「あのね……」
年功序列にこだわったテレサが、言いにくそうに口を開く。
さて、この幼い少女の悩みとは一体。
「とむしょんちゅーぼーの、かいけいししゅてむがね、ふくざつだから、なんとかしてあげたぃの」
しっかりとしたお悩みだった!?
「トムソン厨房の会計システム?」
「ぅん……あのね、おっくしゅきゅんも、かうしゃーも、れーらおかーしゃも、みんなさんすう、ちらい、なの」
指折り人名を挙げていくテレサ。
算数が嫌いとか言ってる場合か、あの一家……
「けいさん、ちらい、だからね、かんたんがいいから、ちゅうもんのときね、すっごくすご~く、じかん、かかぅの」
計算がイヤだから注文時に時間がかかる?
どういう理屈でそうなるんだ?
「それはグラム売りだから、でしょうか?」
エステラを腰からぶら下げて、ジネットがフロアへと出てくる。
ぶら下がるなよ、エステラ。
次、俺の番な?
「グラム売りったって、あらかじめカットしてある肉を皿に盛って重さを量れば…………あぁ、そういうことか」
「端数の計算は、わたしも結構苦手ですから」
要するに、最後に計算するのがイヤだから、注文の時に簡単にしてしまおうってわけか。
トムソン厨房では、以前と同じ料金システムを導入している。
まず肉の種類、リブだのロースだのを選び、その後で重さを決める。
このグラム売りに落とし穴がある。
かつてのトムソン厨房では、肉の塊から店主が目分量で肉を切り分け、その後で重さを計測していた。まぁ、大体がこの手法だろう。
プロになると、狙い通りの重さにカット出来るようになるもんだ。
だが、新米だとどうしても端数が出てしまう。
102グラムとか、212グラムとか。
量り売りでは、近似値であればそれでよしとして、重さに準じて料金を支払うのだが、端数が出れば自ずと計算は厄介になる。
100グラム48円の鶏肉を200グラム買うのであれば、暗算でも96円とすぐに計算できる。
だが、それが317グラムだったらどうだろうか?
208グラムだったら?
200グラムを狙ったのに大外しして147グラムと69グラムの二つに分かれてしまったら?
計算は途端に面倒くさくなる。
計算機など、当然ない。
なんか、商人が使ってる珍妙なそろばんのような計算機はあるようだが、アノややこしそうな計算機は使い方を覚えるのも大変そうだ。
いきなりそろばんを渡されて三桁の掛け算を解けと言われてもお手上げだろう。
だから、レーラたち一家は、重さがぴったりになるように努力しているのだろう。……細工って言った方が近いか。小細工だ。
「101グラムより、100グラムの方が計算は楽ですから」
しかし、トムソン厨房で扱っているのはステーキではなく焼肉だ。
その場でカットするわけではない。すでにカットされている肉を重さによって数枚皿に載せて提供するのだ。
1グラム単位の調整などほぼ不可能だろう。
「ひときれを、ね、もういっかいはんぶんこ、したりすゅの」
半切れの肉とか……どんだけ侘しいんだよ。だったらない方がいいわ。
あ、なきゃまた重さがズレるのか。
「……ふひょう、なの」
「だろうな」
パッと出てくりゃいいのに、カウンターの向こうでごちょごちょごそごそしてるんだもんな。
客にしてみりゃ、いい気分はしないよな。
「では、ヤシロさんが妹さんたちのために作った表を活用してみてはいかがでしょうか?」
ジネットの提案はこうだ。
俺がかつて、屋台で働く妹たちのために作った料金早見表、あれをトムソン厨房用に改良できないかと、そういうことだ。
「でも、陽だまり亭の屋台は商品の数も少ないし、一つの量も決まっていたんだよね? だとしたら、それをトムソン厨房に流用するのは難しいんじゃないのかい?」
エステラの言うとおりだ。
陽だまり亭二号店・七号店で扱うのは精々ポップコーンやタコス、たこ焼きくらいのものだ。
それらは、おおよそ一つあたりの量が決まっている。
多少前後することはあるが、それが代金に影響することはない。
内容量が90グラムだろうと87グラムだろうと『一個』とカウントされる。
だから、『ポップコーン○個で○○Rb』という表が簡単に作れた。
だが、量り売りの場合はそうもいかない。
「1グラムから99グラムまですべての計算を、各種類別に作ろうとすれば、かなり大きな表になっちゃいますよね……」
「でもさ、100グラムの端数なら、1から10くらいまであればいいんじゃないのかな?」
お前は出来るからそれでいいと思ってしまうんだよ、エステラ。
けどな、出来ないヤツは本気で出来ないからな。
出来ないヤツに合わせて発想を膨らませるってのは、結構難しいものなのだ。
例えば――
「俺は140グラム食いたい」
「……君はまたそういう意地の悪いことを言う……」
「ですがエステラさん。お客さんの要望に応えられないようでは、次第に客足が遠退いてしまいますよ。陽だまり亭も、出せない料理が増えるのと比例するようにお客さんが減っていきましたから……」
かつての陽だまり亭は、手に入れられる食材に限りがあった。
……余っていたのに、種類がなかった。魚とか、肉とか、卵とか。
だから作れる料理が限られていて、客足が遠のいた。
客の立場から言わせてもらうなら、食いたいものが食えない食堂に行く意味などない。
「『今日はお腹一杯食べたい』『今日は控えめに』、そんなお客さんの意思を無視して『ウチは200グラム限定です』という姿勢で経営を推し進めてしまうと、遠くない将来お客さんはいなくなってしまいます……よね?」
「う~ん…………じゃあ、種類の方を削るしかないのかなぁ?」
「つまりエステラは、マルチョウとシマチョウが食えなくなってもいいと?」
「それはダメだよ! そうだ、ロースを削ろう! 他所でも食べられるし」
「あの、エステラさん……それでは、トムソン厨房さんのお客さんが……」
「……うん。分かってる。自分で言ってて『何言ってんだろ』って思ったよ」
結局、デカい表を作るか、端数が出ないように注文時にぴったりに調整するか、その二択しかない――みたいな結論にたどり着きかけているな、こいつら。
なんでそこでもう一ひねり発想を転換しないかなぁ。
さっき自分で言ってたじゃねぇかよ、エステラ。
陽だまり亭二号店、七号店で計算表が機能した理由はなんだった?
『種類が少なく』『量も決まっていた』から、計算表が機能したんだろ?
だったら、機能するようにしてやればいいんだよ。
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