異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

337話 重ねられた嘘 -3-

公開日時: 2022年2月22日(火) 20:01
文字数:3,177

 翌日。

 説明会は街門前広場で行われることになった。

 崖の上の陰険貴族にも声が届けばいいなという願いを込めて。

 

「……が、多いな」

「みんな興味があるんだよ。ラーメンにも、洞窟の件も」

「ま、もう一件、別の報告もあるけどな」

「へ? ……あぁ、アレね」

 

 詰めかけた人の多さに若干ビビりながら、舞台袖でエステラと小声で話す。

 人が多いので、ウーマロに言って簡易的なステージを作ってもらった。後ろの方のヤツにも見えるように。

 

 もうちょっとデカい瓶を用意できたらよかったんだが……まさかこんなに詰めかけるとはなぁ。

 

 まぁ、そこまではっきり見えなくてもいいか。

 

「うぅっ! それにしても今日は冷えるね」

 

 エステラが外套の前を引き絞るように合わせる。

 確かに、ここ数日は気温が低い。

 朝夕が肌寒いのはいつものことなのだが、日が昇った後もここまで寒いのは珍しい。

 なんだか、また豪雪期がやって来そうな雰囲気だ。

 ……来ないだろうな? 来なくていいからな?

 

「ヤシロが来てから、異常気象が続くなぁ~」

「俺のせいかよ」

「ヤシロが来てすぐ大雨に見舞われ、水不足で川が干上がりかけ、今度は寒冷化かぁ……今度教会に泊まり込んで三日三晩精霊神様に謝罪してみたら?」

「なるほど。この異常気象は精霊神の性格がひねくれているせいだと、お前は主張したいわけだな」

「……そういうことばっかり言ってるから機嫌を損ねたんじゃないかと言っているんだよ。まったく」

 

 ふん。

 一個人の意見を耳にしてヘソを曲げて異常気象を連発しているなら、それは精霊神の器が小さいことが問題だと言える。

 いいか? ノイジーマイノリティの声なんか聞くだけ損なんだからな? 完全スルーでいいんだよ、そんなもんは。

 

 ……誰がノイジーマイノリティだ!? 失敬な。

 

「おう、トルベック! 椅子を持ってきたから壇上に座らせろ」

「お、ウーマロ。お前の知り合いか?」

「何言ってんッスか、ヤシロさん!? リカルド様ッスよ?」

「りか……るど?」

「ボクも、初めまして……かな?」

「エステラさんに至っては幼馴染ッスよ!?」

「あぁ、もういい。そいつらは相手にするだけこっちが損をするんだ。それよりトルベック、口うるさい貴族連中が多いから、ちょっと手伝え」

「はいッス」

 

 リカルドが偉そうにウチのウーマロをこき使っている。

 どこから持ってきたのか、頑丈そうな椅子を次々と壇上に上げて並べさせていく。

 

 椅子が並ぶのを待っていたかのように、デミリーやルシア、メドラやハビエルが壇上に上がってくる。

 うわぁ、マーゥルもいるよ。

 で、タートリオも上がってくるのかよ。あ、一応貴族なんだっけ?

 

「はー邪魔だなー」

「せめて聞こえないように言わぬか、カタクチイワシっ!」

 

 我が物顔で壇上を占領する貴族たち。

 はぁーやだやだ。

 

「エステラ様っ、私はエステラ様のおそばに控えておりますね!」

「うん、座って、トレーシーさん」

 

 にょきっと現れたトレーシーを座席までエスコートして座らせるエステラ。

 その隣にマーシャが運搬されてくる。

 

「ん? 知らんオッサンどもがぞろぞろと……」

「ヤシロ様。影が薄い感は否めませんが、外周区の領主たちです」

「ナタリア、口を謹んで!」

 

 あ~、そういえばこんな顔だっけな~。

 どうにも滅多に合わない外周区の領主の顔は忘れてしまうなぁ。

 その点デミリーは影が濃いよなぁ、影は。

 

「あ、ゲラーシーの席もあるんだ」

「あるわ! 私が領主であることをいちいち忘れるな、オオバヤシロ!」

「ゲラーシー、座りなさい。長くなるから」

「……はい、姉上」

 

 お姉たまには逆らえないゲラーシー。ぷっ。

 

「準備は整ったぞ、オオバ」

 

 トルベック工務店と共に椅子を並べていたリカルドが手の埃を払いながらやって来る。

 

「で、俺は何をすればいい?」

「じゃあ、自宅待機を」

「帰るか! いるわ!」

 

 こっちの言うことを聞くつもりがないなら指示を仰ぐなよなぁ。

 中途半端な経験で勘違いしている中途採用の年上部下かよ。

 たとえ理不尽であろうと上司に言われたことには「YES」と答える、それが社会のルールだ!

