「乾いた、髪が、ルシア様の」
全然じっとしていなかったルシアの髪を器用に拭き切り、ギルベルタが満足げな表情を見せる。
本当にさらっさらになってるな。大したもんだ。
「こちらも乾きましたよ、ギルベルタさん」
「ありがとう思う、私は。感謝を述べる、ナタリアさんに。指使いが優しくて、うっとりした、私は。見習って精進する」
そんなに気持ちいいんだ、ナタリアの拭き術。
今度やってもらおうかな。
「さて、髪も乾いたところで、私はそろそろ失礼させてもらうぞ」
「ルシアさん。ヤシロを連れて行くならボクが――」
「よい。そなたも風呂を楽しめ」
軽く手を振ってエステラを制止、俺へと視線を向ける。
「私の供をする栄誉をくれてやる。感謝しろよ、カタクチイワシ」
その目が物語っていた。
「話がある。ついてこい」と。
エステラもそれを悟ったのか、大人しく引き下がった。
「では、豪雪期が明けたら挨拶に伺いますよ」
「うむ。年末年始はバタバタとするが、港の工事が始まれば何かと顔を合わせる機会も増えよう。そうそう畏まる必要はないぞ」
「いいえ。お友達として、ボクが個人的に会いたいだけですよ」
「む……うむ。まぁ、そういうことなら、好きにするがよい」
ルシアがデレた。
俺にじゃないけど。
いつも見せている変態性ではなく、照れてはにかむ女子らしいデレを。
俺にじゃないけど。
たまには俺にもデレやがれ。
「さ~ぁ、ミリィたん。一緒に帰ろうぞ! 今日はあえて小さい馬車に乗ってきたから、お膝に『おっちん』しよ~ね~」
「豪華な六人乗り馬車に乗ってきといて何抜かしてやがる」
「普段は八人乗り、ルシア様の馬車は。吐いていない、嘘は」
それでもヒザに座らせる必要がないことに変わりはないだろうが。
「ミリィ。一緒に風呂入って大丈夫だったか? 変なことされなかったか?」
「ぅふふ、平気、だょ……くすくす」
女子同士の裸の付き合いを危惧して声をかければ、ミリィは楽しそうに肩を揺らした。
「ぁのね、るしあさんがね、一番恥ずかしがってたんだょ。ぱうらさんとのーまさんにからかわれてね、真っ赤な顔して浴槽のすみっこでね、まるくなってて、ぁの……かわいかった、ょ」
こそっと教えてくれた。
可愛かった?
あいつなら「うっはー! 獣人族と酒池肉林~!」とか言って大はしゃぎしそうなのに。
「いつも一人でお風呂だから、他の人の、ぁの…………あんまり、見ることないって」
『裸』とか『ヌード』とかって言葉を恥ずかしがって、言葉を濁したミリィ。
あれぇ、なんでだろう。ほっぺたがゆるゆるする。にやにや。
「締まりのない顔をするな、カタクチイワシ。絞るぞ」
「斬新な罰を考案してんじゃねぇよ」
意外にも、ルシアは他人の裸を見るのも、自分の裸を見られるのも恥ずかしがったらしい。
なら一緒に入るなんて言わなきゃいいのに。
……まぁ、一人で入るなら自宅で入るのと変わらないし、それは寂しかったのだろうが。
「一番はしゃいでたのは……ぱうらさん」
困った顔でミリィがパウラを指差す。
なに仕出かした、パウラ?
