異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

381話 みんなで体験 -3-

公開日時: 2022年8月19日(金) 20:01
文字数:3,695

 太陽が天辺に差し掛かるころ、運動場には大勢の人が押し寄せていた。

 ……集まり過ぎだ、このお祭り大好き民族どもめ。

 

「ヤシロ」

 

 真夜中に三十一区から戻り、わずかばかりの睡眠をとって、今日も朝から働き詰めだったとは思えないくらいに明るい顔で、エステラが駆けてくる。

 

「分けろ、その体力」

「こっちもギリギリだよ。講習会の後、丸二日は休暇が欲しいくらいさ」

「そっからがお前の本番だろうに」

 

 地獄のような書類仕事がお前を待ってるぞ。

 

「誰か、ボクにご褒美をくれないかな……」

「しょうがねぇな。ナタリアとお揃いになるが、特製ハンドクリームをやろう」

「ホント!? やった!」

 

 小さなご褒美で盛大に喜ぶ。

 こういうところが本当にエステラっぽい。

 安いなぁ、お前は。

 

「そのハンドクリームとやらは、当然、エステラと同じだけ働いている私にも献上されるのであろうな、カタクチイワシ?」

「わぁ、貴族が平民から物を巻き上げようとしてる~」

「私に貢物をする栄誉をくれてやろうというのだ。ありがたく受けておけ」

 

 ふふんと胸を反らすルシアだが、さすがに疲れが顔に出ている。

 館どころか三十五区にも戻れず、ずっと働き詰めだからな。

 まぁ、ハンドクリームくらいくれてやるさ。

 

「それから、アトラクションの優先権を所望する」

「優先権って……開会の挨拶が済んだら真っ先に入ってこいよ。エステラんとこの給仕が親切に案内してくれるだろうよ」

「あぁ、そうそう。それなんだけどさぁ」

 

 給仕の話が出たところで、エステラの表情が曇る。

 

「ウチの給仕たちから、ラーメン講習会の後十日間の休暇申請が出されててさ……二十人ほど」

「なんだ? そんなに疲れてんのか?」

「いや、アトラクションの運営に集中したいって」

 

 講習会が終われば、エステラは通常業務に戻る。

 そうすれば、給仕は館から出ることが出来なくなる。

 

 なので、アトラクションは講習会の期間までで、二~三日の稼働だろうと思っていたのだが……あいつら、めっちゃやりたがってるな。

 

「これ、却下すると離職者が増えそうな雰囲気なんだけど……」

 

 ジトッとした目で俺を見るエステラ。

 そんな目で見んな。

 俺のせいじゃねぇよ。……たぶん。

 

「じゃあ、その間陽だまり亭に泊まったらどうだ? その途中でカンパニュラがデリアの家に引っ越すことになるだろうし、お前がいてくれりゃ、ジネットの寂しさも多少は紛れるだろう」

「一番寂しがってるのは君なんじゃないのかい? 随分と可愛がっているからね。まるで我が子のようにさ」

 

 くすくすと笑い、俺の胸を小突いてくるエステラ。

 そこまで可愛がってねぇわ。

 つーか、カンパニュラくらいの年齢の子供がいるような年齢じゃねぇっつの。……中身は十分オッサンだけど。

 

 しかし小憎たらしい顔をしやがる。

 そういうヤツには、お灸を据えねばな。

 

「だったら、俺の寂しさをお前が埋めてくれるのか?」

「ふぇっ!?」

「特に、……夜が静かで耐えられそうにないんだ」

「ちょぉおおーい! 冗談が過ぎるよっ、もう!」

 

 エステラの前髪をさらりと撫でると、その手を払われた。

 さすがに冗談だと分かったか。

 

「君が寂しくないように、夜通しこんこんと説教してあげるよ、まったく!」

 

 髪と同じくらいに顔を赤く染め、こちらに背を向けつつチラチラと睨んでくるエステラ。

 文句を言いたいのに恥ずかしくて顔が見られないのか。そーかそーか。中学生みたいなヤツだな、お前は。思春期め。

 

「公衆の面前で昼日中から堂々といちゃつくな、カタクチイワシ。エステラも、おのれの立場を弁えよ……まったく。外聞という言葉を知らぬのか」

 

 ルシアが呆れたように息を吐く。

 なので――

 

「「どの口が言う」んですか……」

 

 お前にだけは言われたくないと、しっかり伝えておく。

 外聞って言葉をドブに捨ててきた女が、他人様に呆れてんじゃねぇよ。

 

「それじゃあ、ヤシロ。アトラクションの説明をしつつ、一緒に入ってくれるかい?」

「なんで俺が?」

「君の説明を聞きながらの方が、アトラクションを最大限楽しめるだろう?」

「他区の領主がわざわざ来てやっているのだ、最大限もてなせ、カタクチイワシ」

 

 領主二人がずいずいと詰め寄ってくる。

 こいつらと二人でお化け屋敷に……

 

「きゃー、怖ぁーい!」

 左右から両方の腕にしがみつきー!

 むぎゅー……むぎゅ? む…………無乳。

 

「お前ら二人で入ってこいよ」

「その表情の意味するところを、詳しく説明してもらおうじゃないか」

「エステラと同列で語るなといつも言っておるではないか!」

「同列ですよ、ルシアさん!?」

 

 わぁ、エステラってば図々しい。

 

 そもそも、むぎゅーもなしに、あんな恐ろしい場所に入れるか。

 むぎゅーがあってもキツかったのに。

 

 ミラーハウスにしても、エステラはズボンだし、ルシアは超ロングスカートだし。

 楽しくない!

