「地下でちゃんと繋がってたよ~☆ 海っ☆」
マーシャがタライの中で自慢げな顔を見せている。
日が傾きかけた夕方。
全身ずぶ濡れのマーシャがデリアに担ぎ込まれてきた時は何事かと思ったのだが、話を聞くと、マーシャは泳いで四十二区まで来たのだそうだ。
以前から怪しいと思っていた航路を、単身泳ぎ切り、憶測でしかなかった四十二区の外に海が繋がっているという推論を証明してみせた。
相当無茶をしたようで、白魚のような肌にいくつも擦り傷や切り傷が付いている。
「でも、船が通れるようにするには、洞窟の壁を壊さなきゃダメかもねぇ☆」
「深さはどうだった?」
「そっちは平気。夜中に突撃しても座礁はしないと思う☆」
「そんな無謀な冒険はしなくていいから」
オールブルームの北西に広がる海は、三十六区を避けるように大きくカーブして、北東に位置する三十七区にまで達している。
三十六区は立地が悪かったな。外壁の向こうにちょっとした山があって、両隣の区よりも少し内陸側に引っ込んでいるのだ。
で、その三十七区への航路から少し外れたところに、『怪しい海流』を見つけたのだという。 そいつは、海岸にそびえる大きな崖の中へと続き、洞窟の奥で行き止まりになっていた……ように見えた。
これまでは誰も気にしなかったその洞窟だったのだが、マーシャはそこに探りを入れた。
俺が以前、鮭を根拠に四十二区の崖の下に海へつながる水路があるはずだと言った後、マーシャはそこへつながる水の流れを探し回っていたそうだ。
そして、潮の流れから四十二区へ続く水路の場所を予測し、件の洞窟が怪しいと、この先にまだまだ海は続いているとマーシャは睨んだのだ。
そんな洞窟の奥の抜け穴を、マーシャは実際に泳いで、見事四十二区への水路を発見したのだという。
執念だな。
「四十二区が低い位置にあるんじゃなくて、三十五区が高い位置にあるんだな」
マーシャの話を聞く限り、四十二区は海抜0メートルみたいな場所にはないらしい。
港のある三十五区へ行くのに、ずっと坂を上り続けていたから、四十二区は低い位置にあるのだと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
「四十二区が海より低い位置にあったら、三十七区辺りから海水が流れ込んで水没しちゃってるよぉ☆ あそこの港は、そんな大層な防波堤とかないからねぇ☆」
まぁ、そりゃそうか。
オールブルームは、ガレアブルームというこの大陸の中でも高地に存在する街のようで、三十五区の港から街門までの道も上り坂になっているのだとか。
とはいえ、高低差数十メートル、なんてことはないようだが。
……なんか、だまし絵を見ているような気分だ。立体模型でも見せてもらわないとうまく理解できそうもない。
「洞窟の壁を壊して船が通れるトンネルを造って、あと灯台も必要かな☆」
「結構大事になりそうだね」
壮大過ぎるプロジェクトに、エステラが冷や汗を流す。
莫大な金がぶっ飛んでいきそうだな。
「トンネル工事と港の建設は、我が三十五区の大工を使ってもらうぞ。多少とはいえ利益が流れていくのだ、それくらいの見返りがなければやっていられん」
「うぅ……オイラ、灯台造ってみたかったッスのに……っ」
ウーマロが悔しそうに歯がみをしている。
こいつも新しい技術とか好きなんだよなぁ……なんだ、四十二区に住むと社畜が感染するのか?
