話し合いというか、報告になってしまったが、関係者に事情を説明し終え、俺たちはさっさと四十二区へ引き返すことになった。
「急なことで驚いたけれど、まぁ、ヤシロ君のすることだからね」
馬車に乗り込む前、オルキオが俺に声をかけてきた。
「これから、来たる日までに少しでも勢力を拡大できるように動いておくよ」
「俺をダシに、これまで『そこまで手を出してもいいのかなぁ』って二の足を踏んでいた他区への進出の理由付けしてんじゃねぇよ」
「あはは。見透かされているか」
獣人族や虫人族が仕事にあぶれているのは三十五区だけではない。
今まで以上に精力的に他区に干渉していくのだろう。
あんまり派手に動くと、その区の領主の反感を買う恐れがあるからなぁ。
「お、なんだ? うちの区の救済措置が不十分だと言いたいのか?」ってな。
まぁ、実際不十分だから仕事にあぶれてゴロつきギルドなんて集団を作っちまっているんだが、それにしても表立ってそういう連中の救済を始められると領主という立場的に面白くないのも事実だろう。
手は足りないが他人にうまいことやられるのも領主としてのプライドが――と、まぁ、その辺も面倒くさい話になるんだ。
だから「あなたなら十分な救済が可能なのは分かっていますが、今は対ウィシャートとその後のために勢力を拡大させたいので、どうか私に出しゃばらせてください」と、協力を要請する姿勢で接すれば領主としても「じゃあ、協力してやるよ。本当はうちだけで十分事足りてたけど、そこまで言われるとしょーがないもんなー」という体面を保てると。
かーっ! めんどくせっ!
外周区の領主どもなんぞ、「お前らダメダメだから俺に任せとけ」くらいの態度で十分だと思うんだけどなぁ。
けどまぁ、あのエステラでさえ軽んじられたり侮られるとナタリアが激怒するからなぁ。
貴族様の体面問題はややこしいものでござ~い。ってか。
「まぁ、精々頭を下げて回ってくれ」
「あぁ。実はそういうのは得意なんだよ」
オルキオは争いを好まない上に、妙なプライドにこだわることもない。
自分が折れて丸く収まるなら進んで折れるようなタイプだ。
こいつが意固地になるのは、シラハ関連のことだけだろうな。
「調子に乗ったどこぞの領主が『見返りにシラハと一日デートさせろ』とか言ってきたらどうする?」
「あははっ。その時は、この街から一つの区がなくなるだろうね」
まぁ怖い。
オルキオも、貴族の怖さだけはなくしてないんだよなぁ。
きっと潰し方もよぉ~く知っているのだろう。
「あぁ、そういえば」
冗談の後に、オルキオが少し真剣な表情を見せる。
「土木ギルド組合の内部が少々ゴタついているようだよ」
「組合が?」
「そう。まぁ、各区で脱退する大工たちが大勢出たからね」
「隣の芝が青く見えてるってのか?」
なんか、抜けたヤツらの方が楽しそうじゃね?
仕事も減ってなくね?
組合にいても圧力かけられるだけでメリットなくね?
的な不満を持つ者でも出てきたのだろうか。
「いや、領主様たちのせい……もとい、影響、かな?」
ここ一番の苦笑を見せるオルキオ。
外周区の領主どもが何かしでかしたのか?
「みんな、自分の区に大衆浴場を欲しがっているんだよ。あと、水道をね」
「あぁ……それで、組合を無視してトルベック工務店にラブコールしまくってるってわけか」
「そういう情報は、隠してもどこかから漏れ出てしまうからね」
それで、組合にもその噂が届いたと。
「大きな浴場ということなら、きっとどこの大工でも作ることは出来ると思うんだ。大きいだけならね」
だが、この街の風呂はデッカい釜に水を張って薪でガンガン焚き上げる、五右衛門風呂形式が基準だ。
そんなもんをただ単純にデカくしたら……火災が起こるわ。
燃料費も維持費も途方もない額になるだろう。
それでは意味がない。
やっぱり、トルベック工務店が握っている『新しい風呂』の情報が不可欠となる。
テッポウ風呂か、ボイラーで沸かした湯を水道で浴槽へ送る四十二区のスタイルでないと大衆浴場は成功しないだろう。
まぁ、他所の大工も研究開発すればいずれそこにたどり着くだろう。
お手本は四十二区にあるのだし。
とはいえ、本家と模倣品が同じ値段では競争にならないだろうが。
ついでに言えば、安全面でも不安が拭いきれないだろうが。
あと、トルベック工務店の技術を丸パクりした大衆浴場を自区に作るなんて面と向かってケンカ売るような真似をしたら、今後一切の協力を拒否されるだろうことくらいは分かるだろうし。
そんなリスクを負ってまでわざわざ組合に頼みはしないよな。
そもそも、自分が領主だとして考えれば、なんで組合ごときにとやかく言われなきゃいかんのだって発想になる。