 

「それぞれの給仕と一緒に入ってこい」

「えぇ~、一緒に行ってくれてもいいじゃないかぁ」

 

 俺の腕を掴んでいやいやと体を揺するエステラ。

 子供か!?

 

「エステラ様」

 

 ほ~ら、ナタリアに叱られた。

 ……と、思ったら、そこに立っていたのはシェイラだった。

 

「そのような態度は『私は彼にぞっこんです』と民衆に宣言しているのと同義ですが、自覚はありますか?」

「そ、そんなつもりはないよ!?」

「でしょうね。いつも申し上げておりますが、エステラ様は行動の一つ一つが迂闊でずさんで横着なのです。貴族の令嬢たる自覚というものをもっとしっかりと持っていただかねば困ります。先日だって――」

「あぁ~もう! 分かったよ! ナタリアと入ればいいんだろぅ!?」

「そういうことではありません! なぜ叱られているのかという根本を理解してくださいませ! 先代がいたころは――」

「もう、シェイラは話が長いんだよぉ!」

 

 あぁ、確かに口うるさそうだな、これは、

 

「ヤシロ様」

 

 エステラがシェイラに小言を言われている間に、ナタリアが俺に話しかけてくる。

 

「昨夜ヤシロ様との接触に許可を出し、昨日の今日でシェイラたちが私の命令よりヤシロ様を優先させるようになっているのですが……なに仕出かしてくれてるんですか?」

「俺のせいじゃねぇよ」

 

 よっぽどお化け屋敷の裏方が楽しかったんだろうよ。

 仕出かしたとか言うな、人聞きの悪い。

 

「『お化け屋敷に入れ、入れ』と、随分面倒くさく絡まれました」

「フリーダムな職場だな、お前んとこは」

 

 給仕長を見習ってんじゃねぇの?

 ならお前の責任だろ、放蕩給仕長。

 

「どんな襲撃があろうと、的確に破壊してみせます」

「壊すなよ。マジで壊すなよ?」

「おぉ、これがロレッタさんの言っていた『フリ』というヤツですね」

「違うから! お前、壊したら徹夜で修理させるからな、マジで!?」

 

 明日には三十一区に持ち込んで披露するんだから、絶対壊すなよ!?

 ……えぇい、言えば言うほど『フリ』っぽくなる!

 

「ヤシロさん。こちらも準備できました」

「……抜かりはない」

「準備万端、バッチグーです!」

 

 陽だまり亭三人娘が、自信に満ちた笑みを浮かべている。

 

 人が集まるところに出店あり。

 苦労したのだから、きっちりと儲けさせていただきます!

 

 というわけで、陽だまり亭二号店&七号店も準備万端だ。

 明日行われる講習会で教える予定の料理が並んでいる。

 ラーメンに餃子、お好み焼きにタコ焼き、そしてケーキ各種。

 今日は日中のみのイベントなので、パウラも陽だまり亭を手伝ってくれる。

 ……というか、ネフェリーと二人でまたスフレホットケーキ係だ。

 

「パウラもネフェリーも、よろしく頼むな」

「任せといて! あ、でも、お店やる前にアトラクションもやってみたい!」

「そうそう。販売員特権っていうことで。ね、いいでしょ、ヤシロ?」

 

 パウラとネフェリーが可愛くおねだりしてくる。

 

 そうかそうか。

 そんなにお化け屋敷に入りたいか……ふっふっふっ。

 

「マグダ、ロレッタ。二人をお見送りしろ」

「……分かった」

「何も知らないって、幸せですね……」

 

 にやりと不気味な笑みを浮かべ、マグダとロレッタが二人を手招きする。

 

「あの、……お気を付けください」

 

 カンパニュラがパウラたちに注意を呼びかける。

 が、まぁ、届かないだろう。

 経験して、初めて知るのだ。本当の恐怖というものを。

 

「パウラ、悪いがテレサも一緒に連れて行ってやってくれるか?」

「うん。いいよ。おいで、テレサ」

「ぁい! おばけ、こぁいよ!」

「うふふ、そうね。テレサちゃん、平気?」

「うん!」

 

 子供が楽しんでいるな~、微笑ましいな~、なんて顔のネフェリー。

 その余裕がいつまで続くかな?

 

「それじゃあ、ボクたちも早く見てみたいし、始めちゃおうか」

「じゃあ、開会宣言してこいよ」

「みんな~、始めるよ~!」

「雑っ!?」

「いいじゃないか。四十二区のみんなは、もう慣れてるんだしさ」

 

 遊びたい気持ちが前に出過ぎて、領主としてみんなの前に立つ、みたいな意識がぽ~んと飛んで行ってしまったようだ。

 せめて、「怪我をしないように」くらいは言えっつの。

 

「ルシア、手本を見せてやってくれるか?」

「うむ」

 

 ダメ領主に先輩領主の手本を見せてやる。

 

「昨日と同じだ!」

「お前も雑だな!?」

 

 どうやら、領主って、この程度でいいらしい。

 あぁ、もう。好きなだけ遊んでこいよ。ったく。

 

 

 

 

 

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