異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

313話 四十二区流おもてなし -3-

公開日時: 2021年11月18日(木) 20:01
文字数:3,856

「ヤシロ」

 

 隣を歩くデリアが、不意にこんなことを言ってきた。

 

「あたいも出来るぞ、殺気飛ばすの」

「おうそうか、それはすごいな。すごいから、俺で試そうとするのはやめてくれな?」

 

 おそらく、デリア全力の殺気を喰らったら意識が吹っ飛ぶ。

 オメロだったら肉体までもが塵と化すだろう。

 

「あっ、いいところに。お~い、オメロ~!」

「逃げろオメロー!」

「え? 親方と兄ちゃん? え? え?」

 

 あぁ、オメロは驚きすくみ上がっている。

 あいつ、デリアを見るだけで足が動かなくなるんだよなぁ。

 

「行くぞ~、オメロ~!」

「え、え!? 何が!? 何が来るんです!?」

 

 距離にして100メートル。

 陽だまり亭にほど近い道。

 まさか、こんな穏やかな場所に、これほどの危険が潜んでいるとは、オメロも想像しなかっただろう。

 

「せ~の――ふんっ!」

「ごふっ!」

 

 目に見えない何かが100メートルの距離を凄まじい速度で飛翔し、オメロの心臓を貫いた。

 

 オメロ散る――

 

「な? すごいだろう!」

「うん、すごいから、もう街の中でそれ人に向けちゃダメだぞ」

「分かった!」

 

 よかったよ、分かってくれて。

 

「ちなみに、デリアは心の中で何を思ったんだい?」

 

 えぇ~、エステラ、それ聞いちゃう?

 この話、あんまり広げない方がいいと思うんだけど。

 

「何って?」

「オメロに怒ってることとかないんだろう? なのに殺気って飛ばせるのかい?」

「そうだなぁ。慣れると別に怒ってなくても出来るぞ。今はただ『えい!』って思っただけだし」

 

 そんな気軽に、あんな凶悪な兵器放てるのか……

 

「でも、これは相手が自分より明らかに弱い時にしか使えないのよ。心が強かったり、相手がこちらの力を理解していないと効果がないの。『やんのか、コラ?』と同じような行為だからね」

 

 と、『やんのか、コラ?』を全力で寄越してきたルピナスが説明してくれる。

 ……おぉう、めっちゃ怖かったぞ、今の。思わず小銭全部置いて逃げそうになったわ。

 

「問答無用で相手を萎縮させられるのは、メドラギルド長くらいじゃないかしらね」

 

 なるほどな。

 やっぱりメドラは規格外なんだな。

 

「私の威嚇はデリアには通用しないでしょうしね」

 

 あれ? 『威嚇』?

 俺の時は『殺気』じゃなかった?

 ん? 俺は殺されかけてたのか? ん?

 

「ヤーくん。女性に年齢の話は……め、よ?」

 

 あぁ、それで『威嚇』が『殺気』になったのかぁ。

 ……怖いよぅ、この街の大人女子……しくしく。

 

「なにやってんさね、あんたらはさぁ」

 

 陽だまり亭の方からノーマがゆったりと歩いてくる。

 ゆっさゆっさと、威風堂々と揺らしながら。

 

「「ファンタスティック☆」」

「ルピナスさん、ミスター・コーリンの方をお願いします」

「じゃ、エステラさんはヤーくんをお願いね」

 

 手短に交わされた役割分担の後、俺はエステラに、タートリオはルピナスによって羽交い締めにされていた。

 くぅ……なんたる理不尽。

 

「だから、なにやってんさね……」

「見ての通りだ」

「見て分かんないから聞いてんさよ。……あと、あそこのアライグマも」

「あぁ、オメロは大丈夫だぞ」

「……ってデリアが言うってことは、デリアが原因なんさね」

 

 さすがノーマ、よく分かっている。

 

「はぁ……とにかく、アタシがオメロを運んでおくから、あんたらは早く陽だまり亭にお行きな。店長さんとカンパニュラが待ってるさよ」

「そうね。そろそろカンパニュラの顔が見たいわ」

「ボクも、ジネットちゃんのご飯が食べたいよ」

「あたいは甘いのがいい!」

「デリアはブレないさね」

 

 いいや、こいつらは誰一人ブレてねぇよ。

 

「ヤシロと、そっちのご老人は……まぁ、おそらくブレてないんだろぅねぇ。……見過ぎさね」

 

 煙管でコツコツと俺とタートリオのデコを突くノーマ。

 痛い。だが――

 

「「谷間から出てきた煙管でなら、むしろウェルカム」じゃぞい」

「……エステラ。ヤシロが増えたさね」

「うん。たぶん今だけだから、ちょっと我慢して」

「で、ロレッタは何を『んきゅんきゅ』悶えてるんさね?」

「あぁ……それも、今は放置でいいよ」

「まったく……あんたらはいつも何かしらやらかしてんさねぇ」

 

 呆れ顔で言って、ノーマが俺たちを置いて一人で陽だまり亭へ戻る。

 途中に転がっているオメロをひょいっと片手で拾い上げ、担いで。

 

「ミスター・コーリン。今度は『リボーン』創刊号で目玉商品だった、陽だまり亭の料理をご馳走いたしますよ」

「おぉ、陽だまり亭懐石というヤツじゃの」

 

 さすが、チェックしていたか。

 

「まぁ、200Rbも値引きをするということは、相当売れない不人気商品なのであろうがの」

 

 そんなことを言うタートリオを陽だまり亭へと連れて行くと――

 