これまで散々「え、そんなことしていいんですか? 大工貸しませんよ?」なんて圧をかけてきていた組合だ。切れるチャンスがあるなら切ってしまいたいというのが本音だろう。
こういうのを、身から出た錆って言うんだろうな。
「はみ出た乳ってやつだな」
「もしかして、身から出た錆かな?」
「そう、それだ」
「全然違うよ、ヤシロ君!? 君のスイッチはどのタイミングで入るのか分からないから心臓に悪いよね」
オルキオがげっそりしている。
おいおい、そんな情けない顔をするなよ。
ここら一帯の獣人族虫人族を束ねて力を得ようって時によ。
もっとドンと構えておけよ。舐められると終わりだろう、こういうのは。
「頼りない顔をするなよ、大将」
「あはは。私が頼りないから、周りのみんなが支えてくれようとしてくれる。そういう関係だよ、私のところは」
ウィシャートとは違い、力ではなく心で人を掌握しているのか。
ま、その方が反乱は起こりにくいだろうな。
少なくとも、ゴッフレードみたいなヤツが上司だったら、都合のいい時だけ利用していらなくなったらポイ捨てしようって発想しか湧いてこないもんな。
「ま、頼りにしてるよ」
「ヤシロ君に言われるとは、光栄だね」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。俺はただの一般人だぞ?」
「あはは。自己認識だけが不得手なようだね、ヤシロ君は」
自己認識?
バッチリ出来てるっつーの。
おっぱいが大好きで、何にも束縛されず自由に生きる男。それが俺だ。
「ただし、おっぱいにだったら挟まれて拘束されてもいいと思っている!」
「だからね、急にスイッチが入るから、こっちはビックリするんだよね! 分かろうよ、そろそろ!」
知らん。
慣れろ!
「あ、そうだ。シラハ」
オルキオとの話が一段落したところで、ジネットからの伝言を伝えておく。
「ジネットがな、今度お泊まりに行っても構いませんか、だとよ」
「もちろんよ。出来ることなら、みなさんでお越しくださいね。楽しみにしているわと伝えてくれるかしら?」
「ん、言っとく」
カンパニュラの後見人になると、オルキオたちも三十区に引っ越すことになる。
その前に、シラハの屋敷へ遊びに行く。
きっとそれも思い出の一つとなるだろう。
それなりの年齢になってから住環境を変えるというのは結構しんどいものだ。
オルキオは四十二区にいた時期もあったが、シラハはずっと三十五区で生きてきた。
そのシラハが他区へ引っ越すとなると、それはさぞ心細かったり不安だったりするものだろう。
そういうところを考慮して、ジネットはそんなことを言い出したのだと思う。
引っ越してきたら引っ越してきたで、お祝いお泊まり会でもやりそうだけどな。
「また、近いうちに陽だまり亭にお邪魔させてもらうわ」
シラハが小さく手を振る。
話は終わりだ。
馬車に乗り込んでさっさと帰ろう――そう思った時。
「あーっ! カンパニュラだ!」
そんなガキの声が聞こえてきた。
振り返れば、ルシアの館の門にしがみつくように、数人のガキが群がっていた。
その後ろにはケモ耳を生やした獣人族が数名立っていた。
あいつらのガキか?
「オメェら、どうしてここに?」
タイタが言って、駆け出す。
どうやら、川漁ギルドの人間らしい。
まぁ、川漁ギルドの話は俺たちには関係ないだろう。
放っておいて馬車に乗り込もうとしたら、カンパニュラが俺の背中に身を隠した。
不安そうに、俺の服をきゅっと掴んでいる。
……あぁ、そうか。
カンパニュラの苦手を放置したままでは、いけないかもなぁ。
「カンパニュラ」
身を固くするカンパニュラを落ち着かせるように声をかける。
「気持ちの整理をしてから戻るか?」
「…………」
不安げな瞳が俺を見上げ、そして伏せられる。
「……そうですね。その方が、きっと、よいのでしょうね」
一度大きく息を吸って、カンパニュラがまぶたを開ける。
掴んでいた俺の服を離し、背筋を伸ばした。
強い子だ。
「ルシア、いいか?」
「うむ。ギルベルタ。彼らを招き入れてやれ」
「了解した、私は」
ギルベルタが駆けていき、門の前に集まった獣人族たちを庭へと招き入れる。
大人を差し置いてガキたちがわっと駆け寄ってくる。
そして、カンパニュラの前へとずらずらと並んだ。
「お前! 全然川に来ねぇじゃん! そんなんじゃ、仲間に入れてやんねーぞ!」
そんな、推定十歳程度のガキの発言に――
「よし、ぶっ飛ばそう」
「よしなよ、ヤシロ。大人げない」
――ちょ~っと、イラッてしちゃったゾ☆
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