異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

230話 麹工場を統べる者 -2-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:3,087

「僕たちは、お互いに特殊な存在です。替えの利かない、唯一の存在です。ドニスおじ様――現領主が認める後継者は、僕以外には存在しないでしょう。そして、リベカさん以外に、今の麹の品質を維持できる人もまた、存在しないでしょう」

 

 だからこそ、一緒にはいられない――

 

 というのが、普通の考え方なのだろう。

 だが……俺がそんなことで諦めると思うか?

 

 人の心は簡単に揺れ動く。

 自分が欲している言葉を与えてくれる人間の言葉なら、いとも容易く聞き入れてしまう。

「君の不安な気持ちは分かる。けれど、不安がることはないんだよ。なぜなら、君には僕がいるからさ☆」そんな甘い言葉で、リベカの不安をぬぐい去ってやるのだ!

 

 さぁ、見せ場だぞフィルマン!

 囁き王子の本領を発揮させろ!

 

「けれど、僕のリベカさんに対する思いは本物です! 愛し……どふっ!?」

 

 セリフの途中でフィルマンがむせる。

 こら!

 そこが一番いいところだろうが! 噛むんじゃねぇよ!

 

「……(本当に言うんですか、それ?)」

 

 と、口パクで聞いてくる。

 当たり前だ! オフコース!

 変な間があいたのでさらに言葉を追加して、「さぁ読め!」とノートを突き出す。

 それを黙読し、「なっ!?」とか言った後、フィルマンの目つきが変わった。腹を決めたようで、フィルマンが口を開く。

 

「あ、愛しています! ジェテームです! アイラビューン!」

 

 ぷっ……何言ってんだ、こいつ。

 

「……(なんでヤシロさんが笑ってるんですか!?)」と、口パクで抗議してくるフィルマン。

 気を付けろよ、少しでも声を出せばリベカには聞こえてしまうからな。

 

 効率を考え、俺はセリフを書いた紙を破ってマグダに渡す。そしてそれをマグダがフィルマンへ見せる。

 破れる音? 知らん。無視だ。

 

「だから、僕は提案します――共働きをっ!」

 

 一瞬、空気が揺らぐ。

 フィルマン自身も、「え?」みたいな顔をして、マグダの掲げるカンペを二度見している。

 だが、それでいい。

 そうだ、共働きすればいいんだよ。

 

 さぁて、説得にかかるか。

 

 俺は書き上げたカンペをマグダに渡し、次のカンペを書き始める。

 畳みかけるぞ、フィルマン。噛むんじゃねぇぞ、次期領主!

 

「僕は常々、古い慣習に囚われている『BU』に疑問を抱いていました。豆の生産量を固定したり、その結果豆の余剰分で苦しんだり、逆に不足したり。なのに、多数決で決まったことだからと、自分たちがマイノリティになることを恐れて声を上げない――そんな今の『BU』は間違っているのではないかと!」

 

 読みながら、フィルマンの額から汗が噴き出していく。

 動揺しているようだ。「こんなこと言っていいのかなぁ?」みたいな。だが、過激にいくぞ。なにせ俺たちは、ぶち壊すんだからよ、常識を!

 

「けれど、僕は恐れない。マイノリティになることを。たとえ多数決で不利になろうと、数の力でねじ伏せられようとも、僕は、僕個人の考えを決して曲げません!」

 

 リベカの耳が、フィルマンの声をしっかりと拾っている。

 一言たりとも聞き漏らすまいと、じっと耳をそばだてている。

 

「たとえ世界中の人間が反対したとしても、僕はリベカさんとけっ…………結婚したいです! ……たとえ、それが区民の反感を買うことになろうとも……じ、時間をかけてでも説得してみせます!」

 

 結婚というワードで照れやがった。そのせいでその次の言葉がすげぇ小声で早口になって、巻き返すかのように最後の言葉だけ大声で張り上げる。

 スピーチの練習、もっとしとけよ。お前が説得させなきゃいけないのはドニスだけじゃないんだからな。

 領主の行動は、区民に常に見られていると思っておけ。

 

