異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

296話 本日の来訪者は泥と雲 -2-

公開日時: 2021年9月10日(金) 20:01
文字数:4,939

「……営業妨害だから」

 

 しばらく黙った後、ド三流記者が負け惜しみ染みた声でつぶやく。

 

「お前がか? 自覚があるなら帰れよ」

「違うわよ! この雑誌が、情報紙の営業を妨害してるって言ってんの!」

 

 消沈していたのはわずかな時間だけで、ド三流の中の面倒くさい使命感みたいなものが再び燃え上がり始めた。

 

「情報紙を四十二区に呼んどいてさぁ、四十二区でこんなパクリみたいな物発行するとか、これもう完全に営業妨害だからね? 分かるよねぇ!?」

 

 まったく分からんのだが?

 そもそも、四十二区に呼んどいてって……

 

「四十二区にいるのが嫌なんだったら、俺が領主に言っといてやるよ」

「ちょっ!? そういうことじゃなくない!?」

 

 いや、そーゆーことだろうよ。

 呼んどいてって。「こっちは来たくなかったけど、お前らが頼むから来てやった」ってスタンスだろ?

 

 いいぞ?

 いつでも出て行ってくれて。行くところがあればいいけどな。

 

「とにかく、コレの発行は中止してもらうから。ま、当然よね? こんなの、認められないし」

 

 何が当然で、誰が認めないのかは分からんが、そんなもんお前に決められる謂れはない。

 

「大体、コレには税金かからないとか、『BU』と癒着してんじゃないの!?」

 

 癒着も何も、『BU』がお前らを潰すために全面協力してんだよ。

 税金なんかかけるわけないだろうが。

 

「とにかく、それだけ分かってくれればいいから。発行禁止ね。OK?」

「いや、俺に権限ねぇし。俺に言われても知らねぇよ」

 

 責任者に言ってくれ。

 今みたいな論調じゃ門前払いだろうけどな。

 

「それに、別に情報紙の妨害はしてないと思うんだが?」

 

『リボーン』に載っているのは外周区の情報がメインで、創刊号に関してはほとんど四十二区の特集記事ばかりだ。

 情報紙がメインで扱っていた『BU』の情報なんかこれっぽっちも載っていない。

 例外的に麹工場や二十四区、二十九区の広告が載ってはいるが、それは協賛者だからであり、特別推しているわけではない。

 それに、情報紙お得意の『今の流行はこれだ!』とか『面接の必勝法!』とか『覚えておくべきマナー』みたいな記事は一切載っていない。

 さらに付け加えるならば、時事ニュースにも手を出してはいない。

 

 いわば、新聞とファッション雑誌くらいに別物なのだ。

 ファッション雑誌を買ったから新聞はいらない、なんてことにはならない。

 想定している客層はまるで別物なのだ。

 

 そういうことを、懇切丁寧に分かりやすく説明してやるが、頭が悪いのか耳が悪いのか、ド三流記者は一切理解を示さなかった。

 

「事実として、これが発行された直後から情報紙の売り上げが落ちてるんですけどぉ!? それはどう説明する気なわけ!? 言い訳できないでしょう、事実なんだから!」

「言い訳も何も、情報紙の売り上げが落ちたのと『リボーン』の発行に因果関係なんかないだろ」

「はぁ!? あんたバカなんじゃないの!? コレのせいで売り上げ落ちたって言ってんじゃん!」

「『リボーン』のせいだって証拠がないだろう」

「だぁ~かぁ~らぁぁあ~! コレが発行された途端売り上げが落ちたんですけどぉ!? 話聞こえてますかぁ!? 頭空っぽなんですかぁ~!?」

 

『リボーン』の発行のせいで情報紙の売り上げが落ちた。そう決めつけているせいで、何を話しても話が振り出しに戻る。堂々巡りをする。

 

 話が噛み合わない相手は、大抵この『結論の決めつけ』をしている。

 

 自分の意見を絶対的なものとして曲げないから、論理立てて説明しようが、明確な証拠を突きつけようが、『でも実際そうだったもん!』と謎の理論で論破したつもりになりやがるのだ。

 自分の中だけでだが、揺るがない正解が存在しているから妙な自信を持っているのもそういうヤツの特徴として挙げられる。

 

 こういうタイプは非常に面倒くさいのだが――

 自分の落ち度を認識させて強制的に黙らせるしかない。

 

「『リボーン』の発行と同時期に、情報紙は二つの変革があったよな?」

「はぁ? 話逸らさないでくれる?」

 

