異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

231話 それぞれの役割 -3-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:3,305

「ジネットはバーサと一緒に、甘酒を参加者全員に振る舞ってきてくれ」

「はい」

「バーサ、ジネットにいろいろ教えてやってくれ」

「えぇ、もちろんです」

 

 名指しされて、ぺこりと礼を交わす二人。

 こっちが片付いたのだから、次なるステップに向かわなければいけない。

 俺たちが越えなければいけない壁はもう一つあるのだ。

 

 ドニス・ドナーティ。

 

 二十四区を統べる大物領主だ。今のところ機嫌はよさそうだし、もう少し場の空気を盛り上げれば、いい状態で交渉が出来るだろう。

 

 そのための甘酒だ。

 

「バーサさん。甘酒ですが、温め直しますか?」

「そうですね。その方が美味しく召し上がっていただけるでしょう。ただし、沸騰させてはいけません」

「はい。酵素は熱に弱い、ですね」

「よく御存じで」

「ヤシロさんに伺いました」

「それをきちんと覚えている、そのことが素晴らしいです」

「いえ。いろいろ教えてくださいね」

「あなたにでしたらなんなりと」

 

 なんだか意気投合している。あれかな? 精神年齢近いのかな?

 

「温めるなら、外の屋台を使うといいぞ」

 

 出店用にウーマロが組んだ屋台には、簡易的な竃が備え付けられている。

 火加減が難しいかもしれないが……この二人なら大丈夫だろう。俺よりうまくやるに違いない。

 

「かなりの量がございますので、私がお運びしましょう」

「いえ、手伝いますよ」

「大丈夫です。私はこう見えて、ウサギ人族ですので」

「そうなんですか。では、お願いします」

 

 獣人族のパワーはすでに周知のとおりだ。下手に手を出す方が邪魔になる。

 ジネットは先に行って火の準備をすると言っている。

 こと料理に関しては要領のいいジネットと、ひとつの工場をまとめ上げるバーサは相性がいいのかもしれない。この二人は放っておいても安心だな。

 

 並んで礼拝堂を出ていくジネットとバーサを見送って、俺は次の指令を出す。

 

「リベカとソフィーは庭に行って、領主に挨拶してきてくれ」

「うむ。そうじゃな。待たせ過ぎるのは失礼じゃからな。ご機嫌伺いでもしてくるのじゃ」

「えっ!? あ、あの……私も、ですか?」

「当たり前だろう、次期工場長」

「そ、そんな……ま、まだ先の話ですし……心の準備が……」

 

 ソフィーは、あまり目立つのが得意ではないらしい。

 まぁ、耳のこともあるし、人目を避けるように生きてきたんだろうしなぁ。

 だが、そんな甘えはもう通用しない。なにせ、二十四区の麹工場の責任者になるのだ。今から慣らしておくに越したことはない。

 

「リベカに教わって、今のうちに練習しとけよ」

「おっ!? わしがお姉ちゃんに教えるのじゃ!? むはー! それは楽しみなのじゃ!」

「あ、ぁあ、いや、リベカ……お姉ちゃん、こういうのは苦手で……」

「大丈夫なのじゃ! 領主といえどただのハゲなのじゃ! 怖がる必要はないのじゃ!」

「怖いですよ、リベカ!? 何より、今のあなたの発言が怖いです!」

「む? そうか……確かに言い過ぎじゃったかもしれんのじゃ」

「そうですよ。口には気を付けなさいね」

「うむ。訂正するのじゃ! ただの一本毛じゃ!」

「リベカ!?」

 

 あ~ぁ、これで、ソフィーがドニスを見たら思わず吹き出してしまうフラグが立ったな。

 頑張って堪えろよ、ソフィー。

 

 それでもなお、「はぅわぅ……」と、落ち着かないソフィー。

 こいつはこいつで問題だな。麹工場の責任者になるには、もっと堂々としていなければ……

 堂々と、か……ふむ。

 

「ソフィー」

「は、はひっ! にゃんでしょうきゃ!?」

 

 噛み過ぎだ……

 どんだけ緊張してんだよ。

 

「ドニスに挨拶するというかだな……リベカのステータスを上げるために頑張ってこい」

「リベカの、ステータスを?」

「あぁ。『リベカって、身内もしっかりしてるんだなぁ~、さすがだなぁ~、だからこんなに可愛いのか~』って具合に、リベカをプロデュースするんだ」

「リベカをプロデュース……それなら出来そうな気がします!」

 

 おう。それなら出来るだろう。お前は単純だからな。

 あと、ほどほどに変態だからな。

 

