異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話5話 合流し、太く -3-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:4,114

「ヤシロ。連中を捕まえる手立てはあるのかい?」

 

 重くなった空気の中、エステラが真剣な顔で聞いてくる。

 協力は惜しまない。だから、知恵を貸してほしい。そんな顔だ。

 

「手立てはある。というか、向こうからやって来てくれるさ」

「向こうから?」

 

 連中は、去り際にパウラにこんな言葉を残している。

 

 

『このことは誰にも言うんじゃねぇぞ。で、誰が来ても、何もなかったかのように振る舞うんだ』

 

 

「この言葉は、パウラに騒がれると困るってことの裏返しだ。つまり――」

「まだ犯行を重ねるつもり……って、ことだね」

 

 正解だエステラ。

 それに、次の犯行現場も目星が付いている。

 

「連中、金をむしり取れそうなヤツの情報も得たようだからな」

「あっ!?」

 

 そのことに気付き、パウラが声を上げる。

 

「そうか……それでエステラはダメだったんだ」

 

 金を持っているヤツを聞かれ、パウラが真っ先に答えたのがエステラだった。

 だが、さすがに領主を詐欺にかけるとなると問題が大きくなり過ぎる。

 そこで第二候補を引き出したのだ。

 

「ノーマ、レジーナ、ごめん! あたし、あなたたちの名前教えちゃった!」

 

 二人に向かって頭を下げるパウラ。

 今にも泣きそうな、悲痛な響きが声に含まれていた。

 

「なぁに、気にすることないさね」

「せやで。手の内バレとるんやさかい、もう怖いことあらへんわな」

 

 しかしながら、こっちの二人は落ち着いたものだ。

 さすがというか、ノーマもレジーナも大人の余裕を醸し出している。

 

「けど、レジーナはともかく、アタシもお金を持ってるイメージあるんかぃねぇ? なんだかちょっと変な気分さね」

「あ……の…………それは……………………結婚資金が……」

「あぁん!?」

「のーまさん、声っ! なんか、すごい声出ちゃってるよぅ!?」

「ミリィ、ダメだ! 今のノーマに近付くのは危険だよ!」

 

 最終形態になりかけのノーマを止めようとしたミリィをエステラが救出する。

 危ない……危うくミリィが魔神に飲み込まれてしまうところだった。

 パウラのヤツ、なんて恐ろしいモノを蘇らせてしまったんだ。

 

「まったく、碌でもないイメージで巻き込まないでほしいさね!」

 

 ノーマが盛大に煙管を吹かす。

 店内だが、パウラは注意できずにいる。まぁ、今日だけは勘弁してやれ。気持ちを落ち着かせたいだろうし。

 

「けど、これで連中の行動に目星が付けられそうだね」

「では、クレアモナ家の私兵に申し付けて、ノーマさん、及びレジーナさんの家を監視しましょうか?」

「あ、だったらあたいも手伝ってやるぞ。エステラんとこの兵士、みんな弱いだろ?」

「……君と比較しないであげてほしいな。デリアは自分が特別だって自覚を持ってほしいよ」

 

 ノーマの家とレジーナの家を見張っていれば、詐欺師連中を捕まえることは出来るだろう。

 だが、捕まえたからといって何が出来るわけではない。

 

「連中は『精霊の審判』を警戒して、嘘にならない言葉を選んでやがる。だから、仮に捕まえても罰を与えるのが難しい」

「領主様に差し出せばいいです。どこの区でも、罪人は領主様の権限で裁いているですよ」

「だからこそだよ」

 

 四十二区の領主はエステラだ。

 

「この甘ちゃんが、生まれてきたことを後悔したくなるほどの重い罰を科せると思うか?」

 

 精々、判例に従ってそれなりの罰を言い渡すのが関の山だろう。

 また、パウラの騙し取られた金が戻ってくれば、被害は最小限に抑えられたということで、最悪の場合厳重注意程度ですまされかねない。

 エステラは、判例を逸脱して過度の罰を与えるのをよしとはしないだろうからな。

 

「けどそれでいいのか?」

 

 俺は、夜中にもかかわらずこの場所に集まったメンバーに問う。

 

「パウラを泣かせた野郎どもを、そんな軽い罰で許して……本当にいいのか?」

 

 俺の問いには、その場のほぼ全員が同じ答えを寄越してきた。

 

「いいわけあるか! あたいがぶっ飛ばしてやる」

「そうです、デリアさんの言う通りです! とっちめてやるです!」

「……これは、四十二区に売られたケンカ」

「せやなぁ。自分が何をしでかしてもぅたんか、よぅ分からしたらなアカンよなぁ」

「飛んで火にいる、夏の虫やー!」

 

 と、積極的報復に意欲を燃やす者もいれば、ミリィやネフェリーのように「やり過ぎは困るけど、けどやっぱり酷いよねぇ」くらいの控えめな意見の者もいるが、概ねみんな同じ気持ちだ。

 要は――

 

「じゃあ、連中は有罪ってことで、異論はないな」

 

 改めて問うも、反論は出なかった。

 ジネットですら、異議を唱えることはなかった。ただまぁ、「やり過ぎは困りますよ」的な目でこっちを見てはきていたのだが。

 

「つーわけでエステラ。お前の出番は最後の最後だ」

 

 当然、この街の法に従って罰を受けてもらう必要はある。

 でもそれは、俺たちの『私刑』を喰らってからで構わない。

 ほら、あれだ。

 遠山の何某だって、お裁きの前に大暴れするだろ? 刃物を振り回して。散々暴れて、鬱憤を晴らした後で正当な裁きの場に引き渡す。それが、江戸の古来より受け継がれてきた正しい正義の姿なのだ。ジジババも感涙間違いなしの行いなのだ。