「話を逸らすな」は、話を逸らしてばかりのヤツがよく口にする言葉だ。

 いろんなヤツに「話を逸らすな」って言われるから、相手への反撃に使いがちになってしまうのだ。

 他人への口撃内容は、自分が言われてイヤだったことになりがちだからな。

 

 そんな価値のないもんは無視する。

 

「まず、本部が移転になり税金がかかることによって料金が上がった。元値の十倍という法外な値段にな」

「法外じゃないし! 『BU』の領主たちが税金かけたのが悪いんじゃん!」

 

「税金がかけられたから」は「法外じゃない」の論拠にはなってねぇぞ。

 どんな理由があろうが、法外な値段は法外な値段だよ。

 そもそも、お前らが情報紙に書いたんじゃねぇかよ『法外な税金をかけられることになった』って。それを丸々上乗せしたんだから、『法外な値段』で合ってんだろうが。

 

「値上がりすれば買うのをやめる読者がいるのは当然だろう」

「でも――!」

「第二に」

 

 いちいち内容のない反論もどきを挟もうとするので、それを遮って次の理由を挙げておく。

 

「紙面の内容が大きく変更された」

 

 そう。

 情報紙は、そこに書かれる記事の内容が大きく変わったのだ。

 瓦版のように一枚の紙に記事が書かれている情報紙には、載せられる記事に限りがある。

 これまでは、『BU』での流行や、マナーなどの指南書のような記事が多く、エンタメ路線が強かった。

 

 だが、あの記事――四十二区の街門前広場での乱闘記事が載った回から、その内容は四十二区と『BU』領主たちの批判記事が大半を占めるようになった。

 自分たちを被害者とし、加害者たる四十二区や『BU』の領主たちを糾弾する記事には過激な表現も多く、読む者を扇動しようという魂胆が透けて見えるほどだった。

 

 正直、読んでいてちっとも楽しくない。

 他人の悪口を、高い金を出して誰が読むんだよ?

 

「つまり、情報紙が売れなくなったのはつまらなくなったからだよ」

「ふっざけんな!」

 

 ド三流記者が立ち上がり、目を血走らせて俺を睨む。

 

「お前らが邪魔したからだ! お前らのせいだ!」

 

 なので、純然たる真実を告げてやる。

 

「いいや。これまではろくに記事も書かせてもらえなかったド三流記者が、偉そうに紙面の大半を占拠しているせいだよ」

 

 このド三流記者は、例の暴動事件の記事以前はほとんど情報紙に記事が載っていなかった。

 それが、あの記事以降、毎回情報紙の大半を埋めるほどの記事を任されている。

 

 これまで協力して情報紙を作ってきていた記者たちの反感は、相当なものらしいぞ――俺が調べたところによると、な。

 いろいろ調べがついたぞ。たとえば、お前のこととかな。

 

「売り上げを戻したいなら、告白記事でも書いたらどうだ? 『私利私欲のためにトルベック工務店を土木ギルド組合から追い出した組合の役員貴族に連なるコネ入社のド三流記者が、バックの権力をフル活用して好き勝手に情報紙を荒らした結果売り上げが激減してしまいました』ってな」

「テメェ、ぶっ殺してや……っ!」

 

 俺に掴みかかろうとしたド三流記者だが、マグダとロレッタに行く手を阻まれ立ち止まる。

 マグダから、目に見えそうなほど濃密な殺気が放たれている。コレを浴びたら、一般人は体がすくんで動けなくなるよな。

 そして、ロレッタも怖い顔で睨んでいる。

 

「……どうぞ、お引き取りを」

「そうです。あんたが頼んだ陽だまり亭懐石~彩り~は、代わりにあたしが購入してお米粒一粒残さず美味しくいただいておいてあげるです」

「…………ちっ!」

 

 舌を打ち、ド三流記者が踵を返す。

 そして、出口直前で振り返り、聞いたことのある捨て台詞を吐き捨てる。

 

「アタシ、今のこと全部書くから!」

 

 好きにしろよ。

 

「読んでくれる人がいるといいな」

「――っ!」

 

 つま先から血流が逆流したかのようにド三流記者が体を震わせ、血が出るほど唇を噛みしめて、そして足音を荒らげて出て行った。

 さすがに、この店で物に八つ当たりするのは危険だと学習したか。

 

「お待たせしまし……あれ? お客さんは?」

 

 ひょこっと厨房から出てきたジネットは、陽だまり亭懐石を手に目を丸くしている。

 

