「ジネットはバーサと一緒に、甘酒を参加者全員に振る舞ってきてくれ」
「はい」
「バーサ、ジネットにいろいろ教えてやってくれ」
「えぇ、もちろんです」
名指しされて、ぺこりと礼を交わす二人。
こっちが片付いたのだから、次なるステップに向かわなければいけない。
俺たちが越えなければいけない壁はもう一つあるのだ。
ドニス・ドナーティ。
二十四区を統べる大物領主だ。今のところ機嫌はよさそうだし、もう少し場の空気を盛り上げれば、いい状態で交渉が出来るだろう。
そのための甘酒だ。
「バーサさん。甘酒ですが、温め直しますか?」
「そうですね。その方が美味しく召し上がっていただけるでしょう。ただし、沸騰させてはいけません」
「はい。酵素は熱に弱い、ですね」
「よく御存じで」
「ヤシロさんに伺いました」
「それをきちんと覚えている、そのことが素晴らしいです」
「いえ。いろいろ教えてくださいね」
「あなたにでしたらなんなりと」
なんだか意気投合している。あれかな? 精神年齢近いのかな?
「温めるなら、外の屋台を使うといいぞ」
出店用にウーマロが組んだ屋台には、簡易的な竃が備え付けられている。
火加減が難しいかもしれないが……この二人なら大丈夫だろう。俺よりうまくやるに違いない。
「かなりの量がございますので、私がお運びしましょう」
「いえ、手伝いますよ」
「大丈夫です。私はこう見えて、ウサギ人族ですので」
「そうなんですか。では、お願いします」
獣人族のパワーはすでに周知のとおりだ。下手に手を出す方が邪魔になる。
ジネットは先に行って火の準備をすると言っている。
こと料理に関しては要領のいいジネットと、ひとつの工場をまとめ上げるバーサは相性がいいのかもしれない。この二人は放っておいても安心だな。
並んで礼拝堂を出ていくジネットとバーサを見送って、俺は次の指令を出す。
「リベカとソフィーは庭に行って、領主に挨拶してきてくれ」
「うむ。そうじゃな。待たせ過ぎるのは失礼じゃからな。ご機嫌伺いでもしてくるのじゃ」
「えっ!? あ、あの……私も、ですか?」
「当たり前だろう、次期工場長」
「そ、そんな……ま、まだ先の話ですし……心の準備が……」
ソフィーは、あまり目立つのが得意ではないらしい。
まぁ、耳のこともあるし、人目を避けるように生きてきたんだろうしなぁ。
だが、そんな甘えはもう通用しない。なにせ、二十四区の麹工場の責任者になるのだ。今から慣らしておくに越したことはない。
「リベカに教わって、今のうちに練習しとけよ」
「おっ!? わしがお姉ちゃんに教えるのじゃ!? むはー! それは楽しみなのじゃ!」
「あ、ぁあ、いや、リベカ……お姉ちゃん、こういうのは苦手で……」
「大丈夫なのじゃ! 領主といえどただのハゲなのじゃ! 怖がる必要はないのじゃ!」
「怖いですよ、リベカ!? 何より、今のあなたの発言が怖いです!」
「む? そうか……確かに言い過ぎじゃったかもしれんのじゃ」
「そうですよ。口には気を付けなさいね」
「うむ。訂正するのじゃ! ただの一本毛じゃ!」
「リベカ!?」
あ~ぁ、これで、ソフィーがドニスを見たら思わず吹き出してしまうフラグが立ったな。
頑張って堪えろよ、ソフィー。
それでもなお、「はぅわぅ……」と、落ち着かないソフィー。
こいつはこいつで問題だな。麹工場の責任者になるには、もっと堂々としていなければ……
堂々と、か……ふむ。
「ソフィー」
「は、はひっ! にゃんでしょうきゃ!?」
噛み過ぎだ……
どんだけ緊張してんだよ。
「ドニスに挨拶するというかだな……リベカのステータスを上げるために頑張ってこい」
「リベカの、ステータスを?」
「あぁ。『リベカって、身内もしっかりしてるんだなぁ~、さすがだなぁ~、だからこんなに可愛いのか~』って具合に、リベカをプロデュースするんだ」
「リベカをプロデュース……それなら出来そうな気がします!」
おう。それなら出来るだろう。お前は単純だからな。
あと、ほどほどに変態だからな。
「どういう姉ならリベカが恥ずかしくないか。どういう身内ならリベカの株が上がるのか、そこにポイントを絞って考えてみろ」
「はい! ……俄然やる気が出てきました!」
偉い人への挨拶というのは、「(自分が)どう見られるのか」「(自分が)失礼を働いてしまわないか」と、自分を見せることへの緊張が大きい。
なので、「(妹を)よく見せるには」という方向へ意識を誘導してやったのだ。
人それぞれではあるが……ソフィーにはこれが一番効くだろう。
「さぁ行きましょう、リベカ。お姉ちゃんに任せておいてください」
「むあ? わしが教えるんじゃないのじゃ? わし、教えたいのじゃ!」
姉妹が仲良く手をつないで出ていく。
あと残るのは……
「で、フィルマンはミケルを墓地……もとい、寝室に運んでやってくれ」
「今、何と言い間違えたんですか!?」
「細かいことは気にするな。遅いか早いかの差だ」
「そう……なのですか」
「そ、そうじゃ、ねぇ……だぜ。まだ、死ぬわけにはいかない、だぜ……モコカが無事に、お嫁に…………行き遅れるまでは……!」
行き遅れを見届けようとしてんじゃねぇよ。
なんだ? この世界の兄弟は変態しか認められないのか?