 

 だからこそ。

 

「地獄を見てもらおうか……ふっふっふっ」

「あの、ヤシロさん……」

「てんとうむしさん……」

「「ほどほどに……」ね?」

 

 ジネットとミリィが両サイドで似たようなことを言ってくる。

 よし、じゃあその言葉をパウラに向かって言ってこい。言えるもんならな。

 

「度が過ぎると、もしかしたら二十九区との間に――まぁ、あくまでその無法者たちが二十九区の住民だと仮定すると、だけど――軋轢が生まれるかもしれない」

 

 他区の住民を必要以上に痛めつける行為は、外交的に軋轢を生む。

 

「けれど……」

 

 そんなことは十二分に分かった上で、エステラは明言する。

 

「存分にやってしまうといいよ。責任は、ボクが取る」

 

 こいつも、パウラを泣かせた悪漢どもに腹を立てているのだ。

 こんな時間に飛んでくるほどに。

 

「というわけだ、ノーマ」

 

 そんな中、一人不貞腐れて煙管を吹かしている窓辺の麗人へ言葉を向ける。

 

「お前も一丁、噛まないか?」

「……ふん」

 

 パウラとの口論に臍を曲げてしまったノーマだが。

 

「……ヤシロがそーゆー顔をしてる時は、何か面白いことが起こる時さねぇ」

 

 大きく煙を吸い込んで燃え尽きた灰をぽんっと、携帯灰皿へと落とす。

 ゆっくりと紫煙を吐き出して、むせかえるような色香を纏いながら真っ赤な唇をにぃっと細く開く。

 

「なら、ノッてやってもいいさよ。……存分に楽しませておくれな」

 

 なんだかんだ、面倒見のいいノーマが今回の件で怒っていないわけがない。

 こいつは誰が相手でも親身になって世話を焼くからな。

 四十二区の女子を泣かせると、真っ先にノーマが怒る。そう言っても過言ではないほどだ。

 

「それじゃあ、作戦を伝える。けどその前に、パウラ」

 

 最も重要なことを前もって伝えておく。

 

「明日、お前の様子を見に連中がやって来る。おそらく、お前に分からない格好でだ」

 

 パウラに話を聞いたところ、パウラは相手の顔を正確には覚えていなかった。

 本人は覚えている、見れば分かるというのだが、おそらくあてにはならない。

 格好や雰囲気という先入観で正確に判断できなくなっていたのだ。

 鎧を着ていた兵士が、みすぼらしい服を着てカンタルチカを訪れれば、きっとパウラは同一人物だと認識できないだろう。

 

 だからこそ、ヒントを与えておく。

 

「『最近どうだ』とか『何か変わったことはないか』って世間話を持ちかけてくるヤツがいたら注意しろ」

「それが、ヤツらなの?」

「可能性は高い。もっと狡猾に『なんか元気ないんじゃないか?』って感じで来るかもしれない」

 

 あえて揺さぶりをかけることで相手の本心を覗き見ようとする行為だ。

 連中なら、こっちの方が確率が高いかもしれないな。

 

「そんなヤツがいたら、『別に。どうして?』って答えるんだ」

「それは、嘘にならない、の?」

「ならない。だって、俺たちが事件を解決することは確定してるんだから、お前は何も悩む必要はないし、心配もいらない。なら、それはもう普段通りじゃねぇか」

「……そう、だね。うん。分かった」

 

 不安は拭えないが、なんとか納得した様子のパウラ。

 気分を誤魔化すためか、質問を重ねてくる。

 

「でも、来るかな?」

「来る。確実に」

 

 ヤツらは必ずパウラの様子を確認しにやって来る。

 もし誰かに話されていれば、――今の、こういう状況が出来上がっていれば――待ち伏せして捕まえようという案が出るはずだ。そうなると、連中は次の詐欺が出来なくなる。

 

「パウラが普段通り振る舞うことで、次のターゲットであるレジーナとノーマのところへ誘導しやすくなる」

「普段通り……出来るかな?」

「多少ぎこちない方がかえって信憑性が出ていいさ」

 

 無理して普通に振る舞ってる感が出れば、連中は「しめしめ」と思うだろう。

 

「で、他の連中はさりげな~くノーマとレジーナに関する噂話をしていてほしいんだ」

「噂話といえばあたしたち姉弟の出番ですね! 具体的には、どんな話すればいいです?」

「ふふん……それはだな……」

 

 俺は、連中がより詐欺を行いやすい舞台を整えるためにとある噂を流すよう提案する。

 まぁ、もろもろの反発やクレームなんかが噴出したが、とりあえずは納得させる。

 ジネットとミリィはハラハラしていたが、他の連中は概ねにやにやしていた。

 

 何より、こういう集いに初参加のレジーナが妙にやる気になっていた。

 

「……アタシ、協力をちょっと考えさせてほしいさね……」

「何言ってるです、ノーマさん! ノーマさんがいなければ不可能な作戦です!」

「……ノーマの肩に作戦の成功がかかっている」

「なんでしたら、『BU』ナンバーワン美女の私のコネで、情報紙にその噂を載せてもらえるよう交渉してきましょうか?」

「やめるさね! 四十二区から外には一切漏らすんじゃないさよ、その噂!」

「あぁ~、ウチ、なんやムラムラ……もとい、わくわくしてきたわぁ」

「どーゆー言い間違いさね!?」

「なぁ、あたいは何をすればいいんだ?」

「えっと、デリアは…………うん、最後にボクたちと一緒に頑張ろう」

「おう、頑張るぞ!」

「やる気の、過剰発注やー!」

 

 夜もすっかり更けきって、少し休めばもう明日だ。

 

 

 明日は、楽しいことになりそうだ。

 

 

 

 

 

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