「ナタリア、ギルベルタ! アミューズを出してくれ!」
「お任せください」
「必ず遂行してみせる、完璧に、私は」
シックなお揃いの給仕服姿で、ナタリアとギルベルタが料理を運んでくれる。
アミューズとは、まぁ、『突き出し』みたいなもので、コース料理が始まる前の一品料理のようなものだ。今回はマーシャに譲ってもらった真鯛をカルパッチョにしてイクラを添えたものを用意した。ワインによく合う味付けだと、味見したマーシャが太鼓判を押してくれた自信作だ。
「ドリンクも希望を聞いて出しておいてくれ!」
「抜かりありません」
「アルコールの有無は把握済み、私も」
この二人が同じ服を着ていると、少し豪華な感じがするな。『オールスターズ』みたいな感じで。
ちなみに、この給仕服は今日のために用意した制服で、陽だまり亭スタッフ全員が着ている。
男女で多少の差異はあるが、統一感のあるお揃いの制服だ。
今日の制服は、新郎新婦や招待客のドレスを邪魔しないように落ち着いたデザインになっている。
「あいつらがいてくれて助かったなぁ、ヤシロ」
いつもはフロア担当のデリアだが、今日は領主関係者も列席しているということもあり、厨房でジネットの手伝いをしている。
フロアはナタリアとギルベルタをツートップとし、ノーマとパウラがフォローをしている。
そしてロレッタとネフェリーには披露宴の司会進行を任せてある。
あいつら、そういうのすげぇうまいんだよな。ただし、くれぐれも失礼のないように言い含めてあるが。
三十分ほど前、セロンとウェンディが街道の遊覧を終えて陽だまり亭に到着して、その足ですぐさま招待客の出迎えを行った。
全員を店内へ入れるのは不可能だったので、陽だまり亭の壁を全開にしてオープンテラス状態にしてある。庭にまで置かれたテーブルが招待客で埋め尽くされる。大入りだ。
空はだいぶ暮れてきたが、光るレンガのおかげで明かりは足りている。
そこに、ベッコに作ってもらった灯篭サイズの大きなキャンドルを並べて、落ち着いた雰囲気を演出している。
「お兄ちゃん、ドリンク行き渡ったです!」
「よし! それじゃあ、エステラとルシアにスタンバイさせてくれ!」
「はいです!」
駆け足で厨房を出ていくロレッタ。
厨房では、この後の歓談までに料理を準備しなければいけないためフロアに出ている暇はない。
ドリンクが行き渡ったってことは、この後エステラとルシアの両領主の挨拶があり、それから乾杯となる。
「ヤシロさん。乾杯の後はケーキ入刀ですよね?」
「あぁ。準備はいいな、デリア?」
「バッチリだぞ! 早く食いたくてうずうずしてるっ!」
いや、なんの準備が整ってんだよ?
そのケーキを運ぶ準備が出来てるのかって話だよ。
厨房からフロアへ行くには、カウンターの段差を越えなければいけない。
台車に載せて安全に運ぶということが出来ないのだ。
そこで、この巨大なケーキの運搬はデリアに任せることにした。
そそっかしい性格ではあるが、バランス感覚は抜群で、どんな激流の中に立っても絶対に転ばないのだそうだ。
さらに、デリアの甘いものへの愛の強さは四十二区随一。
ケーキを倒して台無しにするようなことはないだろう。
一応、俺もサポートをする。
……何気に、ここが一番緊張するな。
「エステラとルシアには、なるべくスピーチをのばしてくれるように頼んであるが、ケーキ入刀が終わったらすぐに歓談に入るからな。急いでくれよ」
「はい! 分かりました」
「……マグダ、フル稼働中」
「「「あたしたちもがんばるー!」」」
オードブルの盛り付けを終え、魚料理の準備に入るジネット。
マグダはメインディッシュである肉料理の準備を始めている。
妹たちはジネットとマグダの間を器用に行ったり来たりして、作業のサポートを行っている。
何気にレベルの高い厨房だよな、ここ。
ミシュランがこの世界まで出張してきたら、きっと星は確実だろう。
とはいえ、やはり手は足りていない。
本当は、ノーマも厨房に欲しかったのだが……フロアはフロアでいつにない緊張感が漂っているのだ。向こうも人員を割くことは出来ない。
ジネットたちに頑張ってもらうしかない。
「ヤシロ様」
修羅場と化している厨房に、ナタリアが戻ってくる。
今は戻ってくるタイミングではないはずだが……
「アミューズですが、とても好評でしたよ」
「おぉ、そうか。なら、マーシャも喜んでたろ?」
「えぇ。それはもちろん。この後のスピーチに力が入るとおっしゃっていましたよ」
「はは……『ほどほどに』と伝えてくれ」
今回は、スペシャルゲストとしてマーシャを招待してある。
マーシャには、今回の料理に使う海産物を無償提供してもらったのだ。……あぁ、いや。条件付きで、提供してもらったのだ。
以前マーシャは、陸の人間は海に興味が無いと寂しそうに言っていた。
