異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

360話 四十二区に集う -2-

公開日時: 2022年5月24日(火) 20:01
文字数:4,066

 大広間で挨拶を交わした後、隣接する大会議場へ移動する。

 そこも、これほどの大人数を想定していないせいでかなり手狭だった。

 領主を入れるだけでギッチギチ。

 なので、給仕長の入室は遠慮してもらうこととなった。

 ギルド長たちの付き添いも大広間で待機することになる。

 

 なんとなんと、ナタリアまでもが退室するのだ。

 ナタリアはこの後の懇親会の準備があるとはいえ、エステラを残して退室するのは不安だろうなぁ。

 

 せめてもと、エステラの両サイドにはルシアとマーゥルの席が用意されていた。

 権力者だらけなので上座も下座も、今回はナシってことにしてもらった。

 とはいえ、なんとなく序列の通りに上座付近に座ってたけど。

 

「給仕長たちへの説明は私が不足なく行っておきます」

 

 部屋を出る際、ナタリアがそう告げる。

 明日、ウィシャートの館へ出向くことになる領主たち。その護衛をするのは当然給仕長たちだ。

 私兵を引き連れてくることは控えてもらう。人数が増えればそれだけ動きが悟られる。

 警護は各々お付きの者一人に制限する。

 

 荒事は想定していない。

 

 

 それは、先行して突入する俺やエステラがすべて引き受ける予定だ。

 

 

「以上のように、皆様には証人となっていただきたいのです。ウィシャートが行った数々の不正、国へ対する背信行為の数々の。それをもって、ウィシャートが抱く侵略の証拠となるように」

 

 ここに集まった領主たちには、事が終わった後に証人になってもらう。

 数を集め、そして王族へ上申する。

 

『現当主デイグレア・ウィシャートを廃し、血縁者であるカンパニュラ・ウィシャート・オルソーを次期領主に望む』と。

 

「狩猟、木こり、海漁の各ギルド長には、ウィシャートの私兵の制圧をお願いします。危険な役割で申し訳ないのですが」

「なぁに、気にする必要はないさ。ウチの狩人たちも随分苦汁をなめさせられたからねぇ」

「それに、四十二区街門付近の平穏は、我が木こりギルドにも直接的に関係してくる。そこを守るのは当然だ」

「港の工事を邪魔したこと、頭の先からつま先まで後悔させてあげる☆ ……夜に眠れなくなるくらいに……ねっ★」

 

 ザワッ……と、会議室の空気が揺れた。

 マーシャ。その顔、ちょーこえーよ。

 

「トルベック&カワヤ両工務店共同制作の秘密兵器もあるから、期待しててね☆」

 

 何を作らされた、ウーマロ!?

 俺、聞いてないけど!?

 なんか、マーシャがめっちゃ楽しそうで怖いんだけど!?

 

「お前……失敬。そなたに危険はないのか、ミズ・クレアモナ?」

 

 リカルドが威厳を纏った面持ちで尋ねる。

 

「なくはないよ」

「なら俺も――」

「でも、大丈夫。ボクたちは、絶対に負けない」

 

 腰を浮かせたリカルドを、エステラが制止する。

 

 危険がないわけがない。

 追い詰められたウィシャートが狙うのは、一発逆転を賭けた『王将』への一撃必殺くらいだろう。

 だが、それはさせない。

 

 俺と、ナタリアが。

 

「ボクには、頼れる両翼がいてくれるからね」

 

 会場中の視線が俺に注がれる。

 ナタリアがいないからな、今ここには。

 

「苦し紛れの『精霊の審判』くらいは受けるかもしれないけれど――ウィシャートにボクの嘘は見抜けない」

 

 エステラの発言に、会場がざわつく。

 今のは、エステラがウィシャート相手に嘘を吐いたと証言する内容だ。

 しかも、尻尾を掴ませないような巧妙な嘘だったと。

 

 つまり、エステラは最初からウィシャートを潰すつもりで動いていたと証言したようなものなのだ。

 

 人畜無害。四十二の区の中で最甘だと思われていた微笑みの領主の、初めて見せるかもしれない攻撃的な表情。

 それだけの覚悟があると、この場にいる者には伝わったことだろう。

 

「さて……」

 

 エステラが短く息を吸う。

 緊張がはっきりと見て取れる。

 一度視線がこちらを向いたので、ゆっくりと頷いてやる。

 

 大丈夫だ。

 全部話しちまえ。

 それで、この場の全員がお前の味方になる。

 

「明日の作戦決行を、皆様は承認してくださったと判断します」

 

 三十区の悪行の数々と、ウィシャートを廃することで得られるメリットを訴え、この場にいる者たちには作戦への参加を承認させた。

 単純に、利益と不利益だけで、この場にいる者たちは四十二区に賛同してくれた。

 打算もあるかもしれない。

 変革後のおのれの立ち位置を確保するためかもしれない。

 

 だが、利益だけでこれだけの者を納得させるだけの力を、四十二区は得たということが証明された。

 それは大きい。

 今後、経済や防衛面で、四十二区は他区と対等に渡り合える。

 

 ここまでは領主やギルド長という、権力を有する者たちとの交渉だった。

 今から、さらに一歩、深い繋がりを生み出す。この場で。

 エステラという人間と、区民を守るという立場にいる領主や、ギルト構成員を預かる代表者たるギルド長や、組織のトップにいる者たちとの、より深い絆を。

 

「こちらをご覧ください」

 

 エステラが取り出したのは、厳重に封がなされた透明なガラスのケース。

 その中には、粘膜に覆われて開花目前で成長が止まった一輪の花が標本のように収められている。

 

 バオクリエアが生み出した悪魔の生物兵器、Mプラント。

 

