店の前で、陽だまり亭から持ってきた木材を組み立てる。
事前に用意しておいた中央に七輪を組み込める穴の開いたテーブルだ。
組み立てるだけだから物の十分で完成した。それが三脚。
「ヤシロさん、炭の準備も整いました」
「よし。じゃあ、そろそろ始めるか」
テーブルを店内へ持ち込んで、適当に椅子を拝借する。
四人掛けのテーブルが三脚で十二席。
俺、ジネット、エステラ、ルシア、ギルベルタ、マーシャ、バルバラ、テレサ、モーガン、レーラ。それにレーラの二人のガキどもでちょうど十二人だ。
「あの……今日は、来てくれてありがとう、です」
「ありがとう、です」
二階にいるように言われていたガキどもも呼んで、席へと着かせる。
畏まった姉弟が母親に寄り添うように肩を寄せ合っている。
おそらく、他人が座ると緊張するだろうから、トムソン一家のテーブルにはモーガンを置いておく。
で、俺たちは……
「えーゆーしゃ! いっしょ!」
「ジネぷーは私と一緒だ!」
と、押しの強い二人に押されて、『俺、テレサ、バルバラ、エステラ』『ジネット、ルシア、ギルベルタ、マーシャ』という組み分けになった。
まぁ、肉を焼くだけだからどんな組み合わせでもいいんだけどな。
「エステラ、バルバラ、ルシア、マーシャが組になればよかったのに」
「それ、ボクの胃がストレスでやられちゃうから」
小皿をてきぱき配膳しながらエステラがこっちも見ずに突っ込んでくる。
ながらツッコミとか、ちょっと杜撰なんじゃねーの?
向き合いたくなかっただけかもしれないけどな。
「さり気にそばにいる、いつも、微笑みの領主は、友達のヤシロの」
「そ、そんなことないよ!? たまたまだよ! たまたま!」
ギルベルタにはがっつり食らいついていく。
ギルベルタが向きを変える度に正面に回り込んでいく執拗さだ。
もういいから、小皿並べろ。
「はい。まずはお肉です」
大皿に載せた肉をジネットが運んでくる。
厨房を借りて肉を切ってきてもらった。結構な量があったが、さささーっと手際よくカットしてくれた。
モーガンが手伝うと申し出たのだが、「こんな薄く切ったことはねぇなぁ」と結局辞退した。
「行き渡ったな?」
肉と小皿、自家製の焼肉ダレとカット野菜。
野菜も一緒に食わなきゃダメだろう、焼肉なんだから!
野菜の皿にはたまねぎにピーマン、にんじん、キャベツ、そしてトウモロコシが盛られている。
「ん? これ、とーちゃんのトウモロコシじゃねぇな?」
「それはスイートコーンだよ」
かつて、ウーマロが三十区の領主の館の修繕を請け負っていた頃にお土産としてマグダに買ってきたヤツだ。
あの当時は丸齧りできるスイートコーンは希少で貴族の食べ物とか言われていたが、今となっては四十二区でも栽培しているポピュラーな一品になった。
ハムっ子農場の品種改良野菜の成功例の一つが、このトウモロコシだ。
ヤップロックの助言と協力もあってあっという間に増産に成功し、コストも可能な限り抑えることに成功している。
今ではアッスントが結構お手ごろな価格で取り扱っている。
「とーちゃんのトウモロコシの方が美味いと思うけどなー!」
「いや、食い方によって品種を変えてるだけだろうが」
どっちが優れているとかねぇんだよ。
ポップコーンやフリントコーンよりスイートコーンの方が焼肉には合ってるってだけだろうが、拗ねんなよ。
つか、お前んとこの畑で栽培してないだけで、監修はヤップロックなんだっつうの。
「おい、若いの。本当にこんな薄っぺらで食うのか? 肉ってのはもっとこう、がっついて、アゴがダルくなるくらいの歯ごたえこそが醍醐味だろうよ。それをこんなぺらっぺらのよぉ……」
