「てんとうむしさん、こんにちゎ~」
ハロウィンの準備も佳境に入り、四十二区全体がホラータウンの様相を呈してきたころ。
ミリィが大量のリンゴを持ってきてくれた。
「悪かったなぁ、ミリィ。アッスントのバカがさぁ、『リンゴは一般家庭でも飲食店でも購入希望が多くて、品薄状態なんですぶっひっひ~ぃ』とか言いやがるからさぁ」
「ぁの、あっすんとさん、ばかじゃ、なぃ、ょ? リンゴの需要、すっごく増えた、から」
「ハロウィンにリンゴの在庫切らすって、あいつは商売人向いてないんじゃないかなぁ」
「みんな、オバケリンゴの練習してるんだね。大きいお姉さんたちもね、すごく頑張ってるんだょ」
「あははっ。そんな苦労しなくても、ノーメイクで鏡の前に立てば仮装なしでオバケになりきれるのになぁ」
「だ、ダメだょう!? それ、ぉ姉さんたちの前で言っちゃ…………たいへんなことになるから、ね?」
観覧型ホラーアトラクションが体感型ホラーアトラクションに変わるのだろう。
よし、本人の前では言わないでおこう。
「森にまだリンゴあったのか?」
「ぅん。……けど、まだ育ち切ってないのとか、ぁるから。全部は採れないんだけど」
そんなわけで、リンゴの爆買いが起こっていない四十区まで行って、向こうの生花ギルド管轄の森で採らせてもらったらしい。
「ネックとチックがね、口添えしてくれたんだょ」
「あいつら、向こうの生花ギルドに顔が利くのか?」
「サトウダイコンの利益の一部を森の維持費にって、寄付してるんだって」
「そんなことしてるのか、あいつら!?」
どこまでお人好しなんだ?
自分の利益を関係ないギルドに寄付って……あいつら、常に善行を積んでないと死ぬ呪いにでもかかってるのか?
「ぁのね……くすくす」
両手で口を覆い隠し、いたずらっこのような笑みを浮かべるミリィ。
ちょいちょいと俺を手招きして、耳元でこそっとその理由を教えてくれる。
「てんとうむしさんと出会うきっかけを作ってくれた、大切な場所だから、なんだって。てんとうむしさんが、またソレイユの花を見に来てくれるようにって、森を大切に育ててって」
そういえば、アリクイ兄弟に会ったのって、俺がソレイユの花を見たくてミリィに紹介してもらったからだったっけなぁ。
だからって、わざわざ金を出して管理させるかね?
別に俺が「また見たい」って言ったわけでもないのに。
つか、別に見に行く予定もないし…………
「ネックとチックね、てんとうむしさんに出会えてから、すべてのことがいい方向へ変わったって……すっごく、すっごくね、感謝してるんだょ」
ふん。
傍から見てりゃ何一つ変わってないように見えるけどな。
相変わらずのボロ屋暮らしで、朝から晩まで土いじりして、口を開けば馬鹿みたいに明るい中学生英語が飛び出して。
俺に出会う前から、あいつらはずっと笑顔だった。
今が幸せなんだってんなら、それはあいつらの生き様がそうさせただけだ。
俺を巻き込むな。まるで人を善人みたいに。……ふん。
「…………くす」
俺の顔を覗き込んでいたミリィが小さく笑う。
「……なんだよ?」
「ぅうん。なんでもなぃ。……じねっとさんのマネ」
ジネットもよく人の顔を覗き込んでこうして笑うことがある。
特に、誰かが俺を善人に仕立て上げようとしている時に。
「そんなに面白い顔してるのかぁ、俺は」
「ぅうん。と~ってもぃい顔だょ」
「ふむふむ。ミリィは俺がイケメンであることに一票、っと」
「そぅぃうことじゃ、ないんだけどなぁ……」
いい顔というのはイケメンのことを指すのだ。
よし、他の連中の意見も聞いて過半数がイケメンだと認めたら掲示板に張り出してやろう。
『オオバヤシロ、イケメン確定!』ってな。
「ぁ、そぅだ。ネックとチックからの伝言ね。『また一緒にアップルパイを食べょうね』って」
「本当にそんな言い方だったか?」
「ぇっと……言ぃ方は、ぁの……『ヘ~イ、てんとうむしさん、今日はYOUに耳寄りでホットな……』はぅぅ……恥ずかしいから、これ以上は無理……」
「大変だなぁ、恥ずかしい幼馴染を持つと」
「ぁうっ、ち、違ぅ、ょ? ネックとチックが恥ずかしい人ってことじゃなくて、ネックとチックのマネをするのが恥ずかしくて……」
「あんな恥ずかしいヤツらのマネなんか恥ずかしくて出来ないよなぁ」
「ぁぅう……そぅじゃなくて…………はぅぅ、てんとうむしさんがぃじわるだぁ……」
ミリィの顔がリンゴのように染まっていく。
なにこれ可愛い。三つ欲しい。飾る用と保存用と抱っこして眠る用。
「こ、この、ぉ話はやめっ! ぉしまい!」
ぽいっ! ――と、苦手な話題を投げ捨てるジャスチャーを見せるミリィ。
よし分かった。もう一個追加でお願いします! お持ち帰りで!
「このリンゴは、リンゴ飴にする、の?」
「いや、こいつはゲーム用だ」
ミリィには、ちょっと小さめの品種を選んで持ってきてもらった。
日本でよく見かけるリンゴよりも二周りほど小さい。
小さいが甘みが濃くて酸味の少ない品種だ。これなら、丸齧りするにはちょうどいいだろう。
「ゲームに使ぅ、の?」
「あぁ。アップルボビングって言ってな、樽に水を張ってその中にこのリンゴを浮かべるんだ。それを、手を使わずに口だけで掴むんだよ」
「なんだか、難しそう……」
そこそこ難しい。
コツを知らなければ全っ然取れない。しかしまぁ、ガキがやる遊びだからそこまでとんでもない難易度ではないだろう。
「ちょっと試してみるか?」
「ぅん。やってみたい、かも。……みりぃにも、できる……ょね?」
「過去に樽で溺れたことは?」
「なぃよぅ! みりぃ、そこまで小さくないもん!」
「んじゃ、大丈夫だ」
ぷっくり膨らむミリィのほっぺたに思わず笑ってしまった。
いかんな、可愛過ぎていじめたくなってしまう。ほどほどにしないと、嫌われたら本気でヘコみそうだ。
「じゃあ、ジネットに言って樽を用意してもらってくるな」
「ぅん。じゃあみりぃ、ここで待ってるね」
ばいばいと、小さく手を振って見送ってくれるミリィ。
お見送り、お出迎え用にもう二個追加しなければいけないだろうか……
そんなことを考えつつ、厨房へと入る。
「お~い、ジネット。どっかに使ってない樽が…………あれ? いない」
厨房の中はもぬけの空だった。
マグダとロレッタは屋台の応援に行っていて留守なのだが、ジネットとモリーは厨房にいるはずだ。
おかしいな。中庭か?
厨房を出て、まったく軋まなくなった廊下を歩き、これまたなんの音もしなくなった上に開け閉めがすごく軽くスムーズになったドアを開ける。
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