異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

369話 発言は自己紹介 -2-

公開日時: 2022年7月1日(金) 20:01
文字数:3,190

 マイラーが貴賓席の上で舞い、床へと叩き付けられる。

 テーブルの準備をしていたイネスとデボラがさっとテーブルを避けてくれたので被害は拡大しなかった。

 さすが給仕長。有能。優秀。敏腕。あとで盛大に褒めてやろう。

 

「……き……きさま……っ、きさまぁあああ!」

 

 殴られた頬を押さえて吠えるマイラー。

 唇の端から血が垂れている。切れたらしい。

 

「こ、これは宣戦布告に等しいぞ! いや、宣戦布告そのものだ! このような恥辱……侮辱……到底許されるものではない! 戦争だぞ、四十二区!」

 

 喚くマイラーに、俺は唇の端を持ち上げて言う。

 

「感謝していいぞ」

「なんだと!?」

「俺だったから、お前はまだ生きている」

 

 俺に指摘されて、マイラーはようやく気が付いたようだ。

 おのれを取り囲む殺気に満ちた視線に。

 

 平民、亜人と蔑まれたメドラ。

 親友のデミリーを侮辱されたハビエル。

 主が黙っているのをいいことに一人で調子よくべらべらしゃべるマイラーに怒っている執事に給仕長。

 

 何より、あの場面でナタリアが戻ってきていたら、俺が止めるより早くにお前の心臓にナイフが突き刺さっていただろうよ。

 

「見た目もさることながら、テメェの言葉には品性ってもんが欠片も感じられねぇなぁ、マイラー」

「貴様、領主の名を呼び捨てにするなど、不敬が過ぎるぞ!」

「んじゃ、アヒム」

「なお悪いわ、平民!」

「それそれ、品性がなさ過ぎで見てて不快。他の領主と比べると笑えるほど滑稽だよな。服のセンスも悪いし、なんだそのヒゲ。笑わせようとしてんのか? 人に見られてるって自覚あんの? 領主だぞ? 三十一区の顔だぞ? それが、そんなダッサイ服着て、似合いもしないヒゲ生やしてさぁ、あと歩くときヒザ開いちゃってんのね。もうちょっとなんとかなんねぇのかよ、カッコ悪い」

「貴様、無礼にもほどがあるぞ!」

「批判されるのが嫌なら領主辞めちまえよ」

「な……っ!?」

 

 涼しい顔で言ってやれば、マイラーは黙ってしまった。

 

「お前がそう言ってたんじゃなかったっけ?」

「確かにな」

 

 ルシアが俺の隣にやって来る。

 トレーシーはエステラの隣で寄り添うように立っている。

 

「どのような時と場所であろうと、領主という者は人の目に晒され評価されているものだ。ほんの一時といえど、拭えぬほどの醜態を晒せばそれが一生その者の評価としてついて回る」

 

 批判に晒されるのは、主催者だけではない。

 そこに参加し、声を上げた者も同様だ。

 どちらも「公に」発信をしたのだから、立場に違いはあれど条件は同じだ。

 

「ゲストだから何を言っても許される」なんてことはない。

「これは個人の感想です」と言い張ろうと、「公に」発信した時点でそこには責任が生じる。

 

「あと、これもそうだな。お前の言うとおりだよ」

 

 マイラーが言ったある一言に、俺は激しく同意する。

 

「このような恥辱や侮辱は到底許されるものではないんだっけ? 戦争なんだってな?」

 

 俺に殴られてマイラーが発した言葉だが――

 

「テメェの口からあふれ出した数々の侮辱、宣戦布告としてしっかりと受け取っておくぜ」

 

 エステラの前に進み出て、マイラーの顔面に顔を近付けて鼻先が触れそうな距離で言ってやる。

 

「戦争、上等じゃねぇか」

 

 ぶっ潰してやるよ。

 今なら、ウィシャートの後処理で保身に走った統括裁判所を利用できる。

 三十一区にウィシャートの息がかかっていた証拠を見つけ出せば、ついでに処分してくれるだろう。

 なにせ、表に出てはマズいモノが『相当』あるみたいだからな。

 

「ヤシロ」

 

 マイラーを睨み付ける俺の肩に、エステラの手が乗せられる。

 細い指先は力強く俺の肩を掴む。

 

「……退いて。そいつの宣戦布告は、ボクが受け取るから」

「いや、俺が個人で買ってやるよ。平民代表ってことでよ」

「ならアタシも加勢するよダーリン。平民代表でね」

 

