アップルパイとサツマイモの蒸しケーキが物凄い人気だ。
カボチャプディングってのも作ってみたのだが、運動場で食べるには不向きなのか思いの外売れない。
やっぱプラスチック容器が欲しいよなぁ。
持ち帰りが出来れば、絶対もっと売れるのに。
「今回のコンペにおいて語られるお話は創作されている部分が多いから、このステージの上で話したことに関して『精霊の審判』をかけることを禁止するよ」と、エステラが開会式で宣言し、皆が同意してオバケコンペは始まった。
……そろそろ教会に殴り込まれるんじゃないかってくらいに『精霊の審判』禁止を乱用してるよな。嘘吐きまくりだな、四十二区。
ベルティーナ曰く、「悪意のない嘘は嘘の中でも嘘とは趣の違う嘘ですので嘘とは言い切れないと解釈できます」ということで問題ないそうだ。
要するに「人を楽しませるために発せられる事実とは若干異なる言葉は嘘ではなくエンターテイメント」ってことらしい。
『精霊の審判』は人が裁きにかけて初めて発動する。
そういうところはお互いの意志で分かり合いましょう――という精神らしいのだが、だったら俺が吐く嘘も許容してくれよ。それによって俺が物凄く楽しい思いを出来るはずだから。
ダメか?
だろうな。けっ。
ジネットたちは観客席に座って観覧しているのだが、俺とベッコは壇上でイラストを描く係だ。
舞台の中央奥に大きな黒板が設けてあり、俺は語り手の後方、やや下手側に椅子を置いてもらってそこに待機している。
俺よりもさらに下手側にテーブルと椅子、様々な画材道具と一緒にベッコが置かれている。
……ん? あぁ、そうか。ベッコは物じゃなかったっけ。ベッコが座っている、だな、うん。
舞台の下、真ん前には長いテーブルが置かれていて、そこは審査員席となっている。仮○大賞を思い出すな、この配置。仮装のイベントだからってパクってないぞ? ウーマロが設計したんだからな? 俺が来たらこうなってたんだ。いや、マジで。
しかし、大丈夫かね。審査員を前に舞台に一人で立つって、結構緊張するぞ。参加者連中、ちゃんとしゃべれるといいんだけど。
――と、そんなことを考えていると、小さなオバケたちがわわわっと壇上へとなだれ込んできた。教会のガキどもだ。引率のベルティーナが最後尾をゆっくりと歩いてくる。
団子状態で駆けてきたガキどもは、舞台中央に到達するなり今度は横一列に整列する。
ゴーストや吸血鬼の仮装をしたガキどもに、会場から「かわいい~」という声が挙がる。
頭に矢が貫通しているガキには一瞬悲鳴が上がったが、それがカチューシャだと分かると笑いが漏れた。いい感触だ。
メイクだけしたガキや、頭貫通幼児を見てどこかから安堵の息が漏れてくる。やっぱり、結構ハードルが高いと思っていた連中は多かったようだ。
これまで、何かある度にウクリネスの新しい衣装を見てきたからな。あれを自分で作れと言われたら、裁縫上手の母親たちも荷が重いと感じていたことだろう
簡単でいいんだよ。
ガキどもを可愛く飾り付けるくらいの気持ちでな。
「せーの!」
「「「とりっく、おあ、とりーとー!」」」
ガキどもが両腕を上げて観客を脅す。
脅された観客は例外なく笑顔になっていた。
「これは、お菓子あげちゃうね~」
「新しいレシピ教えてくれるのよね? アタシ、張りきって作っちゃう!」
そんな会話がどこかから聞こえてきた。
好感触。と言ったところか。
審査員席のど真ん中に座っているエステラが嬉しそうな顔でこっちを見ていた。
オバケ話を聞く前に仮装の例を見せておくことで、仮装衣装を作る方も何かしら取っ掛かりを掴めるだろう。
ガキどもが「わ~」っと、ベルティーナの周りに集まっていく。
これで、ベルティーナと一緒に舞台を降りればガキどもの仕事は終了だ。
なのに、ガキどもを周りに従えたベルティーナが、最後にもう一アピールを追加した。
にこっと笑って口を開ける。シスターベルティーナの口に鋭い牙が生えているのを見て、観客の中の何人かが息を飲む。驚いたようだ。
「お菓子をください」
いや、違う。
そんなダイレクトにお願いするんじゃないんだ。「イタズラされたくないよね? じゃあ、お菓子くれるよね?」って子供っぽいおねだりと脅しっぽいニュアンスで……まぁ、好きにすればいいよ、もう。
小さな牙のせいで妙な違和感を覚えていた観客たちだったが、いつもと変わらないベルティーナに安堵し、笑いが漏れる。
