「そのエンブレムは本物か?」
先ほど俺がやったように、腕を伸ばして俺を指さし、ゾルタルが問いかけてくる。
「嘘を吐けば『精霊の審判』を発動させる」という脅しを込めて。
勝ちを確信した笑み。
ゾルタルの顔に浮かんでいるのは、そんな余裕に満ち満ちた表情だった。
だから俺はこう答える。
考える素振りも見せずに、いつも通りの口調で――
「もちろん、本物だ」
――と。
その瞬間、ゾルタルがバカみたいな笑い声を上げた。
「ぶははははっ! しくじったな、オオバヤシロ!」
嬉しくて堪らないという顔で、ゾルタルが余裕の正体を教えてくれる。
「お前はすごいよ。よくもまぁ、そんな平然とした顔で嘘を吐けるもんだ。『精霊の審判』が怖くねぇのかただのバカなのかは知らねぇが、普通の神経の持ち主にゃあ出来ない芸当だ」
「真実を話すのに、恐怖を抱く必要はないだろう?」
「あぁ、もういい。もういいんだよ、オオバヤシロ。もう勝負は決まったんだ。これ以上嘘を重ねるな」
「嘘なんか吐いてねぇよ。このエンブレムは、正真正銘、本物だ」
「もうやめようぜ、オオバヤシロ! これ以上精霊神様を怒らせるのはよぉ」
「お前の言いたいことが見えないな。なぜ俺が嘘を吐いていると?」
その問いに、待ってましたとばかりにゾルタルはアゴをクイッと上げる。
俺の背後を指し示すように。
「お前は完璧だったよ。まるで嘘なんか吐いていないように見えた。むしろ、絶対的な自信のようなものまで感じたくらいだ。…………だがなっ! 後ろの姉ちゃんはダメだったな!」
その言葉に、俺は背後を振り返る。
ゾルタルには、完全に後頭部を向ける格好になる。
振り返った先にいたのは、今にも泣きそうな顔をしたジネットだった。
「その姉ちゃんはお前と違って素直なもんだぜ? なにせ、お前が嘘を吐く度に泣きそうな顔をしていたんだからよぉ」
「…………ヤシロさん、……すみません」
俺にだけ聞こえるような小さな声で、ジネットが謝罪の言葉を述べる。
「そいつは知っていたんだろう? お前の持つエンブレムが領主のものではないことを! 大方、お前が自分で作ったものだ。出来がよくて調子に乗っちまったってところか……だが、真実ってのはいつか必ず詳らかになるもんだよなぁ、えぇ? ぶははははっ!」
「あ、あの……ヤシロさ……っ」
何かを言いかけたジネットに対し、俺は自分の唇に立てた人差し指を当てるジェスチャーを見せる。
『何もしゃべるな』という意思表示だ。
そして、位置的にゾルタルには俺の顔が見えないことを確信して……つうか、そうなるようにこの位置取りをしたのだが……ジネットに満面の笑みを向けてやる。おまけにウィンクまでサービスしてやろう。『よくやった』という意思表示のために。
「お前が一人で来ていたら、随分と不利な話し合いになっただろうが、仲間に足を引っ張られるとは……お前も脇が甘いな」
「ふん……」
あえてゆっくりと、余裕たっぷりな雰囲気で振り返る。
「お前みたいに、腋が臭いよりかはマシだろう?」
「……っ! ほざけ!」
安い挑発にまんまと乗っかり、ゾルタルは声を荒らげる。
「カエルにして、いたぶり殺してやるよ」
邪悪な笑みが俺を見ている。
そして、ゆっくりと口を動かす。
「『精霊の』…………」
「待て」
「……なんだ? 今さら命乞いか? もう遅ぇよ、バァーカッ!」
「そうじゃねぇよ。やりたきゃやれよ」
「あぁ、やってやるよ!」
「だが、その前にっ!」
俺を指さすゾルタルを、指し返す。
「『精霊の審判』は相手の尊厳を踏みにじる行為だ。これでもし、俺がカエルにならなかった場合……謝罪程度では済まさんぞ?」
「…………ふっ。それで脅したつもりか?」
「脅しじゃねぇよ…………テメェをどん底に突き落としてやるつってんだよ」
「どうやってだよ?」
「領主の前に突き出してやるよ。エンブレムの不正利用を訴えてな」
「……っ!?」
ゾルタルの顔が引き攣る。
おそらくこいつは『精霊の審判』に引っかからない言葉を選んでしゃべっていたのだろう。
感情的になりながらも、自分の身を守るための練習は相当していたに違いない。
だからおそらく、こいつの発言を『精霊の審判』で裁くことは出来ない。
なら、領主直々に裁いてもらえばいい。
エステラが言っていたんだ。エンブレムの悪用は重罪だと。
『精霊の審判』や『統括裁判所』みたいな「公正な裁き」である必要はない。
己の顔に泥を塗られたと憤る領主の『私刑』で十分だ。
「く…………好きにしろよ。どうせお前はカエルになるんだ!」
「じゃあ、やってみろよ」
「…………」
「やらないのか?」
「うっせぇ! カッコつけやがって……カエルになって後悔しやがれ! 『精霊の審判』!」
「ヤシロさんっ!」
「お兄ちゃんっ!」
ジネットの悲痛な叫びとロレッタの驚愕の声が重なる。
その時、俺の体は突然発生した淡い光に包み込まれていた。
久しぶりの『精霊の審判』だ。
「これで、お前も終わりだ、オオバヤシロッ!」
ところがどっこい。
十秒経っても一分経っても、俺の姿に変化は見られず……ついに淡い霧は霧散した。
『精霊の審判』の結果、俺は嘘を言っていないと結論づけられた。
「……そ、そんな…………バカな……」
「バカはお前だったってわけだな」
「だってっ、そこの女が……っ!」
「女のことなどどうでもいい!」
グダグダと言い訳を始めようとしたゾルタルに向かって俺は手を差し出す。
「さぁ、領主のもとへ行こうか?」
「……くっ」
ゾルタルの顔が歪む。
その表情から読み取れる感情は、焦り、後悔、絶望、緊張、戸惑い、恐怖…………そんなネガティブなものばかりだった。
「ここでの会話は会話記録を見てもらえば説明するまでもないだろ。あとの判断は領主に任せるさ」
「ま、待ってくれ! そ、それだけは…………勘弁してくれねぇか?」
それが人に物を頼む態度か?
