「煮魚~☆」
「親子丼っ!」
マーシャとネフェリーが食い物の名を叫んでいる。
いや、まぁ、マーシャは自分のことなんだけどな。
「風呂に入ったって、煮込まれはしないだろうが」
「んふふ~☆ すっごく大きなお風呂で楽しかったよ~☆ 泳いじゃった」
まぁ、そういうヤツは出てくるだろうなと予想はしていたけどな。
かまくら製作が始まり、汗をかいた者たちが順番に風呂に入っている。
マーシャが入った風呂には、出汁が浸み出していないだろうか?
デリアやハム摩呂、ウーマロ&ベッコにエステラとナタリア。かまくら経験者が多いおかげで、作業はスムーズに進んだ。
ネフェリーとパウラは研修生的な立ち位置で、教わりながら実作業を経験していた。
一回作れば覚えるだろう、かまくらなんて。
庭の雪をどけるところから始めたので、結構時間を食った。
かまくら第一号『雪だるまハウス』が完成したところで、今日の作業はお開きとなった。
寒いし、ジネットは雪だるまの顔を作るのに忙しいしで、今日の夕飯は鍋物にして簡単に済ませようと思っていたのだが……ネフェリーがいた。
ネフェリーは、「一晩お世話になるから」と卵と鶏肉をたくさん持ってきてくれていた。
鶏肉の多くは鍋物に回したが……折角の鶏肉を一品で消費するのはもったいない。
卵もあるしということで、親子丼を作った。
以前、「俺の好物だ」と言ってジネットに教えたのだが、その時にはまだみりんがなかった。なので、料理酒とハチミツで代用したのだが、今回は本物のみりんを使って、ベーシックな親子丼にしてやった。
みりんはすごい。
どんな料理下手であっても、みりんさえ使えればそれなりの味になるのだ。
ジネットほどの腕がなくても、簡単に、それなりの味が出せるだろう。
「あ、親子丼ですね」
頭に雪を、額に汗の粒を乗せて、ジネットが陽だまり亭へと入ってくる。
満足げな顔をしているので、雪だるまの顔が完成したのだろう。
「満足いく出来になったか?」
「はい。ちょっと、自信作です」
それはすごい自信だ。あとで見に行くか。
「ヤシロさんはどうですか? 納得いく出来になりましたか?」
そう言って、親子丼を指さす。
こいつは俺が食おうと思っていたのだが……
「おう、今の俺が出せる最高傑作だ? 食うか?」
「はい。ではいただきます」
まだまだ出来立てほやほやの親子丼を、ジネットの前へと移動させる。
俺の向かいに座り、肩の雪を払い落とすジネット。
全然落ちてねぇよ。
タオルだけは腐るほど用意してある。どうせみんな雪だらけになるって分かりきっているからな。
タオルを一枚取って、ジネットの後ろへ回り込む。
「へ? あの……」と戸惑いを見せるジネットの髪に乗った雪を手で払いのけ、タオルで髪を拭いてやる。
「はぅ……あ、ありがとう、ございます……」
両手を膝の上に乗せてぎゅっと拳を握るジネット。
俺がこうしてると食えないか。さっさと切り上げよう。
「飯を食ったら風呂に入ってこい。汗かいてるぞ」
「に、においますか!?」
「いや、視覚情報だ」
んばっ! と、振り返ったジネットの額に浮かぶ汗を拭いてやる。
大丈夫だ、汗臭くなんかないし、仮に汗臭くてもジネットのならむしろウェルカムだ!
「ウェルカム!」
「はぅっ! な、なんだか分かりませんけれど、恥ずかしいのでやめてください……」
俺に背を向け――つまり、普通にテーブルに向かって座り、黙々と親子丼を食べ始めるジネット。
一口、二口と親子丼を食べて、興味深そうにとろとろ卵に包まれる鶏肉を箸で持ち上げて観察する。
「さすがです。卵の半熟加減が絶妙で、舌触りが心地よいです」
わっしょいわっしょい以外の、まともな感想が来た!?
