年が明け、早々に三十五区への出張が遂行された。
こちらとしても、通常営業もあるし、港の建設も控えているしで何かと多忙なのだ。
やらなければいけない厄介事はさっさと済ませてしまうに限る。
そんなわけで、招きたいなら新年早々にしろと言っておいたところ年明け二日目に出発することになった。三十五区で一泊して、帰ってくるのは三日目の午後だ。
「さすがにウーマロは見飽きたなぁ……」
「確かに、ここ最近お泊まりさせてもらったりでずっと一緒ッスけど、飽きないでほしいッス!」
「ウーマロの帯同は、ルシアさんからの要請だからね。拒否権はないんだよ」
「まぁまぁ、ヤシロさん。大勢の方が楽しいじゃないですか」
「そうですよ、お兄ちゃん。あたしはウーマロさんと一緒で楽しいですよ!」
「……マグダも、一緒は楽しい」
「むはぁああ! マグダたんが楽しいって言ってくれたッス! オイラ感激ッス! 来てよかったッス!」
「ちょーっと、ウーマロさん! あたしも同じ事言ったですよ!? むしろ、あたしの方が先に言ったですのに! そーゆーとこ、ちょいちょい感じ悪いですよ!?」
「アウトオブの、眼中やー!」
「うるさいですよ、ハム摩呂!」
「はむまろ?」
がらがらと屋台を曳き、賑やかに三十五区を目指す一行。
メンバーは俺、ジネット、マグダにロレッタの陽だまり亭一行と、見届け人のエステラとナタリア、そしてルシアの強い要望でウーマロとハム摩呂だ。
ミリィについては「新年は何かと多忙であろう。今回は涙を呑んで我慢する。だから次に行った時には全力ではすはす――」とかなんとか手紙に書かれていたのでさっさと破り捨てておいた。そのせいで後半に何が書かれていたのか確認してないが、まぁ問題ないだろう。
新年が多忙なのは陽だまり亭も一緒だっつーの。
「あー! 屋台ー!」
道中、通過する区の領民に見つかり、何度かガキどもに取り囲まれたりした。
結婚式のパレード以降、この近辺のガキどもにとって『屋台=楽しいお店』という認識が根付いているようだ。
祭りの出店を見かけると無条件でわくわくするあの感覚に似ているのだろう。
駆け寄ってくるガキどもはどいつもこいつもきらきらした顔をしている。
「この先の広場で三十分だけ店を開けるから、大急ぎで親を呼んでこい」
「「「うんー!」」」
ガキどもが全力で方々へ散っていく。
口々に「屋台が来たよー!」などと叫びつつ。
「三十六区でも『一儲け』できそうですね」
ご満悦なにこにこフェイスでそんなことを言うジネット。
『一儲け』なんて言葉を使いながらも、『ヤシロさんってば、子供たちには優しいんですから』みたいな顔でこちらを見てくる。
俺が望んでやっているわけじゃねぇわ。
四十一区でガキどもに群がられた時にお前が「少しだけお店を開くわけにはいかないでしょうか?」みたいなことを言い出したからこうなってんだろうが。
エステラもジネットがそうなるのを見越していたようで、わざわざ事前に各区の領主に広場での移動販売の許可を取り付けていやがったし。
お前らが売る気満々で、俺は付き合わされてるだけだっての。
「だからヤシロさん、餅つきの時あんなにたくさんのストックを作らせてたんッスね」
「お兄ちゃん、出張が決まった日から子供たちが喜ぶ料理を考えてたです」
「……ヤシロの子煩悩は、血の繋がりや住んでいる区をも凌駕する」
こらこらこら。
勝手なストーリーを作り上げるな。捏造だぞ、それは。
俺はただ、教会のガキどもが嬉しがって餅を搗きまくるだろうから、大量生産される餅をいかに無駄なく消費するかを考えていただけでだな、別に他所の区の見たこともないようなガキのことなんか微塵も考えてなかっ…………えぇい、全員揃ってこっちを見るな! によによするな!
「ほら、さっさと開店準備。今日は日が出ているウチに三十五区に着くんだからな」
「はい」
前回は屋台販売を広めようと各区でそれなりに時間を割いて販売を行っていた。
そのせいで、三十五区に到着した時には夜になってしまっていたのだが、今回は日のあるうちに着いてさっさと餅つきをしてしまう予定だ。
なにせジネットは、明日四十二区に帰ったらそのまま陽だまり亭をオープンさせるつもりらしいからな。
時間と消費体力の節約は必須なのだ。
「さぁさぁ、メニューは二つですけど、どちらも絶品のお餅料理ですよー!」
「……セットで買うのが粋というもの」
「是非召し上がってくださ~い!」
陽だまり亭三人娘の声が広場に響く。
メニューは、餅にきなことこしあんをまぶした安倍川餅と、一口サイズの醤油味&塩味のオカキセットの二点だ。餅とオカキ、それぞれが二種の味を楽しめるセットになっている。それをセットで買えば四種類楽しめる。まぁ、お得!