 ……いや、ねぇよ、そんなブラックなルール。

 なんちゅー思想だ。恐ろしい。

 

「しかし、昨日の今日でよくこれだけ集まったもんだ」

「港の工事は、それだけ関心が高いんだよ」

「俺らは当事者でもあるからな。港の工事は早急に再開させたい。それが、出来るんだろ?」

「まぁ、今日の説明の出来次第、かな」

 

 俺が言うと、リカルドが満足そうな顔で俺の背を叩いた。

 

「んじゃ、大丈夫だな。しっかり頼むぜ、オオバ」

 

 ……痛ってぇな。

 このままバックレて自室で寝てやろうかな。

 

「じゃあ、そろそろ始めるか」

「そうだね――」

 

 エステラの視線が会場内を滑る。

 

「――『お客さん』も来たようだし」

 

 会場の中に、ウィシャートの子飼いが数名紛れ込んでいる。

 ハムっ子ネットワークとナタリア部隊の調査で面の割れている部外者たちだ。

 そいつらの顔は、ベッコの似顔絵を参考に共有されている。連中は知らないだろうが。

 

 ナタリアに鍛えられた諜報部隊がなかなか優秀でなぁ。

 いい仕事をしてくれた。

 今も、連中のそばにはそれとなく狩猟ギルドの狩人らが張り付き、不穏な行動を取らせないように見張っている。

 

 そんな連中の顔を確認して、俺たちは舞台中央へと進み出る。

 

「それじゃ、始めようか」

 

 エステラの短い開会宣言。

 イベントと言っても楽しむためのものではない。

 会場の空気はやや堅い。

 

「まず、みんなに聞いてほしいことがあるんだ。朗報だよ」

 

 明るい声でエステラが言って、一包の薬を取り出す。

 

「みんなもよく知っていると思う、四十二区の薬剤師レジーナが『湿地帯の大病』の特効薬を完成させてくれた」

 

 会場の空気がざわっと波打つ。

 

「これで、もう二度とあのような悲劇は起こらない。安心してほしい」

 

 そして、悲鳴にも似た歓声が湧き上がる。

 泣き出す者まで出始める。

 中高年にとっては、これほどの朗報もないだろう。

 皆、一様にあの悲劇を胸に抱えていたのだ。これで、少しは心が軽くなる。

 

「昨日、父上にもこの薬を一包、手紙に添えて送ったんだ。きっと元気になると信じているよ」

 

「あぁっ!」っと、おばさんが声を上げて涙を流す。

 手を胸の前で組んで精霊神に感謝の言葉を述べ始める。

 それに続くように、爺さん婆さんやオッサンたちが祈り始める。

 

 前領主を慕っていた世代なのだろう。

 きっと、エステラ同様、領民に甘い領主だったのだろうな。この反応を見ているとよく分かる。

 

「あぁ、でも、父上が回復しても、この街の領主はもうボクだからね。『前の方がよかった』なんて言わないように!」

 

 エステラが冗談めかしてそう言うと、会場からどっと笑いが漏れた。

「俺らの領主はあんただけだよ!」とか「歴代最高の領主様に万歳!」なんて、本心とも冗談とも取れない歓声が上がる。

 

「よっ! ナイスぺったん」

「うるさい、ヤシロ!」

 

 歓声に紛れるように言ったのに、耳聡いヤツめ。

 

 会場の雰囲気が柔らかくなり、他所の区から来ている連中も四十二区の連中の喜びようを目に表情を緩めている。

 そんな空気の中、エステラに代わって俺が話を始める。

 

「さて、ここからが本題だ」

 

 ぴりっと、空気が張り詰める。

 この場にいる者たち、全員の視線が俺に集中する。

 

「先日、港の工事中に、拡張工事を行っている洞窟内でカエルらしきモノを見たという報告があった」

 

 周知の事実であろうが、前提として状況を語っておく。

 祝福ムードが一変し、会場は息が詰まるような張り詰めた空気に包まれる。

 

 その息苦しさを、解消してやる。

 

「結論から言えば、なんの心配もいらない」

 

 俺の言葉に、その場にいた者たちからふっと息が抜けるような雰囲気が伝わってくる。

 そうだ。問題はない。

 まずはそれを理解しておけ。

 

「今から、なぜ問題がないのか、大工が見たという『カエルらしきモノ』はなんだったのか、それを説明する」

 

 

 そうして、俺は壇上でちょっとした実験を始めた。

 

 

 

 

 

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