異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

379話 二人のこれから -4-

公開日時: 2022年8月12日(金) 20:01
文字数:3,505

「ヤシロさん、ゼルマルさんを連れてきたッス!」

 

 デリアたちと入れ替わるように、ウーマロがジジイを連れて戻ってきた。

 

「え、連れてこなくてよかったのに」

 

 設計図だけ渡して、「この通り作っとけ」でいいのに。

 

「戯けが! ワシをアゴで使おうなんざ十年早いわ、陽だまりの穀潰しが! わざわざ来てやったんじゃ、さっさと設計図を見せぃ!」

「参加できて嬉しいですって言ってみろよ、ツンデレジジイ」

「たわけー! もうよい! ウーマロ、設計図じゃ」

「はいッス。オマール、出来てるッスか?」

「おう。一番難解だからな、真っ先に取りかかったぜ」

「どれ……ほぅ、なかなかいい腕をしておるのぅ、オヌシ。これならすぐにでも仕事にかかれそうじゃわい」

 

 大工の輪の中に入って、設計図を楽しそうに見つめるゼルマル。

 

「ゼルマル。友達のいないお前には酷だと思うが、木工細工師で腕のいいヤツを何人か紹介してくれないか? 無理ならいいけど」

「無理なことあるか! ワシが声をかければ十人はすぐに集まるわ!」

「じゃあ、三十人体制でよろしく」

「さっ……!? 三十人じゃと!?」

 

 あ、日和った。

 さすがに三十人は無理か。

 それじゃーしょーがねーなぁー。

 

「オマールんとこに腕のいい職人いないか? 信用できるヤツ」

「ワシがいればこんなもん、すぐに出来るわい! 貸せぃ! 五日で仕上げてきてやるわ!」

 

 設計図をひったくるゼルマル。

 だが、その背後からウーマロが申し訳なさそうに口を挟む。

 

「悪いんッスけど、猶予は明日の夜までなんッス」

「明日の夜じゃと!?」

「だから、三十人くらいいないとキツいんッスよ」

「ぐぬぬ…………」

 

 ゼルマルがギラつく目で俺を睨む。

 

「腕の確かな職人十人が、三倍働いて終わらせてみせるわ! 明日を楽しみに待っておれ! ふん!」

 

 清書された設計図を手に陽だまり亭を飛び出していったゼルマル。

 今頃盛大に焦っているだろうなぁ。

 

「けどまぁ、出来ない量じゃないし、平気だろう」

「……ヤシロさんの物差し、たぶん大きく狂ってるッスから、どこかで微調整した方がいいッスよ。……遠くない未来、死人が出かねないッス」

 

 大丈夫大丈夫。

 犠牲者が出るとしたら、大工か金物ギルドの乙女たちだろうし。

 四十二区的にダメージはそこまで大きくない。

 

「鏡はなんとかなりそうッスか?」

「ワーグナー様に聞いてみるか? 三十三区との取引が一番多いのは三十二区だし」

 

 オマールが知らない人物の名を口にする。

 

「……君がカーネルと呼んでいるマルコさんのことだよ。三十二区領主の」

「おぉ、サンダースか」

 

 鉱山関連の仕事を行っている三十三区には、やっぱり様々な鉱石が集まるようで、ガラスの原料も三十三区が一番多く持っている。

 なので、必然的に鏡を一番多く作っているのも三十三区ということになる。

 

「それじゃあ、一度三十一区に行ってワーグナー様に確認してみる」

「あ、それならボクが聞いてきてあげるよ。この後、ルシアさんと一緒に三十一区へ行くから」

「うむ。今日も領主会議があるからな」

 

 歯車と鏡は入荷待ちか。

 一応『ガワ』だけ作っておいて、ギミックは後付けでもなんとかなるだろう。

 

 今日は、トリックアートとお化け屋敷に集中でいいだろう。

 

「ハビエル……あれ?」

「さっき、デリアたちと一緒に出て行ったよ」

 

 あの野郎。折角木材を集ろうと思ったのに!

 

「どうせヤシロに木材を集られるだろうからって、設計図の写しを持って木こりギルド四十二区支部に向かってくれたよ。必要な木材は届けてくれるってさ」

「さすがハビエルだ! 妹たちなら絶対飛びつくと思ってよこちぃの中の人をやらせた甲斐はあったってわけだな」

「……やっぱり、そんな下心を隠していたんだね」

 

 よこちぃに抱きつけて妹たちはハッピー。

 妹たちに群がられてハビエルもハッピー。

 着ぐるみ越しなので倫理的にもオッケー。

 

 いいこと尽くめじゃねぇか。

 相撲より健全だ、きっと。

 

 そんな話をしていると、タートリオが部下を引き連れてやって来た。

 

「お~い、お邪魔するぞい」

「ご注文のレシピ、各150部ずつ刷ってきました!」

「それぞれ個別に包装されています」

「こちらが見本です。誤りがないか、念のため確認をお願いします」

 

 大荷物を抱えた男が二人と、見本刷りを持った女性が一人。

 あ、こいつ、大衆浴場の前で違法移動販売してタートリオに情報紙売りつけようとした売り子女子じゃねぇか。

 名前はたしか……Gカップ……いや、カーラだったか?

