異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

348話 青天の日 -4-

公開日時: 2022年4月8日(金) 20:01
文字数:4,579

「ヤーくん! あのようなことをしてはイケナイのですよ! むぅむぅ!」

「むーむー!」

 

 カンパニュラに加え、テレサにも怒られる俺、in三十五区。

 絶対俺悪くないのに。

 

「あぁでもしなきゃ、俺は死んでたぞ」

「それは困ります。ルシア様も、限度というものを学んでくださいね、むぅ!」

「う、うむ……」

 

 いつもなら「なんだこの可愛い生き物は!? もらって帰る!」とか、暴走しそうなルシアが、今は真ぁ~っ赤な顔でしおらしく俯いている。

 ……俺は悪くない、はず、たぶん。

 

「ヤシロ。港に関するミーティングは四日後に延期しておくね」

「随分と長い期間俺が懺悔室に閉じ込められる前提でスケジュール組むのやめてくんない?」

 

 絶対こもらないから!

 ベルティーナとジネットが敵対しても、俺は自分の正当性を主張する!

 それでも俺は、やってない!

 いや、ぺろりんちょはしたんだけども!

 

「……まぁ、今回のことは、私の行き過ぎた悪ふざけが原因ともいえる……不問にするから、もうこの案件で騒ぐでない…………頼む」

 

 ルシアが自らの非を認めた!?

 なんかちっちゃくなってまるまってる!?

 

「まぁ、いささかはしゃぎ過ぎではありましたよね」

「出来ない、申し開きは、ルシア様も、給仕長たる私も」

 

 ナタリアとギルベルタも、今回の事件はルシア有責だと判断したようだ。

 

「まぁ、あの追い詰められた限界の状況でぺろりんちょが発生するヤシロ様は、『さすが』という他ありませんが」

「普通は出来ない、あの限界の場面では」

 

 ……なんか、俺も地味に責められてる気がする。

 ま、まぁ?

 も~ぅちょっと、他の方法もなくはなかったかもしれないかなぁ~ってくらいには?

 まぁ、うん…………

 

「……なんか、ごめん」

「カタクチイワシが謝った!?」

「なんか、俺が悪かったみたいだし……」

「いやいや! あの場面では私の方が不適切な行為を行っていた!」

「もうちょっと、別の方法もあったかなぁ~って……」

「命に係わる事態だ! 常に最適解を出せる人間などはおらぬ! 気にするな!」

「なんかルシアが優しい!?」

「貴様の方こそ、らしくもなくしおらしくするでない!」

「では、お二人とも十分に反省をしたということで、握手で仲直りをいたしましょう」

「「いや、それはどうだろう?」」

「しなよ、握手!」

 

 カンパニュラがにこにこと事態を丸く収めようと提案してくれたわけだが、ルシアと握手……なんか、ルシアと同類認定されるみたいで、ちょっと、イヤ? みたいな?

 なのに、エステラが強引に俺とルシアの手を握らせる。

 お前、他区の領主と自区の領民になんちゅう横暴を。

 権利の剥奪だぞ、これは。

 

「カンパニュラみたいな小さい娘に気を遣わせないように」

「カンパニュラが小さいって……お前も大差ねぇじゃねぇかよ」

「胸の話なんかしていない!」

「確かに、ヤシロ様は一言も『胸が』とはおっしゃっていませんでした」

「なのに、認めた、自分で、微笑みの領主様は。きっとある、自覚が」

「むぅわぁあ! なんかギルベルタがナタリアに似てきてちょっとヤダー!」

 

 各方面の給仕長に影響を与える女、ナタリア。

 あいつ、区外への外出禁止にした方がいいんじゃないか?

 とりあえず、テレサは近付かせないようにしておこう。

 

「おやおや、随分と賑やかだね」

 

 俺とルシアのわだかまりが解け、エステラが一人でむきゃむきゃ騒いでいるところへ、頼んでおいた面々がぞろぞろとやって来た。

 

 オルキオにシラハ。

 そして、ルピナスとその夫、タイタだ。

 

「お招きにあずかり光栄ですわ、ルシア様」

「よく来てくれたシラハ。今日も美しいな」

「あら、お上手ですこと。うふふ」

 

 シラハを迎え、笑顔で言葉を交わすルシア。

 そうしていると、なんだか貴族のように見えるぞ。

 まぁ、ルシアは貴族なんだけど。

 

