「あ、おかえりです、お兄ちゃん、店長さん」
陽だまり亭へ入ると、ロレッタが出迎えてくれた。
「マグダは?」
「厨房です」
と、厨房へ目を向けると、デリアが料理の載ったトレイを持って出てくるところだった。
「あ、ヤシロ、店長! 帰ってきたのか」
「デリア、手伝ってくれてたのか」
「おう! 今日は二人がいないって聞いたからさ。あたい、結構頑張ったんだぞ。な?」
「はいです。デリアさん、マグダっちょの左腕として大車輪の大活躍だったです!」
「右じゃないのかよ」
「右腕はあたしです」
そこは譲れないらしい。
ロレッタのライバルはデリアなんだな。
マグダとは競い合うが、やっぱりマグダがナンバー2だって意識が強いのだろう。
「で、持ってるその料理はなんだ?」
「これは、今日限定のスペシャルメニュー、『マグダセット』だ」
デリアが差し出したトレイを見てみれば、たこ焼きとお好み焼きが載った皿と、肉まんが載った皿、小鉢にはハニーポップコーンが山盛りになっていた。
「おやつだな」
「うふふ。マグダさんの得意料理ばかりですね」
「特上マグダセットは、これにいくらの軍艦巻きがつくです」
「うわぁ、合わねぇ……」
そんなもんを注文するヤツが……まぁ、いたから今デリアが持ってるんだろうけど。
「ジネットの仕込んでいった料理は?」
「昼過ぎに完売したです。そこからがお留守番組の真骨頂だったです!」
こいつら、また適当な料金設定で商売したんだろうなぁ。
「これでいくらなんだ?」
「日替わり定食と同じ値段です」
まぁ、日替わりといえば日替わりか。
ジネットが苦笑している。
原価とか、栄養面とか、一切無視した料理だしなぁ。
「今日だけの特別メニューということでしたら、問題ないかもしれませんね」
「誰が頼んだんだ、この料理」
「僕です!」
と、元気よく挙手したグーズーヤ。
「鮭じゃねぇのかよ」
「デリアさんの鮭はお昼にいただきましたよ」
にっこにこ顔だ。
「昼も来てたのか」
「今日はグーズーヤさん、ずっと入り浸ってるですよ。デリアさんを見て癒やされる最高の休日って言ってたです」
「暇人が」
「いいじゃないですか。長かった港の工事がようやく終わって、今日は丸一日お休みなんですから。それに、お金も入って懐も温かいですしね」
食い逃げ常習犯だった頃とは大違いで、今は結構金を持っているらしい。
「もっと使えよ」
「使う時間がないんっすよ! ……棟梁、すーっぐ無理難題をふっかけてくるんっすから。でも、今度は僕、びしっと言いますよ。『いやいや、棟梁。待ってください』と。『いい仕事をするためには休息も必要なんですよ』と」
あぁ、残念だなぁ。
お前の休日、あと数時間で強制終了だわ。
「大体ね、早ければいいってもんじゃないんですよ。いい建築っていうのは、取りかかる前にじっくりとアイデアを練って、万全の体制でスタートさせるべきなんですよ。『いいからやれッス』ってあの人、よく言いますけどね? でもね? それは違うんじゃないかなって思うなぁ、僕ぁ~」
「あ、デリア。それな、弁当箱に詰めてやってくれるか?」
「ん? 持って帰るのか、グーズーヤ?」
「いやいや、ここで食べていきますよ。今日は僕、デリアさんを見つめて一日休息するって決めてて――」
「……グーズーヤ」
グーズーヤの言葉を遮ったのは、厨房からひょっこりと顔を覗かせたマグダだった。
「……残念」
「へ? 何がです?」
「……3、……2、……1」
「グーズーヤいるッスか!?」
「棟梁!?」
マグダのカウントに合わせるかのように、ウーマロが陽だまり亭へと飛び込んできた。
「あぁ、やっぱりここだったッスね。川漁のオメロが、今日はデリアさんが陽だまり亭に行ってるって言ってたッスから、ここだと思ったッス」
「棟梁も夕飯すか? じゃあ一緒に――」
「準備するッス」
「……は?」
「ぼやぼやするなッス。仕事ッスよ」
「いやいやいや! だって、今日は丸一日休みだって――」
「予定が変わったッス! 早くしないと三日三晩不眠不休になるッスよ!?」
「なんでそうなるんですか!?」
「ヤシロさん、エステラさん、ルシアさん……他、領主多数。ッス」
「……はぁ。またですか」
なんで俺らの名前を並べただけで説明が終わってんだ?
どーゆーことなのか、ヤシロちゃんってば詳しく聞いてみたいな~。ん?
