異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

365話 明日はきっと、いい日になる -2-

公開日時: 2022年6月15日(水) 20:01
文字数:3,906

「華美なだけで品性が足りませんわ! やり直してくださいまし!」

 

 呼ばれてやって来たイメルダが、最初っから全開である。

 

「いや、でも、この組み方でないと強度が……」

「強度に関してはそちらでなんとかなさいまし。ワタクシはデザインのみを監督いたしますわ」

「棟梁~……」

「諦めるッス。それより、ここをこう変えたら力が分散して……」

「なるほど、じゃあ、この下に砕いた砂利で――」

「「棟梁二人が、めっちゃ凄まじい速度で新しい技術を生み出してるっ!? これが四十二区のスピード!? 四十二区、怖っ!?」」

 

 気が付いたら、トルベック&カワヤのみならず、港に関わったすべての大工が総動員されて試行錯誤が繰り返されていた。

 

「ふん! まだまだ脆い!」

「こんなもんじゃ、アタシたちを止められないよ!」

「「いや、お二人を止めるとか、物理的に無理ー!」」

 

 向こうでは、大怪獣二匹による組み手が行われ、その度に頑丈だというレンガが踏み抜かれている。

 そんな、板チョコを割るように軽々と……

 

「メドラ――こいつを避けられるか!?」

「甘いよ! 止まって見える――ねっ!」

「「あぁぁああ! 踏み込んだ時にまたレンガがぁぁああ!」」

 

 双方、共に手加減ありありでじゃれ合っているのだろうが、二人の周りだけ廃墟と化している。

 ほんと、日本に上陸して勝手に戦って帰る大怪獣並みの傍迷惑さだな。

 

「いいぞ、もっとやれ」

「「もうぼちぼち、手加減プリーズ!」」

「いや、でもよ。あの二人すら防げないと、凶暴な魚を陸揚げした時に困るだろ?」

「「あの二人より凶暴な魚なんか存在しないでしょー!? 知らんけど!」」

 

 まぁ、大工は知らないよな。海に出たこともないだろうし。

 

「ハビエル、ちょっと来てッス」

「なんじゃい、トルベック」

 

 ウーマロは、年上であるハビエルを普通に呼びつける。ハビエルは文句も言わずそれに従う。

 共に四十区に拠点を置く経済の主力。

 立場的には対等なんだろうな、あいつらの中で。

 

「これが一番硬いレンガなんッスけど、割れるッスか?」

「ふんぬっ! ……お、なんだ、余裕だな」

「じゃあもう、材質に頼るのは諦めて、力を逃がす方向で考えるッスよー!」

「「へーい!」」

 

 大工が集まって話し合いを始める。

 全然作業が進んでない。

 

「つーかさぁ、この二人が暴れて壊れない地面なんて、不可能なんじゃねぇの?」

「「「あんただ、それ言い出したの!」」」

 

 大工に総出で突っ込まれた。

 んだよぉ。せっかく手加減してやろうと思ったのに。

 

「あいつらの組手、踏み込みの足がすげぇ破壊力高いんだよ」

「「ですよね!」」

「だから、勝負方法を変えてみよう」

「「勝負させる必要ありますかね!?」」

 

 そこはほら、言い出した以上「出来ませんでした」じゃ、なんか負けた気がするだろ?

 

「お前ら、相撲で勝負しろ」

「「すもう?」」

「なんだ、相撲も知らんのか? 教えてやれ、エステラ」

「ボクも知らないよ!?」

「じゃあ、ナタリア」

「おそらく、卑猥な言葉です」

 

 違うわ!

 日本の国技に謝れ!

 全日本国民に謝れ!

 

「ウーマロ、この赤いレンガを借りるぞ」

 

 細長いレンガを地面に並べ、直径4.55メートルの円を作る。

 ……いや、嘘だ。そこまで細かい数字は分からん。ざっくり4メートル半くらい。

 

「この円を土俵と言い、この土俵から外に出された方が負けだ」

「なるほど。攻撃手段はなんでもありか?」

「打撃は禁止だ」

 

 張り手はOKなのだが、説明が面倒くさいので禁止とする。

 メドラとハビエルの張り手なんぞ、そこらの刃物より殺傷能力が高いからな。

 

「体と体、腕と腕で相手と押し合い、純粋な力で勝負する。ちなみに、膝から上が地面についても負けだ」

「つまり、相手を土俵から出すか、倒せば勝ちってわけか」

「打撃が禁止ってのが、ちょっと厄介だね」

「まぁ、ワシと力比べするのは怖かろう」

「バカ言うんじゃないよ、ヒゲ! いや、筋肉!」

「筋肉はお前もだろう、メドラ!?」

「アタシが言いたいのは、あんたと密着するのが嫌だってことさ。……男はみんなオオカミだからね」

「安心しろ。どんなオオカミでも、魔獣は襲わねぇよ」

 

 確実にオオカミより強いもんなぁ。

 

「ちょっと試しにやってみせてくれるか?」

「俺が?」

 

 ハビエルが俺に無茶振りをする。

 こんな大工だらけのところで、俺といい勝負になるヤツなんか……あ、あいつがいるか。

 

「グーズーヤ。ちょっと来い」

「いやいやいや! ヤシロさん、それはいくらなんでも心外ですよ!?」

 

 ひょろっひょろのグーズーヤが腕を振り回してやって来る。

 

「そりゃ、僕は棟梁たちに比べると非力ですけど、ヤシロさんには負けないですよ!?」

「じゃあ、負けたらハビエルとメドラの肩慣らし要員な」

「いや、死にますよね!?」

「大丈夫ッス、グーズーヤ。……負けなきゃいいんッス」

 

 非常に黒い顔で、ウーマロがグーズーヤの背中を押す。

 普通に考えれば、力比べで俺が勝てる見込みはない。

 