 エステラはもう関わらなくていい。

 あまり四十二区が悪目立ちしてもな……他区キラーなんて印象が付いちまったら、先々まで厄介なことになりそうだ。

 

「いや、ボクが買う」

 

 しかし、エステラは譲らない。

 俺とメドラを押しのけ、紅い瞳を燃え上がらせるくらいにギラつかせてマイラーの前に進み出る。

 

 

「ボクは、ボクの大切な領民を侮辱する者を許さない」

 

 

 エステラの迫力に、少し気圧されてしまった。

 マジギレしてんじゃねぇか。

 

「四十二区の街門が威厳を損ね、この港が軽薄だって……?」

 

 マイラーが調子に乗ってべらべらと喚き散らしていたセリフを、エステラが拾う。

 あ、そこに怒ってるんだ。

 

「街門は、木こりギルドや狩猟ギルト、そして四十区や四十一区とのより強固な繋がりを生んでくれた大切なもので、そのおかげで街には下水が配備され、病になる者が減ったんだ」

 

 街門の設置のために、いろいろと衝突があったからな。

 下水の登場で、街が綺麗になっただけでなく、衛生面が強化されて病気になる者も減った。

 

「この港は、ここに至る道も含めて、本当に多くの者たちが協力し合って、知恵を出し合って、みんなで作り上げてきたものなんだ」

 

 土木ギルド組合とのゴタゴタがあり、結果的に三十五区から四十二区までほぼすべての区の大工が参加した大規模な工事となった。

 材料の調達から、洞窟の調査、工事と、ここに至る苦労は並大抵のものじゃなかった。

 そのすべてを乗り越えて、ようやく完成した港だ。

 

「ボクは、街門も、この港も、そして携わってくれたすべての者たちをも誇りに思っている! それを……知った風な顔で軽々しく侮辱することはボクが許さない!」

 

 出来上がったものを批判するのは個人の自由だろう。

 好きにすればいい。

 

 だが、同時に――その批判を否定する自由が作り手側にも存在することを忘れてはいけない。

 

 批判が受け入れられないからと言って、反発されたからと言って、「じゃあそんなもん作るなよ」なんて意見はナンセンスだ。論点がズレている。

 なら、「反発されるのが嫌なら批判なんかするなよ」という論も成立する。

 

 まさに、今このマイラーがしてみせた無様、そのまんまの論調だ。

 

 

 そして、マウントを取るためだけに相手の粗を探して軽々しく批判するヤツは、相手の本気の反発に簡単に怯む。

 

 

「べ、別に、批判するつもりなどないのだが……いやはや、一体どこでそのような誤解が生まれたのか」

「今さら……っ!」

「違うのだ! 私はただ、本当に、そなたにはいい領主になってもらいたいと思って――期待しているからこそ、言葉に熱がこもってしまっただけなのだ! その思いがうまく伝わらず行き違いになってしまったのは悲しいことではあるが、決して批判などというつもりはない」

「威厳を損ない軽率だという言葉も?」

「それは、従来とはあまりに違い過ぎるが故に、違和感があったのだ」

「違和感……?」

「そうだ。別に批判ではない。そちらに相応の考えがあってのことなのであれば、それはそれでよいのではないか? 私には馴染みがなかったというだけで、それが悪いだなどとは言っておらぬ」

 

 違和感ねぇ。

「本来なら~」とか「もともとの意味は~」って指摘をしたがるヤツが逃げ道を残すために好んで使う言葉だな、「違和感がある」ってのは。

 反発されたら「悪いとは言っていない」と言い出して「そういう考えがあるならそれでもいい」と決して賛成ではないし理解もしていないグレーな返答で逃げようとする。

 

 その実、「違和感」なんて言葉を口にした時の感情は「そんなことも知らねぇのかよ?」なんだろ?

 

 

 さて、こういう飄々と言い逃れをする相手にはどうするんですか、エステラさん?

 簡単な応用問題だぞ。

 分かるかな?

 

「ミスター・マイラー」

 

 そう、まずは一切謙らない敬意っぽいものを表して――

 

 

「貴様のやり方には違和感がある」

 

 

 ――そっくりそのまま突き返してやる。

 はい、正解。

 

 ただ、それをやるのは『本気で関係がぶっ壊れてもいい相手で、もう壊しちゃった方がプラスになるや』って場合だけだから、よい子のみんなは使いどころを間違えないようにね☆

 

 

 

 

 

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