異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

290話 情報紙発行会の言い分 -4-

公開日時: 2021年8月20日(金) 20:01
更新日時: 2022年12月2日(金) 19:24
文字数:4,170

「困るのだよ、そのようなことをされては」

 

 陽だまり亭の前から、落ち着いたオッサンの声が聞こえてきた。

 覗きに行けば、そこには口ヒゲを蓄えたナイスミドル、二十三区領主イベールと、オールバックでかっちりと髪を固めた目つきの悪い二十九区領主ゲラーシーがそれぞれの給仕長DとEを従えて立っていた。

 

 あ、DとEってデボラとイネスの頭文字だぞ。

 決しておっぱいのサイズではな…………くそ、イネスのスペルは『INES』か!?

 あぁ、そうだよ! おっぱいのサイズだよ! 悪いか!?

 

「我が区に本部を置く際に契約を交わしたはずだが?」

 

 イベールが会長を睨みつけ、穏やかな口調で言う。

 さすが、『BU』の三番手。なかなかの迫力だ。

 マーゥル、ドニスに次ぐ実力者……って、マーゥルは領主じゃないんだけども。

 あ、おまけのゲラーシーは下がってろな? 迫力が薄まるから。お前は舞台セットだ。出しゃばらずそこにいるだけでいいから。

 

「我が区に不利益を及ぼすような行いはしないと。情報紙という性質上、多少のトラブルは大目に見てきたが――『BU』を内部分裂させかねない事案は看過できないな」

 

 イベールの前にはドニスが立っている。

 会長を飛び越えて、イベールを睨みつける格好で。

 

「今、この状況で二十三区が四十二区の港建設に異を唱えていると捉えられるのは困るのだよ。どうだろうか、ここは私の顔を立てて、彼らの意見を聞き入れてはくれぬか?」

 

 イベールはそう言って、くいっと俺の方へとアゴを向ける。

 

「あの男は、かつて『BU』を分裂、崩壊間際まで追い詰めた厄介な男なのだよ。今また、あの時のような危機には陥りたくはない。一考してはくれぬか?」

「それは……」

 

 情報紙発行会会長がちらりと俺を見る。

 

「『衝撃の密会!? 情報紙発行会会長と二十三区領主イベール・ハーゲンが、二十三区から遠く離れた四十二区で密会していたとの情報があった。彼らが二人で何を話したのかはまだ分からないが、わざわざ他区の、それも最果ての四十二区にまで出かけてしなければいけなかった会話だけに、その裏に漂う怪しい雰囲気は払拭しきれるものではないだろう』」

 

 大袈裟に身振り手振りを交えてそんな記事をぺらぺらと語ってやると、会長は分厚い肉に覆われた額に太い血管を浮かび上がらせて声を荒らげた。

 

「冗談じゃない! あのような男の提案などのめるか! バカも休み休み言え!」

 

 吐き捨てて数瞬後、自分が誰と会話をしていたのかを思い出したらしい会長。

 途端に顔色が悪くなり、ゆっくりと首を前へ向けた。

 

「ほぅ……バカも休み休み言えとは……」

 

 口元だけで笑うイベールが、人を射殺せそうな鋭い視線を会長に向ける。

 

「心配するな。これまでのそなたらの貢献もある。いきなり立ち退けとは言わぬ。しっかりと準備をして引っ越しをしてくれて構わない。それまではあの場所に本部を置くことも認めよう」

 

 本部がある二十三区の、そこの領主に面と向かってケンカを売って、今後も同じように活動が出来るなんて、さすがのこいつらも思わないだろう。

 会長の発言は完全なる失言であり、そして貴族ってのはそのたった一回の失言をネチッと根に持って強権を発動しちゃう嫌な人種なのだ。

 

「ただし、本日以降、二十三区内での情報紙発行業務の一切を禁止とする。違反した場合は相応の罰が科されると心せよ。以上だ」

 