 

「この花こそが、かつて四十二区を襲った未曾有の大災害、『湿地帯の大病』の原因なのです」

 

 

 それから、エステラはMプラントとGYウィルスについての説明を始めた。

 被害者という立場ではなく、あくまでニュートラルな視点で、この花が生み出された経緯と、オールブルームへ持ち込まれた経緯、そして愚かな欲望の末に厄災がまき散らされた経緯を、包み隠さずすべて。

 

 レジーナが両親を奪った恐ろしい病に打ち勝つため、人々を救うために生み出した奇跡の薬。それを悪用したバオクリエアと、生み出された悪魔の花を横取りして自身の影響力を上げようと目論んだ愚かなウィシャートの悪行を。

 その後、四十二区で起こった惨劇を、幼い瞳で見つめ続けてきた自分の経験談を。淡々と。

 

 

 会議室は沈黙に包まれ、エステラ以外に声を発する者はいなかった。

 話が進むにつれ、洟を啜る音が聞こえ始め、嗚咽が漏れ始める。

 エステラの体験談に瞳を潤ませる者、胸を詰まらせる者、愚かな侵略欲に怒りを滲ませる者。みな表情は様々だが、一様に真剣な眼差しをエステラに向けている。

 

 随分と長い話だった。

 エステラは途中で水分を口にすることもなく、悲劇の始まりから、今回行った様々な調査、そしてあの霧の日に起こったウィシャート邸での出来事をすべて話して聞かせた。

 ウィシャートのところの兵士が取り乱して俺に『精霊の審判』をかけたことまで話に盛り込まれていた。

 あの一件、俺は特に気にしていなかったのだが、エステラとナタリアは相当怒っていたらしい。

「あの兵には、個別に報いを受けさせる」だそうだ。

 

 

 長い話が終わり、エステラが一同に頭を下げる。

 

 

「ご静聴いただき、ありがとうございました」

 

 

 エステラが席に着くと、会議室は完全な沈黙に飲み込まれた。

 誰も何も言わず、音も発さず、各々が各々の中で何かを深く思案している。

 頭が痛くなるほどの沈黙が続く。

 

 一部の者には話してある。

『湿地帯の大病』とウィシャートの関係。毒物とバオクリエアの関係。

 そして、バオクリエアとウィシャートの関係も。

 

 だが、こうして改めて話を聞くと、また思うところがあるようだ。

 

「もし……」

 

 最初に沈黙を破ったのは、リカルドだった。

 

「四十二区の領主がエステラでなかったら――」

 

 取り繕った貴族の仮面を脱ぎ捨てて、リカルドが素の表情で怒りを露わにする。

 

「俺がウィシャートを館ごとぶっ潰してやっていたところだ」

 

 そんな野蛮で無鉄砲な意見を、誰も咎めはしなかった。

 マーゥルでさえ、静かに口を閉じている。

 気持ちは分かる、というところか。

 

「まぁ、気持ちは分かるけどねリカルド。それはムリだよ」

 

 リカルドを宥めたのは隣に座る四十区領主、デミリーだった。

 だが、デミリーは大人な対応をしたわけではなかった。

 

「君より先に、私が三十区を潰しただろうからね」

 

 エステラを娘のように思い見守ってきたデミリー。

 エステラの父親の親友であるこいつは、『湿地帯の大病』を心底憎んでいる。

 

「だけど、エステラはそれを望まないだろうね。誰よりも優しく、とても強い娘だからね」

 

 デミリーが優しい瞳をエステラに向ける。

 エステラは小さな笑みをデミリーに向ける。

 

「我が区でも、年端もいかぬ若い娘がバオクリエアの毒によってその体を蝕まれ、今なお苦しんでおる。……もっとも、件の薬剤師殿の良薬のおかげで間もなく完治するようではあるがな」

 

 ルシアの発言は、バオクリエアの毒物が想像以上に身近にあるという危険性と、GYウィルスの基礎を作ったレジーナの正当性を訴えるものだった。

 

「ミズ・クレアモナ」

 

 イベールが立ち上がり、エステラへ向かって最敬礼を見せる。

 虚を突かれたエステラが目を丸くし、一部領主がぎょっとしたように声を漏らす。

 

「貴女の怒り、悲しみ、苦悩……すべてというわけにはいかないだろうが、その一部を私たちが預からせてもらおう。貴女の怒りは、我々の怒りだ」

「そ、そうですな」

「私も同じ気持ちでありますぞ」

 

 イベールに触発されて『BU』の日和見領主と弱腰領主が同意を口にする。

 そして外周区の影薄領主たちもそれに続く。

 

 領主たちが立ち上がり、エステラに向かって敬礼をする。

 右手を左肩に当て頭を下げる。

 エステラは慌てて立ち上がり両手を振るが、それを素早くマーゥルに止められる。

 

「受け止めてあげなさい。それが、彼らに対する最大限の礼になるわ」

「……はい」

 

 そう言われ、エステラが同じように敬礼を領主たちへ返す。

 

「皆様のお気持ち、ありがたくお受け致します」

 

 

 これで、利益よりも一歩踏み込んだ絆が結ばれた。

 万が一にも、ウィシャートが逃げおおせ、エステラ以上に旨味のある儲け話を誰かに持ちかけようとも、この場にいる者はただの一人としてウィシャートの話になびくことはないだろう。

 

 

 これが、最弱四十二区を預かる最甘の微笑みの領主が持つ最大の武器だ。

 

 

 

 エステラは、他者を引きつける魅力を持っている。

 この超天才詐欺師様が、ちょっとは手を貸してやろうかと思ってしまうくらいには、な。

 

 

 

 

 

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