異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

263話 次なる目論見 -3-

公開日時: 2021年5月17日(月) 20:01
文字数:5,144

「ぅはははーい!」

 

 ガキが悲鳴じみた笑い声を上げて滑走していく。

 ……また、盛大に張り切ったなぁ、トルベック工務店。

 

 モーマットの広大な畑に、巨大なアミューズメントパークが誕生した。

 

 サバゲーのフィールドを思わせるような入り組んだ『雪合戦フィールド』。

 堆く積み上げられた雪山と深く掘られた穴、高低差実に6メートルにも及ぶ『大滑走場』。

 なだらかに下りながら長いコースをそれなりの速度で滑り降りていく『ロングコースソリレーン』。

 あとは、ガキでも安心して小山からのソリ滑り遊びが出来る『みんなの広場』。

 

 当初の予定よりも遙かに広大なスペースに次々誕生した雪のプレイランド。

 瞬く間に噂は広がり、あっという間に四十二区中のガキとその保護者、そして人目も気にせずいちゃつくカップルどもが集まる場所になっていた。

 

 ……しまったな。

 カップルの男が通った時だけ発動する落とし穴を作ってなかった。

 研究から始めないといけないから、実装されるのは来年以降か……実に残念だ。

 

「豪雪期は、家にこもって家族と静かに時間を過ごす時期じゃなかったのかよ」

「大通りも街道もキレイに除雪されて、とても歩きやすいですしね」

 

 雪のプレイランドを作るために相当な量の雪がかき集められた。

 そのほとんどは大通りと街道に積もっていた雪で、それらを使用して堆い雪山が作られている。

 結果として、大通りからも街道からも雪がなくなり、多少滑りやすくはあるが普通に歩けるようになっている。

 そりゃガキ連れで外に出てくるわな。

 昔は、その除雪をする人員がいなかったんだろう。

 

「四十一区では、狩猟ギルドが訓練を兼ねて街中の雪かきを代行してるらしいぞ」

「メドラさんが街のためにと、昔からいろいろ貢献されていたみたいですね。素晴らしい考えだと思います」

 

 四十一区は狩猟ギルド最優先の政策をとっていた。

 優遇されている分、街に恩恵を与えるのが狩猟ギルドとしての義務だとでも考えていたのだろう。

 メドラも、なんだかんだと四十一区が好きだからな。利益を独占するための政策ではなかったのだ。それしか街を維持する方法が思いつかなかっただけで。

 

「つまり、四十二区の除雪が進んでいなかったのは、ウッセたちの怠慢ってわけだな」

「そんなことは……マグダさんも、寒いのはお嫌いですし」

 

 確かに。

 狩猟ギルド四十二区支部で除雪作業をするとなれば、マグダも駆り出されていただろう。

 以前のマグダだったら、こんな寒い日に雪の中に連れ出されたら……泣いていたかもしれないな。

 

 何気なくマグダの姿を探すと、マーシャを抱えて雪山を登っていた。

 リュージュかボブスレーかというような、流線型の速そうなマシンを小脇に抱えている。

 楽しんでるようで何よりだ。

 

「きっと、マグダさんはもう大丈夫ですよ」

 

 俺は何気な~くマグダを見ていただけなのに、ジネットが変な気を利かせてそんなことを言ってくる。

 誰もマグダが心配だなんて言ってないだろうが。

 ……ったく。

 

「年末年始に風邪が流行しなけりゃいいけどな」

「それは大丈夫ですよ」

 

 にこにこと桃色に染まったほっぺたを緩ませて、ジネットが白い息を吐く。

 

「ニット帽にマフラーに耳当てがありますから、外でも温かいです」

 

 豪雪期初日の夜。

 ジネットにねだられてニット帽の編み方を教えてやったら、ジネットはあっという間にマスターしてその日のうちに一つ仕上げてしまった。

 編み物って、もっと時間がかかるもんなんじゃねぇのか?

 もともと編み物の経験があったため、ポイントを教えてやるだけで任務は終わった。

 あとは、ジネットが好きなようにアレンジを考えるだろう。

 毛糸のパンツが編めるジネットにとっては、ニット帽なんかイージーだったらしい。

 ジネットが編み物に夢中になって夜更かしをしていたので、俺は隣でマフラーを編んでいた。

 首元を温めるのが防寒の基本だからな。

 首と腰、手首足首は締めて風を通らなくする。それだけで体感温度は上がる。

 

 で、翌日になってウクリネスのところにマフラーとニット帽を持っていったところ、「なるほど! こういうアイテムがありましたか! なんで思いつけなかったんでしょう、こんな簡単なことに! 帽子をニットで編めば温かいなんて……あぁ、まだまだ見落としているものってあるんですね! 猛暑期と豪雪期には、まだまだ秘められた可能性がありそうです!」……と、物凄く熱血してた。

