異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

380話 真夜中のお化け屋敷 -4-

公開日時: 2022年8月16日(火) 20:01
文字数:3,122

 なんとか鍵を入手し、次女の部屋を出ると下り階段が見えてくる。

 階段前の廊下には、家族の肖像画が飾られている。

 幸せそうに微笑む両親と、美しい三人の娘たち。

 上の二人は十代後半の美しい娘で、三女はまだ幼い女の子だ。

 そして、この三女が最も母親に似ている。

 

「こんな幸せそうなご家族なのに……どうしてこんな……」

 

 うん、ジネット。フィクションだからな?

 

「なぁ、ジネット」

「はい?」

「……ほんっと、ごめんな」

「へ?」

 

 うん。分かんないと思う。

 けど、ホントごめん。

 これ思いついた時、「怖がれ、客!」って、結構ノリノリだったんだよね。

 今となっては、本当に後悔している。

 

 泣きそうな気分で階段を降りていく。

 途中で折り返す仕様で、踊り場には再び家族の肖像画が飾られている。

 ただし、こちらはお化けとなった禍々しい姿で。

 

「ひぅっ!」

 

 先ほどの肖像画とのギャップにジネットが声を漏らす。

 

「……三女さんが」

 

 そう。お化けのように変貌した家族の肖像の中、三女だけが真っ黒に塗りつぶされているんだ。

 それがなぜかって?

 

「とにかく、進みましょう……」

 

 と、ジネットが肖像画を離れた瞬間、天上から「ドン!」っと、真っ黒な人形が落下してきた。

 黒焦げにされた三女の人形が。

 

「きゃああ!」

 

 その正体も確かめずにジネットは階段を駆け下りる。

 そう、たぶんここはほとんどの客が駆け下りると踏んでたんだ。

 だからこそ、降りたところに――

 

 

『逃げて!』

 

 

 ――母親のお化けを仕込んじゃったんだよなぁ。

 

「いやぁあ! ご親切にありがとうございますぅっ!」

 

 壁から出現した母親の霊を避けるように逃げ出すジネット。

 律儀に礼なんか言わんでいいのに……

 

 

 そして、次女の部屋で手に入れた鍵を使い、母親の部屋へと入る。

 そこには、館の主の肖像画が無数に飾られている。

 

「ここは、奥さんのお部屋でしょうか? ……ご主人さんのこと、とても大切に思われていたんですね」

 

 この部屋に来て、妻が不貞行為をしていないことを知り、この悲劇が館の主の誤解から始まったことが分かる。

 この部屋にはお化けの仕掛けはしていない。

 妻の霊は階段下で遭遇したからな。

 

「それじゃ、重要なアイテムを取るぞ」

 

 ドレッサーの引き出しが分かりやすく光っている。

 この引き出しを開けると中に――

 

 

 カサカサカサカサ!

 

 

「ぅぉぉおおおうっ、忘れてたぁ!?」

 

 そうだった!

 お化けは仕掛けてないけど、虫っぽいヤツ仕掛けてたんだった!

 引き出しを閉めるとゼンマイが巻かれて、開けると一気に「カサカサカサー!」って動く単純なヤツ!

 

「でぇい! 底意地の悪い!」

 

 誰だ、こんな仕掛け考えたヤツは!

 俺だよ、ちきしょう!

 

 妻からの贈り物、それはネクタイだった。

 

「ネクタイ……ですね。あ、そういえば肖像画で、館の主人はネクタイをされていませんでした」

 

 この街でも、ネクタイは正装の中の一つという認識がされている。

 ネクタイを着けない正装の方が主流ではあるが。

 館の主なら、ネクタイを締めても不思議ではない。

 

 そのネクタイを持って、妻の部屋を出て最後の部屋、主の書斎へと向かう。

 

 書斎に入ると、男の声が聞こえてくる。

 

 

『貴様らは誰だ? 妻も娘も誰にも渡さぬ! 貴様らも一生この館に閉じ込めてくれる!』

 

 

 そんな叫びと共に部屋のドアがガタガタと揺れる。

 ジネットは、必死にしがみついてくるほど怖がっているが、俺は別なことを考えて感心していた。

 

 この館の主の声、エステラんとこの給仕のシェイラなんだよな。

 すげぇ、男の声に聞こえる。

 宝○歌劇団とか、アニメの声優みたいだな。言われなきゃ女だって分かんないくらいだ。

 

 さて、そんな中、なんでか書斎に置かれている館の主の胸像。

 そいつが光っているので、ネクタイをその首に掛けてやる。

 最初から輪っかにしてあるので、首にすぽっとかけるだけでOKだ。

 

 ……さぁ、こっからだ。

 

