異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

327話 カエルはどこに? -2-

公開日時: 2022年1月12日(水) 20:01
文字数:4,210

 自分たちが置かれている状況が異様であることを認識した一同が口を閉じ黙りこくる。

 何かを考えてはいるのだろうが、その思考が功を奏しているようには見えない。

 

 俺たちが会話をやめたことで、湿地帯は一層静寂に包まれる。

 

 

 

 そんな中、突如悲鳴が轟き、辺りが一気に騒がしくなった。

 

 

 

「たーすーけーてー!」

「せやから、自分! なんで見るからに危なそうな葉っぱ引っ張るねんな!?」

「まっててね、てんとうむしさんっ、今、助けてあげるから、ね!」

 

 だってさ!

 静かになったら、なんだか手遊びしたくなるじゃん?

 そしたらたまたま手元に肉厚で摘まむと『ぷにぷに』しそうな、多肉植物的な葉っぱが目に入ったんだよ。

 そんなもん、摘まむに決まってんだろ? 『ぷにぷに』に抗える健全な男子なんか、この世には存在しないのだから!

 

「君は、『学習』って言葉を知っているかい?」

「あぁ、知ってるよ。綺麗なお姉さんが『教えて、あ・げ・る』って教えてくれるヤツだろ?」

「ミリィ。一晩くらいそのまま放置しておいていいよ」

「ぁう、だめ、だょぅ。てんとうむしさんの足、食べられちゃう……」

 

 えぇっ、そんな恐ろしい植物なのかこいつ!?

 えぇーい、離せ! さっさと離れろ、花!

 

「ぁあっ、だめだょ、てんとうむしさん! 暴れると、その花は――!」

 

 ミリィが何かを言うより早く、俺を捕食した食虫植物は鎌首をもたげるように茎を伸ばし、俺の体ごと花を上空高くへ持ち上げた。

 

「ぎゃー! 高いっ、怖いっ!」

「てんとうむしさーん! その花、刺激を与えると高いところへ逃げようとするから、大人しくしててー!」

「先に言っといてくれー!」

 

 とはいえ、食虫植物の頼りない茎一本で、俺と、俺を飲み込むくらいにデカい壷みたいな形状の花を維持しているのかと思うと……怖くて足ががくがくしちゃうんですけども!?

 

 お前、マジで頼むぞ!

「あ、もぅムリぽ」とかいって急に横倒しになるなよ!?

 俺はマグダと違って受け身とか取れないからな!?

 

「いいか、よく聞け? もう暴れないから、お前ももう上に伸びようとするな。いいな、こいつは協定だ。お前もムリをすることで自分に負荷をかけることになるんだ。そいつはお前の望むものではないだろう。だから、ここで大人しく、ミリィが助けに来てくれるのを待とうぜ、な?」

 

 紳士的に話しかけると、食虫植物は上昇を止めた。

 よしよし、理解してくれたか。

 やっぱり、生きているモノ同士、話せば分かり合えるのだ。

 カエルだって食虫植物だって、みんなみんな生きているんだ、友達なんだ。

 

 ――と、思ったら、食虫植物が花の入り口、口っぽい部分をもぐもぐと動かして俺を咀嚼し始めやがった。

 

「食ってんじゃねぇよ!」

 

 思わず張り倒してしまった。

 ジャパニーズツッコミだ。

 漫才は年末年始にあっちこっちで見かけるから、きっとおめでたい演芸に違いない。

 だから、これは攻撃ではなく、むしろ親愛の表現なのだ。――というのに!

 

「ぎゃぁああああ! めっちゃ高いぃぃいい!」

「なんで不用意に刺激すんねんな、じぶーん!?」

「いい加減、学習しなよ、ヤシロー!」

「てんとうむしさーん! もうちょっとだけ、何もしないで我慢しててー!」

 

 シャレの分からない食虫植物は俺を半分近く飲み込んだまま、さらに高く、ぐんぐんと茎を伸ばしていく。

 いや、これはヤバイだろ!?

 こいつ、こんな急激に成長して大丈夫なのか?

 養分とかちゃんと行き渡るのか?

 無茶な成長をしたせいで、茎の根元がひょろっひょろになったりしないよな!?