 

「よぅ、Gカップ」

「カーラです!」

「あれ? 俺、今そう言わなかった?」

「ヤシロ……君の症状はもう末期のようだよ」

 

 エステラから冷たぁ~い殺気が漂ってくる。

 そんなに睨むなよ。妬みに見えるぞ、その視線。

 

「~♪」

 

 エステラに睨まれていると、後ろから鼻歌が聞こえてきた。

 ジネットがレシピを見ながら、上機嫌でハミングしている。

 

「あ、あぁ、あのっ! ど、どこかお気に召しませんでしたでしょうか!?」

 

 そのメロディがとても不穏だったため、カーラが物凄く取り乱している。

 いや、違うんだ、カーラ。

 ジネットの口ずさむメロディは独特だが、あれは機嫌がいい時の合図だから。

 確かに今聞こえてきているメロディは、魔界の底から魔王が復活する前兆みたいな陰鬱な雰囲気を纏っているけども!

 

「はい。問題ありません。お疲れ様でした」

 

 周りの戸惑いには気付かず、ジネットはにっこりと微笑んでOKを出す。

 それでも不安が拭えないのか、カーラがタートリオを見て、エステラを見て、俺を見てきた。

 

 大丈夫だから。

 ジネットは腹の底で「くっだらねぇ仕事しやがって、この無能が!」とか思わないタイプの人だから。

 

「それじゃあ、ボクたちはこのレシピを持って三十一区へ行ってくるよ」

「すまぬが、ジネぷーよ。今夜も部屋を貸してはもらえぬか?」

「構いませんよ。でも、今夜はお酒の前にお風呂に入ってくださいね」

「うむ。約束しよう」

「嬉しい、私は。寝たい、一緒に、今夜は。友達のジネットと」

「はい。では、ご一緒しましょうね」

「うん!」

 

 ジネットにぎゅっと抱きついてから、大量に刷られたレシピを抱え上げるギルベルタ。

 ナタリアがいないと思ったら、今は館に戻って給仕に指示を出していたようだ。

 楽器演奏で急に集まってもらったし、きっといろいろ滞っていることだろう。

 給仕長が館に戻って指示を出せば、給仕たちも安心できるはずだ。

 

「エステラ。今から運動場を借りていいか? 完成したアトラクションから領民に体験させてみたい」

「えっ、明日にはどれか出来るの!?」

「とりあえずはな」

「じゃあ、ボク一番ね! 予約だからね!」

「子供か」

「領主だよ」

 

 よく分からん理屈で予約をねじ込んでくる。

 出来具合を確認するためにこっちで何度か試す必要があるんだっつの。

 

「じゃあ、お客様第一号ってことでいいか?」

「うん。じゃあ、ロレッタ。誰か弟妹に言って、ウチの給仕に伝言頼めるかな? ボクはもう三十一区へ向かうから」

「ならあたしが行ってくるです。今行けば、ナタリアさんもまだいるかもですし」

「そうしてくれるかい? 悪いね。今度クレープを奢るよ」

「やったです! じゃあ、行ってくるです!」

 

 ばっと陽だまり亭を飛び出していったロレッタ。

 

「オレも奢りてぇ」

「『あ~ん』ってしてぇ」

「餌付けしてぇ」

 

 などと、ふざけたことを抜かした大工が数名。

 なるほど、なるほど。

 こいつらに休息は必要ないようだ。

 

「じゃあ、お前ら。明日までにトリックアートとお化け屋敷を完成させるぞ」

「「「明日中にじゃなく!?」」」

 

 ロレッタに邪な目を向けた罰だ。

 大丈夫。頑張れば、明日の朝食をロレッタと次女三女に届けさせてやる。

 それで十分だろう、お前らなど。

 

「あ~ぁ。ロレッタさんに変な目を向けるからッスよ」

 

 事情を察したらしいウーマロが哀れんだ目を棟梁どもに向ける。

 経験して覚えていくといい。

 四十二区で不埒なことはしちゃダメだってな。

 

「そう思うよな、Gカップ?」

「君こそが不埒キングなんだよ。自覚したまえ。まぁ、期待はしていないけどね」

 

 そんな言葉を残して、エステラはルシアと共に陽だまり亭を出て行った。

 

「トルベック! 木材を用意したが、どこへ運ばせる?」

「あぁ、ハビエル。じゃあ、東側の運動場に頼むッス」

「あぁ、運動会をしたところか。分かった、届けさせよう」

 

 ひょっこりと顔を覗かせたハビエルが用件だけを言ってまた去っていく。

 

 それぞれが慌ただしく動き始め、俺も大工たちへと笑みを向ける。

 

「それじゃ、俺らも行くか。夢と未来を作りにな」

「「「……お、おぉ~」」」

 

 なんとも消極的で弱々しい拳が突き上げられたので、『全力で同意』と解釈しておく。

 なぁ~に、心配すんな。

 

 昨夜の下水工事がお遊戯に思えるような、本当の『仕事』を体験させてやるよ。

 

 

 

 

 

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