「オルキオ」

「はい」

「デミれ」

「ちょっとルシアさん、シラハさんとラブラブなオルキオが妬ましいのは分かりますが、今の発言はオジ様にも失礼が及んでいますよ!」

 

 ルシアの無礼発言に噛みつくエステラ。

 実に賑やかで騒がしく、どう見ても貴族には見えない。

 おかしい。二人とも貴族のはずなのに。

 

「お招きいただきありがとうございます、ルシア様。そして、再びお目にかかれて光栄に存じます、エステラ様」

「やめてください、ルピナスさん。ボクはカンパニュラの友人ですよ」

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ、エステラ。カンパニュラ、素敵なお友達がたくさん出来たのね」

「はい、母様。四十二区では素敵な出会いにたくさん恵まれました。四十二区へのホームステイを許してくださったこと、心より感謝いたします、父様、母様」

「あぁっ! ウチの娘、可愛い!」

「ウチの嫁と娘がナンバーワンだ!」

 

 貴族から川漁ギルドのオッカサンにコロっと態度を変えるルピナス。

 それでも、さすがはカンパニュラの母親だ。どんなにふざけた格好をしていても、どことなく気品を纏っている。

 

 タイタも、久しぶりに会う我が子を抱きしめている。

 

「つ、通報を……!」

「落ち着いてヤシロ! 確かに、あまりに陽だまり亭に馴染み過ぎてて、ちょっと『ん!?』って思っちゃった部分はあるけども! 実父だから!」

 

 どこの誰だかよく分からないオッサンがカンパニュラに抱きついて、思わず通報しかけてしまった。

 この気持ち、エステラは分かってくれるらしい。

 

「さて、愛娘との再会も済ませたし――」

 

 言って、ルピナスが背筋をすっと伸ばす。

 それは、あまりにも美しく、一瞬息をするのも忘れるほどの気品を纏っていた。

 

「オルキオ先生、シラハ様。ご無沙汰しておりました。ご健勝そうで何よりでございます」

 

 一分の無駄もないような美しいお辞儀。

 ルシアのような力強さや、マーゥルのような如才なさとは異なる、奥ゆかしさを感じさせる貴族の振るまい。

 おのれの立場を理解し、目上の者を立てる。それでいて、おのれという存在をしっかりと確立している。

 

 ルピナスのこの立ち居振る舞いは、今目の前にいる二人に対し、心からの敬意が込められているとはっきり分かる。

 

 オルキオとシラハは、ルピナスにとって間違いなく特別な人間だったのだ。

 言葉ではなく纏う空気で、それが分かった。

 

「私も会えて嬉しいよ、ルピナス。……本当に、美しくなったね」

「さぁ、お顔を上げてくださいませ、ルピナス様。私、もっとあなたのお顔を拝見したいわ」

「はい」

 

 まるで少女のような声で返事をし、ルピナスが顔を上げる。

 

「……母様」

 

 俺のそばでカンパニュラが呟いた。

 驚いたのだろう。

 

 顔を上げたルピナスは、涙を流していた。

 鼻や瞳を赤く染めることなく、静かに、美しく涙の雫が頬を伝い落ちていった。

 

「お二人には、きちんと謝罪をしたかった……でも、なんと言えばよいのか、私には分かりませんでした」

 

 オルキオとシラハは同時に歩き出し、二人で挟み込むようにルピナスをその腕に抱く。

 オルキオのしわだらけの手が、美しいルピナスの髪をそっと撫でる。

 

「あぁ、ルピナス。そんな顔をしないでおくれ」

「そうよ。あなたは何も悪くないわ。むしろ、あなたのおかげで、私たちは救われたのよ」

 

 シラハは真っ白なハンカチを取り出し、ルピナスの頬を塗らす涙を拭いてやる。

 

「……はい。そのお言葉……ありがたく、頂戴いたします」

 

 ウィシャート家が引き裂いた二人の仲を、ルピナスが謝罪する。

 ルピナスに責任はない。だが、そもそも、オルキオに取り入るために三十五区へ送られたのがルピナスだ。

 

 やはり、思うところがあるのだろう。

 

「それよりも、私たちのせいで君まで貴族をやめてしまって……申し訳ないと思っていたのだよ」

「それには及びませんわ、オルキオ先生」

 