 

『これは……そんな、まさか……妻はこれを、私のために……あぁ、なんということだ。私は、とんでもない勘違いを……』

 

 

 おのれの勘違いを知り、館の主が嘆き悲しむ。

 勘違いで家族を手にかけてしまったことを懺悔し始める。

 

 

『どうか、この愚かな私を許してほしい……』

 

 

 胸に来る懺悔を聞き、これですべてが終わったと思った、まさにその時。

 

 

『許さない……っ!』

 

 

 妻の声が響き、出口側のドアが『バターン!』と勢いよく開かれる。

 

 

『許さない、許さない、許さないぃぃいいい!』

 

 

 金切り声を上げる妻の声に反応するように、書斎の壁や天井、棚の引き出しなどが一斉にバタバタと音を立てて動き始める。

 そして、剥がれた壁から眩い光が漏れて、壁に二人の男女のシルエットが映し出される。

 

 贈り物のネクタイで、館の主の首を締め上げる妻のシルエットが。

 

「逃げるぞ!」

「は、はい!」

 

 廊下に飛び出した俺たちを追い立てるように、廊下の壁や天井がガタガタバタバタと音を鳴らす。

 裏方総出で壁や天井の板を動かしているのだが、これがなかなか怖い!

 長い緊張状態の後にやかましく追い立てられると、人は自然と走り出してしまう。

 

 騒がしい廊下を駆け抜け角を曲がると、その先に出口が見える。

 出口の前まで来ると、やかましかった音は鳴り止み、急に静かになる。

 

 

 あぁ、終わった……

 

 

 そんな安堵が胸に広がってくる。

 

「……これで、終わり……なんでしょうか?」

 

 ジネットも、どこかほっとした表情をしている。

 大きく『出口』と書かれたドアを見て、ほぅっと安堵の息を吐く。

 

 長かった探索が終わり、ようやく外へと出られる。

 

 そんなほっとした気持ちでドアを開けると――

 

 

 

『私も連れてって……』

 

 

 

 ――と、耳元で囁かれ、濡れた手で頬を撫でられる。

 

 

「きゃぁあああ!」

「ふんぎゃぁああ!?」

 

 

 ロレッタと同じ勢いでお化け屋敷の出口から転がり出る。

 

 実は、出口と書かれたドアの向こうはまだ出口ではなく、もう一つ仕掛けを施してあったのだ。

 押して右側に開く扉の左側。

 ドアを開けて身を乗り出すと無防備になる左側に人が入れるスペースを設けておいて、そこに幽霊役を一人忍ばせてあるのだ。

 

 ドアを開けて目の前ってのも怖いけど、死角になる横っ側って絶対に何もないって妙な確信を持ってるから、そこに仕掛けられるとマジでビビる。

 心臓が止まるかと思う。

 

 そこで盛大に驚かされた客は、その先にある本当の出口から逃げるように転がり出て行くってわけだ。

 

 

 計算通り過ぎて腹立つな、くそっ!

 

 

「……ふざけんな、作ったヤツ……」

「あの、作ったのはヤシロさんじゃないんですか?」

「俺だけどさ……」

「…………怖かった、です」

 

 服が汚れるとか、一切気にせず、地べたにへたり込んだ。

 俺の腕には、ず~っとジネットがしがみついていた。

 

 顔を見れば、ジネットが泣いていた。

 こんなことで泣かせるつもりはなかったんだが。

 

「……悪かったな」

「い、いえ。わたしが入りたいと言ったワケですし……あの、ヤシロさんも、怖いのにお付き合いくださって、ありがたい思いと申し訳ない思いで、いっぱいで」

 

 謝罪の意味を込めて、ジネットの涙を拭ってやる。

 ハンカチを出す余裕もないので、親指で。

 

「……ありがとうございます」

 

 そう言って笑う顔は、まだ強張っている。

 これは、相当引き摺りそうだ。

 

「今晩、一緒に寝てやろうか?」

「へぅっ!? い、いえ……あの……それは…………ま、マグダさんたちが一緒に寝てくださいますし!」

「じゃあ、俺は一体誰と寝れば!?」

「あ…………えっと……おトイレにでしたら、お供できます……よ?」

 

 

 なるほど、そうか……

 俺、今日帰ったら一人で寝ることになるんだ、そうなんだ……

 

 いいもん!

 俺も今日はここで徹夜するもん!

 ウーマロたちと過ごすもん!

 

 

 

 そんなわけで、お化け屋敷のクオリティを身をもって体験した、そんな夜だった。

 

 

 あぁ……わっほいを堪能できなかったのだけが、悔やまれる……っ!

 

 

 

 

 

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