異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚17 『大切』の順番 -2-

公開日時: 2021年3月4日(木) 20:01
文字数:3,888

「ところで、ギルベルタ」

「なんだろうか、おにぃちゃんのヤシロ?」

「……やめてくれるか、割とマジで」

 

 こいつはなんでもかんでも吸収し過ぎる。高野豆腐か、お前は。

 

「馬車はどこに停めてるんだ?」

「馬車?」

「帰りの時間もあるだろうし、暗くなる前に馬車に向かった方がいいんじゃないのか?」

 

 ここに来てから、ギルベルタは一度も「帰る」と言い出さなかった。

 しかし、あまり遅くなるのはマズいだろう。そろそろ日も傾き始める頃だ。

 今から馬車を使えば夜には三十五区に着くだろう。

 

「ないぞ、馬車は」

「…………ん?」

「歩いてきた、今日は」

「徒歩っ!?」

「少しだけ走った、本当は」

「いや、そんなとこはどうでもいいんだよ! え、なに? お前、歩いて帰るの?」

「その予定でいる、私は。というより、手立てがない、それ以外に、私には」

 

 ……今から徒歩で三十五区へ帰る………………あぁ、無理だ。真夜中どころか、最悪夜が明ける可能性もある。

 

「ちなみにだが……メチャクチャ早く走れるとか……?」

「馬車以上にか? あはは、面白いな、友達のヤシロは」

 

 あはは。こっちは全然笑えねぇ~。

 

「じゃあ、なにか? お前は、今日……泊まるつもりでいるのか?」

「まさか。そこまで迷惑はかけられない、この店には。大丈夫だ、私なら。少し嗜みもある、武術には」

 

 いや……それはそうなんだろうけどさ……

 夜中に一人で帰すってのがどうもなぁ……ほら、ギルベルタってちょっと小柄だし。背丈だけで言えば砂糖工場の最高責任者モリーくらいしかないんだよな。

 ……え? モリーが最高責任者だろ?

 

「……ヤシロがまた、お兄ちゃん属性を発揮している」

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんをやらずにはいられない性分なんです。あたしはよく知ってるです」

「ロレッタまで混ざって何言ってやがんだ。俺にはそんな性分も属性もねぇよ」

 

 ただ、その……ほんのちょっと気になるだけだっつの。

 

「しょうがねぇな。俺が送っていってやるよ」

「え!? ……平気なのかい、ヤシロ?」

 

 エステラが難色を含んだ顔で俺を覗き込んでくる。

 

「四十二区を出たら、道は真っ暗だよ? それに、帰りは一人になるわけだけど……?」

「…………」

 

 容易に想像がつく。

 不可能だ。

 

 とっても頼もしい誰かが一緒にいてくれないと、俺、泣いちゃう。

 

 マグダ…………は、確実に途中で寝てしまうな。

 エステラとナタリアを連れて行くのは……さすがにマズいか。

 デリアに頼んで…………関係ないヤツを巻き込むのもなぁ……

 

「あの、ヤシロさん。ギルベルタさんさえよろしければ、お泊まりしていただいてはいかがでしょうか?」

 

 固まる俺を見兼ねたのか、ジネットがそんな提案を口にする。

『お泊まり』というワードに、ギルベルタの顔が分かりやすく明るくなる。……が。

 

「それは無理だな」

「ボクもそう思うよ、ジネットちゃん」

 

 それは現実的ではない。

 

「ギルベルタは三十五区の領主、ルシアお気に入りの給仕長で、しかも今日は無断でここまで来てしまっているんだぞ。無暗に引き留めることは出来ない」

 

 つか、さっさと送り返さないと後々ルシアが怒り狂いそうで怖い。

 俺に一切の非がなくとも、完全無欠に俺のせいにされる気がする。いやきっとそうなる。

 

 なんとか今日中に送り返さなければ……

 

「友達のヤシロ……」

 

 どうやってギルベルタを送り返そうかと、こっちの世界にバイク便とかないのかと、なんだったらそういうサービスを始めりゃ一財産築けんじゃね? と、そんなことを考えていると、当のギルベルタが真面目な表情で俺の名を呼んだ。

 

「いざとなったら…………やる」

 

 小さな手をキュッと握り、ギルベルタは俺の目をまっすぐ見つめて呟く。

 

「……ルシア様を」

「滅多なことを口にするんじゃねぇよ!」

 

 さっきの「やる」って、『殺虫剤』の『さっ』って書くんじゃないよね!? 違うよね!?

 それらが全部まとめて俺に降りかかってくるんだから、発言には気を付けろよ、マジで!

 つか、こいつの『友達は何より大切に』って信念は少し危険だな……少しだけ手を加えておくか……

 

「ギルベルタ。俺はお前の友達で、お前は友達を何より大切にしてくれてるんだよな?」

「そうしているつもり、私は」

「だったら、お前の母親よりも、俺の言うことを聞いてくれるよな?」

「無論と思う、私は」

「んじゃあ、『友達は、領主の次に大切に』してくれ」

「領主……ルシア様の次に……?」

「そうだ」

 

 これで、職務を忠実にこなしつつ、こちらと友好関係を保ってくれることだろう。

 

「だが、それでは……」

 

 自分の人差し指を唇に這わせ、少し考え込む素振りを見せる。

 そして、眉根を寄せて、深刻そうな顔でこちらを見つめる。

 