「そうさね。パウラはす~っぐ人の胸を触りたがるんさね」
「だって、こんな機会滅多にないじゃない? 触らなきゃ損でしょ!」
「うむ、その気持ちはよく分かる!」
「ほら、パウラ。ヤシロと同類さね。気を付けな」
「……うん。ちょっと自重する」
どーゆー意味だ、こら。
まぁ、ミリィたちが被害に遭わなかったのならそれが一番だ。
「じゃあ、他区の領主命令だから、ミリィを送って、ルシアたちを見送ってくるよ」
「あの、ヤシロさん。お戻りは?」
「すぐだ、ジネぷー。心配する必要はない。きちんとここまで送り届ける」
「では安心ですね。泳いだ後は体が疲れていますので、ルシアさんもギルベルタさんも、今日は早く休んでくださいね」
「そなたもな。労い、感謝する」
「楽しみにしている、私は、餅つき大会を」
「はい。またお会いしましょうね」
「うん、と返事する、私は」
そんなわけで、ルシアたちと外へ出る。
デリアたちのことは、エステラがうまいこと引き留めておいてくれた。
んじゃ、話を聞きましょうかね。
わざわざ俺を連れ出してまでしたい、内緒話をな。
馬車はゆっくりとした速度で街道を進む。
「そうだ。二十四区での『宴』以降、DDからネクターを要求する手紙が頻繁に届くようになってな。……ふふ。『貴様が飲みに来い』と言ってやったのだ」
そういえば、二十四区での『宴』では、ウェルカムドリンクとしてネクターを飲ませたんだっけな。
「フィルマンなら、喜んで行きそうだな」
「二十四区の次期領主候補なら、頻繁に来ておるぞ。恋人の麹職人の少女を連れてな」
あのヤロウ、花園デートなんかしてやがるのか!?
俺に断りもなく。ふてぇヤロウだ!
「もう『BU』とのいざこざは終わったし、破局すればいいのに」
「はははっ、心にもないことを口にするものではないぞ、カタクチイワシ。あの二人の仲を取り持つために、随分と奔走したそうではないか」
それは、『BU』から突きつけられた不条理な賠償を撤回させるために必要だったからだ。
でなきゃ、誰が進んで他人の色恋に首を突っ込むかよ。
「シラハとオルキオの件もある。ウェンたんと他一名の件もな」
「セロンへの嫉妬が醜いな、ルシア」
ウェンディはお前のじゃないから。
あとからしゃしゃり出てきて執着してんじゃねぇよ。
「貴様は目に付いた男女をくっつけて回らないと気が済まぬ性分のようだな」
「酷い誤解だ」
「ぁ、でも、にっかさんも、てんとうむしさんのおかげで結婚できたって、言ってた、ょ?」
「ニッカが!?」
ニッカはシラハのお付きをしていたアゲハチョウ人族で、どちらかと言えば俺にはあまり友好的ではない人物だ。
顔を見る度に悪態を吐いてくる、ルシアや二十四区教会のシスターでありリベカの姉でもあるソフィーのような立ち位置のはずなんだが……
ニッカがそんなこと言っていたのか。
「じゃあ、離婚させても怨まれないな」
「それは、怨まれると、思う、ょ?」
仲人は親も同然!
親の言うことは絶対だろ!?
ん、待てよ?
「仲人は親も同然……親なら娘とお風呂に入るのは当然か……」
「当然じゃ、なぃ、ょ? なぃから、ね?」
じゃあ、なんのために親同然になるんだ?