ぺこりとベルティーナがお辞儀をして、ガキどもを連れて舞台を降りる。
それと入れ替わるように、今度はナタリアが壇上へと上がる。
手には数枚の紙の束を持っている。
これから前座みたいな感じで、俺が陽だまり亭で話したモンスターの話を語ってもらうのだ。
内容を書いた紙を渡したので朗読するだけでもいいし、ちょっとアレンジを加えてもいいと言ってある。
ナタリアならそつなくこなしてくれるだろう。
前座を設けることで、参加者の緊張をほぐす狙いがある。特にトップバッターはド緊張するしな。
さらに、先に運営側が方向性を示すことでこちらの求めているものに近いコンペ内容にする意図も含まれている。
「では、先ほど教会の子供たちが仮装していたオバケたちのお話を語らせていただきます」
よく通る澄んだ声でナタリアがオバケ話を語り始める。
さすが一流の給仕長だ。ナタリアは語りも一級品で、聞いているだけでぐいぐいとその世界観に引き込まれていった。
淀みない口調と澄みきった声、堂々としていながらも繊細で、情景が脳内にハッキリと浮かんでくるようだった。
観客もわくわくした表情でナタリアの語りに聞き入っていた。
……ただ、わくわくしていられたのは最初だけだった。
「いやぁぁあああ!」
「ま゛ま゛ぁ゛ー!」
「ぅえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん!」
会場が、絶叫に飲み込まれた。
ナタリア……、お前の全力の語り、怖ぇよ!
内容を知ってる俺ですらちょっとビビっちまうよ!
なに、その演技力?
お前、吸血鬼に会ったことあるの? ってくらいのリアリティなんだけど!
血を啜る音がめっちゃ生々しくてリアルなんだけど!?
落語家のうどんみたいなクオリティじゃん!
お前、血吸ったことあるだろ、実は!?
ほら、ガキが泣いてるから!
血を啜る音を立てながら会場をぐるりと見渡すな!
目が合ったら呪われそうだから!
やっと終わったと思ったら、次はフランケンの話が始まった。
そうだった……こいつには『ミイラ』と『ゴースト&スケルトン』と『三つ目小僧』を含めて五つの話を渡してあるんだった……
つか、フランケンの演じ分け凄まじいな!?
どっから声出してるの!?
お前の口の中に身長3メートルのオッサンとか住み着いてない?
野太い声出るねぇ~!
そんな、恐怖のナタリア劇場は全五話、三十分も続いた。
俺、思うんだけど。ナタリアを最初に持ってきたの失敗。
次のヤツ、トップバッターやらされるより緊張してると思うぞ。
数名のガキが泣きわめき、数名の女性が恐怖で気を失い、数名の男どもが「お、俺ぁ平気だぜ?」みたいな顔で足の震えを必死に隠している。
ナタリア……お前、いつクビになっても食いっぱぐれないな。
あまりに会場の雰囲気が凍りついているので、せめてイラストは可愛く描いてやることにした。
最初の仮装と合わせて、なんとか和んでくれ。
ほれ、可愛いオバケのイラストだ。泣き止めガキども。
「ヤシロ様。私のイメージでは、フランケンはもっと禍々しく、吸血鬼も邪悪に……」
「お前はイベントを潰す気か」
可愛いイラストを写実的に、劇画タッチに描き直せとでも言いたそうなナタリアの意見を聞く前に却下する。
ガキどもが真剣に怖がって仮装したくないとか言い出したらどうするつもりだ。
ハロウィンがナマハゲ的な、ガキが泣き叫ぶイベントになっちまうだろうが。
それより何より、今日のこのオバケコンペが怪談大会になったらどうしてくれる。誰が夜中のトイレについてきてくれるってんだ!?
さすがのマグダも、中にまではついてきてくれないんだぞ!
……トイレの怪談をしやがったヤツは、問答無用で八つ裂きにしてくれる。
俺が黒板に描いたイラストは、すぐさまベッコがコピーして着色していく。
なかなか可愛らしい仕上がりだ。
その可愛いイラストをお披露目すると、張り詰めていた会場の空気が少しだけ緩んだ。ほっと息を吐く音がそこかしこから聞こえてくる。
そして、前座で会場を凍りつかせたナタリアが舞台から引き摺り下ろされた後コンペが開始され、最初の語り手が登壇する。
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