それから、続々と各区の領主と料理人たちが集まってくる。
「我が騎士よ! 今日はとびっきり美味しい塩麴ラーメンをご馳走してやるから、楽しみにしておくのじゃ!」
二十四区麹工場の長、リベカがウサ耳を揺らして目の前を通り過ぎていく。
って、ちょっと待て! 隣を歩く巨乳美女は誰だ!? 見たことないぞ! リベカと随分親しそうだけど!?
「彼女は、二十四区にある飲食店『燃やし門』のオーナーシェフ、ビフィズス・カモスだ」
「なるほど、Fカップか。貴重な情報ありがとう、ドニス」
「ワシは一言もそんなことは言っておらぬが」
その一風変わった店名は、店の入り口にある大きな門が、防虫防カビ効果の高い『焼杉』という敢えて燃やして表面を炭化させた木材で作られていることに由来しているらしい。
いや、知らんけど。
なんか言い訳くさいけど、後ろめたいことでもあるのか? 知らんけど。
「燃やし門のオーナーシェフは、麹の使い方がことのほかうまくてな。リベカ殿のお気に入りなのだよ」
「リベカが懐く大人が他にもいたとはな」
「ほほぅ? ヤシぴっぴよ、それは嫉妬かな?」
「誰が。フィルマンじゃあるまいし」
「はっはっはっ! 確かに、フィルマンは妬いておるな。ここ最近は塩麴ラーメンの開発にかかりきりだったせいもあって、特にな」
リベカを取られると拗ねる次期二十四区領主候補のフィルマン。
婚約したんだから、もう少しは落ち着けよ。
ドニスを見送ると、今度はリカルドがやって来た。
「よぅ、オオバ! 来てやったぞ」
「あれ、オシナも来たのか?」
「ウフフ~☆ よろしくなのネェ」
「無視すんな! 領主だぞ、俺は!?」
やかましい。
領主がナンボのもんじゃい。美女の方がよっぽど重要だ。
「けどオシナ。お前の店でラーメンを出すのか?」
「オシナ的には、ケーキが目当てなのネェ」
菜食メインのアジアンテイストなオシナの店。
ケーキも、素材にこだわればあの店にマッチしたものが作れるだろう。
「デモデモぉ~、オシナが参加したホント~の理由はネェ~、ダ~リンちゃんと店長さんに会いたかったからなのネェ~」
こそっと耳打ちをして、にこにこと笑う。
あとでジネットに伝えといてやるよ。きっと喜ぶから。
「またあとでおしゃべりしよ~ネェ~☆」
「おう、変な領主がいない時にな」
「変じゃねぇわ! つか、俺のいない時を狙うんじゃねぇよ! 俺とも話せ!」
寂しがるなよ、気色悪い……
オシナ以外にも飲食関係の人間がいるようで、リカルドはここで粘ることなく自分たちに割り当てられたキッチンへと向かった。
領主たちは、料理人をキッチンに連れて行き、少し話をした後、会場奥の個室へと集まっていく。
そこにはエステラとオルフェンが控えていて、今回のイベントや今後の展開について話し合いがなされるのだ。
一応、ゆったりと寛げるように控室というか、貴賓室というか、貴族様用に豪華な部屋にしてあるのだが……あの中からは会場が見えないからな。絶対出てくるんだろうなぁ、貴族ども。わらわらとさ。
本来は、会場の一般人から見えないように貴賓室を作ったんだが、あいつらは「中から会場が見えない」と文句を言うのだろう。
お前ら全員、自分が貴族だってこと忘れてんじゃねぇの?