 見込みがないにもかかわらず、ウーマロは俺が勝つと確信している。

 確信していて、グーズーヤの背中を押しているのだ。

 酷い棟梁である。……まったく、『面白い』を逃さないヤツめ☆

 

「まぁ、そりゃあそうっすよね。肉体派じゃないヤシロさんに負けたら、大工として恥ずかしいですからね!」

「んじゃあ、ちょっとデモンストレーションしてみるか」

 

 俺はグーズーヤと一緒に土俵に入り、相撲の作法を教える。

 塩があるといいんだが、ないので省略。

 

「まず、真ん中に引かれたこの二本の線の前に立つ。お互いが見合って中腰になり、双方が両の拳を土俵につけたら開始だ。ここ、駆け引きポイントだから、慎重にな」

 

 そして、ウーマロに行司を頼む。

 掛け声を教え、しっかりと勝敗を見極めてもらう。

 ウーマロはノリノリで行司の役割を覚えた。

 

「グーズーヤ。ルールは把握したな?」

「はい! 覚悟してくださいよ、ヤシロさん。手加減しませんからね」

「あぁ、思いっきりぶつかってこい。俺に勝てたら、特上寿司をご馳走してやる。俺の奢りで」

「マジですか!? 棟梁がずっと、ずぅぅぅううっと、それはもう腹立つくらいに自慢してた特上寿司ですか!? うっしゃあ! 燃えてきたぁ!」

 

 ウーマロ、どんだけ自慢してたんだよ……

 

「それじゃあ、いくッスよ! 見合って見合って~……はっけよぉい……」

 

 俺が先に拳をつけ、グーズーヤを見据える。

 グーズーヤは速攻を目論んでいるようで、タイミングを見計らっている。

 そして、ゆっくりと拳を下ろし――土俵につけると同時に突進してきた。

 

 ので、身をかわして足をかけてやる。

 

「どっひゃぁあ!?」

 

 すると、グーズーヤは突進の勢いのまますっ転び、そのままごろごろと土俵の外まで転がっていった。

 

「勝者、ヤシロさん~!」

「ごっつぁんです!」

 

 まぁ、なんにも考えてない力押しじゃ、こうなるわな。

 

「なるほどな。力だけじゃなく、頭も必要ってわけか」

「それじゃあ、あんたにゃ勝ち目がないねぇ。駆け引きは、狩人の十八番さ」

「いつまでその余裕が続くかな?」

「なんなら、今夜の夕飯を賭けるかい?」

「あぁ、上等だ。四十二区の酒がなくなるくらい飲んでやるぜ」

「好きにしな。どうせあんたの金だ」

 

 なんとも力強い笑みで睨み合う両者。

 バチバチと火花が散る。

 

「「よし、そこの細い大工! 肩慣らしだ!」」

「やっぱ死んじゃう!?」

 

 それから、怪物二人にグーズーヤが特効して無残に玉砕するというお約束を演じ、ついに怪物同士の相撲バトルが開催される運びとなった!

 

「……せめて、笑うなり同情するなり…………二回目なんか、『あぁ、はいはい』みたいな扱いでさぁ……しくしく」

 

 グーズーヤ、うるさいよ。

 ちょっと静かにしててくれる?

 

「覚悟はいいか、メドラ?」

「娘の前でべそかかせてあげるよ」

 

 小さな土俵に、大きなギルド長が二体並ぶ。

 ん? 単位? あぁ、すまんすまん。二機か。二隻?

 引き続き行司をやるウーマロが子供に見える。

 

「じゃあ、行くッスよ。見合って見合って~」

 

 ハビエルとメドラの視線がぶつかった瞬間、「バリィッ!」っと、空気が弾けて振動した。

 

「はっけよぉ~い……」

 

 ハビエルが拳をつけ、メドラが拳を――つけた!

 

 

 

 ドォォォオオン……

 

 

 

 四十二区が、震撼した。

 

「うぉぉおおおお!」

「はぁぁああああ!」

「ぎゃぁあああ土俵が!? 港の地面がぁぁああ!?」

 

 あまりに凄まじい両者の衝突に、地面はめくれ上がり、土俵は消し飛び、港は基礎から崩れかけていた。

 

「ストップストーップ! やめるッス! 港が崩壊しちゃうッスよ!?」

「まだまだぁ!」

「これからだよ!」

「やめるッス!」

 

 結局、ウーマロが行司権限とかいう聞いたこともない強権を行使して、試合は中断された。

 

「深く考えなくても分かることだったッス! 他所でやれッス!」

 

 ちょっと面白そうだな~という、軽い気持ちでやってみたら、想像以上の大惨事を巻き起こしてしまった。

 

「……ヤシロ。完成記念イベントは、明日なんだよ?」

 

 エステラにジト目で睨まれる、俺。

 へーへー、分かったよ。

 俺も協力すりゃあいいんだろ……ったく。

 

「レンガを剥がれにくく、加重で割れないようにする裏技があるんだけどな――」

「是非聞かせてッス!」

「その情報がなきゃみんな死んじゃう!」

 

 涙目のウーマロとオマールに縋りつかれ、俺はレンガ強化の裏技を教えてやった。

 レンガは古くから世界中で使われていた物だからな、知識だけならどこからでも手に入る。

 俺が知り得る知識を話し、ウーマロとオマールがそこにこの街ならではの改良案を提案し、なんとか無事に方向性は決まった。

 これで、オシャレで、且つ頑丈なレンガ敷きの地面になるだろう。

 

 ただまぁ、作業は深夜に及ぶだろうけどな。

 

 

 ……分かったよ。夜食と、明日の朝飯は奢ってやるよ。それでいいんだろ、……ったく。

 

 

 

 

 

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