「三十五区の大工たちは港の建設やメンテナンスのプロフェッショナルだからね。手伝いがてらにいろいろ吸収してくれると嬉しいな」
エステラがフォローを入れるも、ウーマロはエステラを直視できないせいで明後日の方向を向いたままだった。
拗ねてるガキみたいだな、お前。
「その代わり、三十五区に下水を引いてもらうことになったから、そっちは頑張ってよね」
「うむ、そうだぞ棟梁よ。私はエステラの家のトイレが甚く気に入っているのでな。今から楽しみにしているぞ」
「は、はぁ、それは、その、期待に添えられるよう、頑張る所存ッス……」
「なぜこちらを向かんのだ、キツネの棟梁!? その無礼な態度、貴様、もふもふでなければ叩っ斬っているところだぞ!」
ウーマロは、ルシア的にちょっと「あり」なようだな。
カブトムシやクワガタはそうでもなかったような気がするんだが。
と、まぁ、そういう感じで、日中はあちらこちらへ歩き回りいろいろ話を付け、現在は陽だまり亭で再度ミーティングをしているというわけだ。
もうずっとエステラ&ルシアと顔を突き合わせている。
ギルベルタとナタリアは各々の館へと戻っている。
ルシアは今日、エステラの館に泊まることになり、その準備だ。
ギルベルタは一度戻ってまた四十二区にやって来る。……可哀想に。
「あぁ……もう、疲れたよ」
エステラが両腕を上げて薄い胸を反らす。
背骨がばきっと音を立てる。年寄りか、お前は。
「……悪かったね、なだらかで」
「なんも言ってないだろうが?」
「ヤシロのことだから、どうせそういうことを考えていたんだろ。顔を見れば分かるよ」
「あれぇ☆ 顔見なきゃ分かんないの、エステラぁ?」
「あたいは、顔見なくても分かるぞ。ヤシロは大体おっぱいのこと考えてるからな」
「潮風で錆びろ、カタクチイワシ」
酷い言われようだ。
今回は珍しくおっぱいのこと考えてなかったのに。
くっそ。今後はもうおっぱいのことしか考えない! 考えないんだからねっ!
「けどさぁ、確かに肩こるよなぁ」
と、Hカップが肩を回す。そりゃこるだろう、そんなご立派なものをぶら下げていたら。
「私はそうでもないかなぁ~☆」
とFカップが水に浸かって言う。
浮力のおかげだな、きっと。
「ボクなんか、ここ最近ずっとこりっぱなしなんだから」
嘘吐け乳回りバリアフリー。
「領主というものの職業病だ。慣れろとしか言えんな。私もよくこっている」
そうでもないだろう、ミス誤差の範囲。
仰向けで寝たらすぐなくなんじゃねぇか。
「口に入れた途端なくなっちゃった~」的な柔らかさ推しの牛肉よりすぐなくなる塊のくせに。
「うるさいよ、ヤシロ。黙っていても顔がうるさい」
ふん。細かいことをいちいち気にするヤツだ。
心にゆとりがないからイライラするんだろうな。
「心の小さいヤツ……いや、胸の真っ平らなヤツめ」
「なんで言い直したの!? まったく違う意味の言葉に!」
バカモノ。
心は胸の中にしまわれているんだよ。
だから、胸の平らなヤツは心の入れ物が小さいということになり、自然と心も小さくなるのだ。
亀は水槽の大きさに合わせて体を大きくするというしな。
「亀みたいなヤツだな」
「何が!? 間がないからさっぱり意味が分からないよ!?」
きっと疲れているのだろう。
エステラが亀のようにきーきーと騒ぎ立てる。
「って、亀がきーきー鳴くかっ!」
「ヤシロ君、おつかれみたいだねぇ☆」
「甘いもんでも食うか? あたい、店長に言ってきてやろうか!?」
「デリアちゃん、自分が食べたいだけでしょう? でも、いいね、甘い物。私も食べたいなぁ~☆」
「よし! 言ってきてやる!」
俺を無視してデリアが厨房へと入っていく。
ジネットは現在、ニュータウンで行われている工事に従事している連中の晩飯を作っている最中だ。
「なのにサボって陽だまり亭に入り浸るウーマロ……」
「打ち合わせしたいからって呼んだのはヤシロさんッスよ!?」
「呼ばれたからって、来る? 普通?」
「呼ばれたら来るッスよね、普通!?」
ウーマロが正論を吐く。
つまらない男だ。
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