアレだが。

 

「どいつが十七女なんだ?」

 

 尋ねると、二人が一斉に手を上げ、他の妹たちが一斉に答える。

 

「「「どっちかー!」」」

「把握できてねぇのかよ……」

 

 で、どっちも年中じゃねぇか。

 

「で、ロレッタがなんだって?」

「『軍艦巻きを完璧にマスターしたから、いつ帰ってきてもいいです!』って」

「『お兄ちゃんの度肝を抜いてやるです』って」

「『あ、やっぱりこの辺は言わないでおいてです』って」

「『聞かれたらきっとあとでイジメられるです』って」

「『お兄ちゃん、そーゆーとこ結構子供なんです』って」

「『困ったお兄ちゃんですよねー』って」

「うん。たぶん言っちゃいけないこと全部言っちゃったんだろうけど、ありがとうよ、十七女×2」

「「どーいたしましてー!」」

 

 いい度胸じゃねぇか、ロレッタ。

 お前の言う『完璧』とやらを試させてもらおうか……ふっふっふっ。

 

「ヤシロ。邪悪な顔しないの」

 

 エステラがチョップを落としてくる。

 

「あと、店長さんが、『……まぁ、マグダの方が完璧だけれど』って」

「よく思い出してみろ。それ、本当にジネットが言ってたか?」

「うーうん。陽だまり亭の影の店長さんの方ー!」

 

 マグダ、そんな肩書きを名乗ってるのか……

 

「店長さんがね、『もしお仕事が一段落したら、お昼を食べに戻ってらしてくださいね。エステラさんとナタリアさんもご一緒に』って」

「そうだね、ヤシロ。ボクお腹空いちゃった。陽だまり亭に戻ろう」

「ん~……だがなぁ」

 

 現場はまだまだ途中なのだ。

 

「戻ってくださいッス、ヤシロさん。アイデアをいただけたんで、あとはオイラたちでなんとか出来るッス」

「助言いただいて、本当に助かりました! トルベック工務店の躍進の秘密を垣間見た気分です」

 

 ウーマロとオマールが笑顔でそう言う。

 ……その二人の向こうには、死にそうな顔でレンガを敷き詰めている大工が無数にいるわけだが……

 ま、俺が手伝えることはもうないか。

 

「せめて、お前らは明日好きなだけ飲み食いできるようにしておいてやるよ」

「まじですか!?」

「やったぁあ!」

「ヤシロさん最高!」

「タダ飯だー!」

「タダ酒だー!」

 

 ……あ、早まったかも。

 割と元気じゃねぇか、こいつら。

 

「らしくないね、ヤシロ。目測を誤ったのかい?」

 

 俺の表情を読み取ったのか、エステラがけらけらと笑う。

 ……にゃろう。

 

「領主様がご馳走してくださるだろう、きっと! そう、きっとね!」

「自分で言い出したんだから、君が責任持つように」

 

 エステラのヤツ、明日のイベントにはもうすでに結構金を出してるからなぁ。

 ここから搾り取るのはムリか……なら。

 

「ハビエル! 俺と相撲で勝負だ!」

「おいおい、ヤシロ。ワシにタカろうって魂胆は分かるがよぉ、そりゃちょっとばかり無茶が過ぎるんじゃねぇか? 見てたろ、さっきのワシとメドラの勝負をよ」

「ふん! 当然ハンデはもらってやる!」

「……なんで上から目線なんだよ。いや、ハンデくらいやるけどよ」

「まさかヤシロさん! そのハンデって、メドラさんと協力するとかじゃないッスよね!? それだけは絶対やめてほしいッス! 折角ここまで修繕したんッスから!」

 

 メドラとハビエルがぶつかれば、また辺り一帯が荒れ果てる。

 さすがにそれは出来ない。

 

「大丈夫だ。こっちの助っ人は妹たちだ!」

「「「「すけっとー!」」」」

「「「「なにやるのー!?」」」」

「ん? なぁに、簡単だ。こうやって、組み合ってな?」

 

 と、十七女の一人と組み合う。

 

「で、こうやってコカす」

 