「みなさん、今日もお仕事お疲れ様です。午後も頑張ってくださいね」

「「「あはぁ、カンパニュラたんかわぇぇ~……」」」

「お嫁に欲しい」

「むっ、ダメですよ、そのような発言を軽々しく口にしては。思わせぶりな言動は、いつか女性を悲しませてしまうかもしれませんからね。反省してください! むぅ、むぅ!」

「「「「マグダたん、陽だまり亭懐石一つ!」」」」

「……都合四つ、承り~」

 

 ――ご褒美懐石が根付いていた。

 ……あいつら、カンパニュラに叱られたくて、わざとやってんだよなぁ。

 

「めっちゃ売れとるぞい」

「クーポン券の影響でな」

「じゃが、あやつらはクーポン券を持っておらんぞい?」

 

 たとえ今は持っていなくても、一度認識してしまえば注文へのハードルは極端に低くなる。

 値段が高い物は誰でも購入を躊躇してしまう。

 値段の割に期待に添わないものかもしれない。そんな失敗をしたくないってのは誰もが持つ当然の心理だ。

 

 だが、一度でもそれを見て、口にして、その価値を知れば、そしてその値段が妥当だと思えば、値段の高い安いに関係なく売れる物は売れるようになる。

 

 シャインマスカットは平均して3000円前後の価格帯だが、その味が絶品だと知れた今では飛ぶように売れている人気商品だ。

 マスクメロンも然り。

「ちょっと高いけれど、ちょっとしたご褒美に買っちゃおう」という需要が生まれている。

 それは、品質が確かであるということが知れ渡ったことが大きい。

 

 陽だまり亭懐石も同じだ。

 奮発してもいいかなと思うようなことがあれば、250Rbくらいは出せてしまうのが人間というものなのだ。

 

 テーマパーク内の品質の割に値段の高い物でも、その時のテンションで買ってしまうノリと似ている。

 要は、「自分がその値段に納得できるかどうか」なのだ。

 

 

 つまり、今ここにいる大工どもの中では、「カンパニュラに叱ってもらえるなら250Rbなんか安いもんだ!」という認識が芽生えているというわけだ。

 よし、お前ら全員出禁にしてやる。

 

「カンパニュラ」

「あ、母様!」

 

 ルピナスを見つけ、カンパニュラが嬉しそうに両腕を広げて駆けてくる。

 

「お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました。それで、今は何をしていたのかしら?」

「はい。接客です。それと、お客様がいけないことをすると叱ってあげるべきだと教わりましたので、いけない発言を叱っていました」

「へぇ、そうなの」

「はい。みなさん、とても聞き分けがよくて私も叱り甲斐があります」

「そう。みなさん、いい方たちなのね」

「はい」

 

 カンパニュラの言葉を聞いて笑顔で立ち上がるルピナス。

 その笑みを大工たちへと向ける。

 

「いつも娘がお世話になっているようですわね」

「「「「いやいや、俺たちの方こそがお世話されちゃって、なぁ? あはは」」」」

「今後とも、娘のことを『くれぐれも』よろしくお願いします――ねっ」

「「「「どぅっ!?」」」」

 

 全力の殺気来ましたー!

 大工四人が一斉に泡吹いてひっくり返ったぞー!

 

「「「「す、すみませんでした。あまりに可愛かったもので、つい」」」」

「可愛いということには同意致しますわ。ですが、ほどほどにお願いしますね」

「「「「はい、誓って!」」」」

 

 ひっくり返ったまま、大工たちが精霊神に誓いを立てる。

 効果抜群だな、ルピナスの殺気。

 

「かにぱんしゃ、かいしぇち、もってきた、ぉ」

「ではテレサさん、あちらのテーブルにお願いします」

「はい!」

 

 とことこと、大きなトレーに懐石を載せて運んでくるテレサ。

 その後ろをマグダがつかず離れず、三人前の懐石を載せたトレーを持ってついてきている。

 何があってもフォローが出来る位置取りだな。

 

「おまたせしましま!」

「「「「あはぁ、テレサたんもかわいいっ!」」」」

「ありがとごじゃましゅ! おねーしゃに、つたえましゅ!」

「「「「いや……それは、あの、やめてもらえると……」」」」

 

 バルバラの耳に入るとまた殺気を浴びかねないもんな。

 

「あなたが、テレサちゃん?」

「はい。……あっ、かにぱんしゃの、おかーしゃ?」

「えぇ、そうよ。カンパニュラがお世話になっているわね」

「んーん! おせわ、ちぁうよ。おともだち、ょ」

「そう。これからも仲良くしてあげてね」

「はい!」

 

 テレサの頭を撫でるルピナス。

 テレサは嬉しそうに撫でられ、そしてカンパニュラに耳打ちをする。

 

「おかーしゃ、ちれー、ね」

「ふふ。ありがとうございます」

 

 そんな少女二人のやり取りを見つめて、ルピナスは呟く。

 

「……磨きたいわね、あの娘」

 

 なんかロックオンされたぞ、テレサ!?

 なんか分かんないけど、とりあえず逃げて!

 

 

 そして、もう一人。

 随分と静かだと思ったが――タートリオもカンパニュラとテレサのやり取りをじっと見つめていた。

 そして、一度大きく頷いた後、ぼそりと呟く。

 

「ワシは、もっとぼぃんでばぃんな大人が好みじゃぞい」

 

 

 うん、聞いてないから黙ってろ、ジジイ。

 その意見には、概ね同意するけども。

 

 

 

 

 

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