で、水を汲んできて、くす玉を作って、なんやかんやで準備が整った。
くす玉の中にはいろいろな物を詰め込んでおいた。
景品から、トラップまで、いろいろとな。
「ヤシロ~。ハム摩呂に呼ばれて来たんだけど」
「最近抜け駆けの多い我が領主様のお目付け役として、私も同行いたしました」
エステラとナタリアが揃って顔を出す。
その後から続々と顔見知りが集まってくる。
「はいはい! 参加者はこっちに並んでです!」
「……今回はデモンストレーション。よって、参加者の数は限られている。……早い者勝ち、or、殴り合い」
「早い者勝ちですよ!? そんな血なまぐさいバトルは求めてないですから!」
マグダとロレッタが陽だまり亭にやって来る客をさばいていく。
テーブルを端にどけ、フロアを広く使う。簡単に座れる席をいくつか用意して、あとはゲーム用のスペースだ。
「ジネット、覚悟しとけよ。かなり汚れるからな?」
「はい! お掃除頑張ります!」
ここ最近は、街の連中がハロウィン料理の試作にハマっている影響で客が少ない。
今日も、この後に飯を食う客がどっと押し寄せるなんてことはないだろう。
軽く摘まめる軽食をいくつか用意しておけば、営業は十分行える。
なので今日は、陽だまり亭のみんなもゲームに参加するのだ。
たまには遊ぶ時間も必要だ。
特に、マグダとロレッタはここ数日ジネットの抜けた穴を埋めてくれていたからな。
存分に楽しむといい。
「あ、そうだ。ベッコ」
「なんでござるか、ヤシロ氏?」
「ちょっと表に出てくれないか?」
「表でござるな、心得た!」
ベッコが外に出たのを確認して、ドアを閉める。
施錠。
「じゃ、始めるか!」
『入れてくだされー! ヤシロ氏ぃー!』
ドンドンドン! ――と、ドアが乱打される。
んだよ! 叩くなよ! 壊れたら弁償もんだぞ!
「なんて鮮やかな嫌がらせ……オイラが標的じゃなくてよかったッス」
ウーマロは、今一緒にシャドーアートやってるしな。
それに、廊下とドアを直してくれたおかげでジネットのどきどきシチュエーションもチラ見できたわけだし。
「モツの食品サンプルを作らなかった罰ですわ」
『作るでござる! 一両日中には必ず! なので入れてくだされー! 寂しいでござるよ~!』
「ヤシロさん、あの……可哀想なのでは?」
「「「「モリーちゃん、天使か!?」」」」
「え、あの、みなさん……割と普通の感想ではないかと、思うんですが…………違うんですか?」
モリーがベッコごときを心配している。
すげぇ。
こんなに優しい女子が存在したんだ。
この世界もまだまだ捨てたもんじゃないな。
モリーの広い心に免じて、ベッコも含めてゲームを開始する。
それはそうと、イメルダさぁ、モツの食品サンプル、本当に欲しいか? お前たしか、美しいものを永遠に残したいんじゃなかったっけ? 美味いものコレクションになってきてないかな、最近?
「おう、ヤシロ。これがそのゲームか?」
どこから持ってきたのか、持参した酒を片手に樽を覗き込むハビエル。
昼間っから他区で酒を飲んだくれるとは……、木こりも暇なんだなぁ。
「水の中に浮かべたリンゴを、手を使わずに口でキャッチするんだ」
「なんだ。そんなもん、簡単じゃないか。誰だって出来るだろう」
がははと、小馬鹿にしたように笑う。
じゃあ、最初はハビエルにやってもらおう。
「じゃあ、一発で成功したら『イメルダと一緒に食事できる券』をくれてやろう」
「いや、待て待て! その券がなきゃ一緒に飯も食えねぇのか、ワシは?」
「当然ですわ」
「親子なのに!?」
「なぁに、簡単なんだろ? 一発で成功させればいいんだよ」
「……そうか。よぉし、見てろよ! そして、今晩はイメルダと一緒にディナーだ!」
ばしっと、デカい手を打ち鳴らして、ハビエルが樽の縁を掴む。
なみなみと注がれた水の中に、水面を覆いつくすほど無数のリンゴが浮かんでいる。
浮かぶリンゴを睨みつけ、ハビエルが意を決して顔を近付ける。
ヒゲに覆われた口がリンゴに触れてリンゴが逃げるように水の中へと沈む。それを追いかけるようにハビエルは顔を水面へと潜らせる。
さらに逃げるリンゴ。
さらに追いかけるハビエル。
ばっしゃばっしゃと波を立て飛び散る水しぶき。
まだまだ追いかけるハビエル。
少々態勢が苦しくなってきたハビエル。