このクソイノシシ。
「今さら命乞いか? もう遅せぇよバーカ」
先ほど言われた言葉を、そっくりそのまま返してやる。ただし、感情は極限まで抜いてある。
「真実ってのはいつか必ず詳らかになるもんだよなぁ……」
これも、先ほど言われた言葉だ。
こいつもそっくりそのまま、熨斗をつけて返してやろう。
ついでに、もう一つプレゼントだ。
俺は腕を伸ばしゾルタルを指さす。
「約束を反故にするのも、裁かれる要因だよな?」
ゾルタルの顔色がよくない。
脂汗を顔中に浮かび上がらせている。
だが、構わずに俺は会話記録の観覧を申請する。
目の前に半透明のパネルが出現し、先ほどの会話を克明に映し出す。
『…………ふっ。それで脅したつもりか?』
『脅しじゃねぇよ…………テメェをどん底に突き落としてやるつってんだよ』
『どうやってだよ?』
『領主の前に突き出してやるよ。エンブレムの不正利用を訴えてな』
『……っ!? く…………好きにしろよ。どうせお前はカエルになるんだ!』
「…………『好きにしろよ』」
会話記録の中から重要なワードを抜き出して口にする。
ゾルタルは蒼白な顔で今にも倒れそうになっている。
「ゾルタル……。俺はこう見えて親切でな。テメェに選ばせてやるよ――カエルになるのと、領主に処刑されるのと……どちらで人生を終わらせたいかを、な」
これも、ゾルタルが俺に言った言葉だ。
で、こっからが俺のオリジナル。
「3……2……」
「ま、待ってくれ! いや、待ってください! この通りです!」
ゾルタルが土下座をする。
結局、命乞いをしたのはゾルタルの方だった。
「会話記録を見せてくれるな?」
「………………はい」
俯き、魂が抜けたような声でゾルタルが呟く。
そして、会話記録を参照可能な状態にしてくれた。
そこに書かれていたのは、こんな会話だった。
『スラム撤廃は、市民からも強い要望があるんだぜ、領主さんよぉ!』
『それでも、スラムを撤廃するつもりはない』
『他の区はみんなスラムを潰したじゃねぇか! なんで四十二区だけ土地を遊ばせておくんだよ!?』
『区が違えば施政方針も変わる。当然だろう』
『あんなネズミ共、追っ払っちまえばいいんだよ!』
『そうすれば、街に彼らが溢れ返ることになる。彼らの受け皿はどうするつもりかな?』
『そんなもん必要ねぇだろ! いらねぇヤツは全員追い出しちまえばいいんだよ!』
『そんな横暴な計画に、住民が納得するとは思えないがね』
『するさ。どいつもこいつもスラムなんかなくなってしまえと思っているんだからよ』
『ならば、君のやり方でやってみるがいい……そして証明してみせてくれよ』
――これのどこが領主様直々の勅令だ。
「やりたきゃやりゃあいいじゃん」っていう見放した発言を「やってもいいよ」と肯定的に捉え、尚且つ『証明してみせてくれよ』の『みせてくれよ』あたりで「自分は頼まれた」などと言っていたのだろう。
なんと浅ましい。
なんてヤツだ。
「ゾルタル」
「は…………はい」
蹲るゾルタルを見下ろしながら、俺は最後通牒を突きつける。
「今すぐここから立ち去り、二度とここに足を踏み入れるな。ここはこいつらの居場所だ。踏み荒らすな、くそイノシシが」
最初に言ったのと同じ言葉だ。
だが、返ってきた言葉はまるで違っていた。
「………………分かり、ました」
「もし、次見かけたら……」
「だっ…………大丈夫……です。もう……近寄りませんから…………」
一応釘は刺しておく。
まぁ、随分と効いたようなのでたぶん大丈夫だろう。
虚言と虚勢が抜け落ち、抜け殻のようになったゾルタルは、ふらりと立ち上がり、よろよろと覚束ない足取りで去っていった。
あのエンブレム入りの羊皮紙はやはり、領主から直々にもらった『別の用件が書かれた』羊皮紙だったんだな。
ま、そこまでやっといて、なんで俺の『嘘』に気が付かなかったのかは謎だがな。
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