異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加94話 ハロウィンナイト -4-

公開日時: 2021年4月6日(火) 20:01
文字数:3,915

「いらっしゃいませー!」

「ませー!」

 

 トムソン厨房では、白いオバケを模した帽子を被ったカウとオックスがきりきり働いていた。

 あの後頭部をオバケに齧られているように見える帽子は、俺が開店祝いとして贈った物だ。なかなか似合っているじゃないか。うんうん。

 

「座れるか?」

「ごめんなさい。テーブルは埋まっちゃってて……」

「満員ですー!」

「ちょっと七輪の位置が高くなりますけど、カウンターでよければ」

「よければー!」

「それでもいいよな?」

「はい。レーラさんの奮闘を近くで応援できる特等席ですから」

「普段、カウンターではお肉を焼かないのかい?」

「カウンターはお酒を飲むところなんです」

「です!」

 

 もう少しカウンターを低くすれば七輪も置けるし、客席も増やせるのだが、そこだけは一切手を加えずそのまま残したいとレーラが強く希望したのだ。

 亡き夫ボーモが一日のうち、一番長く立っていたあの場所だけは。

 

「けど、カウンターって言っても、この人数は座れないよね?」

「しょうがない。ウーマロ」

「はいッス! 即席のテーブルを大至急作るッス!」

「んじゃあ、あたいらがイメルダんトコから木を持ってきてやるよ。手伝え、ノーマ」

「ったく、しょうがないさねぇ……熱燗、オマケしておくれなよ?」

「……マグダも、リカルドを連れて加勢する」

「ちょっと待てトラっ娘!? お前が決めんなよ!」

「手伝えよリカルド」

「手伝いなよリカルド」

「手伝わぬかリカルドよ」

「うるせぇよ、オオバ他領主二人!」

「……あと、見当違いの飾りを早々に撤去したウッセも連れて行く」

「テメェ、そーゆーことをバラすな、マグダ!」

 

 そうして、力自慢がぞろぞろと出て行き、店先を超えて通りにまで座席を増やすことになった。

 混雑を予想して店の周りにあらかじめ席を作ったんだが、予想を超えてきやがったな。

 

「かぅしゃー! ぉっくしゅきゅん!」

「わぁ! テレサちゃん、かわいいー!」

「お、おへそっ!? あ、あのっ! おへそが出て……わちゃっ!? こっち見ないで!」

「あ~、オックス照れてる~、やらしー」

「ちがうもん!」

「ぉっくしゅきゅん、てれてぅの?」

「ちがうもん!」

 

 ガキどもが戯れている。

 そーかそーか、オックスはへそフェチか。ふっ、むっつりめ。

 

「あと五年したら、おっぱいの素晴らしさを教えてやろう」

「出入り禁止になる前に、よからぬ企ては破棄するんだね」

 

 んだよぉ。

 こういうのは、大人から若い世代に受け継いでいってだなぁ。

 そういうのが伝統ってもんだろう?

 

「あら?」

 

 混み合う店内を進んでいくと、ジネットが不意に立ち止まった。

 見れば、カウンターに一人の客が座っている。

 マスカレードのような仮面を被った、ガタイのいいオッサンだ。

 

「いつからあの方、あそこに……?」

「混んでたから見えなかったんじゃないのかな? とにかく、ボクたちも座らせてもらおう」

「おぉー! 三十五区の領主様~! こっちこっち! アンブローズが美味い発泡酒を持ってきたんだ! 飲むだろう?」

「おぉ、木こりギルドのギルド長、それにアンブローズ・デミリーか! うむ、そういう話なら乗ってやろう。いくぞ、ギルベルタ」

「お供する、私は、しばしの別れを告げて、友達のヤシロと友達のジネットに」

 

 きょとんとするジネットを置いて、突如盛り上がる酒飲みたち。

 なんというか、酒場のノリだよな、こういうの。

 大ギルドのギルド長と領主の会話ではないような気がするが。

 

 とにかく、気合いを入れないと倒れかねないな、ガゼル親子。

 ちょっと声でもかけておくか。

 

「よう、レーラ。随分と盛況だな。気張っていけよ」

「…………」

 

 カウンターの中に立つレーラ。

 話しかけても返事がない。

 呆けているわけでもなく、疲れきっているわけでもなく、ただなんというか……妙に綺麗な表情で一点を見つめている。

 

 視線の先には、仮面のオッサン。

 

 やかましいぐらいに賑やかなこの店内で、この付近だけが妙に静かだった。

 

 

「あの、お隣よろしいですか?」

「あぁ、どうぞ」

 

 ジネットが断りを入れると、仮面のオッサンは少しずれて席を空けてくれた。

 

「ありがとうございます」

「見ない顔だな」

「そうですね。数日前から、縁がありましてよくお邪魔するようになったんですが、まだまだご新規さんですね」

「そうかい。ここの肉は美味いか?」

「はい。レーラさん、頑張ってらっしゃいましたから。自信を持ってお勧めできます」

「そうかい。…………そうか」

 

 口角を持ち上げ、しみじみと呟いて酒を飲む仮面のオッサン。

 なんだかすごく幸せそうだ。

 

「えーゆーしゃー! ごちゅーもん!」

「ん? テレサも手伝うのか?」

「おてちゅらぃ!」

「そうか。じゃあ、バラを500、ロース300、リブが400でマルチョウ、ミノ、シマチョウを200ずつだ」

「ヤシロ、わざとだろ、君!? いじめないの」

「ごちゅーもん、くしかぇしましゅ! バラ500、ロース300、リブ400、マルチョー、ミノ、シマチョー200じゅちゅ!」

「完璧だよ、テレサ!? 天才なのかい、君は!?」

 

