異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

227話 リベカとソフィー -1-

公開日時: 2021年3月23日(火) 20:01
文字数:3,149

 ドアの向こうには、リベカとバーサ。そして、二人を呼びに行っていたナタリアが立っていた。

 当初、ドニスと同じタイミングで呼びに行く予定ではあったのだが、一気に来られて対応が分散しては困ると、あえて時間をずらしたのだ。

 

 なにせ、リベカは特別な思いで今日を迎えているだろうからな。

 

「目が真っ赤だぞ」

「う、ウサギ人族なのじゃから、目が赤いのは当然なのじゃ!」

 

 俺に背を向け、目をこしこしこする。

 余計赤くなるぞ。

 

 完全なる寝不足の目だ。

 もしかしたら、ちょっと泣いたのかもしれない。

 ま、六年ぶりだからな。緊張もしてるだろう。

 

「エステラ」

「ん? あぁ、なるほどね。はいはい」

 

 アゴでリベカを指すと、エステラはそれだけで察してくれた。

 

「リベカさん。ちょっといいかな」

「な、なんじゃ?」

「久しぶりに会うんだから、可愛くしていきましょうね」

「む、……ぅむ」

 

 リベカの前にしゃがみ、エステラが髪を梳かす。

 腐っても領主。身だしなみを整えるための道具は常に持ち歩いているようだ。

 小さなクシと、気持ち程度の化粧道具が出てくる。と言っても、唇に差す紅と、頬に載せるチークのようなもの程度だが。

 

 エステラも、こんなの使ってんだなぁ。

 領主モードの時は化粧とかしてるみたいだけど。

 ……じぃ。

 

「ぅわっ!? な、なにさ? なんでボクの顔を覗き込むんだい?」

「いや。今日は化粧してないのかなぁ~って」

「そ、そんなにはしてないよ」

「じゃあ、ちょっとだけしてるんだな」

「う、うるさいな! いいだろう、別に。嗜みだよ」

 

 俺を乱暴に押しやって、リベカの頬にチークを載せる。

 エステラの頬にも、同じような紅色が浮かんでいた。

 

「……マグダはすっぴんでも十分可愛い」

「あぁ、そうだな。マグダはもう少し大人になってからだな」

「……むぅ。マグダはもう大人。少なくとも、そこの小さいのよりは」

「なっ、何を言うのじゃ、ちみっ子! わしはもう十二分に大人なのじゃ!」

 

 いや、ちみっ子って……お前の方が小さいだろうが。

 

「はい、出来たよ」

「む……うむ。ありがと、なのじゃ」

 

 メイクを終え、リベカが恥ずかしそうにこちらを向く。

 

「ど、どうじゃ、我が騎士よ……その……可愛い、のじゃ?」

 

 ま、そんなナチュラルメイクにも届かない気持ち程度の化粧じゃ、正直さほど変わりはしないが。

 

「あぁ、可愛くなった。見違えたぞ」

「んふふー! 当然なのじゃ」

 

 これくらいのお世辞は、嘘とは呼ばないだろう。

 

「……エステラ。『宴』での売り子はキレイにしておくことこそが重要だと考える」

「なんで対抗意識燃やしてるのさ、マグダ……」

「……今なら、ロレッタを出し抜ける」

「ぷっ! ……そこなんだ。うんうん。ロレッタなら面白い反応をしてくれそうだね」

 

 ツボにでも入ったのか、エステラが腹を抱えて笑いをこらえている。

 まぁ、容易に想像できるけどな、ロレッタの反応。そして、その期待を裏切らないのがロレッタというヤツだ。

 

「分かったよ。じゃあ、ちょっとこっち来て」

「……うむ。…………ヤシロは、まだ見ちゃダメ」

「へいへい」

 

 体の向きを強引に変えられる。

 こちらを見るなと釘を刺された俺は、そっちを見ないようにしつつ、リベカに声をかける。

 

「緊張してるか?」

「う……む……まぁ、多少はの」

 

 ガッチガチに緊張してやがる。

 そんなに嬉しいのかと思っていたのだが……どうも違うらしい。

 

「……嫌われていたら、嫌じゃな……って」

 

 会いに来ても、会ってもらえなかった時間は、リベカにそんな思考を植えつけるのに十分過ぎる長さだった。

 嫌われている。避けられていると、思っていたのだろう。

「そんなことねぇよ」と、言ってやろうとしたのだが……

 

「あ……っ!」

 

 リベカの耳がぴくりと動いた。

 ピンと伸び、教会の方へと向いている。

 

 あぁ、そうか。聞こえたか。

 

 おそらく、さっきのリベカの声を聞いて思わず漏らしたんだろう。

「そんなことない」って。

 言いそうだな、ソフィーなら。

 