 ころんっと、十七女を地面に転ばせる。

 回転が楽しかったのか、十七女は「きゃっきゃっ!」と笑っている。

 

「で、転んだ方が負けだ。これからみんなでハビエルオジサンと勝負して、もし勝てたら、今日は弟妹全員にスフレホットケーキを食わせてやろう」

「「「「きょーだいぜんいん!?」」」」

「「「「すごーい!」」」」

「ヤシロ……ヤシロ!」

 

 盛り上がる妹たちを眺めていると、エステラが俺を呼び寄せた。

 

「この作戦はすごくいいと思うけど、いいのかい? 『弟妹全員』なんて言って」

「あぁ。夕方から、パウラとネフェリーがスフレホットケーキの練習をしに来るんだ。明日のイベントで販売するためにな。どうせ練習するなら、美味そうに食ってくれるヤツがいた方が張り合いも出るだろ?」

「……シスターが拗ねない?」

「あいつは、ガキには優しいからな」

 

 パウラたちがちょっと頑張ってたくさん焼けばいいだけの話だ。

 

「ちなみに、ヤシロチームはハンデとして八人同時に襲いかかる。土俵上にいる全員を倒せばハビエルの勝ち。ただし、ハビエルが許可をすれば、何人でも助っ人を増やしてもいいものとする!」

「くぅ! ワシが妹ちゃんたちに乱暴できないことをいいことに! しかし、さっきお前がやってみせたように優しく転がしてあげれば問題はない! この勝負、受けた!」

「よし、ナタリア。ハムっ子を全部呼んでこい!」

「いや、ヤシロ。さすがに全員は……ミスター・ハビエルが許可しないと参加できないんでしょ?」

「バカだなぁエステラ。優しいハビエルオジサンが、弟妹の中で仲間はずれなんか作るわけねぇじゃねぇか。なぁ?」

「くぅう! ヤシロはそーゆーとこ、ホントズルいよなぁ! もうもう! ハビエルオジサン困っちゃう~!」

「顔がまったく困っていませんわよ、お父さ……いえ、不審者さん」

 

 イメルダがデッカい弓矢を構える。

 もう木こりとか一切関係なく、ただの暗殺者じゃん、それ。

 

「ハビエルさんは、妹さんたちとの触れ合いを十分に堪能するでしょうが……なるべく急ぎます」

「頼むぞ。お前の努力で、四十区の資産が四十二区に流れ込んでくる! 走れ、ナタリア!」

「ナタリア――まいります!」

 

 ぎゅん――と、ナタリアが駆け出す。

 速い速い。

 ロレッタみたいなマンガ的な速さじゃないが、凄まじい速度だ。

 

「ハビエルオジサン、いくよ~」

「はっけよ~い」

「「のこった~!」」

「わはぁ。のこっちゃった~」

「貫け、我が必殺の矢よ!」

 

 実の娘から放たれる必殺の矢を片手で受け止めながら、群がってくるハムっ子たちと相撲を始めるハビエル。

 全然ビクともしていないのに「うわ~、強いなぁ~負けちゃいそうだ~」とか言ってめっちゃ楽しそうだ。

 

「……アレと、アノ人魚がアタシと並び称される三大ギルドのギルド長なんだよね…………ちょっと複雑だよ」

 

 メドラが、しまりのない顔をさらすハビエルを見て眉根を寄せる。

 ……うん。いや、まぁ……お前も大概だぞ?

 被害者が、高確率で俺なワケだけど。

 

「援護要請確認ー!」

「援護要請受理ー!」

「援護妖精さんー!」

 

 そこらにいたハムっ子が、さっそく港へなだれ込んできた。

 

「「「ハビエルオジサン、あーそーぼー!」」」

「くぅ! 早速大量に来やがって~! もう、弟も妹ちゃんも関係ない! みんなまとめてかかってこい!」

「「「ぅはは~い!」」」

 

 あ、よかった。

 ちゃんと弟の相手もしてくれるらしい。

 

「ギルド長に勝ったら、僕らがギルド長ー!」

「「「うっしゃー!」」」

 

 あ、木こりギルドの手伝いに行ってる年長組の弟たちが、どさくさに紛れて下克上狙ってやがる。

 

「そういう考えのヤツは真っ先に排除!」

「「「きゃあ~!」」」

 

 ハビエルも、ある程度年齢のいったヤツには容赦ないな。

 空高く舞い上がるハムっ子年長弟。

 まぁ、あいつらは頑丈だから平気だろう。

 

「はびえるおぃた~ん!」

「おぃた~ん!」

 

 普段見かける年少組よりもちっこい、先日ようやく外出許可が下りた妹たちまで参戦するようだ。

 

「ハビエルオジサンには、この子たちが一番効果的かと思って」

 

 三女が連れてきたようだ。

 さすが三女。しっかり者!