 言うだけ言って、イベールは踵を返す。

 

 今回、イベールには協力要請していない。

 ただ、この日にここでこういうことをするよという情報だけは渡してあった。

 それでどう動くかは二十三区任せだったのだが、こちらに都合のいいように動いたな。

 

 まぁ、この状況を仕組んだのはマーゥルなんだけどな。

 陽だまり亭に集まると言い出したのも、これだけ人を集めたのも、みんなマーゥルだ。

 そして、まんまと俺を使って理想通りの展開に持ち込みやがった。

 

 ホント、食えないオバハンだこと。

 

「いいのか? 『BU』が結託して情報紙を潰そうとしていると書き立てるぞ!?」

「結託? 何を寝ぼけているのだ?」

 

 遠ざかったイベールが再び振り返り、冷たい声で言う。

 

「情報紙発行会の代表である貴様が、領主であるこの私に対し直接ケンカをふっかけてきたのであろう。事実無根の記事で領主を貶めるようなことがあれば、本部閉鎖だけでは済まさぬぞ」

 

 統括裁判所へ訴える――みたいな穏便な方法だけじゃないな、イベールが示唆してるのは。

 久しぶりにデボラの凍りつくような視線を見たよ。

 

「いくら貴様らが事実を覆い隠そうと、私の『会話記録カンバセーション・レコード』には真実が記録されている。引っ張り出せる権力者を根こそぎ連れてこい。その者たちの前で今の会話を朗読させてくれる。どちらに非があるかは一目瞭然。そこまでの度胸があるなら、好きにするのだな」

「……ぐっ」

 

 ウィシャートに泣きつこうが、三等級貴族を引っ張り出してこようが、領主に向かって「バカも休み休み言え」って発言はひっくり返せない。

 それを「そのようなことで」と諫めるのであれば、今後そいつは他の貴族を始め、そこらの一般市民にまで舐められるだろう。

 特に「バカも休み休み言え」って言葉を四六時中浴びせられるだろうな。

「だって、それくらいじゃ目くじら立てないんだろ?」って言われてな。

 

 誰も言わないなら、俺が率先して広めてやるよ、その貴族イジメを。

 鬱憤溜まってるヤツは大勢いるだろうから、すぐ広まると思うぜ。

 

「貴族相手にしゃべる時は、口調に気を付けるんだな」

「ごめん、ヤシロ。真面目な雰囲気が崩れるから、ツッコミたくなるようなこと言わないで」

 

 なんだよ、エステラ?

 俺は自分より目下の貴族にしかタメ口使ってないぞ?

 

「事が収まるまで、『BU』内での活動は諦めるのだな」

 

 感情を一切見せない無表情で言い放つドニス。

 多数決事件以降、結束力を高めた現在の『BU』はいいムードで運営されている。

 そこから弾き出されるのは『BU』の領主にとってデメリットでしかない。

 

「三十区か、二十二区にでも新たな拠点を構えるのだな――余所者の貴様がでかい顔で居座れるかは知らぬが」


 情報紙発行会なんてでかい看板をぶら下げて、こんなえらそうなオッサンが引っ越してくれば土着の貴族はいい顔をしないだろう。

 税収が上がるからと、領主は喜ぶかもしれないが。

 その恩恵に与れない貴族にとっては、面白くないだろう。


 四十二区は最果てだから別としても、外周区で『情報紙』なんて言葉を聞くことはこれまでなかった。

 つまり、外周区にまで情報紙は普及していなかったのだ。


 おそらく、情報紙の流通経路の途中にある、三十六区とか三十七区の貴族がいい顔をしなかったのだろうと予想される。

 魚介類の加工でなんとかやりくりしている程度の区に残る貴族だ。

 その懐事情などたかが知れている。

 そいつらは、間違いなくこの発行会会長よりも金がない。みすぼらしい。完全に負けている。

 そんな貴族はきっとたくさんいる。


 他所からやって来て、自分よりも豪華な暮らしをしてふんぞり返るオッサン。

 それを、土着の貴族たちが歓迎するとは到底思えない。

 どこに行こうが摩擦は起こる。

 

 それまで情報紙の発行を止めるか?