「あぁ、用事があるみたいで帰ったよ」

「そうなんですか。……残念ですね。飾り切りが綺麗に出来たんですが」

「あ、店長さん。それあたしが食べるです。クーポン券なしで買っちゃうですよ!」

「……いいや、ここはカボチャコロッケの妖精と呼ばれるマグダが」

「いつの間にそんな呼ばれ方してたですか、マグダっちょ!?」

「……今朝、『はぁぁぁん! もはやカボチャコロッケの妖精ッスー!』と」

「マグダっちょの通称、ほとんどその人発信ですね!?」

 

 ウーマロ発信で、ウーマロ止まりなことがほとんどだ。

 まったく。

 あれだけ殺伐としていた空間があっという間に元のほんわか陽だまりテイストに戻ったな。

 大したもんだよ、ウチの看板娘たちは。

 

「それじゃあ、今から三人でジネットの試験をしようじゃないか」

「ぅへい!? わ、わたしの試験ですか!?」

「事前通告すると、いつも以上に気合いを入れて作りかねないからな。抜き打ちでいつものクオリティを審査させてもらう」

「う、うぅ……緊張します」

 

 なんてな。

 ジネットがいつも一品一品に心を込めて作っているのは知っている。

 これはただの方便だ。

 

「それじゃあ、審査委員長のマグダと、公正判定委員長のロレッタは、贔屓や不正がない公正な審査をするように」

「……任せて」

「店長さん、覚悟してです! びっしびっし厳しく審査するです!」

「は、はい! よろしくお願いします」

 

 テーブルをつけ、俺とマグダとロレッタが三人並んで座る。

 対面にジネット一人が座って、陽だまり亭懐石~彩り~の審査が始まる。

 

「まずは見た目だ」

「……美しい」

「もはや芸術の域です。まずこのキュウリの飾り切りですが、コレは包丁の使い方が――」

「……ロレッタ、長い」

「めっちゃ綺麗です!」

 

 審査員全員が見た目に合格点を出す。

 

「だが、問題は味だ」

「……無論。料理は味がすべて」

「ほんの少しの味の乱れでも見逃したりしないですから、覚悟してです、店長さん!」

「は、はい! お願いします!」

 

 そして、三人三様に好きなおかずを箸でつまみ、口へ運ぶ。

 

「「「うまぁ……」」」

 

 ま、分かってたけどな。

 

「ジネット、腕を上げたな」

「……すでに頂に達していたと思われた店長のさらなるレベルアップに脱帽」

「店長さんの料理スキルは天井知らずです。おかわりが欲しいです」

「……待って。ミートボールはマグダが予約済み」

「そうだったですか!? じゃあ、このエビは!?」

「……残念。それも売約済み」

「じゃあ、あたしは何が食べられるですか!?」

「……この仕切り使われている笹の葉はご自由にどうぞ」

「それ頑張っても食べられないヤツですよ!?」

「一回頑張ってみたことあるのかよ……」

 

 もう草とか食うなよ、お前は。

 いい物食え。金あるんだから。

 

「くすくす……」

 

 マグダたちのやり取りを見て、ジネットが笑う。

 

「おかわり、作ってきましょうか?」

「……けど」

「さすがにそれは……」

 

 両隣から、マグダとロレッタが俺を見る。

 なんで俺に聞くんだよ。ここの責任者はジネットだっつーのに。

 ……って、そのジネットまで俺を見てるし。

 あぁ、もう。

 

「じゃあ、今日のまかないは陽だまり亭懐石にするか?」

「すごい豪華なまかないです!?」

「……賄われ過ぎて気が引けるレベル」

「うふふ。いいじゃないですか。そうです! じゃあみなさんで一緒に作りませんか? 今のところわたし一人で作っていますけど、ゆくゆくはマグダさんやロレッタさんにも手伝っていただきたいですし」

「……やるっ」

「あたしもやりたいです!」

「では、行きましょう」

 

 ジネットが立ち上がり、マグダとロレッタがすかさずジネットに飛びつく。

 誘われたのが嬉しいらしい。

 ただ、陽だまり亭懐石~彩り~は、滅多に注文されない。

 それこそ、今回みたいなクーポン券でもない限り。

 

 ……まさか、今後も頻繁にクーポン券出すつもりじゃないだろうな?

 いいか、忘れるなよ? 赤字なんだからな?

 

「ほら、ヤシロさんも。一緒にお料理しましょう」

 

 嬉しそうな顔でこちらを向く陽だまり三人娘。

 

 ……ったく。

 救いようがねぇな。

 

 

 

 あんないい笑顔が見られるなら、多少の赤字くらい大目に見るかなんて思っちまってる俺がな。

 

 

 

 

 

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