 

「……あの子たちが怪我したら、あたし、怒られるかも……ぷるぷる」

 

 ただちょっとネガティブ。

 

 それからも、じゃんじゃかじゃんじゃか集まってくるハムっ子たち。

 改めて……多いな!?

 

「ぅきゃー!」

「きゃー!」

「うぎゃー!」

 

 参加した、年上の弟から順に排除されていく。

 ハビエル。お前、贔屓がエグいよ。

 

「のこったぁ~!」

「うわ~、つよいなぁ~! おじさん、まけちゃいそ~!」

 

 ハビエル……エグいな。

 

「まったく、締まりのない……ん?」

「めどらままぁ~!」

 

 腕組みして、呆れ顔でハビエルの痴態を見守っていたメドラのもとへ、ぎゅうぎゅう詰めの土俵に入れなかった妹や弟たちが集まってくる。

 

「なんだい? アタシはあんたらのママじゃないよ」

 

 メドラがママ呼びを許すのは狩猟ギルドの一員だけだ。

 ……マーシャは強引に呼び続けてるけど。

 

「めどらまま、のこった~!」

「アタシじゃなくて、あっちのヒゲオヤジに言っとくれな」

「めどらまま、のこった~!」

「のこった、のこった~!」

「だから、ママじゃないし、のこったは向こうの……」

「「「めどらまま、のこった~!」」」

「あぁ、もう! しょうがない子たちだねぇ! アタシに挑む度胸がある者はまとめてかかってきな!」

「「「ぅははぁ~い! のこった~!」」」

 

 結局、ちんまいガキどものおねだり光線に陥落し、メドラがガキどもの相手をし始める。

 ハビエルのようにだらしない顔をするでもなく、贔屓をするでもなく、きちんと手加減して、適度に接戦を演じ、ハムっ子たちと相撲を取る。

 面倒見のいいヤツだな、ホント。

 九分九厘趣味でやってる向こうの木こりとは大違いだ。

 

「おい、弟。こっちでも下克上狙ってみたらどうだ?」

「「「いやいやいや! メドラさんはそーゆーのマジでキレるから無理! ハビエルさんと違って命の危険あるから!」」」

 

 十二を超えてくると、そこら辺の匙加減も自然と身に付くのだろうな。

 こいつらは冗談でも「ママ」と呼べないらしい。

 狩猟ギルド専属になればそう呼べるだろうが、こいつらはお手伝いだからな。

 

「はびえるおじさ~ん! まけたけど、もう一回混ざってい~ぃ?」

「ばっちこ~い!」

「「「うははは~い!」」」

 

 一度負けたハムっ子が再び土俵へ上がっていく。

 あぁ、これはアレだな。『コロン! ってするアトラクション』扱いだな、ハビエル。

 

「じゃあ、ウーマロ。決着がつくかどうか分からんが、日が暮れる前には止めといてくれ」

「まぁ、あの辺の整備やる時は邪魔なんで退かせるッスけど……」

「よし、僕たちももう一回チャレンジだ!」

「お前らは、負けたんだからこっちの手伝いをするッスよ!」

「「「えぇ~……」」」

「早くやるッス!」

「「「はぁ~い」」」

 

 年長組は、トルベック工務店でもよく仕事をしている。

 ウーマロには頭が上がるまい。

 

 こうして、明日の資金はハビエルとメドラから大部分が寄付されることになった。

 うんうん、よしよし。

 四十区と四十一区の資産は、どんどん四十二区に流れ込んでくればいいと思うよ。うん。

 

 

 

 

 

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