異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

277話 会場は浮き立ち、浮き足立ち -3-

公開日時: 2021年7月3日(土) 20:01
文字数:3,307

「おい、オオバ」

 

 ステージに上がり、案内された席へ腰を下ろすと、リカルドが来賓席を抜け出して俺のもとへとやって来た。

 なんだよ、来んじゃねぇよ。

 

「こんな場所でも女をたらし込んでるのか、貴様は?」

「言ってる意味が分からん」

「誰なんだよ、さっきの美人は? 初めて見る顔だったぞ」

 

 こいつは何を言ってるんだ?

 何度も会ってるだろうが。

 

「あれはデリアだよ」

「デリア……? …………えっ!? あのクマ女か!?」

「そういう物言いの一つ一つが、お前がモテない理由なんだろうな」

 

 お前がデリアを呼び捨てにするのもさることながら、クマ女呼ばわりは腹立つわ。

 

「だが、さっきの女は儚げだったぞ? クマ女はもっとこう、逞しくて、ガサツで、それに体もデカかっただろう?」

「デリアは結構乙女なんだよ。逞しいは合ってるがガサツは違う。体つきはいつもと同じだったろうが」

「貴様より小さかったろう、さっきの女は?」

 

 デリア、どんだけ背中丸めてたんだよ。

 

「しかし……メドラとミスマッスルで競ってた女が、あんな風になるなんてなぁ……」

「あれは、双方とも本意じゃなかったみたいだぞ」

 

 デリアもメドラもミスキュートにエントリーしたつもりだったしな。

 

「……女ってのは、服やメイクで化けるもんなんだなぁ」

「お前、今さらなに言ってんの?」

 

 それを理解した上で素敵やんアベニューに取りかかったんじゃないのかよ?

 

「もしかして、ウチの女どももあんな風に可憐に変身するのか?」

「お前ら男が変わればな」

「なんでだよ? 綺麗になるかどうかは女の匙加減一つだろう」

「アホタレ」

 

 こいつは何も分かってない。

 

「お前、メドラに見せるために今よりも筋肉を一回り大きく鍛え上げられるか?」

「なんでメドラのためにそんな努力しなきゃいけねぇんだよ!?」

「それと一緒だ」

 

 女性だって、「この人のために!」って思える男がいなけりゃ自分磨きに全力も出せないだろう。

 頑張って綺麗になっても、理解してくれないような、まるで他人事みたいな反応しか寄越さない男ばっかりだったらやる気もなくなるっつーの。

 

「いい男が増えれば、いい女は自然と増える」

「そんなもんか?」

「綺麗になるってのは魔法なんだよ」

 

 魔法を使うには知識と儀式と魔力が必要になる。

 知識はまんまだが、儀式はダイエットや美容関連の技術、魔力は「綺麗になりたい」って強い思い――原動力だ。

 

「どれが欠けても魔法は成功しない。素敵やんアベニューが出来た途端に街中の女性が綺麗になると思ったら大間違いだからな?」

「そんなもんか……ん、覚えておく」

 

 本当に覚えておいてくれるといいんだがな。

 

「……素敵やんアベニュー、すげぇことになるかもな」

「お前は何周遅れを走ってんだよ……」

 

 まぁ、本格始動して成果が見え始めればイヤでも自覚するか。

 素敵やんアベニューは、近隣区から客をかき集められるポテンシャルを秘めてるってことを。

 

「よし! ちょっと気合いを入れて盛り上げるか」

 

 こいつ、ミスコンってイベントが終わったから、もう一段落した気になってんじゃないのか? ……なってそうだなぁ。

 これからだからな、素敵やんアベニューは!?

 

「おい、トルベック。しっかり頼むぞ!」

「オイラは、リカルド様こそしっかりしてほしいと思ってるッスよ」

 

 俺のそばに座っていたウーマロのところまで歩いていき、手を握って肩をバンバンと叩くリカルド。

 こいつはどこでも兄貴風を吹かせようとしやがるな。

 

 ――なんてことを思っていると、会場がざわっとどよめいた。

 

「ん? なんだ?」

 

 会場の異変にリカルドが辺りを見渡す。

 貴賓席と来賓席の数名がさっと視線を逸らし、一般席の方からはひそひそと話す声が聞こえてくる。

 

 悪評の絶えないトルベック工務店の棟梁に、四十一区の領主が親しげに、それも自分から声をかけて握手なんかをしたから……か?