ついうっかり、ハビエルの足元に油を少量こぼしてしまった俺。
踏み込んだ足がつるんと滑るハビエル。
「がぼがぼがぼっ!」
「面白がって押さえつけちゃう俺、他多数!」
「がぼがぼっ! 死ぬわぁ!」
ざばぁ! と、水から上がったハビエルが吼える。
押さえつけていた連中が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、素知らぬ顔を決め込む。
「今そっぽを向いてる連中が犯人だろう!? 分かってんだよ! えぇい、下手な口笛を吹くな!」
下手人の中に木こりが何人か混ざっていたな。
うんうん。信頼関係って、大切だよなぁ、しみじみ。
「はぁ、はぁ……ヤシロ。難し過ぎないか、これ?」
「さっきと言ってることが真逆じゃねぇか」
「違うんだよ! どこまで追いかけても逃げていきやがるんだよ、リンゴが!」
そりゃ、そういうゲームだからな。
「お父様」
びしょ濡れのハビエルに、イメルダが笑顔でタオルを差し出す。
「おぉ、イメルダ! なんて気の利く優しい娘なんだ! 今夜はお前の好きなものをごちそうしてやるぞ」
「いえ、『一緒に食事できる券』がない方とはちょっと」
「イメルダぁ~!」
濡れた髪で娘に抱きつこうとして、タオル越しに全力拒絶されるハビエル。
大ギルドのギルド長がこんなところで醜態さらしてていいのかねぇ。
「よぉし、トルベック! 次はお前がやれ!」
「なんであんたが決めるッスか!?」
「うるさい! ワシだけが出来ないわけじゃないって、娘の前で証明させい!」
「オイラたぶん出来るッスよ、こういうの割と得意ッスから」
「じゃあウーマロ、一発で出来たら『マグダと一緒に食事できる券』をくれてやろう」
「あ、そんなに難しいんッスね? 絶対一発じゃ無理なんッスか。そうッスか。じゃあ、その勝負、お断りッス!」
潔い腰抜けだな、こいつは。
マグダが遠ざかることは全力で逃げてでも回避しやがる。
そこに男らしさやプライドなんてものは存在しない。マグダorデッドなのだ、こいつは。
「じゃあ、とりあえずやってみるッスけど、……このばっちぃ水換えてッス」
「何がばっちぃだ、トルベック!?」
「出汁とか出てそうッスし……」
「ワシゃ、昆布か!?」
心配すんな、ウーマロ。
昆布は死ななきゃ出汁は出ない。
ハビエルも、まだ生きてるしな。今のところは。かろうじて。首の皮一枚で。
「そもそも、ハビエルは強引過ぎるんッスよ。下が水なんッスから、押せば沈むに決まってるッス。こういうのは、もっとスマートに、こういう感じで――」
こういう感じでと、そっとリンゴに近付いたウーマロの鼻にあたって、リンゴが沈む。しばらくしてぷっかりと浮かんでくる。
別のリンゴに顔を近付けると、そのリンゴもまた沈む。浮かぶ。
ウーマロがリンゴに近付く。
リンゴが沈む。浮かぶ。沈む。浮かぶ。沈む…………浮かぶ。
「でぇい、まどろっこしい!」
「ぎゃあ! がぼがぼがぼっ!」
一向に進展しない様子に焦れたハビエルがウーマロの背中を張り倒し、ウーマロが樽の中へと沈む。……浮かぶ。
「げほっ! 何するッスか!?」
「お前ぇのやり方じゃいつまでたっても取れねぇんだよ!」
「あんたに言われたくないッス!」
ぎゃーぎゃー争う大人二人。
いい年齢してガキっぽいオッサンたちだ。
「……ウーマロ、これ」
「マグダたん! オイラのためにタオルを!?」
濡れたウーマロの前に、マグダとモリーとロレッタが並ぶ。
「……マグダの持っている生乾きの臭いタオルと」
「私の持っているハビエルさん使用済みのタオルと」
「あたしが持ってる普通のタオル」
「……どれがいい?」
「マグダたんのがいいに決まってるッス!」
迷いのない男、ウーマロ。
タオルは普通でもロレッタから受け取れるはずもなく、モリーはまだ緊張せずに話せる年齢ではあるがハビエルの使用済みとか論外で、結局臭かろうが生乾きだろうがマグダ一択なのだ、ウーマロにとっては。
「……釈然としないです」
「まぁ、そう言うなロレッタ。だって、あいつ、ウーマロだぜ?」
「すごい説得力です、その言葉!?」
真理を見たロレッタを樽のそばに立たせて、俺が手本を見せてやる。
「こんなん不可能だ」とか思われるのも癪だしな。
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