ジネット、まともな食レポ出来るんだ。
「とても美味しいです」
「随分と余裕なところを見ると、自分ならもっとうまく作れるって確信してるみたいだな?」
「はい。きっと負けません」
作り方を知ってるしなぁ。研究も進んでいるのだろう。
「ネフェリー、悪い。こいつはまだまだ及第点レベルらしい」
「いえ、そんなことは……。陽だまり亭で出しても問題ない美味しさですよ」
「でも、ジネットはこれよりも美味しい親子丼を作れるってこと、よね?」
「はい。もう一工夫するだけで、ぐっと美味しくなるんですよ」
ご存じないでしょ? とでも言いたげな、小生意気なウィンクがジネットから飛んでくる。
こいつ、こういう顔をするようになったのか。
なんかいいもんを見た気分だ。
「ね、ねぇ! それ、食べさせてくれない? というか、教えてくれない!? 養鶏場の娘として、この料理を作れないなんて許せないの!」
いや、結構前からメニューには載ってんだけどなぁ、親子丼。
『親子丼』って名前だけじゃ、どんな料理か分からなかったんだろう。ネフェリーは知らなかったようだ。食品サンプル、置くかな?
陽だまり亭の食品サンプルは、ジネットと話して選抜している。基本的に見た目に面白い物を選んでいるので、割と地味な丼物は除外されていたりする。
作るとしてもカツ丼かなぁ~とか思ってたし。
「どんな料理なのか、分からないというのは課題ですね」
「そうだな。俺は馴染みがあり過ぎてそこまで考えが至らなかったよ。悪い」
「いえ、わたしこそ。せめて注釈をつけるべきでしたね。『ニワトリさん親子の夢の競演です』とか」
それは、分かりやすい……のか? 余計混乱しそうな気がするが。
「では、これをいただいたら親子丼を作ってきますね」
「先に風呂に入れよ。風邪引くぞ」
「平気です。髪を……拭いていただきましたし」
髪を弄って、ぱくりと親子丼を一口食べる。
もぐもぐしながらてれてれしないでくれるか?
「他の連中はまだ外にいるのか?」
「はい。デリアさんたちが雪合戦を始めていましたよ」
デリアにロレッタ、エステラとナタリアとパウラが外で大はしゃぎしているらしい。
ベッコとウーマロはイメルダに捕まって、店の奥のテーブルで次のかまくらの設計図を作っている。
「……ふぅ~、さっぱりした」
「あ、店長さん、お先にいただいたさね」
厨房から、湯上がりのマグダとノーマが出てくる。
ノーマは赤い顔をして、両手にとっくりと杯を持っている。風呂場で飲んでいたらしい。
パウラが気を利かせて、何種類かの酒を持ってきてくれたのだ。
ノーマへの献上……ではなく、寒い日に飲むと体が温まるからと。
まぁ飲むのはノーマとナタリアくらいかな。イメルダも飲むか。
外にいる連中は日が落ちても元気だ。
ジネットはすでに親子丼を作りたいモードになっているので、作り終えるまで風呂には入らないだろう。
外の連中が体を冷やして戻ってくる前に、風呂を済ませておいた方がいいか。
「じゃあ、先に風呂入ってくるよ」
「では、ヤシロさんがお風呂から上がる頃に食べられるように準備しておきますね」
「ヤシロ、何か食べるんさね?」
「親子丼だよ」
「……親子丼。よい名前」
何気ないマグダの呟きを聞き……ぽんぽんと髪を撫でてやった。
「じゃ、あとで一緒に食うか?」
「……了承。ご一緒する」
「たくさん作りますね」
豪雪期は、普段忙しい大人に、子供たちが存分に甘えられる時期でもあるとエステラが言っていた。
エステラもガキの頃は、領主だった父親に甘えていたらしい。
なら、マグダも甘えればいいさ。ジネットにでもな。
「じゃあ、ウーマロ、ベッコ、イメルダ。風呂に行くぞ」
「ワタクシは入りませんわよ!?」
「え、だってお前、同じチームじゃん」
「違いますわ!?」
ウーマロとベッコと、同じテーブルを囲んで設計図を描いていたイメルダ。どうやら、別の括りらしい。ちぇ~。
「ウーマロ、よくイメルダとあんな至近距離で会話できてたな」
「いやいや、ヤシロ氏。ウーマロ氏は一切イメルダ氏と視線を合わせてござらんかったでござる。よく一度も視線をぶつからせずに回避し続けられるでござるなと、ちょっとばかり感心したでござる」
すっげぇくだらねぇ能力だな、それ。
ある意味で、レジーナよりも人見知りだな、ウーマロは。
さぁ、風呂に入ろうかって時に、ふとマーシャが目に入った。
陽だまり亭の中で交わされるくだらなくも楽しげな会話に耳を澄ませつつも、窓の外を少し寂しそうに眺める瞳。
「…………」
窓の外は雪に埋もれ、遠くから楽しげに雪遊びをする声が聞こえてくる。
雪遊び……か。
少し考え、風呂場へと向かった。
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