異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

331話 レジーナに迫る危機 -1-

公開日時: 2022年1月27日(木) 20:01
文字数:3,433

 レジーナに、危機が迫っていた。

 

「助けてんか、おっぱい魔神はん!」

 

 レジーナが、開店直前の陽だまり亭へ駆け込んでくる。

 

「朝起きたら羊の服屋はんがなんでかウチの寝室に立っとって、ふりっふりの服持って『にやぁ~』て笑とってん!」

 

 うわぁ、なにそれ。めっちゃホラー。

 

「よし分かった。マグダ、ロレッタ、レジーナを馬車に放り込め」

「……了解」

「任せてです」

「え、なに? なになになに!? なんなん!?」

 

 両腕をマグダとロレッタに拘束され、レジーナが飛び込んできたドアから外へと連行されていく。

 外には、事前に用意しておいた立派な八人乗りの馬車が停まっている。

 

「では、行ってまいりますわ」

「おう、よろしくな、イメルダ」

 

 イメルダに借りた立派な馬車には、ハビエルご自慢の立派な馬が三頭も繋がれている。

 さすが貴族だな。

 エステラんとこじゃ、こうはいかない。

 ……エステラも貴族なんだけどなぁ。

 

「九人だと、ちょっと狭いか?」

「いいえ。カンパニュラさんとテレサさんはお子様ですし、ミリィさんとマグダさんは小柄ですから」

「子供が四人もいれば、なんとかなるか」

「……む。マグダはまもなく成人」

「みりぃは、もうとっくに成人してる、ょ!?」

 

 小柄な二人が馬車の中から不満を述べる。

 いやぁ、いい馬車は窓も大きくていいなぁ。これなら、景色も十分楽しめそうだ。

 

「エステラ、しっかりな」

「うん……すごく、荷が重いけどね」

 

 背後で「いや~、強引に馬車に連れ込まれて拉致られるー! 『ぐっへっへっ、泣き叫んでも助けなんか来ないぜぇ』『あ~れ~!』のパターンやん!」とか騒いでる薬剤師がいるが、特に注意して聞く必要もないのでスルーする。

 

「レジーナキャンセラー、オン……っと」

「え、なにそれ? ボクも欲しいな、その能力」

 

 馬車の中には、エステラとナタリア、馬車の持ち主のイメルダ、マグダとロレッタとカンパニュラにテレサ、そしてミリィ、がっしりと両脇を拘束されているレジーナの計九人が乗っている。

 こんな豪華なメンバーで、こんな高級な馬車で、他区の貴族が羨むような馬に牽かれて、レジーナのパンツを買いに行くのだ。

 ……なんちゅー贅沢な。

 

「化けて出たるさかいな!? 白昼堂々、夢枕に立ったるさかいな! 覚悟しときや、自分ー!」

 

 わぉ、じゃあ昼寝しないように気を付けよっと。

 

「で、検証結果はどうだったんだ? どうせ夜遅くまでやってたんだろ」

「あぁ、せやねん。沼の泥は、外に持ち出してもなんら問題ないっちゅーことは分かったで。やっぱり、泥が変容した原因はあの細菌兵器やったんやろうね」

「じゃあ、今後は調査もしやすいな。風呂も家で入れるし」

「せやね。あぁ、でも花の方の解析はまだこれからで、ウチ今すぐ帰って試したいことが――」

「じゃ、出発してくれ」

「ちょーぅ! せめて話くらい聞きぃや、自分!?」

 

 そんな、悲鳴にも似た怨嗟の声を残し、レジーナはオシャレの街へと連行されていった。

 美容院やエステにでも連れて行ってもらえ。

 

「ヤシロちゃ~ん!」

 

 馬車が出た直後、ウクリネスが大きなカバンを抱えてやって来た。

 

「レジーナちゃんどこ!?」

「さっきの馬車で素敵やんアベニューへ連行された」

「まぁ、それは素敵な催しね! ……ちょうどいいわ、あそこなら……うん、私も便乗するわね! 貯めに貯めたお金を使って、馬車、チャーターしちゃうわ!」

 

 意気込んで、来た時以上の速度で引き返していくウクリネス。

 金の使い方を間違っているように感じるが……まぁ、本人の趣味のために使われるのなら金も本望だろう。

 

 砂煙を上げて去っていくウクリネスを見送る俺の隣で、ジネットが肩を揺らして笑う。

 

「賑やかでしたね」

「あいつらがいるところはいつも騒がしいからなぁ」

「うふふ。『ヤシロさんのまわりが』、ではないんですか?」

「俺は穏やかな生活を渇望する小市民だよ」

「では、今日はのんびりと穏やかに過ごせそうですね」

 

 言いながらも、ジネットの肩はずっと揺れていた。

 えぇい、そんなに笑うな。面白いことなんぞ、何一つ言っとらん。

 

「どうか、みなさんが素敵な一日を過ごせますように」

 

 手を組みまぶたを閉じて、静かに祈りを捧げるジネット。

 精霊神なんかに頼んだら、珍妙なドッキリとか仕掛けられるんじゃないか?