 

 と、思った瞬間、食虫植物がぐらりと大きく揺れた。

 ……あ、ダメだったっぽい。

 

「ヤシロ様、倒れます! 受け身の体勢を!」

「無茶言うなぁぁあああー!」

「……マグダが」

「アカン! 沼の中に落ちるで!」

「ヤシロ、死ぬ気で踏ん張って!」

 

 俺を飲み込んだ食虫植物は、水草が張った比較的深い沼に向かって倒れていく。

 四十二区に来た時に俺が落ちたと思しき、つい先ほど「深いから今回はパスしよう」と決めたあの沼に。

 

「てんとうむしさん、食虫植物の中に潜って! 花びらがクッションになるはずだから!」

 

 横倒しになる食虫植物。

 間もなく沼の水面に衝突するというところで、ミリィからアドバイスが届く。

 この高さで叩き付けられたら骨が折れる。

 俺はマグダやデリアと違って防御力が皆無なのだから!

 

 ワラにもすがる思いで、必死に抜けようとしていた花の中へと自ら進んで潜り込む。

 

 次の瞬間、ばっしゃーんと、派手な水音が響いた。

 プールに飛び込んだ時よりも重々しい、泥を十分に含んだ水が跳ね上がる音が。

 

 凄まじい衝撃だったようだが――

 

「……助かった」

 

 間一髪、壷のような形状をした食虫植物の壷の中に体を潜り込ませることに成功した俺は、さほどの衝撃も受けず、ホテルのベッドに自らダイブした時くらいの反発を体に感じた程度だった。

 

 ただ、めっちゃクサい。

 なんだ、この匂い。カブトムシですら「クッサ!?」と鼻を摘まみそうな、甘過ぎる甘ったるい甘々な匂いだ。

 果物を発酵させ過ぎたような……とにかく、強烈だ。

 

 体を洗いたい――

 

 そう思った瞬間、食虫植物の花びらが開き、一気に泥が流れ込んできた。

 ……そうじゃねぇよ、精霊神。

 え、なに?

 体洗いたいって思ったから、近くにあった水分を送り込んでくれたの?

 そっかそっかぁ~、お前、バカなんだなぁ。

 

 沼の泥は問答無用でクサいんだよ!

 

 マイナスをマイナスで上書きしたところでマイナスに過ぎないんだよ!

 分かんないかなぁ!?

 あ、分かんないの? あはははー、やっぱバカなんだねー! ケッ!

 

「……精霊神、マジ許さねぇ」

「今のは、完全に君の自業自得じゃないか」

 

 俺が沼の底から『ぬばぁぁあ!』と顔を出すと、沼の縁にしゃがんで呆れ顔をこちらに向けるエステラと目が合った。

 水から上がる時は『ざばぁ』とかがよかったな。なんだよ『ぬばぁ』って。

 

「……で、どうしようか、これ?」

「どうしようかねぇ……」

 

 髪の毛の中にまで染み込んで全身にまとわりつく沼の泥。

 コレを持ち出さないようにって羽織っていた外套の内側や長靴の中まで泥だらけだ。

 

「大至急ウーマロ棟梁を呼んできて――」

 

 ナタリアが一つの提案を寄越す。

 

「――快適な一戸建てを建ててもらうというのは?」

「却下だ、あほたれ」

 

 湿地帯に閉じ込めようとしてんじゃねぇよ。

 ここは光るレンガもないから夜は真っ暗なんだぞ?

 真っ暗は怖いんだぞ!

 泣いちゃうんだぞ!

