異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

382話 改革の反動 -2-

公開日時: 2022年8月22日(月) 20:01
文字数:3,667

「ウィシャートが捕らえられ、現在三十区の街門は『現状維持』のまま運営を続けているんだ」

 

 ウィシャート逮捕の知らせは急で、これまでウィシャートが関わっていた関係各所への対応は後回しになっている。

 ぶっちゃけ、全部放置状態だ。

 

「街門はこの街の砦。特に三十区の街門は最も通行量の多い門だ。領主が不在だからと閉じるわけにはいかない」

 

 しかし、門を守る兵士たちには不安しかない状況だ。

 指示をする者がいなくなり、トラブルが起こっても報告する相手もいない。

 まして、今日働いた分の賃金がきちんと支払われるかどうかも分からない。

 

 そんな中、統括裁判所――他区の貴族に『現状維持』と言われても、そうそう納得できるものではない。

 

「自分たちの使命に燃え、主不在でも街門を守ろうという兵士は多いんだ。だが、彼らにしても不安は尽きない。その上、ウィシャートに脅され、無茶な仕事を課せられていた者たちが反発し始めて、少々厄介なことになっているんだよ」

 

 亜人差別主義者のウィシャートが、切り捨て要員として雇っていた門兵たち。

 その中には、圧力によって意に沿わぬ仕事をさせられたり、不当な扱いを受けたりした者たちが多い。

 ウィシャートがいなくなって、これまでの鬱憤を晴らすかのごとく暴れ始めた者たちもいるようだ。

 

「少しでも身分が上の者に噛みついて、これまでの不平等を是正しろ、償えと……まぁ、平たく言えば賠償金を寄越せと訴えているんだよ」

 

 暴動を起こした下っ端兵士を押さえつけつつ、街門の警備と運営を行っている兵士たちは、相当疲弊しているだろう。

 まして先の見えない今の状況じゃ、精神的にかなりキツいはずだ。

 

「このままでは三十区の街門は機能不全に陥ってしまう。そこで、統括裁判所は判決の前に仮決定を行い、私に通知してきたのだよ」

 

 カンパニュラの後見人にと、各区の領主や三大ギルド長からの推薦を受けたオルキオに、その実力を示してみせろと通達が来たらしい。

 今の三十区の騒乱を見事抑えられた暁には、統括裁判所が責任を持って王族へ掛け合い、三十区新領主の後見人として、貴族へ取り計らうと。

 

「それが、うまくいっていないんだな」

「まぁ、着任したのが昨日だからね」

 

 とりあえず、三十区へと赴き現状を視察したそうだ。

 

「酷いものだったよ。一時閉鎖は免れない……というのが、今の私の素直な気持ちだ」

 

 だが、それをすると、オルキオは統括裁判所から『能力無し』と見做されてしまうだろう。

 オルキオが後見人にならなければ、カンパニュラの土台が崩れかねない。

 

「まずは、職務に前向きな兵士たちと話をして、問題点を洗い出していたんだけれど……」

「その途中で、強硬派が押しかけてきたのよ。……オルキオしゃんに、これまでの慰謝料を代わりに支払えって。そうでなければ、これまでの悪事をバラしてオルキオしゃんを訴えるって」

 

 言い淀むオルキオに代わり、シラハが説明をくれた。

 珍しい姿だ。

 それだけ、オルキオが追い詰められているということだろう。

 

「シラハ。ここでは、少し声を……ね?」

 

 オルキオはカンパニュラを見やり、声を潜める。

 確かにカンパニュラにはまだ聞かせない方がいいな。

 自分が悪くなくても、自分のせいでオルキオが苦労していると考えてしまうような娘だ。

「ごめんなさい」と、シラハは俯き、オルキオは「私のために、ありがとうね」とシラハを慮る。

 

「あの……、どうしてオルキオさんが訴えられるんですか?」

 

 強硬派とやらの無茶な訴えに、ジネットが不安そうに眉根を寄せる。

 

「彼らは、『三十区の領主』を訴えると主張しているんだよ。だから、代行を行う私も、被告に該当するそうだよ」

 

 困り顔で肩をすくめるオルキオ。

 連中の荒唐無稽な訴えなんぞは簡単に退けられるだろうが……

 

「そんなもんを強行されたら、収拾が付かなくなりそうだな」

「私もそう思うよ」

 

 結果が出るまでには時間がかかる。

 その間、強硬派がデカい声で騒ぎ続ければ、自分もと便乗してくる者が増える。

 これまで好き勝手やっていたウィシャートには敵が多いだろう。

 

 そいつらがこぞって声を上げれば、三十区は荒れる。

 これまでは、ウィシャートが怖くて声を上げられなかった連中が、代行になら勝てると踏んで暴れ出す。

 

 一度暴走を始めた連中は、何度破れてもそれを認めず、手を変え品を変え一方的な要求を押し通そうとしてくる。

 それが難しいと知れば、その次に始まるのが嫌がらせやネガティブキャンペーンだ。

 前領主の罪を新領主が補えと、無理筋な要求を突きつけてくるだろう。

 

 ……カンパニュラ相手に、そんなことをさせてたまるか。

 

「あ、あのっ。オルキオさんは……危険な目には遭われていませんか?」

 

 強硬派なんて連中は、暴力による脅しが最も手っ取り早いと勘違いしてやがる。

 特に、オルキオのような大人しそうな人間は標的にされやすいし、舐められやすい。

 

 もしかしたら、闇討ちや、昼日中に堂々と襲撃してくる可能性もゼロではない。

 オルキオには、腕の立つボディーガードが必要だろうか。

 

「それがね……」

 

 オルキオが困ったように笑う。

 

「ウチの若い衆がいきり立ってしまって……そっちを宥める方が大変なくらいなんだよ」

 

 ……若い衆?