「でも、三日三晩不眠不休って……今度は何作るんですか?」
「三十一区に百人で調理が出来る会場を作るッス」
「そんな規模の会場、三日で出来るわけないじゃないですか!?」
「うるさいッス! いいからやれッス!」
「ほら言ったー! いっつもこうなんだからなぁ、もう!」
「……グーズーヤ」
不満を垂れるグーズーヤに、マグダが声をかける。
「……頑張ると、いいこともある」
チラリと、厨房を振り返る。
厨房から、デリアが弁当箱を持って出てくる。
「マグダに言われて、あたいが入れたんだけどさぁ……」
そして、グーズーヤに弁当箱を差し出す。
少し俯いて、少しだけ恥ずかしそうに。
「あんま、綺麗じゃないかもしれないけど、……ごめんな?」
「ぐはぁ! なにこの『料理苦手だけど一所懸命頑張ったんだよ』感! 最高過ぎて死ねる! 疑似新婚家庭! 新婚さんばんざい!」
弁当を受け取る前にグーズーヤが死んだ。
「埋めるか」
「デリアさんのお弁当を食べるまでは埋められるわけにはいきませんよ!」
「じゃあ、食後に埋めるか」
「埋まりません!」
デリアから弁当を受け取り、グーズーヤの瞳が燃える。
「よぉし、やってやりますよ……百人だろうが二百人だろうが、余裕で調理が出来るデッカい会場、三日以内に作ってやりますよ! 行きましょう、棟梁!」
びしっと言ってやるどころか、まんまと乗せられて、グーズーヤが陽だまり亭を出て行く。
大切そうに弁当箱を抱えて。
あの中、お好み焼きとたこ焼きと肉まんとハニーポップコーンなんだよな……
ポップコーンにソースがべったり付いてるに10Rb。
「それじゃ、オイラも三十一区に戻るッス」
「……ウーマロ」
ウーマロを呼び止めて、マグダが小さな包みを渡す。
あれは、ポップコーンか。
「……あとで、夜食を差し入れする。大変だろうけれど、頑張って」
「感激ッス! ……けどマグダたん、疲れてないッスか? 昨日はマグダたんも忙しかったッスよね?」
「……頑張る人に夜食を届けるのは、陽だまり亭の役目」
「そうですね。もしご迷惑でなければ、お夜食をお持ちしますね」
ジネットがその気になった。
こりゃ、決定だな。
「けど、遠いッスよ? 二十九区ならまだしも、三十一区ッスし……」
「それでしたら、問題ありませんわ」
ババーンっと、イメルダが登場する。
出るタイミングを待っていたに違いない。
「頼まれた木材を運ぶのは今日の夜ですわよね?」
「えっと……そーッスね。下水工事が終わってからになるッス」
「でしたら、その頃にウチの木こりをこちらへ寄越して夜食を運ばせますわ」
木こりが木材と一緒に運搬してくれるなら助かるな。
「イメルダさん、お願いしてもいいんですか?」
「もちろんですわ」
「では、木こりギルドのみなさんの分もお夜食を作りますね」
「木こりだったら安心ッスね。夜食、楽しみッス!」
――と、ここまでずっとマグダだけを見て会話していたウーマロ。
早く治せ、その病気。
「あ、そうだウーマロ。エステラがハムっ子の年長組を――」
「もう声かけて向かわせてるッス」
「え、ウチの弟たち、何かやるですか?」
「超特急で下水工事を行うことになってな。今夜は徹夜だ」
「それは、長女としては激励しなければ、ですね!」
「では、一緒にお夜食を作りましょうね」
「はいです!」
「……マグダもやる」
「むはぁ! これは俄然やる気が出てきたッス! 何がなんでも、間に合わせてみせるッス!」
「ワタクシも、一度戻りますわ」
言って、ウーマロとイメルダが陽だまり亭を出て行く。
これだけしゃべっているのに、一切入ってこないレジーナ。
お前もさっさと治せ、その病気。
「それで、カンパニュラは? 厨房か?」
「カニぱーにゃには、テレさーにゃを送っていってもらってるです」
「一人でか?」
「ノーマさんが一緒です」
じゃ、安心か。
「では、お夜食を――」
「お前は先にレシピだ。マグダ、ロレッタ、夜食を作るから手伝ってくれ。デリア、悪いんだが、情報紙発行会に行って、誰でもいいから一人連れてきてくれ。出来ればタートリオがいいが、忙しいようなら決定を下せるヤツなら誰でもいいって」
「分かった! 連れ去ってくる!」
「うん、交渉してくれ」
俺はお前に犯罪を頼む気はない。
「俺が力を借りたいって言ってると言えば、多少は融通してくれるだろう」
俺の周りには美味しいネタが転がっていると認識しているはずだからな。
「じゃあ、行ってくる!」
デリアを見送り、ジネットがレシピの準備を始めるのを横目で見つつ、レジーナに話を振っておく。
「少し待てるか?」
「かまへんで。ウチ、夜更かしは得意やさかい」
なんなら、今日も泊まっていけばいい。
案外楽しそうにしてたしな。リハビリだ。
「じゃあ、タコスでも作るか」
「……スープも必要。温かい飲み物は、夜風に吹かれた体が喜ぶ」
「ウチの弟がいるなら、タコスの他にお芋たっぷりのサラダも欲しいです。とにかく量を食べたがるです、あの子たち」
「じゃあ、タコスとサラダな」
「……ツナマヨおにぎり」
「それは必須ですね!」
「ドーナッツなんかもあるといいですよ。疲れた時は、甘い物が嬉しいですから」
紙束を抱えて、ジネットがそんなアドバイスを寄越す。
「んじゃ、その辺を大量に作って、あとで料金をオルフェンに請求してやろう」
これも、必要経費だ。諦めろオルフェン。
こうして、四十二区に訪れるはずだった休日は途中で強制終了され、またしても慌ただしい毎日に突入していくのだった。
まったく、忙しない街だこと。
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