 

 なるほどな。

 トルベック工務店の悪評は広範囲で轟いているってわけだ。

 そして、そんな噂をされているトルベック工務店の棟梁がステージの上、来賓と同じ高さの席に堂々と座っていることに疑問を抱いていた連中がいたと。

 

 へぇ……

 

 視線を逸らした領主の顔を覚えてやろうと視線を巡らせると、ある一人の男と目が合った。

 

 静かながらもどこか不気味さを覚える瞳。

 四十二区に長くいたせいで久しく見ることがなかった淀んだ瞳の持ち主。

 黒髪をがっちりと固め、紳士然とした口髭を生やした壮年の男。左目にモノクルをつけている。

 

 そんな男と一瞬だけ目が合った。

 

 見覚えのない顔だ。

 なんということはないというように男は視線を外し、どよめいた会場を気にしている風を装って視線を巡らせている。

 ……誤魔化しがうまいじゃないか。

 

 ただ、ほんの一瞬ぶつかったあの視線は確実に俺を見ていた。

 向こうもこちらの視線に気付いたはずだが……仕掛けてこなかったのは俺が何者かを計りかねたからか?

 こんな王子様然とした服を着ていなければ、あからさまな排除に動いたかもしれない。

 まぁ、起こらなかった可能性を「かも」「かも」と論じても意味はない。

 

 ただ一つ。

 

 あいつはトルベック工務店の一件に関し、何か思うところがあるようだ。

 それがこちらにとって都合がいい思いか、都合の悪い思いかは分からんが。

 もっと砕けた言い方をすれば――あいつが敵か味方はまだ分からん。

 だが、顔は覚えておくぞ、モノクル紳士。

 

「なんだ? 何を騒いでやがるんだ?」

「このタコ」

「誰がタコだ!」

 

 眉をつり上げるリカルド。

 こいつはある意味でどこまでも純粋なのかもしれない。

 初めてやり合った時は裏に手を回して小賢しい男だと思ったものだが、今になって考えれば、あれは単純に「四十二区には負けられない」という一つの思いによって突き動かされていただけに過ぎないのだ。

 搦め手なんて器用なことをこいつはやらないし出来ない。

 

 問題があれば力でねじ伏せる。

 自分が正しいことを貫けば、間違っている方が自ずと消えていく。

 そんな生き方なのだろう。

 

 だから、疑惑のトルベック工務店の棟梁になんの気なしに接触できるのだ。

 友好を分かりやすく示せるのだ。

 

 リカルドにとって、ウーマロは信用に足る男だから。

 

「よくやった、リカルド。褒めてやるよ」

「はぁ? タコと言ったり褒めてやると言ったり。訳が分からんぞ、オオバ」

「お前が単純過ぎるだけだ」

「ふん。策を弄するのは弱虫のすることだ。俺が間違っていない限り、俺は自分を変えるつもりはない」

 

 メドライズムだな、それは。

 潔くて気持ちのいい理論だが、エステラ同様――脆くて危うい。

 

 さっきのモノクル紳士みたいなタイプにはまんまと一杯食わされるタイプだ。

 

「俺は、お前のことなんか守りたくもないから、自分のことは自分でなんとかしろよ」

「さっきから何を言ってんだよ、貴様は。当然だろうが、そんなこと」

 

 お前がメドラほど強ければ、不安もないんだけどな。

 

「工事のことで何かトラブルがあればエステラに手紙を寄越せ。ウーマロがなんとかしてくれる」

「ん? なんの話だ?」

「未来の話だよ」

 

 今の行動で、トルベック工務店を排除しようと画策していた者が『四十一区』を敵とみなしたかもしれない。

 組合を通した依頼が受けられないなんて嫌がらせが発生するかもしれない。

 

 まだ可能性の段階だが、もしそんなことになれば……ウーマロが動くだろう。

 義理と人情でギリギリ踏みとどまっている現状を、壊すのはほんの些細な悪手一つだったりする。

 

 自分で自分の首を絞めるなよ、組合の連中よ。

 

「リカルド様。式典を始めますのでお席へお戻りください」

 

 ナタリアが俺たちの前へ来て、リカルドに告げる。

 

「場所が分からないならご案内しましょうか?」

「子供か、俺は!?」

「お父さんとお母さんは一緒ではないのですか?」

「一人で来たわ! 爺とメドラが一緒だったがな!」

「お名前と住所は分かるかなぁ?」

「迷子扱いをやめろ!」

「もういいから、早く席に戻れよ」

 

 ナタリアは、どこまでもエステラ派の人間なんだから、お前を見ているだけで苛めたくなるんだよ。いきなり殴り飛ばされないだけでもありがたいと思っておけよ。そーとー、腹に据えかねてたんだからな、こいつ。

 

 リカルドが席に戻り、会場のざわめきも落ち着いた頃、ナタリアの合図と共に港の着工式が始まった。

 

 

 

 

 

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