「ちゃんと聞こえたか?」

「うむ…………懐かしい、声…………だったのじゃ」

 

 リベカの涙腺が緩む。

 が、そこは必死にこらえたようだ。涙はあふれ出さなかった。

 

 そうか。

 ソフィーは声も出していなかったのか。リベカが相手じゃ、どんな囁きも聞こえちまうからな。

 

「じゃ、この後腐るほど聞いてこい」

「腐るのは困るのじゃ。わしは麹を作るしか取り柄がないからの」

 

 と、耳を撫でる。

 麹工場を守る。それが、リベカが出来た唯一のこと。

 家族をつなぎ止めておくために出来た唯一のこと。

 

「そうだな。その耳がなけりゃ『囁き王子』の声も聞こえないしな」

「ふなっ!? な、なな、なにを言い出すのじゃ、我が騎士よ!? わ、わしは、別に、そんなことはゎゎわ!」

 

 テンパるなテンパるな。

 少しは元気が出ただろ、これで。

 

「ヤシロ様」

 

 これまでずっと大人しく見守っていたバーサが静かな声で言う。

 

「会いたかった……ぽっ」

「もうちょいまともなことは言えなかったものか」

 

 いやぁ~、昼間っから寒いなぁ、今日は。

 

「ご指定の物、きっちりご用意いたしてございます」

 

 バーサの後ろには、鏡開きで使いそうな酒樽が置かれていた。

 バーサに頼んだもの。甘酒だ。

 きっちり作ってきてくれたらしい。

 

「ありがとうな、バーサ。あとで味見させてくれ」

「こ、こんな昼間から…………ぽっ」

「お前じゃねぇよ! 甘酒の!」

「ご試食、どうぞ……」

 

 と、唇を突き出してくるバーサの前にリベカを掲げる。

 リベカバリアーだ!

 

「のわぁあ!? 怖い! えぐいのじゃバーサ! その顔は強烈なのじゃ! 夢に出るのじゃ!」

 

 リベカバリアーのおかげで、バーサが正気を取り戻す。

 ……怖ぇ。

 さっさと『宴』を成功させて、一秒でも早く四十二区へ帰ろう。そうしよう。

 

「ほい、マグダ。出来たよ」

 

 エステラが立ち上がり、満足げな顔でマグダを見下ろしている。

 ちょうどエステラが壁になって、マグダの顔が見えない。

 そんな壁(エステラ)の向こうから、マグダがひょっこりと顔を覗かせる。

 

「…………どう?」

 

 薄く紅を差し、頬がいつもよりも明るく色付いている。

 心なしか、瞳も微かに潤んでいるように見える。

 これは驚きだ。まさか、こんなに変わるとは。

 

「マグダ史上、トップクラスの可愛さだな」

 

 これは素直にそう思った。

 

「…………むふ。……そう」

 

 くすぐったそうに体をよじって、さっとエステラ(壁)の向こうへ身を隠す。

 照れているっぽいな、どうも。

 

「化粧うまいんだな、エステラ(壁)」

「その(壁)が非常に気になるんだけど?」

「気にすんなよ、壁」

「名前の方が消えちゃったよ!?」

 

 見事壁役を成し遂げたエステラを称賛したつもりだったのだが、お気に召さなかったようだ。

 難しい年頃なんだな、きっと。

 

「じゃ、準備はいいか?」

 

 緊張しまくりのリベカに問いかける。

 ゴクリと唾を飲み込んで、リベカはゆっくりと頷く。

 

「お先に行ってください。私はこの酒樽を持っていきますので」

 

 バーサが酒樽の横で頭を下げる。

 いや、っていうか、持てるのか?

 

「ご安心を。私も一応、ウサギ人族ですので」

「そうなのか?」

「はい。獣特徴は……人様にお見せできない場所にしか出ておりませんが……」

 

 じゃあもう、「出てない」でいいんじゃないだろうか。というか、「出てない」と言ってほしかった。心底。

 

「……特別な方になら、……お見せしても…………チラ」

「じゃあ、俺たちは先に行くとしよう。マグダ、悪いがバーサを手伝ってやってくれ」

「……獣特徴を、見せてこないと約束するなら」

 

 この上もなく明確な拒否だ。

 マグダでも、やっぱキツいらしい。

 

 そんなわけで、俺とエステラはリベカを連れて林へと入った。

 ソフィーの待つ、教会の庭を目指して歩を進める。

 ……なんでかな。俺まで緊張してきた。

 隣に目をやると、エステラもかなり緊張した面持ちで歩いていた。

 

 言葉もなく、心持ち早足で、俺たちは林を抜けた。

 そして――

 

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