昼になり、ちょこちょこお菓子をつまんでいた連中も本腰を入れて飯を食おうと屋台へと並び始める。
マグダとロレッタは七号店でお好み焼きを、ジネットは二号店でクズ野菜の炒め物やちゃんちゃん焼きを作っている。
というかジネットは屋台とウーマロ作の簡易厨房を行ったりきたりして大車輪の活躍だ。
ちゃんちゃん焼きは何度かお披露目したこともあり安定の人気を博しているが、意外だったのがくず野菜の炒め物への関心が高かったことだ。
無理やり食べても美味しさに欠けるヘタや皮を、ちょっとした一手間、一工夫であれよあれよとご馳走に変えていく。まぁ、その『一手間』がプロ級の技術の結晶ではあるのだけれど。
奥様方が物凄く興味深そうにジネットの包丁さばきを観察している。
見られながらの調理に少し緊張しているようにも見えるが、それでも楽しそうに工程を重ねていくジネット。
そういえば、クズ野菜の炒め物を一般公開するのは初めてだったかな。前に仲間内でお料理教室をやったことはあるけれど。
あんま見せるような料理じゃないからな。だって、クズ野菜の炒め物だし。
一般家庭で言うところの『冷蔵庫の中の残り物ぶち込みチャーハン』みたいなものだ。わざわざ人前に出てきて見せつけるようなものではない。
だが。
「すごいわ……ヘタがあんなに綺麗に」
「えっ、そこも捨てずに使えるの!?」
「はぁ~……大したものねぇ、若いのに」
「ワシらが若いころはなぁ、そりゃあ食べる物がなくて、あぁやって手間を惜しまずなんでも食べたもんじゃ」
「いや、私たちも一年くらい前までは必死にやりくりしてましたよ」
「けど、あそこまでは……さすがに、ねぇ」
「プロってすごいのねぇ」
「なんだかもう、魔法みたいね」
すごくいい反応だ。奥様方が感心している。
誰もが食い入るようにジネットの手元を見つめている。その誰もが楽しそうに見えた。
その気持ちは分かる。俺も、女将さんの料理を好きでよく見てたもんな。
匠の技は、まさに芸術なのだ。
ジネットの包丁さばきにしたって、あれは最早一つのエンターテイメントといっても過言ではないだろう。
……俺も、見てるの好きだしな
「ねぇ、店長さん。さすがに魚の骨なんかは食べられないわよね?」
「頭と一緒に出汁を取ってみてはいかがでしょう? あとはカラッと二度揚げして骨せんべいにしたり、水気を飛ばした後で粉にしてふりかけに混ぜると面白い風味が出ますよ」
「食べられるんだ、骨!?」
一般主婦からの質問に丁寧な回答をするジネット。
日本だったらカリスマ料理人としてテレビで引っ張りダコだったかもな。爆乳だし。顔も、まぁ……可愛いし?
「では、味を見てみてください」
「……んっ!? 美味しいっ!」
「この歯ごたえが、また……っ!」
「ちょっと、行商ギルドさ~ん! ゴボウとレンコンいただくわ!」
「毎度ありがとうございま~す!」
アッスントがキラッキラした顔をして駆け回っている。
実演販売だな、実質。出演料もらっとけよ、ジネット。
――と、いう具合に、奥様方はジネットの周りに群がっているのだが、一方のオッサンどもはというと……
「モリーちゃんのおにぎり、小さっ! 可愛っ!」
「俺、シスターのとこ並んでくる!」
「ミリィちゃんが、おにぎり『あつっ、あつっ』ってしてる!? 萌えるっ!」
「デリアさーん! シャケくださーい!」
俺考案のおにぎりスタンドに群がっていた。
居並ぶ美女の中から、好きな娘に目の前でおにぎりを握ってもらえるのだ、そりゃ並ぶさ。
手間と工数削減のため、一人につき一具材を担当してもらっている。
パウラとモリーがおかかでネフェリーとミリィが梅。ノーマがシソちりめんでデリアはもちろんシャケだ。
ベルティーナはジネット特製の海苔の佃煮を担当している。これがまた、ジネット会心の逸品なのだが、美味いぞぉ~。あまりの美味さに『ご○んですよ』という名前を付けようとしたら「海苔ですよ?」と真顔で返されてしまった。海苔の佃煮はご飯じゃなくても『ごは○ですよ』なのに……
ちなみに、なんでミリィが「あつっ、あつっ」ってなっているのかというと、朝用意したご飯じゃとても足りないと判断した結果、追加で炊いたからだ。……英断だったよ、小一時間前のジネット。さすが、料理の量を見極めるプロだ。
どの女子の前にもすごい列が出来ている。
「パウラちゃ~ん、酒は~?」
「日が沈んでからね」
「ちぇ~!」
パウラは酒飲みどもに人気だ。
パウラの顔を見ると酒が飲みたくなる体質になってるんじゃないか、あいつら?