 まぁ、しょうがないんじゃないか。

 一週間ちょっとしかない猛暑期と豪雪期のために商品開発してる暇なんてなかったろ、これまでの四十二区では。

 商品があっても買ってる余裕もなかったろうしな。

 

 ちなみに、マフラーはすでにあったようだ。

 

 そして、ニット帽の情報と引き替えにファーを少し分けてもらって、その場で耳当てを作った。

 日本でお馴染みの、カチューシャ型のもふもふ耳当てだ。

 カチューシャ部分と、耳に当てるクッション部分はあらかじめ作っておいたので、クッションにファーを巻きつけるだけで出来た。

 

「なんですか、その可愛らしい仕上がりは!?」

 

 と、ウクリネスの一本釣りが成功したので、あっという間に量産が始まった。

 現在、雪のプレイランドにいるガキの大半がニット帽と耳当てをつけている。

 裕福になったもんだなぁ、四十二区も。

 昨日今日誕生した新しいアイテムをもう手に入れてやがる。

 

 ミンクに似た、すごく質のいいファーなのだが、マグダ曰く「……簡単にいくらでも狩れる」魔獣らしいので、お値段もそこそこだ。

 たった一週間のために100Rbとか、出せちゃうんだなぁ、この街の連中は。

 

「この耳当て、ふわふわで気持ちいいですね」

 

 もこもこの耳当てをしてにっこり笑うジネットは、俺の予想したとおり、常時の四割増しで可愛く見えた。

 やっぱ、耳当て女子っていいよね!

 

「マグダさんの耳当ても可愛いですよね」

 

 獣人族は耳を押さえつけられるのがイヤらしいので、ふわっと被せる形にしてある。

 カチューシャ型には出来なかったが、繋がったボリュームたっぷりな袋状のファーを耳に被せ、アゴの下で紐を結ぶ。

 見た目は大きめのマリモのようで、それが頭の上に二つくっついている。

 お団子頭みたいで可愛らしい仕上がりになっている。

 試作一号をつけたマグダを見かけた獣人族が大挙してウクリネスの店に詰めかけたらしい。

 

 ウクリネスの店も、豪雪期は無休なんだな。可哀想に。

 ……まぁ、俺のせいなんだけど。

 

「きゃっほ~う☆」

 

 楽しげな声を上げて、マーシャがソリに乗って空を舞う。

 さっきまではロングコースソリレーンで滑っていたようだが、今は大滑走場を堪能しているようだ。

 おぉ、コークスクリュー!?

 え、マーシャが乗ってるのってスノボ!? ソリだよね!?

 なんかめっちゃジャンプしてくるくる回ってるけど!?

 ソリでグラブ(スノボでジャンプ中にボードを掴む技)してるけど!?

 

 あんな活き活きしたマーシャ、初めて見たかも。

 川で泳いでた時より空を舞っている時の方が活き活きしている。

 

「私、トビウオ~☆」

 

 でも、主軸は魚なんだな。うん、なんか安心した。

 

「もう、ヤシロ!」

 

 空を舞うマーシャとマグダを眺めていると、パウラが肩を怒らせてやって来た。

 尻尾が持ち上がって怒りを表現している。

 

「折角かまくらBARを作ったのに!」

 

 陽だまり亭のそばに雪のプレイランドを作ったせいで客足がこっちに向いてしまったのか、と思ったのだが。

 

「あたしが遊びたいから、お昼はお店閉めることになっちゃったじゃない!」

「それは、自分の責任だろうが」

 

 だよなぁ。

 酒飲みのオッサンはあんま来てないもん、ここ。

 

「今、ロレッタに雪合戦で負け越してるのよね……今日はリベンジしてやるんだから」

 

 腕を捲り、尻尾を振り上げてパウラが雪のプレイランドへ入っていく。

 満喫してるなぁ、豪雪期を。

 

「なんだか、すごいことになりましたね」

「ウーマロたちが張り切り過ぎなんだよ。こんな大層な物を作れなんて言ってねぇのに」

「でも、みなさん楽しそうですから、いいことだと思います」

 

 最初は、雪玉が他所に飛んでいかないように柵と網で囲まれた雪合戦フィールドと、ちょっと小高い山とコースを作ったソリ場だけの予定だったのだ。

 それが、トルベック工務店の連中が集結した途端、この有り様だ。

 

 あいつら、豪雪期で仕事の依頼がなくなったからって禁断症状でも出てんじゃねぇの?