 エステラ大絶賛の適応力だ。

 テレサ、マジで育て方一つで化けるぞ、こいつは。

 

「すごい助っ人だな」

 

 仮面のオッサンが感心したように言って、その後でカウとオックスに視線を向ける。

 

「お前たちも負けんじゃねぇぞ」

 

 デカい手が、ガゼル姉弟の小さな頭を包み込む。

 

「あ……」

「ぁ……」

 

 さっきまでにこにこしていたガゼル姉弟が、小さな呟きを漏らした後、動かなくなった。

 大きな目が、うるうると潤み始める。

 

「こら。まだ仕事中だぞ。フロアに立つのは一人前になってからだ。フロアに立つなら――」

「「プロとして行動しろ!」」

「あぁ、そうだ」

 

 オッサンのデカい手が、もう一度ガゼル姉弟の頭を撫でる。

 今度は少し乱暴に。

 もみくちゃにされて、帽子がくちゃくちゃになって、髪が乱れた。

 それでも、ガゼル姉弟は何も言えず、ただオッサンを見つめていた。

 

「女将」

「は、はい!」

 

 オッサンに呼ばれ、レーラの肩が跳ねる。

 

「俺にも肉を食わせてくれ。この店で一番美味い、お勧めの肉を」

「で、でも、私……まだ始めたばかりで……一番美味しいのは、やっぱりどうしても……あなた……」

「いいから」

 

 不安げなレーラの言葉を止めて、仮面のオッサンは七輪を指差す。

 

「『今の』この店のお勧めを食わせてくれればいい」

「……はい。少々お待ちください」

 

 両目に涙をいっぱい溜めて、それをなんとか堪えて、レーラが焼肉の準備を始める。

 焼けた炭を七輪へ入れて、金網を載せ、肉と一緒にカウンターの上へと置く。

 

「焼き方は、好みでいいんだな」

「はい。……あの。見ていてもかまいませんか? 私、好きなんです……お肉を焼いている時の手つきや、仕草が」

「ふふ……あぁ、じっくりと見て、技を盗むといい」

 

 仮面のオッサンは楽しそうに、薄切りのバラ肉を金網へと載せる。

 じっくりと肉を見つめ、絶妙のタイミングでひっくり返す。

 まるで肉と会話しているように、しっかりと向き合い、その肉がもっとも美味しくなる瞬間を見極めている。

 

「よし、いいだろう」

 

 ことのほかあっさりと金網から下ろされた肉は、小皿のタレに浸されて、仮面のオッサンの口へと消えていく。

 じっくりと堪能するように咀嚼して、ごくりと力強く飲み込む。

 

「うん……美味い。本当に美味い。これなら、安心だ」

「はい……」

「よく、頑張ったな……レーラ」

「はいっ!」

 

 レーラが駆け出し、仮面のオッサンの手を両手で包み込む。

 それを待っていたかのように、カウとオックスも仮面のオッサンへと飛びつく。

 

 仮面のオッサンが誰なのか、そいつは分からない。

 けど一つだけはっきりしているのは――

 

 

 レーラが触れられる男は、この世界でただ一人だけだ。

 

 

「どういうことなんだろうね、これは」

「さぁな……」

 

 エステラもこの状況を察し、そして戸惑っている。

 驚きつつも、心穏やかにしていられたのはジネットだけかもしれない。

 

「ルシアさんがおっしゃっていましたね。『人であれ物であれ、強い思いによってめぐり合うことは決して珍しいことではない』――と」

 

 ギルベルタのオバケ話の後、ルシアがそんなことを言っていた。

 

「会いたいと思う気持ちが――遺した家族を心配する気持ちが、そして、旅立った家族を安心させてあげたいと思う気持ちが、奇跡を起こしたのかもしれませんね」

 

「だって……」と、ジネットは呟いて、夜空を照らす星たちのような神秘的な笑みを浮かべる。

 

 

 

「今日は、ハロウィンですから」

 

 

 

 何が起こっても不思議じゃない。

 普段とは違う不可思議な夜。

 

 仮装した偽オバケに引き寄せられて、本物のオバケが顔を覗かせた。

 

 そんなあり得ないことが、もしかしたら起こったのかもしれない。

 

「ねぇ……ねぇ! お父……っ!」

「おっと! それ以上は言っちゃダメだ」

 

 呼びかけようとしたオックスを、仮面のオッサンが制止する。

 ニッと笑って、オックスと同じ年齢かのようなイタズラ顔で得意げに言う。

 

「オバケは正体がバレたらこの世界に来られなくなるんだ。だから、正体は内緒だぞ」

 

 大きな手に顔を挟まれて、オックスは零れ落ちそうな涙をこらえる。

 洟を啜って、嗚咽を我慢して、震える口を無理やり笑みの形へ変える。

 

「じゃあ、秘密を守れたら、また会いに来てくれる?」

「あぁ、必ず来る。それに――」

 

 

 パン!

 

 

 と、大きく手が打ち鳴らされ、全員が驚いて瞬きをする。

 そのほんの一瞬の間に、仮面のオッサンの姿は消えていた。

 

 そして、空の上からオッサンの声だけが降り注いできた。

 

 

 

『――いつだって、ずっと見守っている』

 

 

 

 レーラが泣き崩れ、カウとオックスは抱き合い大声を上げて泣いた。

 幻のような、ほんのひと時の不思議な現象。

 

 けれど、カウンターには肉を焼いた跡が残る七輪がぽつんと置かれている。

 炭が赤く光っていた。

 

 

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