異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

304話 陽だまり亭の行儀見習い -4-

公開日時: 2021年10月14日(木) 20:01
文字数:4,189

 カンパニュラの診察中、俺はジネットの部屋の前の廊下でジネットとエステラの両名から厳重な監視を受けていた。

 重要事件の被疑者でもきっと、もう少し監視の目は緩いはずだ。

 

「終わったで」

「では、カンパニュラさん。わたしと中を見て回りませんか?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 診察を終え、ジネットがカンパニュラを連れて陽だまり亭ルームツアーを始める。

 

「疲れてませんか?」

「平気です。レジーナ様はとてもお優しい方でしたよ」

「そうなんですか?」

「はい。私が薬剤師様と言いづらそうにしていたら、名で呼んでいいとおっしゃってくださって」

「それはよかったですね。きっとレジーナさんも名前で呼ばれると嬉しいと思いますよ」

「えへへ」

 

 そんな会話をしながら廊下を進んでいく。

 

「高評価だな、お優しい薬剤師様」

「なんやったら、自分もウチのこと『レジーナ様』って呼んでもかまへんで?」

「そしたら、お前は俺のことなんて呼ぶんだ?」

「『このブタ!』」

「子供から離れた途端、エンジン全開だねレジーナ。せめて背中が見えなくなるまで我慢できないのかい?」

 

 エステラが呆れて言うが、……きっと『エンジン』は『強制翻訳魔法』の匙加減だ。エンジンに該当する動力が何かは知らんけどな。

 

「それにしても、すごいよねジネットちゃん。ちゃんと相手に話させてあげるんだもん」

 

 他所から来た者には、こちらでのルールや周知の事実である事柄を説明してしまいがちだが、自分一人で知らない場所に来ている時、人は少なからず不安を抱いている。

 それを解消させるには、自分の話をさせてやるのが効果的だったりする。

 

 いろいろ説明されて、「分かりましたか、覚えてくださいね」「はい」って関係じゃ、息が詰まって仕方ないもんな。

 特に、相手がガキの場合はなおさらだ。

 ガキなんて、くっだらない話を我が物顔でしたがる生き物だからな。

 

「天性の聞き上手だね」

「ま、俺は最近ちょいちょい話を遮られるようになったけどな」

「奇遇やな、ウチもやわ」

「それは、君ら二人がどーしょーもない、しょーもない話しかしないからだよ」

「「いや、でも目の前でめっちゃ揺れてたし!」」

「それだよ、それ! 原因はそれ!」

 

 そうなのか。

 つまり――

 

「「お乳が揺れると耳が休止状態になる可能性があると……」」

「君たち、実は双子だったりしないよね?」

 

 俺とマグダの私室は飛ばして、客室と祖父さんの部屋(物置)を紹介して、ジネットとカンパニュラが廊下を戻ってくる。

 今俺たちがいるジネットの部屋の前には、中庭に出る下り階段がある。

 今から中庭の説明に行くのだろう。

 

「聞こえてましたよ、お二人とも。懺悔してください」

「だってよ、エステラ、レジーナ」

「やて、領主はん、おっぱい魔人はん」

「ボクを除く君ら二人だよ」

 

 ジネットに「もぅ」と叱られ、俺とレジーナは、それはもう可愛らしく「てへぺろ」と舌を覗かせて反省の意を表明する。

 ジネットが「ふふっ」っと笑ってくれたのでセーフだろう。

 

「では、カンパニュラさん。中庭を案内しますね。今、家庭菜園でトマトが生っているんですよ」

「是非拝見したいです」

 

 俺たちの前を通り過ぎる時、折り目正しくぺこりと頭を下げて、カンパニュラはジネットに続いて階段を下りていく。

 

「ほな、内緒の話をしに行きまひょか」

 

 軽い口調で言うレジーナだったが、ちらっと見えた横顔はやりきれないような物悲しさが浮かんで見えた。

 中庭から聞こえるジネットたちの声を背に、俺たちは俺の部屋へと入った。

 

