「随分暗くなりましたね」
「そうだな」
「……ロレッタ、足下が暗いから…………もし転ぶなら、面白い格好で」
「変な期待寄せないでです!? 転ばないですよ!」
「………………と、言いつつも?」
「期待が重いです!」
ウォーキングキャットがジネットの隣に移動して腕にきゅっとしがみつく。
「では、転ばないように手を繋ぎましょうね」
「はいです! 店長と一緒なら心強……ほにゃあ!?」
「ぅきゃ!?」
鈍くさい二人が盛大に転ぶ。
鈍くさいのが鈍くさいのにしがみついたら、そりゃ転ぶわ。
ジネットたちが転んだ場所をよ~く見てみるが、躓くような物は何もなかった。
……何に躓いたんだよ、お前ら。
「あはは」
楽しげな笑い声が聞こえた。
周りを見てみると、みんなが笑っていた。
ジネットも恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。
その向こうに、陽だまり亭が見えた。
店は開けていないが、光るレンガで明るく照らされた店。
夜でも、暖かい陽だまりを想起させる柔らかい光に包まれた店。
「どうしたんだい、ヤシロ? 陽だまり亭がどうかしたのかい?」
「ん? いや……」
なんつうか。
「陽だまり亭が笑ったような気がしてな」
小さな頃から知っているジネットの成長を、微笑ましげに見つめている。
そんな雰囲気がしたんだ。
「お店が、かい?」
「いや、なんでもない。気のせいだ」
エステラが首を傾げるので、なんでもないと言っておく。
物が笑っているように見えるのは日本人の感覚らしいからな。
人形や写真、それに顔らしい顔のない物でも、馴染みがあればそんな風に見えてしまう時がある。
そんな感覚、こいつらには理解できないだろうな。
「今日はハロウィンだからね。付喪神、だっけ? 陽だまり亭を大切にしているジネットちゃんを見て陽だまり亭が笑ったように見えたなら、それはきっと見間違いじゃないんじゃないかな」
意外にも、エステラはあっさりとこの感覚を肯定した。
笑うこともなく、戸惑いやからかいもなく。
この数日、ハロウィンの準備が進むにつれて四十二区内にはそんな空気が蔓延していたからな。
『ハロウィンだもん。不思議なことくらい起こるよ』
ってな。
「さぁ、大通りに行こうか。ボク、もうお腹ぺこぺこだよ」
「そうだな」
今日は昼に大通りで軽く摘まんだだけだ。
カンタルチカで肉系を少々。
街中を歩き回って、腹がいい具合に減っている。
ガゼル親子がうまくやれているかも気になるし、見に行ってみるか。
「それじゃ、大広場まで戻ったら、その後は焼肉だ!」
「「「おー!」」」
全員腹が減っているのだろう。実にいい返事だった。
オバケの行進も、大広場へ戻ればゴールだ。
一日かけて四十二区中を巡って、お菓子袋はぱんぱんだ。
こんなに食えねぇし、ガキどもにやろうか……と、思ったが、教会のガキどももハムっ子もそれぞれ自分のお菓子袋を持っていて、それがぱんぱんなんだよなぁ。
……んじゃ、しゃーねぇからドニスにでも持たせて、二十四区教会のガキどもに届けさせるか。
余らせるのももったいないしな。
帰り道のついでに門の中に放り込んでくれればそれでいいんだし、ドニスも断りはしないだろう。
「ヤシロさん?」
「ん?」
ジネットが俺の顔を覗き込んでいた。
「何を考えていたんですか?」
「……すっげぇエロいこと」
「そうですか。じゃあ、誰にも話せませんね」
そんなことを言いながらくすくすと笑う。
なんか信用されてない感じだな。
疑うなよ、人の言うことを。まったく。
……いや、ジネットに散々「人を疑え」って言ってきたのは俺なんだけども。
この場面はそうじゃないだろう。
まったく…………まったく。
「むっ!? あそこに誰かいるです!」
ロレッタの声に、一同の視線が路地裏の闇の中へと向かう。
間もなく大通りという位置。
もう少し行けば金物通りや、その付近に務める者たちの居住する区画があるような場所。
そこの路地の一つに、真っ黒な人影が立っていた。
怪しい人影……
マグダが、じり……っと身を低くする。
「あ~、待ったってや、ウチやウチ」
暗闇から姿を現したのは、レジーナだった。
黒いロングコートを羽織り、両手をクロスさせてコートの前を押さえつけている。
あのまま両腕を広げればコートが開いて『いや~ん』で『わぁ~お』な部分がモロ出しになりそうな風貌だ。
「変質者だ! ガキどもの視界を塞げ!」
「大人は子供たちの安全を最優先だよ! 急いで!」
「息ぴったりで迅速な対応、さすがやねぇ、お二人はん。せやけど、違うねんかぁ」
幼気な少年少女に大人の欲望をぶつけようとしている(ようにしか見えない)レジーナが言い訳をたれている。
詳しくは署で聞こうか!