パブロフの犬……いや、イヌはパウラの方なんだけど。
「あ、ヤシロ~! 見て見てっ、おにぎり大盛況だよ!」
俺たちを見つけて、ネフェリーが自慢気な顔で手を振ってくる。
本当に大盛況だ。おにぎりが……というか、『美女が握るおにぎり』が。
おにぎりスタンドに群がるオッサン連中は、具材ではなく明らかに女子たちを見て列に並んでやがるもんな。
何度も同じ列に並ぶオッサンも散見される。……握手券付きの定食を作ったらバカ売れしそうだな。
「さすがにこの辺はうまいな」
「へへっ! あたいらは陽だまり亭で何度も作ってるからな」
デリアがちょっと大きめのおにぎりを豪快に握っている。
デリアのおにぎりは迫力があって、食べ盛りのガキや肉体労働系のオッサンどもに好評なのだ。今日も顔なじみが列を作っている。
グーズーヤがキラキラした目でデリアを眺めている。あいつだけ特別料金取ってやろうかな。たぶん払うだろうし。
「は~い、おまちどうさま~」
「よく噛んで食べてね」
パウラとネフェリーが出来たおにぎりをカウンターの大皿へと置く。
寿司屋の下駄ように、完成品は客の前の皿に置かれる。客はそれを受け取って列を離れていくのだ。
おにぎりは一律同じ値段なので、おにぎりを受け取った者は皿の横の木箱に小銭を入れていく。
回転率最優先のやり方だな。多少計算が合わないのは覚悟の上なのだが……バカ正直なヤツばっかだからなぁ、四十二区は。俺なら入れたフリして入れなかったりするのに。みんな真面目に金を払っていく。偉いぞお前ら。
陽だまり亭お手伝い常連は手際もよくどんどんと客を捌いていく。
なので、列が出来てもさほど客を待たせることはない。
そんな中、凄まじい大行列を作っている場所がある。ノーマのところだ。
パンダが初来日した時のような盛況ぶりだ。
「すごいな、ノーマのとこ……」
「朝に試食したけど、美味しかったもんね、シソちりめん」
「いや、エステラ。並んでる男どもの顔を見てみろ。あれはシソちりめんを楽しみにしている顔じゃねぇよ」
「はは……まったく、四十二区の男たちときたら……」
完全に『ノーマの握ったおにぎり』目当ての男どもが、少年のような無邪気な瞳をキラキラさせて待機している様は非常に暑苦しい。
前から順に水風船をぶつけていってやりたいくらいだ。
「しかしすごい列だな。これではいつ食べられるのか分からぬではないか、なぁ、ギルベルタ」
「推奨する、ルシア様、別のところへ行くことを、私は」
「いや待ってよ、ギルベルタ。領主たる者、注目のパビリオンは真っ先に押さえておくべきだと、ボクは思うよ」
パビリオンって、万博かよ。
何をどう翻訳したんだ、『強制翻訳魔法』?
まぁ、言わんとすることは分からんでもないけれど。
つーかエステラ、お前は単純にシソちりめんが食いたいだけだろう。
「では、エステラよ。そなたは私に、この行列の最後尾に並べというのか? あぁ、そうか。カタクチイワシが並べば万事丸く収まるな」
「何一つ収まってねぇよ」
「私はおにぎりが食べてみたいがこの行列に並ぶのは苦痛だ。一方の貴様には拒否権がない。利害が一致しているではないか」
「俺の利がどこにもねぇじゃねぇか!?」
拒否権は、ありまーぁぁす!
「大丈夫ですよ、ルシアさん……主催者権限を発動します!」
「うっわ、ずっる!」
「うるさいよ、ヤシロ。いいじゃないか、みんな友達なんだから」
こいつは、普段貴族っぽい強権は一切振るわないくせに、こういうしょーもないところではフル活用しやがるよな。
「さすがに気の毒思う、この列に並んでいる者たちが」
「確かに、これほどあからさまに順番抜かしを行うと、我々の主の悪評が立ちかねませんね」
権力にモノを言わせる気満々の領主二人を抑えるべく、良識派の給仕長二人が列に並ぶ男たちの前に進み出る。
「ここは真っ当に、拳で語り合いましょう」
「いい思う、私も。出ないはず、文句は、正々堂々戦った結果なら!」
「「「お先にどーぞ!」」」
「「「列とか関係ないんで、どーぞ!」」」
「そうですか?」
「そこまで言うなら、皆様が……」
「「「どーぞどーぞ!」」」
必死だなぁ、四十二区オジサンズ。
……給仕長二人を相手に拳で語るとか、野生の熊を素手で狩るのと同じくらい不可能だから。
「権力にモノを言わせずに済んでよかったです」
「よかった思う、私も」
腕力にモノを言わせたけどな!
まったく、とんだ認識違いだった。良識派どころが、めっちゃ武闘派だったわ、この給仕長たち。
そうして、領民たちの多大なる厚意によって、エステラとルシアは堂々と横入りを敢行した。
支持率、地に落ち果てろ。
「違うんだよ! ボクたちは心底おなかがすいているんだよ! でも彼らの目的は空腹を満たすことじゃないだろう?」
「まぁ、そこは確かにそうなんだろうが……」
それにしても、やっぱり飲食店に従事する者としては、横入りはちょっと看過できないんだよなぁ……
というわけなので……
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