「結論から言うと、あの幼女はんの体調不良の原因は毒物や」

 

 隣でエステラが息を呑む。

 話を聞くため、レジーナには作業机の前の椅子に、俺が長持ちに、エステラがベッドに座っている。

 ……いや、エステラが真っ先にベッドに座りやがったんだよ。

 長持ちは尻が痛いんだとよ。贅沢な尻だな、お貴族様は。

 

「毒物……を、盛られたのかい?」

「本人に直接聞いたわけやないから推測になるけど……おそらく、せやろな」

 

 レジーナはカバンから一つの木箱を取り出す。

 ふとした拍子に蓋が空いて中身をぶちまけないように、厳重に封がなされた木箱。

 レジーナの小さな手で握れるくらいの小さな箱だが、作りがしっかりしているせいか随分と高級そうに見える。

 

「これな、相手の顔に向かって振りかけたら全身がしびれて指一本動かせへんようになる猛毒やねん」

「怖っ!? お前、何持ち歩いてんの!?」

「いや、ここに来る時は何があるか分からへんから、携帯しとかなぁ~思ぅてな」

 

 と、自身の胸元に毒薬入り木箱をふよふよと彷徨わせる。

 護身用とでも言うつもりか……恐ろしい。

 

「それは、すぐに取り出せるものなのかい? 随分と頑丈そうだけど」

「まぁ、簡単にはいかへんね。ほんまに危険なもんやさかい」

「いざという時に使えなきゃ、意味がないんじゃないのかい?」

「せやねんけど、そんな『いざ』はないに越したことないさかいなぁ」

 

 いつでも使えるようにするのではなく、使わなくて済めばいいと事故防止を優先させる。

 そこにはもしかしたら、レジーナの願いが込められているのかもしれない。

 

「そんな危険な毒物も売ってるんだな、お前んとこは」

「売ってへんわ、アホやな」

 

 毒の木箱を厳重にしまい込み、レジーナが軽い口調で、けれど真剣な声で言う。

 

「ウチの店に置いてあるんは、誰かを助けるための薬だけや。誰かを苦しめるための薬なんか、粉一粒かて売ったらへん」

 

 それは、レジーナなりのポリシーなのだろう。

 だが、痴漢撃退用程度ならいいんじゃないかと思うが……

 

「バオクリエアでは、護身用や~言ぅて大通りでも売っとったわ。……けど、実際は強盗に誘拐に暗殺に――ろくな使われ方しとらんかった」

 

 それは日本でも同じだ。

 身を守る術は、悪用すれば相手を押さえつける凶器になる。

 難しいよな、その辺は。

 

「で、お前はそんな危険な毒物を密輸してんのか?」

「失敬な。禁輸されてへんもんを合法的にぅとるだけや」

 

 ぷくっとむくれるレジーナ。

 まぁ、レジーナはそういう身を守る術をしっかりしておかないといけないような人物だったんだろうな、バオクリエアでは。

 四十二区では、むしろ護身用の道具を使われる変質者ポジションだけどな。

 

「それじゃあ、もしかしてカンパニュラに使用されたのも、それと同じ毒薬だったのかい?」

「いや、これとは別物やと思うわ。これは即効性の毒やさかい」

 

 声を潜め、レジーナが自身の推論を語る。

 

「おそらく、あの幼女はんに使用されたんは遅効性の毒や。体内に入り込んだ後、時間をかけて、徐々に徐々に血管をかとぉしてしまう毒やと思うわ」

 

 血管を硬化させる……それが、カンパニュラの極端な末端冷え性の原因か。

 

「さっき診察したところ、解毒薬が効いて症状は抑えられとった」

「レジーナに出会ったのが早かったから助かったんだね」

「ホンマは、そんな毒を盛られる前になんとかしたるんがベストなんやけどね」

 