「いいから、ちょっと黙って見てろ」
言って、俺はバラ肉を金網の上に載せる。
七輪のサイズに合うようにと、以前ノーマに作ってもらった金網だ。なんでも、表面に特殊な加工をしているから焦げ付きにくいらしい。……あいつ、手作業で日本の科学技術を超えたりしないだろな? 1/1000ミクロンの溝、とか、刻めるようになったりして……
ま、さすがにそこまでの技術はないが、金網の表面が波打っているため接地面が少なくなって焦げ付きにくくなっている。とはいえ、肉はさすがに焦げ付くけどな。何もないより随分マシだ。
「まずこうやって、自分が食べる分の肉を金網に載せて、じっくりと焼く」
「カタクチイワシ、もうよいぞ」
「まだ早ぇよ」
横から口を挟んでくるルシアを無視して肉を焼く。
じんわりと脂が浮き上がり、玉になった牛脂が金網を潜り抜けて七輪の中の炭へと落ちる。
じゅっと小気味よい音と共に、脂の甘く香ばしい匂いが煙と共に立ち上る。
あはぁ、美味そう。
「ほら見たことか、もったいない! 今の一滴分うまさが逃げていったぞ、カタクチイワシ!」
うるせぇなぁ……
俺は両面適度に焼くのが好みなんだよ。
「で、ひっくり返して――」
「あぁ、もう茶色いではないか!」
「やかましい! もう好きにしていいから自分で焼いて食え!」
「いや、貴様が焼き終わってから、本当の焼き方を教えてやろう。しかと見て学ぶがいい」
いいよ、お前のほぼ生だから……
「で、肉が焼けたら好みのタレにつけて、白飯にワンバウンドさせて……食う!」
んまーい!
「あぁ……うまぁ……幸せ」
「ご飯で食べたい方にはこちらの濃い口が、お子さんにはこちらの甘口が、お酒を嗜まれる方にはこちらの辛口がお勧めです」
ジネットが小瓶に分けたタレを紹介する。
今回はルシアもいるし、モーガンを今後も引き続き協力させる目的もあるしで、酒を用意している。
モーガンが好きだと言っていた辛口の酒だ。
「ふむ。では、肉の醍醐味をまったく理解していないカタクチイワシに代わって、私が正しい焼き方をレクチャーしてやろう」
そう言って、ルシアは大皿から牛バラ肉を一枚取ると、金網に載せて、さっ、さっと二度ほどあぶった後、自分の小皿へ載せた。
赤っ!
生っ!
お前は野生の獣か!?
「これをタレにちょっとだけつけて――つけ過ぎは愚か者の所業だ。ちょっとでいい。タレは美味いが、肉本来の旨みを堪能するにはチョイ付けが鉄則だ――そして、口の中へ放り込む。…………もぐもぐ……あはぁ、とろける美味さだ」
モーガンがごくりと喉を鳴らす。
あまりに美味そうだったからか……はたまた、好みだと言っていたルシアの『美味そう顔』が殊の外セクシーだったからか……
恍惚とした表情で食うからなぁ、ルシアは。ベルティーナの幸せ笑顔とは別種の、何気にちょっと艶やかな表情だ。
ちなみに、真っ赤なほぼ生肉を食うルシアを見て、もう一人の領主は眉間にしわを寄せて「くわっ!」って表情をしている。
なに、その顔?
威嚇なの?
「ルシアさんのは焼肉じゃなくて温め肉ですよ。ボクが本来の焼き方を披露してあげましょう」
「いや、いらぬ。エステラは肉の出涸らしを好む変わり者だからな」
「出涸らしじゃないですよ!? 余分な脂を落とすことで肉の繊維が持つ奥深い味わいが……!」
「そんな奥深くまで探索せんでも、表面に旨みが十分あるではないか」
「違うのになぁ~! なんでルシアさんはこの繊細な、味の向こう側を理解しないのかなぁ~!?」
肉の焼き加減について語るヤツは漏れなく煩い。
好きに焼いて好きに食えよ。
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