「どういう姉ならリベカが恥ずかしくないか。どういう身内ならリベカの株が上がるのか、そこにポイントを絞って考えてみろ」

「はい! ……俄然やる気が出てきました!」

 

 偉い人への挨拶というのは、「(自分が)どう見られるのか」「(自分が)失礼を働いてしまわないか」と、自分を見せることへの緊張が大きい。

 なので、「(妹を)よく見せるには」という方向へ意識を誘導してやったのだ。

 人それぞれではあるが……ソフィーにはこれが一番効くだろう。

 

「さぁ行きましょう、リベカ。お姉ちゃんに任せておいてください」

「むあ? わしが教えるんじゃないのじゃ? わし、教えたいのじゃ!」

 

 姉妹が仲良く手をつないで出ていく。

 あと残るのは……

 

「で、フィルマンはミケルを墓地……もとい、寝室に運んでやってくれ」

「今、何と言い間違えたんですか!?」

「細かいことは気にするな。遅いか早いかの差だ」

「そう……なのですか」

「そ、そうじゃ、ねぇ……だぜ。まだ、死ぬわけにはいかない、だぜ……モコカが無事に、お嫁に…………行き遅れるまでは……!」

 

 行き遅れを見届けようとしてんじゃねぇよ。

 なんだ? この世界の兄弟は変態しか認められないのか?

 関係性だけで言えば、ロレッタんとこが一番まともかもな。……人数はふざけきってるけどな。

 

「で、ミケルを部屋へ放り投げた後、フィルマンは――」

「ほ、放り投げるんですか?」

「叩きつけた後、フィルマンは――」

「表現が過激になりましたよ!?」

 

 んだよ、うっせぇな。

 ミケルなんかどう扱ったって構わないんだよ。

 スタミナが少ないだけで、体が弱いわけじゃないんだから。でなきゃ、こんだけ吐血してぴんぴんしてるわけがない。こいつは、丈夫な病人なのだ。

 

「分かった。じゃあ、ミケルを部屋に寝かせた後フィルマンは――その辺で爆発してろ」

「なぜですか!?」

 

 お前がリア充だからだよ!

 幼女には爆発しろなんて言えないからな。ならば、相手である男がその責任をすべて負うべきなのだ! 夫婦たるもの、そうあるべきなのだ!

 

 ……とか言うと、もれなくブーメランが返ってきそうなので、死んでも口にしない!

 なんとなく、ここの空気は気に入らない。早く四十二区に帰りたいものだ。そこはかとなく空気の読める連中が多い、あの四十二区に。

 

「で、マグダとロレッタ……分かってるな?」

「……むふ」

「はいです!」

 

 料理の準備は整っている。

 甘酒を温めて、参加者全員に振る舞うのは時間がかかる。

 つまり、これからしばらくの間、ジネットは厨房へは戻ってこない。

 

「じゃあ行くか、サプライズ企画の仕込みに!」

 

 マグダとロレッタを伴って、俺は厨房へと入る。

 料理の準備の間に、ジネットの目を盗んで準備させておいた材料を使って、四十二区にもない料理を作る。

 さて、ジネットは喜ぶだろうか。驚くだろうか。はたまた……悔しがるかもしれないな。

 

「きっと店長さん、『はぅう! わたしにも作り方教えてほしいですぅ~』って言うですよ」

「……いや、その前に、『お口の中でわっしょいわっしょいします!』がくる」

「「……ふっふっふっ」」

 

 ジネットを驚かせたくて仕方がないらしい。

 で、どっちも言いそうだな、それ。

 

「一口食べて『おったまげ~! 感謝の気持ちを込めて、ヤシロさんを挟んであげたい気分です!』くらいは言いそうだな」

「……それはない」

「そうか? あぁ、まぁ。『おったまげ』は言わないかもしれないな」

「そこじゃないですよ、言わないところ!?」

「俺は、可能性を否定しない!」

「もっとカッコいい場所で言ってほしかったです、そういうセリフ!」

「……ヤシロだから仕方ない」

 

 なんとなく蔑んだような視線を浴びつつ、俺たちは厨房へと入る。

 ふふん、言っているがいいさ。

 こいつを食ったら、きっと大喜びするに違いないのだ。

 

 はて。

 なんだろうか、この得体の知れないわくわく感は。

 ジネットを驚かせる。ただそれだけのために、こそこそと準備をして、面倒くさいこともたくさんして……なのに妙に楽しい。

 ジネットが喜んでくれればと思うだけで、笑った顔を想像するだけで満たされた気持ちになれる。

 

 

 そう……それはまるで…………

 

 

「母の日だな」

 

 

 ちょうど、そんな感じの気分だな。うん。

 

 

 

 

 

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