「こういうのが面白いんでしょ?」ってのを、あいつははき違えている気がするんだよなぁ。求めてもいないスリルやトラブルが、何度俺の身に降りかかってきたことか……

 

「精霊神が余計なことをしませんように」

「え? なんですか、それ?」

「あいつの友達にはきっと笑いの神がいるんだろうな。求めてない場面でも笑いを取ろう取ろうとしてきやがるんだ」

「ふふっ。精霊神様にそのようなお友達がいらしたんですね」

「ロレッタやウーマロは笑いの神に好かれてるんだと思うぞ」

「そうなんですか」

 

 言って、くすくすと笑うジネット。

 思い当たる節があり過ぎるのだろう、ロレッタやウーマロが笑いの神に愛された瞬間に。

 思い出し笑いをしながら、笑っては悪いと口元を押さえる。だが、笑いは堪え切れていない様子だ。

 

「じゃ、中に入るか」

「はい」

 

 馬車はもうすっかり見えなくなり、蹄の音も聞こえなくなった。

 今日は穏やかによく晴れ、吹く風も心地よい。

 奇妙な客でも来ない限り、今日はこのまま平穏な一日になるのだろう――レジーナ以外にとっては。

 

「レジーナの珍道中、夕飯時にでも聞かせてもらうか」

「そうですね。今から楽しみです」

 

 にこにこと笑い、ジネットが先に店内へ入る。

 まぁ、いつも俺が先に入るよう誘導しているんだが。ドアを開け、取っ手を持ったまま半身を引けばジネットはすっと先に入ってくれる。

 そして必ず――

 

「ありがとうございます」

 

 ――と、礼を言う。

 いちいち律義なヤツだ。この程度のエスコート、誰でもやることだろうに。

 

「なんだか、少し広く感じますね」

 

 朝のこの時間は、もう全員が揃っている。

 どこかに誰かが必ずいて、賑やかな笑い声が聞こえている。

 

 今日は、随分と静かだ。

 

「こんなことを言うと、ちょっと、申し訳ないんですが……」

 

 重ねた両手で口元を隠すようにして、俯き加減にジネットが言う。

 

「実は昨晩、ちょっと楽しみだったんです」

「今度の買い物がか?」

 

 俺に素敵やんアベニューにあるお勧めの店を紹介するのがそんなに楽しみだったのか。

 デートじゃないぞ、視察だぞ。

 ……まぁ、俺も、別に楽しみじゃないってわけじゃ、ないけども。

 

「いえ、あの、そうではなくて……」

 

 違うのかよ!?

 じゃあなに? 俺だけが楽しみにしてる感じ!?

 うっわ、恥っず!

 

「あ、もちろん、ヤシロさんとお出掛けするのも楽しみなんですが」

 

 おぉう、気を遣わせてしまったか。

 いいよ、別に、無理しなくて、ふん。

 

「そうではなくてですね、あの……今日は、二人っきりだなぁ……って」

 

 ……お、おぉう。

 

 そ、そうか……

 

 ふ~ん…………そうか……

 

 

 

 押し倒すにはまだ日が高いな。

 これが夜だったら危なかったかもな、今の発言は。

 まったくもう、発言には十分気を付けていただきたい!

 

「もちろん、みなさんと一緒にお仕事をするのは楽しくて、とっても大好きなんですけども」

 

 そう言って、普段マグダやロレッタがいるであろう場所を見つめるジネット。

 きっと今、ジネットの目には笑顔で働くマグダやロレッタの姿が浮かんでいるのだろう。

 俺だって、容易に想像できる。

 そこにあるのが当たり前になった、いつもの風景だからな。

 

「でも、ヤシロさんと二人きりで陽だまり亭を開けるのは、すごく久しぶりだなって」

 

 閉店後に二人で話したり、ちょっと散歩に行ったりすることはあったが……ふむ、確かにそうか。

 二人で陽だまり亭をオープンさせるのは、マグダが来てからはなかったかもな。

 

「それに、おそらく今日は、そんなにお客さんも来ませんし」

「それじゃ、本当にあの頃に戻ったような気分だな」

「そうですね」

 

 うふふと、ジネットは笑う。

 マグダが来るよりも前。

 俺がここに居ついて、客も来ない陽だまり亭でジネットと二人、どうやったら利益を上げられるかと考えていたあの頃。

 あの頃に、よく似ている。

 

「じゃあ、椅子の足をがたがたにして、床を軋ませるか」

「そこまで再現しなくても……むぅ、そんなには酷くなかったと思いますけど」

 

 言いかけて、からかわれていると気付いたらしい。ジネットは頬を膨らませて俺を睨む。

 なんだか、そんな仕草すら懐かしい。

 

 機能的かつ綺麗に生まれ変わった陽だまり亭の中でジネットと二人、少し懐かしい日々を思い出しながら、本日の陽だまり亭はオープンした。

 

 

 

 

 

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