群がる人々をナタリアが粛々と整列させてくれるおかげで、どこの区に行っても大きな混乱もトラブルも起こらず販売が出来る。
あ、領主が見に来てる。
三十六区の領主も、四十二区の港建設に大手を振って大賛成ってわけではないんだよなぁ。
少なからず収益が落ちるんじゃないかと危惧している部分がある。
そんな不安から視察に来たのかもしれない。
「エステラ、行くぞ」
「うん。三十七区でも三十八区でもいい反応だったし、ここの領主にも喜んでもらえるんじゃないかな?」
四十二区に港が出来ることで、少なからず影響を受けそうな区には、特別に新しいレシピを提供してやることになっている。
エステラが勝手に決めやがったのだ。まったく……未知のレシピがどれだけ金になるのか、こいつは理解しているのかねぇ。嘆かわしい。
「ありがとうね、ヤシロ。このレシピがあれば、外周区からは不満は出ないだろう。君の提案のおかげだよ」
「俺に善人キャラを押しつけるな」
「はいはい。『ちょっかいをかけてきそうな煩わしい領主どもを黙らせるための方策』だっけ? どちらにせよ、ボクは大助かりだよ」
アホたれ。
三十区の領主みたいにくだらないことでゴネられて港の完成が遅れれば、その分海の幸が遠退いてうま味が逃げていくからこそ持ちかけた提案だ。
お前が助かるとか、そんなもんは俺の知ったこっちゃない。
「港が無事完成したら、何か奢るよ。楽しみにしててね」
「じゃあ、シルクのパンツで頼む」
「分かった。新品を買ってプレゼントしよう」
「お前はふざけてるのか?」
「こっちのセリフだよ」
脇腹に軽い一撃をもらう。くすぐったいわ。
「相変わらず仲がよろしいですなぁ、お二人は。微笑ましい限りだ」
「お? 宣戦布告か?」
「とんでもない! そんな意図はありませんぞ! 分かってくださいますよね、微笑みの領主殿」
「ならその呼び方を改めてくださいますか?」
この付近の領主の間では、すっかりと『微笑みの領主』が定着し、……ついでに俺とエステラの仲が非常に良好であるなんて噂も定着してしまっている。
中には、俺たちを見て「これで外周区は安泰ですなぁ」なんてほざいた領主もいた。
鼻毛を抜いてやったけどな。四本いっぺんに。
ここの領主もによによした顔で俺たちを見ていやがる。
さっさとモノを渡してずらかるとしよう。
「新しい海産物のレシピと、こっちが現物だ」
「えっ!? えっ!?」
「港の建設にご助力いただいたお礼です、お納めください」
「よ、よろしいのか?」
三十六区の領主は比較的大人しそうなオッサンで、「あぁ、長年ルシアに睨まれながら生きながらえてきたんだろうなぁ」って苦労が顔ににじみ出している。
けれど、抜け目ない部分もしっかりと持っていて、利益に対する嗅覚は大したものだ。
「とりあえず、お一つどうぞ」
「で、では、失礼して…………美味いっ! こ、これは、一体なんですかな!? ほのかにエビの味がしましたが!」
「すみません、詳しくお話ししている時間はないのです。ルシアさんに教えておきますので、詳細は後日近隣区の領主たちと時間を合わせて説明を聞いてください」
ぐいぐい詰め寄ってくる三十六区領主。
ここまで結構同じ反応だったから、エステラもさっさと逃亡体勢に入っている。
ここできっぱりと断っておかないと、領主の館に連れて行かれて「まぁまぁ、ゆっくり寛いでじっくりお話を……おぉ、そうだ! なんでしたら泊まっていかれてはいかがですかな? 我が区の特産品でおもてなし致しますぞ!」となりかねない。……つか、そうなりかけて逃げ出してきているのだ。
そんな何泊も出来るか。
新商品とレシピだけを渡し、実際試作してみて、その上でルシアからレクチャーを受けてくれ。
こうしてルシアを立てておけば、この近辺の領主をうまくまとめ上げてくれるだろう。
「むぅ……またミズ・スアレスに教わるのか。たまには逆の立場にも立ちたいものですなぁ」
そんな物欲しそうな目で見てもダメだ。
四十二区にとっては、お前らの機嫌がよくなることよりも、ルシアのヘソが曲がるのを阻止する方が大事だからな。
面倒くさいんだよ、ルシアが拗ねると。
それを回避するためなら、俺たちは笑顔でお前らを犠牲にする。
なにせ、俺、まだお前らの名前覚えてないし!
ルシアWith近隣領主~ズで十分だ、こいつらなんて。
「ヤシロさ~ん! 完売で~す!」
ジネットが屋台の前で手を振っている。
その周りには、嬉しそうな顔で餅を頬張る客連中がいる。
道中の移動販売は問題なく終わり、俺たちはいよいよ本丸、三十五区へと足を踏み入れた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!