 今すぐにでも俺たちの悪評を書き連ねて猛攻撃に転じたいだろうに、新天地で、そこにいる器の小さい貴族どもに取り入って、また一からコネを構築していって、地盤が固まるまで待つのか? 出来るのか、そんなこと?

 

 三十区あたりの、どっかすみっこの方の土地をもらってひっそりと活動を続けるなら、まぁ可能かもな。

 この自尊心が肥大化して体中に脂肪を貼りつけているような会長様がその環境を受け入れられるならな。

 

 ま、無理だろ?

 

 さぁ、そこでお前の出番だぞ、甘ちゃん領主様。

 

「あの、もしよければなんだけど」

 

 エステラが小さく手を上げ、ギッスギスした空気で睨み合う男たちの輪の中へ割り込んでいく。

 

「ニュータウンにある建物を貸そうか?」

 

 その建物は、ルシアやハビエルといった名立たる貴族が宿泊した立派な建物で、現在入居者がおらず、半ば貴族御用達ホテルのようになりつつある、そこそこ豪華なあのマンションだ。

 

 どうにも、マンションって名前がいまだ浸透しきっていないようで、「集合住宅の豪華なヤツ」って認識らしいけどな。

 中には、マンションって言うと「あぁ、あのニュータウンの?」と、その貴族御用達ホテル(仮)のことだと思っているヤツもいる。

 そのうちマンションを増やしていけば認知度も上がるだろうが。

 

 なにせ、四階建ての宿が高級(笑)だって言われる街だからな。

 四階建てくらい、ウーマロが本気を出せばすぐにでも建築可能になる。……木造だと強度が――とかいろいろ言ってたけど、あいつならそのうち五階建て六階建てに耐えられる建築方法を編み出すさ。

 

「ただ、特別な建物だから賃料は相応に高くなるけど」

 

 貸すとなれば、マンション一棟を丸ごと貸すことになる。

 住民とのトラブルを避けるためにな。

 ほら、情報紙って、今じゃ四十二区の敵だから。

 

「それでもいいならね」

「……検討しておきましょう」

 

 これ以上の衝突を避けるためか、はたまた、マジで行き場がないと焦ったのか、会長はエステラに敬語を使い、軽く会釈して帰っていった。

 もちろん、ニューロードを通るんだろうな。

 二十九区と敵対すれば、そこも通りにくくなるだろうに。

 

「……どう思う?」

「借りるさ。連中にはそれしか手がない」

 

 エステラに聞かれ、そのように答える。

 情報紙発行会はデカ過ぎる。

 そんなにすぐ代わりの場所が見つかるとは考えにくい。

 

 まぁ、仮に他所に場所を見つけてそこへ移るのだとしても、こっちの作戦を一つ変更すればいいだけだ。

 大した手間じゃない。

 

 だが、連中はおそらく四十二区に来る。

 そうすれば――

 

 

「情報紙の廃刊も間もなくだな」

 

 

 陽だまり亭の記事が載った時は大はしゃぎしたもんだが……悲しいなぁ。

 でも、もう容赦はしないけどな。

 

「じゃあ、俺たちも行こうか」

 

 発行会の連中がいなくなったのを見計らって、その場にいる者たちへ告げる。

 

「待て、オオバヤシロ。何をする気だ?」

 

 詳細を聞かされていないゲラーシーとイベールが俺のもとへ寄ってくる。

 帰らなかったのか、イベール。じゃあまぁ、見てけ。

 

 なぁに、簡単な話だ。

 

 

「デマを書かれてムカついたから、それを真実にしてやろうかと思ってな」

 

 

 やっぱ、メディアってのは真実を伝えるものでなきゃいけないもんな。

 

 

 

 

 

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