俺がイクラを知っているってだけで抱きついて喜んでいたくらいだ。
……あの時のホタ~テを、俺は忘れない。
そこで今回は、この披露宴が特別なものであると思ってもらうために、海の魚に関するちょっとした知識を列席者に分かりやすく解説するのだ。
魚がどのように海を渡り、どのように育つのか。
そして、そんな大海原を旅した魚が、料理として振る舞われる。なかなか興味をそそる趣向だと思う。
さらには、イクラという、陸の人間があまり食べない食材も料理には使われる。
初めての経験。
特別な経験。
今夜の思い出は、列席者たちの記憶に鮮明に刻まれることだろう。
で、そんな海の知識を陸の人間に知ってもらう代わりとして、マーシャは惜しみなく豪華な海産物をこれでもかと提供してくれたのだ。
もっとも。エステラの話によれば、もともとご祝儀として提供してくれるつもりだったようだが。
そこに俺が口添えをして、このような形にしたのだ。
みんなでハッピー。
今日はそういう日なのだ。
「友達のヤシロ。間もなく終了する、ルシア様の挨拶が」
ギルベルタが厨房へ入ってくる。
エステラが先に挨拶をし、次にルシアの挨拶が行われる。それが終われば両領主の掛け声で乾杯が行われ――そして、ケーキ入刀だ。
「デリア、スタンバイだ!」
「おう!」
「わぁ、ちょっと待ってください! もうちょっと! もうちょっとでメインディッシュの準備が終わるんです! わたしも見たいです、ケーキ入刀!」
珍しく、ジネットが慌てている。
しかし、料理に手を抜くことが出来ないらしく、気持ちばかりが焦っているようだ。
「……店長。こういう時は、ヤシロモードになればいい」
「なんだよ、そのモード!?」
「分かりました、やってみます!」
何が分かって、何をやる気なのか、ジネットが「むん!」と握り拳を作って、メインの牛肉に向かって言い放つ。
「『俺の本気を見せてやるぜ』!」
「いつ言った!? 俺、そんなこと言ったことあるっけ!?」
「『俺には、不可能なんてものはないんだぜ』!」
「いや、あるよ! 割と出来ないこと多いからな!?」
「えっと…………お、『俺に惚れると、ポークにしちゃうぜ、ビーフちゃん』!」
「もう、意味分かんねぇよ!? え、なに? 俺ってそんなイメージなの!?」
「…………ふふっ」
俺の真似をしているつもりなのか、妙にキリッとした顔で低い声を出していたジネットだったが、肩が小刻みに震え出し、ついには噴き出し、盛大に笑い出してしまった。
「うふふ……も、もう、ヤシロさん……笑わせないでくださ…………い、急いでいるのに…………うふふふっ!」
「いや、俺何もしてねぇだろ!?」
完全なる自爆じゃねぇか!
それも、俺の心を軽く抉るタイプのな!
「お、お兄ちゃん、大変です!」
突如、ロレッタが厨房へ飛び込んでくる。
何事だ!?
「マーシャさんが、アミューズの人気に気をよくして、魚の話を語り始めちゃったです!」
「順番飛ばすなよ!? 歓談の前にやるんだよ、それ!」
「なんか、『そもそも人間と海は深い繋がりがあってぇ☆』とか言ってたです!」
「そんな壮大な話はいらないんだっての! くそっ! デリア、俺は先に出てマーシャを止めてくる! お前はケーキのスタンバイをしておいてくれ! 俺が戻ったらすぐ出られるように!」
「おう! マーシャを頼むぞ!」
「あぁ! ジネット、マグダ、妹たち。あと五分で完了させろよ!」
「はい!」
「……心得た」
「「「りょーかーい!」」」
厨房のメンバーに発破をかけ、俺は、海のこととなるとちょっと周りが見えなくなるらしい人魚のもとへと向かった。
フロアに出ると、嬉々とした表情でマーシャが鯛のモノマネをしていた。
……くそぅ、ちょっと面白い。
観客がどんな反応を示しているのか不安だったのだが…………爆笑をさらっている。
まぁ、ウケてるならいいか。
「はぁ~い、どうもどうも、みなさん。今マーシャが真似していたのが鯛といって、さっき食べてもらったアミューズの素材です」
言いながら、マーシャの隣へ並び立つ。
そして、招待客に見えないようにマーシャの脇腹をぐりぐりしてやった。
「ひゃぅっ!?」
「マーシャ…………あとでゆっくり話し合おうな?」
「ご、ごめん、ね? いや、あの、ちょっとね、あまりにみんなの反応がよかったから……イ、イクラがね、美味しいって言われてて、それでつい我慢が………………ごめんなさい」
まぁ、反省しているならそれでいい。
「エステラ。乾杯は?」
「まだだよ」
旧友の暴走に苦笑を漏らすエステラ。
隣のルシアは……あぁ、こいつはマーシャのすることならなんでも許すんだろうな。すげぇにやけた顔をしてやがる。
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