「実はやね……ウチも仮装してみてんけど……やっぱりちょっと恥ずかしゅうなってもぅてな……」
「「どんな卑猥な仮装をしてるんだ」い?」
「ホ~ンマ、息ぴったりやなぁ、おっぱい魔神はんとちっぱい領主はんは。そういう『恥ずかしい』ちゃうねん」
ちっぱい領主が『ちっぱい領主』発言に憤っているが、そんなことはどうでもいいので無視しておく。
「どんな仮装をされているんですか?」
変質者にも分け隔てなく接するジネットが、『ロングコート前押さえ女』に問いかける。
ほらみろ。どう見ても変質者じゃねぇか。客観的に見たら。
「ウチな、たま~に、お客さんっぽい声は聞こえるねんけど姿は見えへんっていう不思議な現象に遭遇してな」
「えぇ!? そうなんですか!?」
いや、ジネット。
それ絶対、メガネかけてないから客が見えてないだけだから。
で、そいつはなんでか「客なんか来るわけがない」って強い思い込みをしているから客を客と認識してないだけなんだよ。
「ほんでな、せやったら~って、ウチ、透明人間の仮装してみてん」
「透明人間さんの仮装……ですか?」
透明な者の仮装というのが思いつかず、ジネットをはじめ、その場にいた者たちが首を傾げる。
俺も傾げている。
「このコートの下な、黒のパンツとブラジャーやねんけど、夜になってからこのコートの前を『バッ! バッ!』って素早く開け閉めしたら体の一部が透けて見えて、そこにないように見えるんちゃうかなぁ~って思ぅて……ちょっと待ってやぁ! おっきい大人がめっちゃ怖い顔でこっち近付いて来るやん!?」
変質者とは違うと言うからわざわざ時間を割いて詳細を聞いてやったってのに……結果変質者じゃねぇか!
まったく、けしからん!
「レジーナ! あっちでこっそり確認させて!」
うきゃあ!?
おっきい大人がめっちゃ怖い顔でこっち近付いてくる!?
「まったくもう……」
ナタリアに羽交い締めにされたレジーナ。
そのコートの中を確認したエステラがため息を漏らす。
「まともな仮装してみたものの、恥ずかしくていつものように卑猥なおふざけをしただけだったよ。……ある意味ほっとしたけどね」
「こういうのは思い切りが大切です。コートを取りましょう」
「わぁ!? ちょっと待ったってぇや、給仕長はん!? まだ、心と勝負下着の準備が!?」
「いらないものが混ざってるよ!」
「勝負下着の準備がまだなのでしたら待ちましょう」
「説得されないで、ナタリア! いらないの、そっち!」
エステラが強引にレジーナのコートをはぎ取ると、下からは超ミニの浴衣が現れた。
真っ白な浴衣で、膝上10センチ程度の丈だ。
何の仮装かは知らんが、太腿チラリズム!
あとほのかに谷間チラリズム!
「こ、これなっ、自分が描いた絵ぇの中の一つやねんで!」
ついつい視線が正直に行きたいところへ向かってしまう俺の目を塞ぎながら、レジーナが衣装の説明をする。えぇい、お前の手が邪魔でよく見えん。
俺の描いた絵の中の衣装だと?
「ほれ、あの、あれや。教会の子ぉらぁの仮装の説明の時に」
「あぁ、一つ目小僧とか、そこら辺の和装か」
どうしても妖怪のイメージが強く、自然と和装を描いてしまっていたようだ。
唐傘とか、化けワラジとか描いたしな。
その中の一つなのだろう。
「……ウチ、お祭りの時、こういうの着られへんかったし……変、やろか?」
「とっても可愛いです、レジーナさん」
「いつも同じ服ばかりだからね。正直見違えたよ」
ジネットとエステラに褒められて、ほっとしたような表情を見せるレジーナ。
こいつはいつも一人でいるから不安だったんだろうな。みんなでわいわいやってりゃ羽目を外せるようなことでも、一人だと踏ん切りがつかないことが多い。
じゃ、俺も素直に褒めておいてやるか。
「レジーナ。ナイスエロス!」
「自分だけや、そんな感想持つんは」
「……レジーナ、エロい」
「これは、否定する余地もないくらいにエロいです!」
「あちゃー、『だけ』やなかったかぁ~。残念さんがそろい踏みやなぁ~、陽だまり亭はんは」
三対二でエロいに決定!
以上で本審理は閉廷します!
「では、レジーナさんも一緒に、大広場へ行きましょう。ね」
「か、かまへんけど……ウチ、やっぱり上着羽織ってこ……」
「何言ってるのさ。変質者に見える格好より、今の方がずっと見栄えがいいよ」
「……エロいけど」
「エロいです」
「もう、ダメですよ。マグダさんも、ロレッタさんも」
「まぁ、エロいんやったら構へんかなぁ」
「構おうよ、レジーナ! そこは!」
「そんな恥ずかしいなら、全部脱いじゃえよ」
「ヤシロさん、懺悔してください」
俺は人助けのつもりで……!
……いや、ちょっと見てみたかっただけなんだけどな。
へいへい。懺悔懺悔。ごめんちゃ~い。
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