 ……あり得るな。

 なにせあいつらは陽だまり亭の常連。

 ジネットに会う機会が多い連中だ。ジネットの社畜が伝染うつったんだろう、おそらくな。

 気の毒に。


「では、そろそろ戻りましょうか」


 そんな社畜なジネットが言う。

 予想通り、今年はあちらこちらにかまくらが登場したのだが、雪のプレイランドの影響で陽だまり亭の客足は落ちていない。

 去年のようにフル回転でなければ追いつかないというほどではないが、店をほったらかしに出来るほど暇でもない。

 

 なので、俺とジネットは陽だまり亭から離れられずにいる。

 

「ジネット、遊びに行きたくないか?」

「わたしは見ているだけで……あの、たぶん、上手に出来ませんから」

 

 まぁ、ジネットには雪合戦も滑走も出来ないだろうな。

 

「『みんなの広場』もあるぞ?」

「子供たちの場所を奪うのは、ちょっと……」

 

 とか言いながら、あの年齢のガキに混ざってソリに乗って、派手にすっ転ぶのが恥ずかしいのだろう。きっと転ぶし。まず間違いなく!

 

「それに、陽だまり亭も楽しい仕上がりになっていますから」

 

 街道を進み陽だまり亭が見えてくると、そこにはなんともメルヘンな雪像が並んでいた。

 ジネットがストーリーを考え、俺がイラストを描いて、それを設計図代わりにベッコとイメルダが作り上げた、『雪だるまくんの大冒険』。

 その雪像がシーンごとに区切られて展開されている。

 進路に沿って進めば、物語を追っていける仕様になっており、その先には大きな雪だるまのかまくらが待ち構えている。

 

 ……まぁ、ちょこっと敷地からはみ出して隣の空き地とか街道とか占領しちゃってるんだけどな。

 まぁ、誰もいない空き地だし、へーきへーき。

 

「近所に誰もいなくて助かったな」

 

 そうでなければ、敷地からはみ出して雪像を作れなかったし、こんなバカ騒ぎを連日行っていれば苦情くらい来たかもしれない。

 街の外れにぽつんと建っている陽だまり亭だからこそ出来たことだ。

 

 それにしても、なんでこんな誰もいない場所に店を建てたんだろうな、祖父さんは。土地が安かったとか?

 

 そんなことを考えていると、ふとジネットの顔に寂しさがよぎった。

 ……ん?

 

 微かな変化に、ジネットの顔を見つめていると不意に目が合い、ジネットが誤魔化すようににこりと微笑んだ。

 寂しさが、隠しきれていない表情で。

 

「……悪い。失言だったか?」

「いえ。あの……」

 

 俺の不用意な発言でジネットを傷付けたかと思ったのだが、ジネットは小さく首を振って否定した。

 そして、俯いて、顔を逸らして、少し昔のことを話してくれた。

 

「昔は、この辺にも結構家が建っていたんですよ。農家の方とか、この裏の森でお仕事をされている方とかが」

 

 陽だまり亭の裏には手つかずの原生林が広がっている。

 ニュータウンから流れてくる川は、この原生林の中を通ってゆったりとカーブしながらデリアたちのいる川へ繋がっている。

 

 この森で働いていたヤツがいたのか。

 そういえば、果実が採れるって言ってたな。あと、獣がいるとか。

 そいつらは、今どこへ行ってしまったんだ?

 

 ……とは、聞けないな。

 ジネットの顔を見る限り。きっと、悲しい理由なのだろう。

 

 こいつは知っているんだな、その賑やかだった時の風景を。

 ……しくったな。

 

「賑やかだな」

「……へ?」

 

 きっと、かつてこの辺りはもっと賑やかだったのだろう。

 多くの……ってほど多くはないかもしれないが、それなりに人がいて、道で会えば挨拶なんかをして、そんなことが普通に行われていた場所だったのだろう。

 夜になれば闇に閉ざされ物音一つ聞こえないような、俺が初めて見た時の陽だまり亭のような寂しさはなかったのだろう。

 

 けどな、ジネット。

 

「これから、この辺もどんどん変わっていくだろうな」

 

 陽だまり亭は、流行の発信基地だ。

 この街の発展を支えているトルベック工務店や木こりギルド、狩猟ギルドに農業ギルド、それに行商ギルドの近隣三区統括者なんてヤツまで集まってくるような憩いの場所だ。

 

「夜中に『うるせー!』ってくらいに賑やかになったらどうする?」

 

 もう二度と、お前に寂しい思いなんかさせない。

 している暇がないくらいに変わる。変えてみせる。

 

「……くす」

 

 だから、さっきの失言はそれでチャラにしといてくれ。

 

「そうしたら、『うるせー』って言いに行きます。ヤシロさんと一緒に」

 

 そんな、出来もしないことを笑顔で話すジネットに、俺は笑みを返した。

 謝るより、笑わせてやろう。

 そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

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