 

「オルキオしゃん、元ゴロつきギルドのみんなに心酔されてるから。オルキオしゃんに無礼な物言いをした三十区の兵士たちに怒ってるのよ、僕ちゃんたち」

 

 僕ちゃんたちぃ!?

 

「オルキオしゃん、僕ちゃんたちに『親分』って呼ばれてね、すごく慕われてるの」

 

 親分!?

 で、若い衆……って、マル暴の方ですか!?

 

 異世界ヤ○ザの仁義なき闘い!?

 

「シラぴょんは、若い衆に『姫』って呼ばれてるんだよ」

「やだ、オルキオしゃん。バラさないで。……恥ずかしいわ」

 

 いやいや、『姫』て!?

『ばぁや』だろう、どう見ても。

 つか『親分』と『姫』って……

 

「腕っ節の強い若い衆が何人もいるから、今のところ暴力沙汰は起こってないよ」

 

 と、にこにこ笑って言うオルキオ。

 ……いや、それ、完全にマル暴じゃないっすか。

 血気盛んな若い衆が大人数で取り囲んで「あ? やんのか? お?」って睨み利かせてる状況だよね?

 街門を守る兵士ですらビビって拳をしまうような厳つさなの?

 オルキオ組、怖ぁ……

 

「じゃあ、モンクのある兵士は解雇して、お前んとこの若い衆と、やる気のある兵士で街門を守ればいいんじゃないか?」

「まぁ、それが一番手っ取り早いんだけどね……」

 

 若い衆はオルキオの言うことならなんでも聞くらしく、危険があろうが過酷であろうが、与えられた仕事はきっちりこなすらしい。

 

 だが、オルキオが見据えている問題はそこではなく。

 

「そうすると、兵士だった彼らが職にあぶれることになる。気性の荒い彼らは、きっと新しい環境に馴染むのにも苦労すると思うんだ。そうなれば……」

 

 新しいゴロつきの誕生ってわけだ。

 ゴロつきを救ってきたオルキオが、自分のせいでゴロつきに堕ちる人間を見過ごせるわけがない。

 

「彼らにしても、根が悪人ということはないんだ。ただ……これまでの扱いがあまりに不当だったから、どうしても簡単に飲み込めないこともあるのだろう」

 

 とはいえ、そんなもんはウィシャートに言うべきことで、言いやすいからってオルキオに言うのはお門違いだ。

 ビビって本人に言えないような不満を、まったくの第三者に向けて放ったところで何も解決はしない。負の連鎖が始まるだけだ。

 それ以前に、「こいつになら言える」なんて安易に判断した相手が、ビビって言えなかった相手以上に恐ろしいヤツだったらどうなると思う?

 

 そもそも「こいつになら言える」なんて判断をどこで下したんだ?

 見た目?

 バカか。こんな人畜無害そうなオルキオが、オルキオ組の親分さんだぞ?

 見た目で人間の本質は見抜けない。

 

 ドレス姿のデリアを見て「余裕♪」って勘違いして夜襲をかけ、返り討ちに遭ったゴロつきもいたっけな。

 

「彼らも、やる気がないわけじゃないんだよ、きっと。ただ、大きな事件が起こって、少し混乱しているだけなんだ」

 

 混乱、ね。

 とりあえず、ウィシャートとオルキオ、そして新領主のカンパニュラは別物で関係がないことを分からせてお門違いな要求は下げさせる。

 ……だけじゃ、オルキオが納得しないんだろうな。

 

 要するに、もう一度、納得して兵士として門番に従事するようになってくれりゃいいわけだ。

 仕事に誇りでも持てれば、あるいは……

 

「あ、そうか」

 

 歯車の詰まったデカい木箱を抱えて難しい顔をするゼルマルに、一つ仕事を与えてやろう。

 

「ゼルマルってさ、オルキオの親友だよな?」

「……な、なんじゃい、藪から棒に」

「特急料金と特注料金は出ないけど、親友のためなら身を粉にして働ける、よな?」

「だから、何をさせる気じゃと聞いておる!」

 

 な~に、そんな難しいもんじゃない。

 

「ただ、『やる気製造マシーン』を作ってくれればいいんだよ」

 

 

 

 それから、ゼルマルたち木工職人と、職人から歯車を受け取った大工たちが死に物狂いで作業を行い、夜が明ける前にお目当ての物が完成した。

 出来たての『やる気製造マシーン』を引っさげて、俺たちは再び三十一区へと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

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