 それは、言っても仕方ないことだ。

 すべての悪意を事前に防ぐなんて、出来るはずがない。

 処置が間に合い、命が助かったなら、それは喜ぶべきことだ。

 

「鼓動も安定しとったし、脈拍も、若干弱かったけどまぁ問題ない範囲やった」

 

 それでカンパニュラに「胸を見せろ」って言ってたのか。

 印象って大事だよなぁ。レジーナが言えば変質者にしか見えないんだもん。

 うん、俺は気を付けよう。俺『は』。

 

「まぁ、ちょこっと後遺症が残ってもぅとるみたいやさかい、今後の経過が気になるけどな」

「それなら大丈夫だよ。ね、ヤシロ?」

「あのな……」

 

 毒のせいだなんて思ってなかったから、普通の冷え性解消のためのマッサージをしてやるつもりだっただけだぞ、俺は。

 それでうまくいくかどうか、俺には判断できん。

 

「末端冷え性の改善に効果があるもん知っとるんやったら、それをやったってんか。あとは、毎日ウチんとこに来て、経過を見せてくれたら、必要な薬を用意したるさかい」

「毎日お前のところに行くのかよ……」

「なんやのん? 遠いからって文句言いなや。若いねんから、歩き歩きぃ!」

「いや、歩くのはいいんだが、毎日お前の顔を見ると、こう、胸がな……」

「ドキドキしてまうて?」

「むかむかしてくる」

「ウチ、そんなこってりした顔しとるかなぁ?」

 

 顔はともかく、お前は会う度に毒電波を浴びせてくるからな。

 

「ヤシロはいいとして、カンパニュラを歩かせるにはちょっと遠いかもね。毎日となるとなおさら」

 

 西側に位置する陽だまり亭と、東側のはずれに建つレジーナの店は地味に遠い。

 大人の足ならまだしも、ガキにはきついかもしれない。まして、運動が苦手だというカンパニュラならなおのこと。

 

「しゃあないなぁ。ほなら、ウチが毎日陽だまり亭に来たるわ」

「「えっ!? 死なない!?」」

「自分ら、ほんま仲えぇなぁ。毒薬撒いたろかな、ホンマ」

 

 一度しまった毒薬をわざわざ取り出して握りしめるレジーナ。

 やだ、身動き取れなくなったらイタズラされちゃうっ。

 

「でも、即効性の毒じゃなくてよかったね」

「まぁ、よかったちゅうか……その方が都合がよかったんやろうね」

 

 エステラの楽観的な発想を、レジーナが沼の水を飲まされたような顔で否定する。

 

「遅効性の毒やったら、いつ毒が盛られたか分からへんさかい、容疑者から外れるのは容易やしな」

 

 毒を盛り、さっさと自宅へ戻り、二~三日後に犠牲者が出ても素知らぬ顔を貫けるということか。

 

「一年~二年かけて、じわじわと体を蝕んでいく毒や。最悪の事態になってても、犯人を見つけるなんて不可能やったやろうね」

 

 なるほどね。

 レジーナがみんなの前で発言を控えた理由が分かった。

 一目見て分かるくらいにカンパニュラを大事に思っていたあいつらの前でこんな話をしたら、怒りが暴走し暴動に発展していたかもしれない。

 

「きちんと治したってな。ウチかて、出来る限りのことは、なんでもするさかい」

「随分と親身じゃねぇか」

「やっぱり、レジーナも可愛い女の子には親切になるんだね」

「まぁ、可愛いっちゅうんはその通りなんやけど――」

 

 一つ呼吸を落として、レジーナは呟いた。

 

 

「その遅効性の毒薬、おそらくバオクリエアから持ち込まれた禁輸品やさかいな」

 

 

 禁輸品がどのような経緯でこのオールブルームに持ち込まれたのかは知らんが、その言葉は、俺たちになんとも嫌な感情を植え付けた。

 しばらくは、今の話は俺たちの中だけにとどめておこうという話をして、密談は終了した。

 

 

 

 

 

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