「血祭りに上げることになる、友達のヤシロを、私は、一両日中に」

「……うん。たぶん、ルシアはそういう命令下しそうだけどさ……そこはほら、なんとか融通利かせてさ……」

「ゆーずー?」

「いや、その言葉は知ってるだろ? つか、知っててくれ。今覚えろ」

 

『強制翻訳魔法』が翻訳できない言葉ではないはずだ。

『融通』と『ぱいおつ』が同列なわけがない。

 

「では、こういうことにしてみてはいかがですか?」

 

 ぽんと手を打って、ジネットが満面の笑みを浮かべる。

 妙案があります、って顔をしているが……まぁ、ジネットなら「みなさんを同じくらい大切にするというのはどうでしょうか?」とか言うのだろう。

 だが、それだと甲乙をつけられなくなって、ギルベルタがどっちの方向に暴走してしまうか予測が立たない。危険な指示だと言える。

 誰に教わらなくても適度にいい感じの優劣をつけられる、そんな指示をしなければ……

 

 と、そんな不安を抱える俺を他所に、ジネットはとても自然な口調でさらりと発言する。

 

「ギルベルタさんが大切だなと思われる順番で大切にしてみては?」

「……大切? 私にとってかと聞きたい、私は」

「はい」

 

 大切な順で大切にする……物凄く当たり前のことなのだが、ギルベルタは目からうろこが落ちたかのような、革命を目撃した小市民のような、価値観をひっくり返された者の表情を見せた。

 

 大切な者の順番なんて、自分で決めればいい――

 

 そんな当たり前のことに、こいつはたった今気が付いたのだ。

 

「そ、それは素晴らしい思う、私は! それなら、大切な人を後回しにして心を痛めることもなくなるはず、私も! 天才、友達のジネットは!」

 

 ジネットの両手を握り、ぶんぶんと上下に振るギルベルタ。

 ギルベルタがあまりに大はしゃぎで喜ぶから、ジネットは少し困った顔をしている。

 

「友達のジネットの意見を最大限優先する、私は!」

「あ、あの……はい。適度に、お願いします」

「今日は一緒に寝よう、友達のジネット! 私とっ!」

「はい…………えっ!?」

 

 ジネットがギルベルタの言葉を理解して固まるのと同時に、俺の思考も停止した。

 ……え? 一緒に寝る?

 

「わくわくしている、初めてのお泊まりに、私は!」

「いや、待て、ギルベルタ!?」

 

 大切な者を大切にするなら、お前は即刻三十五区へ帰るべきだろう?

 大切だよな、ルシア!? お前が身命を賭して尽くすべき相手だよな!?

 

「一番大切なのは、私、私にとっては。そう言ってくれていた、母もルシア様も」

「いや、それはそうなんだけどさ……」

「だから、優先させる、私は! 私のやりたいと思うことを!」

「周りの迷惑は考えろよ、なっ!?」

「無論、考えている、私は」

「どこかがだっ!?」

「申し訳ない思う、私は。今も思っている」

「思うだけじゃなくてさぁっ!?」

 

 いかん……とんでもないものを目覚めさせてしまったかもしれない。

 なんだこの低姿勢な頑固者は……

 こいつの前で下手なことを言うわけにはいかない。どんどん面倒くさい方向へアップデートされていってしまう。

 しかも、バージョンアップしたらもう元には戻せない仕様っぽいし。

 

「川の字で寝たい、私は! 友達のヤシロと、友達のジネットと、三人で!」

「ぅぇええっ!?」

 

 ジネットが奇声を上げる。

 が、しかし、そこだけ見れば、それは素晴らしい提案のように思える。

 ジネットとギルベルタ。二人の巨乳に挟まれて、全方位低反発マットレスみたいな寝心地が……

 

「真ん中で眠りたい、私は!」

 

 お前が真ん中かよ!?

 

「……ギルベルタ。それは不許可」

「そうです!」

 

 マグダとロレッタが抗議の声を上げる。

 

「……まずはマグダがやるべき」

「あたしもしたことないですのに! 順番は守るです!」

 

 いや、お前らも狙ってたのかよ……どうせなら俺を挟めよ。

 

「あ、あぁあ、あの……っ、わ、わたしはアルヴィスタンですので……そ、そのようなことは……」

 

 と、チラリと俺を見るジネット。

 視線がぶつかると同時に耳が真っ赤に染まる。

 

「ぅあ……っ、あの…………きょ、今日は……ダメ、です…………」

「それは残念思う、私は……」

 

 しょんぼりするギルベルタに、勝ち誇ったようにうんうんと頷くマグダにロレッタ。

 ……いや、それより、「今日は」ってなんだよ…………期待しちゃうだろうが。

 

 ま、だからといって羽目を外したり喜んだりするわけではないがな。

 こいつはあれだ。いわゆる「大人な対応」というやつだ。口約束など、真に受けるような俺ではない。

 

「ぎゅ、ぎゅるべりたっ?」

「君は分かりやすいね、ヤシロ……」

 

 何が分かりやすいのか、まったく分かりかねるね。今のはちょっと噛んだだけだ。言い難いもんな、ギルベルタ。咄嗟には出てこないもん。

「はっくしょん、ギルベルタ!」とか、絶対言わないもん。口に馴染みにくいフレーズなんだよ。だから噛んだって仕方なくね?

 

 …………こほん。

 そんなことをしている場合ではない。

 ギルベルタを早く帰さなくては、最悪外交問題になりかねない。

 真面目に説得してみるか。

 

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