エステラと関わると、そういう認識が薄れていくのかねぇ。
傍から見てると楽しそうだもんなぁ、エステラは。進んで領民と触れ合い、同じ目線でイベントを楽しむ。
あいつの場合は、イベントじゃなくても日常ですら同じ目線だけどな。
貴族然とし、いつ何時も貴族であれと生きてきた生粋の貴族にとっては、羨ましくもあるのだろう。
ルシアなんかまさにそうだ。
すっかりエステラに影響されてやがる。
エステラと会うまでは、領民との間に壁を作り、裏の顔をしっかりとひた隠していたのによ。
「むほぉ! カンパニュラたんにテレサたん、今日はイベント用のエプロンなのだな! 特別感があってかわゆすぞ! どぅれ、すりすりしてあげようではないか!」
「自重してほしい、このような大きな場では、特に。出る、手が、しまいには」
「痛い痛い痛いっ! もうすでに手が出ているぞギルベルタ! お尻をつねるのはやめるのだ! 目覚めそうだ!」
今ではすっかり『アァ』だからな。
でっかい声で目覚める宣言してんじゃねぇよ。つか、目覚めんな。
「ジネぷーも義姉様も素敵な衣装だ。くはぁ! マグまぐは今日も一段と可愛いなっ! ……なんだ、いたのかカタクチイワシ」
「ようやく普通のテンションに戻ってくれて一安心だよ、この下心シースルー」
下心が透けて見えるどころの騒ぎじゃねぇよ、お前はすでに。
お前の建て前すっけ透けだな。外面スケルトンって呼んでやろうか?
「見てみろ、今日は俺もちょっとオシャレしてんだ。どうだ、可愛いだろう?」
「そうか、徹夜がそれほどつらかったのか。寝てもいないのに寝言が口からこぼれておるぞ、カタクチイワシ」
小憎たらしくくつくつと笑うルシア。
今度フリルのいっぱいついた服を着て三十五区に乗り込んでやろうか。
……ん、誰にもメリットがねぇな、それ。
「参加希望者が多くて選考に苦慮したぞ」
同行した料理人たちを見ながら、ルシアがこぼす。
「どこで聞きつけたのか、寿司を教えてほしいという者たちも多くてな。近いうちに四十二区に派遣することにした」
「勝手に決めてんじゃねぇよ」
「だから今、許可を取り付けておるのではないか」
「へぇ、今お願いされてたんだ、俺。全然気付かなかったわぁ」
向こうでエステラに言えと、ルシアを追い出す。
ルシアに話しかけられた料理人が笑顔で受け答えをしているのを見て、あいつも自区でうまくやってるんだなと思えた。
随分領民との距離が近くなってるじゃねぇか。
心なしか、ルシアも嬉しそうだ。
「領主がみんな、エステラみたいになってくな」
「また胸の話ですか、オオバヤシロさん?」
「急に出てきて失敬な決めつけをするな、トレーシー」
「えっ!? 違うのですか!?」
「驚き過ぎだぞ、ネネ」
「あの……どこか、お加減がよろしくないのですか?」
「心底心配すんじゃねぇよ、トレーシー!」
「もしや、ついに心を入れ替え……いや、ないですよね、オオバ様に限って」
「絶大な信頼寄せてんじゃねぇよ、ネネ!」
交互に失礼だな、この主従!?
「領主どもがみんな、エステラ好きだなって話だよ」
「具体的にはどなたとどなたですか?」
「おぉい、刃物をしまえ、トレーシー!」
仕留めようとすんじゃねぇよ!
「ライバルめ……」じゃねーんだわ!
で、主の暴走は全力で止めろや、ネネ!
もう! この主従、メンドクサイ!