 

「とりあえず、着替えと、あとは水を持ってきてもらってここで泥を洗い流すしかないだろうね」

「じゃあ、ウーマロを呼んできて、ここに大衆浴場を一つ頼むか」

「三日くらいここに泊まり込むつもりかい?」

「バッカ、ウーマロなら三十分で作ってくれるよ」

「鬼畜にもほどがあるよ、君は」

「いいえ、エステラさん。大衆浴場の工期を三日と試算したあなたも大概ですわよ」

 

 とりあえず、快適な入浴は望めそうもない。

 こんな場所で水浴びかよ……は~ぁ。

 

「じゃあ、マグダ。悪いんだが、陽だまり亭から――」

 

 着替えと、川から水を運んできてもらおうとマグダを見ると、マグダはじっとレジーナを見つめていた。

 背中からレジーナに抱きつかれ、レジーナの腕に抱かれながら。

 

「……なぜ?」

「へ? なに? 何が『なんで?』なん?」

 

 食虫植物が倒れそうになった時、マグダは俺を助けようとした。

 それをレジーナが止めたのだ。「沼に落ちるから」と。

 きっと、その時抱きついたままの格好が今のアレなのだろう。

 

 で、マグダはなぜ止めたのかと、レジーナに聞いている。

 

「……マグダなら、ヤシロが落ちる前に受け止めに行けた」

「なんや、怒られてんのかぃな、ウチ?」

 

 マグダの声が低く小さいので、レジーナが困ったように微妙な笑みを浮かべる。

 だが、マグダの尻尾はゆっくりと揺れている。

 あの動きは『戸惑い』。怒りや不快感とは違う。

 あの動きは、まだマグダが陽だまり亭に馴染んでいないころ、ジネットに何かを話す時によく見られた動きだ。

 

 すなわち、はかりあぐねているのだ。

 甘えていいものかどうか。

 

「いや、ちゃうねん。確かにトラの娘はんやったら助けられたとは思ぅんやけど、助けた後二人して沼にハマってまうやろ? そらアカンなぁ、思ぅてな」

「……なぜ?」

「沼の泥、まだどんな危険が潜んでるか分からへんやん?」

「……それがヤシロの救出を諦めた理由?」

「諦めたっちゅうか……まぁ、おっぱい魔神はんは絶対嵌まるなぁとは思ぅたけど……」

 

 言いながら、ちらっとこちらへ視線を向けるレジーナ。

 視線はすぐにマグダに戻り、そして真剣な瞳で丁寧に語りかける。

 

「もし万が一、おっぱい魔神はんがやっかいな病気にかかってもぅた時は、ウチが責任を持って全快するまで看病したる覚悟はあったで」

「…………」

 

 言い切ったレジーナの顔を、じっと覗き込むマグダ。

 

「……マグダは、看病したく、なかった?」

 

 俺になら、つきっきりの看病も出来るが、マグダは嫌だ――と、そんなあるはずもない可能性を、きっちり否定してもらわないと不安になるのがマグダなのだ。

 あいつは、甘え上手なのに寄りかかるのが下手だからな。

「そんなわけないだろ」と、そんな一言で、あいつはすごく安心するのだ。

 

「せやなぁ。トラの娘はんの看病すんのは嫌やなぁ」

 

 だが、レジーナの口から飛び出したのはそんな言葉で、マグダの耳がゆっくりと垂れていく。

 

 

「トラの娘はんの苦しんどる顔は、もう見とぅないねん、ウチ」

 

 

 ふわりと、優しい手つきでレジーナがマグダの髪を撫でる。

 

「それに、トラの娘はんは人気者やさかいな。仰山の人が心配してまうやろ? トラの娘はんは、誰かを不安にさせるんやのぅて、不安な人を安心させる役割を担っててほしいんや。その方が、おっぱい魔神はんも治療に専念できるやろうしな」

 

 言って、マグダの小さな頭をそっと抱き寄せる。

 レジーナの胸に、マグダの顔が埋まる。

 

「せやから、思わず止めてもぅてん。ごめんな? 邪魔してもぅて」

「…………そういう理由なら…………いい」

「……ん。さよか。ほな、よかったわ」

 

 マグダの尻尾がピンと伸びて、ゆっくりとレジーナの体をこする。

 お~お~、甘えとる甘えとる。

 

 マグダのことをそうやって心配してくれるのは、ジネットと両親くらいだもんな。嬉しいよな。

 

 甘えるマグダを眺めつつ、誰もが思い思いのことを考えていたのだろう。

 しばらくの間、誰も何も言葉を発することはなかった。

 

 俺は泥だらけになった頭で、「レジーナの胸でもそこそこ埋まるもんだなぁ~」なんてことを考えていた。

 

 

 

 

 

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