関係性だけで言えば、ロレッタんとこが一番まともかもな。……人数はふざけきってるけどな。
「で、ミケルを部屋へ放り投げた後、フィルマンは――」
「ほ、放り投げるんですか?」
「叩きつけた後、フィルマンは――」
「表現が過激になりましたよ!?」
んだよ、うっせぇな。
ミケルなんかどう扱ったって構わないんだよ。
スタミナが少ないだけで、体が弱いわけじゃないんだから。でなきゃ、こんだけ吐血してぴんぴんしてるわけがない。こいつは、丈夫な病人なのだ。
「分かった。じゃあ、ミケルを部屋に寝かせた後フィルマンは――その辺で爆発してろ」
「なぜですか!?」
お前がリア充だからだよ!
幼女には爆発しろなんて言えないからな。ならば、相手である男がその責任をすべて負うべきなのだ! 夫婦たるもの、そうあるべきなのだ!
……とか言うと、もれなくブーメランが返ってきそうなので、死んでも口にしない!
なんとなく、ここの空気は気に入らない。早く四十二区に帰りたいものだ。そこはかとなく空気の読める連中が多い、あの四十二区に。
「で、マグダとロレッタ……分かってるな?」
「……むふ」
「はいです!」
料理の準備は整っている。
甘酒を温めて、参加者全員に振る舞うのは時間がかかる。
つまり、これからしばらくの間、ジネットは厨房へは戻ってこない。
「じゃあ行くか、サプライズ企画の仕込みに!」
マグダとロレッタを伴って、俺は厨房へと入る。
料理の準備の間に、ジネットの目を盗んで準備させておいた材料を使って、四十二区にもない料理を作る。
さて、ジネットは喜ぶだろうか。驚くだろうか。はたまた……悔しがるかもしれないな。
「きっと店長さん、『はぅう! わたしにも作り方教えてほしいですぅ~』って言うですよ」
「……いや、その前に、『お口の中でわっしょいわっしょいします!』がくる」
「「……ふっふっふっ」」
ジネットを驚かせたくて仕方がないらしい。
で、どっちも言いそうだな、それ。
「一口食べて『おったまげ~! 感謝の気持ちを込めて、ヤシロさんを挟んであげたい気分です!』くらいは言いそうだな」
「……それはない」
「そうか? あぁ、まぁ。『おったまげ』は言わないかもしれないな」
「そこじゃないですよ、言わないところ!?」
「俺は、可能性を否定しない!」
「もっとカッコいい場所で言ってほしかったです、そういうセリフ!」
「……ヤシロだから仕方ない」
なんとなく蔑んだような視線を浴びつつ、俺たちは厨房へと入る。
ふふん、言っているがいいさ。
こいつを食ったら、きっと大喜びするに違いないのだ。
はて。
なんだろうか、この得体の知れないわくわく感は。
ジネットを驚かせる。ただそれだけのために、こそこそと準備をして、面倒くさいこともたくさんして……なのに妙に楽しい。
ジネットが喜んでくれればと思うだけで、笑った顔を想像するだけで満たされた気持ちになれる。
そう……それはまるで…………
「母の日だな」
ちょうど、そんな感じの気分だな。うん。
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