 シラハに涙を拭かれ、ルピナスがにこりと微笑む。

 オルキオに頭を撫でられ、恋する少女のような無垢な表情で。

 

「だって、そのおかげで、私は最愛の夫と最愛の娘に恵まれましたもの」

 

 そして、カンパニュラの方を振り返り「おいで」と手招きをする。

 カンパニュラが駆け出し、タイタもそれに続く。

 

「いつか、挨拶に行きたいと思ってたんだ。だが、カーチャンが……あ、いや、妻が止めるから――」

「当たり前だろう? あんたみたいな乱暴者、オルキオ先生とシラハ様に会わせられるもんかい」

「なんでだよぉ!? オレだってなぁ、やる時はやるんだぜ? なぁ?」

 

 と、なぜか初対面のオルキオに同意を求めるタイタ。

 うん。なんか、デリアを見ているみたいだ。

 オルキオ、「いや、知らんがな!」って言っていいと思うぞ。

 

「申し訳ありません、オルキオ先生。うちの人、根はいい人なんですが、オツムが少々足りないんです」

「がははっ、いい人だなんて、人前であんま褒めるなよ、カーチャン!」

 

 おぉう……

 これはきっとあれだな、デリア父の教育方針が大きく間違っていたんだろうな。

 デリアが量産されている。

 

 ダメだな、デリア父は。

 デリア乳は最高なのに。

 

「あのね、ルピナス様。折角こうして再会できたのですから、私、また昔のように仲良くしていただきたいわ」

「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いしたいと思っていたところです」

「じゃあ、決まりね」

「はい。決めましょう」

 

 ぽんっと、互いの両手を重ね笑みを交わすシラハとルピナス。

 仲が悪そうには見えない。

 それでも、やはりまだどこか硬い感じがする。

 互いが互いに気を遣っているのをひしひしと感じる。

 

 まぁ、仕方がない部分はある。

 シラハの方が年上ではあるが、ルピナスの方がかつての位は高かった。

 今では貴族ではなくなっているので、そういう上下関係はないのだが、やはり最初の関係というものは抜けきらないものなのだろう。

 

「まぁ、オバチャン同士仲良くしてれば、そのうち以前よりいい関係になれるだろう」

 

 気を利かせてそう言えば、手を取り合ったオバチャン二人が、まったく同時にこちらへ笑顔を向けた。

 めっちゃ怖い笑顔を!

 

「ヤーくん?」

「口は、災いの元よ?」

 

 ルピナス怖っ!?

 で、シラハも怖っ!?

 

 いや、オバチャンだろう、お前らは誰がどう見ても!

 そこは認めろよ!

 

「ヤーくん、めっ、ですよ」

「めー!」

 

 カンパニュラとテレサにも怒られてしまった。

 ちっ、難しいお年頃がずーっと続くんだな、女子ってのは。

 

「あら、テレサちゃん」

「かにぱんしゃのおかーしゃ!」

「カンパニュラと仲良くしてくれているのね」

「うん!」

 

 テレサも懐いとるな。

 

「わざわざこんな小さな子まで連れてきて……それで、私たちを一度に呼んだということは――決めたのね?」

 

 先ほどまでの涙の影も見せず、ルピナスが涼やかな目で俺を見る。

 オルキオとシラハも、何かを感じ取っているような表情で俺を見ている。

 タイタは……ん~……どーかなー?

 

「トーチャンには私が話してあるわ」

 

 ルピナスから説明済みらしい。

 じゃあまぁ、知ってるものとして話を進めよう。

 理解しているかは別として。

 

「それじゃあ、薄々感づいているんだろうが、俺の口からはっきりと宣言しておく」

 

 

 これから、とんでもない渦中に巻き込まれることになるこいつらに。

 俺たちの都合で引きずり込んでしまうことになる彼ら、彼女たちに。

 最大限の敬意と誠意を込めて。

 

 

 

「デイグレア・ウィシャートを見過ごすことは出来ないと判断した」

 

 

 

 だから、ウィシャートは潰す。

 

 

 デイグレア・ウィシャートと、それに阿る腐ったウィシャート一族を。

 完全に領主の座から排除する。

 

 そして――

 

 

 

「カンパニュラに、三十区の領主になってもらう」

 

 

 

 それが、俺と四十二区が出した答えだ。

 

 

 

 

 

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