「だから、僕と結婚しても、リベカさんは麹職人でいてください! その方が、二十四区のためになりますし、リベカさんもきっと幸せでしょうし、利益も上がってウハウハです!」

 

 ……おっと。最後に俺の感情が入っちまったな。まぁいいか。実際、リベカが麹職人を続けてくれれば、二十四区もウハウハだろう。俺は豆板醤がもたらす利益でもっとウハウハだけどな。

 

「それでは、リベカとは別居する……ということですか?」

 

 ソフィーがフィルマンに問い詰めるような口調で尋ねる。

 ……あれ? なんでお前がフィルマンに聞くの? 見えてるよね、俺がカンペ出してるの。……あ、見てねぇな、こいつ。完全にフィルマンに視線がロックオンして周りが見えてねぇや。

 まぁ、いいけども、別に。

 気にせずカンペを出してフィルマンにしゃべらせる。

 

「最初は、通い婚になるかもしれません。が、ゆくゆくは一緒に住みます。……住めるんですよね、本当に?」

 

 こら。俺に対する質問を口にするな。

 おかしな感じになるだろうが。

 思いっきり首肯して安心させてやる。大丈夫。共働きの夫婦なんて五万といる。うまくやっていく方法なんかいくらでもあるから。

 

「一緒に暮らした後は、目覚めの鐘と同時に、リベカさんは麹工場へ行き、室での仕事に従事してもらいます。麹の世話は、朝日が昇るまでに終わりますよね? ですから、日の出とともに領主の館へ戻ってもらって、一緒に朝食を取り、リベカさんには仮眠をとってもらいます。その間、僕は領主の仕事をこなします。リベカさんがそばにいると、僕は浮かれまくってハッスルハッスルしてしまうので、仮眠を取ってもらえると仕事にも集中できます!」

 

 と、言った後でフィルマンが俺を睨んでくる。

 なんだよ。事実だろうが、このハッスルボーヤめ。

 余計なことは考えずに、お前はカンペを読んでいればいいんだよ。

 

「そして、昼頃にリベカさんが目覚めた後は夫婦の時間を過ごします。買い物をしたり、二人で語り合ったり…………むふ」

 

 変な笑いが入ったので一旦文章を切る。

 真面目にやれ――と、全力で睨みつける。

 

「こ、こほん。そ、そして、夜には二人で眠り、リベカさんはまた目覚めの鐘とともに麹工場へ向かってもらいます」

「それは、現在のリベカ様のライフサイクルとほぼ同じですね」

「そうです。ヤシロさんからリベカさんのライフサイクルを聞いて、それを参考に考えました」

 

 ――と、バーサの質問に答える感じで、たった今、フィルマンに教えてやる。

 以前会った時に、麹職人の仕事の流れは聞いていた。その中でリベカでなければどうしようもない部分のみをリベカに任せようというわけだ。

 リベカはまだ小さいから昼寝を必要としている。その時間もきちんととる。それによって、フィルマンが集中して仕事をする時間を設ける。

 もっとも、領主も麹工場も、時には不測の事態が起こったり、外せない仕事があったりして、この通りに進まないこともあるだろうが、そこはその時対応策を考えればいい。

 まずは、基本的なサイクルの提示を行い、了承を得ることが重要だ。

 

「これが、僕の提案する共働きです」

「確かにそれなら、麹の品質は守られるし、リベカも毎日バーサに会えて寂しくはない……ですが、そのサイクルには一点、重要な見落としがあります」

「み、見落とし?」

 

 ソフィーの指摘に、フィルマンが焦った表情で俺を窺う。

 焦るな焦るな。ソフィーが言いたいことくらい分かってるから。

 今、回答を書いておいてやるから、お前はカンペを読んでいればいいんだよ。

 

「麹工場では、日中に新製品の開発と、店舗での売り上げ、その他、各工場との連携に関する会議が開かれています。そのすべてにリベカが参加する必要はないでしょう。とはいえ、それらの会議の際に工場の責任者がいつも不在という状況は看過できません。それは無責任というものです。工場の信頼を失墜させかねないことです。その点はどう考えているのですか?」

 

 と、予想通りの問いが来たので、用意しておいた回答を提示する。

 

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