メリットがないじゃないか。
「でも、ネクターを気に入ってくれて、嬉しい、な」
「うむ。ミリィたんのおかげで三十五区は一層華やかになったぞ」
「みりぃ、何もしてないょぅ。てんとうむしさんのおかげ、だょ」
「いいや。そなたが三十五区の花の可能性を広げてくれたのだ。『宴』での飾り……なんといったか……フラワーアレンジメントは素晴らしかったそうではないか。DDが褒めていたぞ」
「ホント、ですか? わぁ……ぅれしぃ、な」
ドニスはロマンチストだからなぁ。
花を愛でる俺――ってのに浸っているのかもしれん。
あぁ、そうか。
マーゥルの趣味が庭園造りだからか。それで花に興味を持ったんだな。
「生花ギルドも組合を作ることになったようだしな。すべては、ミリィたんが働きかけてくれたおかげだ」
「そんなこと……! ぁ、ぁの、みりぃは、他所の区でぉ花を飾りたいから、手伝ってくださいって、ぉ願いしただけで……」
「その働きかけがきっかけとなったのだ。今後、結婚式や祝い事の席ではフラワーアレンジメントが取り入れられる可能性は大きい。そうなった時に、一つの区の生花ギルドだけでは賄いきれないこともあるだろう。そんな時、近隣の区の生花ギルドで協力し合う体制が生まれた。それは、紛れもなく、ミリィたんが先駆けて行った実績があればこそだ。もっと誇るといい」
「そんな、みりぃは……」
ミリィが赤い顔をして、こちらをちらりと見る。
「てんとうむしさんが、手伝ってくれたから……」
「ミリィの一所懸命さが実を結んだんだよ。アリクイ兄弟じゃ、門前払いされていたかもしれないしな」
「くすくす……そんなこと、なぃよぅ」
いやいや。
俺なら、素性も知らないアリクイの双子が「Hi! グッドモ~ニ~ン!」ってやって来たらドアを閉めてしっかりと施錠する。雨戸も閉める。
「大工に次いで、生花ギルドも組合を作った。また、街は大きく変わるだろうな」
シートに背を預け、ルシアが満足げな顔で言う。
大工というか、土木ギルドも組合を形成している。
基本は個々の大工が仕事を請け負い従事しているが、四十二区の街門や街道の建設、四十一区での大食い大会の会場や素敵やんアベニューの建設など、大きな工事がある際は近隣の区から大工をかき集めてくるのだ。
その際、信頼の置ける者を派遣するために各区のギルドは組合に加盟して大工たちの評価や評判を共有している。
なので、トルベック工務店なんかはちょいちょい他所の区からも声が掛かっている。腕がいいからな。
かつて、ウーマロが名指しで三十区領主の館の修繕を依頼されたのも、その組合のデータを元に選考されたものなのだろう。
たまに入札とかもやってるらしい。
どこの大工がその仕事を引き受けるか、工費と工期を提示して条件に合致した大工が選ばれるなんてシステムだ。
下水工事のノウハウを持っているトルベック工務店は、他の追随を許さない人気の大工と言える。
そんなとこの棟梁を気軽に使って大浴場とか作らせてていいのかって気もしないではないが、ウーマロがやりたがるのだから仕方ない。
俺は何も悪くない。
むしろ、仕事をあげている俺って、親切? くらいの気持ちでいようと思う。
「ネクター飴も好評でな。他領主との会談の折に贈与用として持っていくと毎度喜ばれている。取り引きしたいという者も大勢現れて少々困っているくらいだ」
花園の蜜は商売には使用しない。
そのルールを曲げるつもりはないらしく、ネクター飴はあくまで贈与用の枠を出ることはないのだそうだ。
「これまで仕事がなかった虫人族たちの受け皿が出来たことには、本当に感謝している。ミリィたんの発明のおかげだ。改めて、感謝を述べさせてほしい」
「そ、そんなこと……ぁの、頭を上げてください。みりぃは、ただ、みんなが喜んでくれるならって……それに、ネクターを考えたのも、ネクター飴を虫人族の人に作ってもらおうって言ったのも、みんなてんとうむしさんだから……」
「カタクチイワシの功績は自然と帳消しになるシステムで運営されているのだ、我が三十五区は」
「わぁ、じゃあ今後一切、なんんんっにも協力しないでおこ~っと」
「しかし、カタクチイワシには私に協力する義務を負わせることに決まった。我が区で行った多数決でな」
「お前はプチ『BU』か」
勝手に決めたことを押しつけてくるな。
権力を笠に着た横暴な領主にパワハラ全開の不条理を押しつけられている俺を、ミリィはくすくすと肩を揺らして見ていた。
俺の不幸がそんなに楽しいか? ミリィって、意外とドS?
目が合うと、にっこりと笑みを深めるミリィ。
楽しそうで何よりだ。
俺はルシアのせいで、ちーっとも楽しくないけどな。
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