「よし、ナタリアに丸投げしよう」
「なるほど、今すぐエステラ様に会いにゆけということですね! 名案ですね、オオバヤシロさん! さぁ、行きますよネネ!」
いそいそと貴賓室へ向かうトレーシー。
その後ろ姿へ視線をちらりと向け、ネネが俺にこっそりと教えてくれる。
「トレーシー様は、オオバ様にとても感謝されているんですよ。癇癪姫などと呼ばれていた悪癖を矯正してくださり、長年悩まされていた『BU』の悪い習慣も取り払ってくださって、四十二区の影響を受けて区内の経済も回り始めているんです。それに、陽だまり亭でお世話になった時のことを、今でもよく口にされています。よほど、楽しかったのだと思います」
食器を下げるのを手伝おうとして給仕に止められた際、「私は陽だまり亭でウェイトレスを経験したのですよ」とプロぶるのだと、ネネは楽しそうにくすくす笑って教えてくれた。
「じゃあ、また遊びに来いよ。ジネットたちも喜ぶぞ」
「はい。機会がありましたら是非」
「新しいツボ、探しとくから」
「足つぼだけはご容赦を!」
ぎゅっと俺の胸元を掴み、涙目で懇願してくる。
どんだけ根深いトラウマ刻み込まれたんだよ、お前は。
「ですが、そうですね……講習会が終わったら、ゆっくりと遊びに伺います」
そう言った後、きょろきょろと周りを見渡してこそっと耳打ちしてくる。
「私、四十二区のファンですので」
「なんでナイショ話っぽく言うんだよ」
「他区に憧れるなんて、トレーシー様の施政に不満を持っているみたいじゃないですか。決してそのようなことはありませんので、誤解を生まないように、です」
お前のトレーシー好きは見てりゃ分かるっつーの。
「ネネー! 置いていきますよ!」
「はい! ただいま! ……では、またゆっくりとお話させてくださいね」
ぺこりと頭を下げて、ネネがトレーシーを追いかける。
「どれだけの区に粉をかけておるのだ、貴様は」
振り返るとゲラーシーがイネスを従えて立っていた。
「よぉ、トレーシー」
「ゲラーシーだ!」
「紛らわしい」
「私に言うな!」
「で、なんでいるの?」
「領主として招待されたからだ!」
「え、でも、さっきマーゥル見たぞ?」
「領主は私だ!」
あ、ホントだ。
大声を張り上げてはいるが、若干嬉しそうな顔してやがる。
……怖っ。
「宿の手配も滞りなく済んでいるぞ。存分に感謝するがいい」
「よく頑張ったな、イネス」
「ありがとうございます」
「私を褒めろ!」
だって、どーせ奔走したのはイネスだろ?
部下の手柄を横取りするなよ。
「コメツキ様」
と、イネスがそっと前に進み出て、俺の耳へ口を近付けてくる。
そして――
「ふぅ~……」
――と、息を吹きかけてきた。
おぉ~う、えくすたしぃ~。
「何しやがる」
「いえ、特に言うことはなかったのですが、二十七区には負けられないと思いまして」
「奇妙な対抗心を燃やすな」
「領主の好感度では惨敗しておりますので、給仕長で巻き返さねばと思いまして」
「的確な分析、さすがだな」
「ありがとうございます」
「誰の好感度が低いんだ!? 高いわ!」
いや、低いが?
「まったく、目を離すとすぐ他区の領主と戯れる……君はとんだ領主たらしだね、ヤシロ」
ぞろぞろと領主を引き連れて、エステラが会場へと出てくる。
「領主もみんな集まったし、会場の準備もそろそろ整いそうだからさ、ぼちぼち始めようかと思ってね」
「待て、ミズ・クレアモナ! 私はまだ貴賓室へ行っておらんぞ。挨拶も済んでいないであろう」
「え? ……あっ! マーゥルさんがいたから、つい……」
「オオバヤシロと同じ発想か!? ナチュラルオオバか!? 領主は私だ!」
キャンキャン吠えるゲラーシーをマーゥルが圧で黙らせ、領主たちが壇上へ上がる。
大型キッチンの真向かい。対面の壁際に設けられたステージの上へ。
「本日は、ようこそ我が区へおいでくださった」
ガッチガチに緊張しているオルフェンの挨拶があり、その後発起人として四十二区領主の挨拶が始まり、各区の領主が今回の企画に賛同したのだと表明するため領主一同が手に手を取ってみせるデモンストレーションが行われ、それらがすべて終わった後、いよいよ――講習会が始まった。
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